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12、迷いの道をゆく

 ――やばい。これ、完全に迷ってるじゃん。

 どうしてこうなったかわからないけれど、大変な事態に陥っていた。

 空飛ぶトラムを降りたところまでは問題なかったはずなのに、気がつくと知らない町をさまよっている。

 ちゃんと乗り換えて、魔法学校のある町の駅で降りたはずなのに!

 間違いじゃないと言い切れるのは、その駅には魔女っ子ルーラのポスターやのぼりがこれでもかと飾ってあったのを見たからだ。

 ただの田舎の町が今や人気アイドルゆかりの地となったということで、猛烈にあやかっているのを目撃して、複雑な気分で笑ったから間違いない。

 でも、記憶を頼りに魔法学校までの道のりを歩いていたら、いつの間にか迷ってしまっていた。

 足を止めるわけにもいかず今も歩いているのは、見たこともない景色の中だ。

 確実に知らないと言い張れるのが、ここがドワーフたちの工房が立ち並ぶ職人街だったから。人間がほとんど歩いていない。魔法学校のある町にも確かドワーフはいたはずだけれど、歩いているのは人間が圧倒的多数だった。

 以前来たときと違ってえらく歩くなとは思っていたら、いつの間にか目的の町を出て、こんな知らないところに来てしまっていたらしい。

 魔法学校にたどり着けないどころか、このままでは今日自分がどうなるかもわからない。職人たちの街だからきっと、宿屋もないだろう。

 ひとまず、ルーラがまだ見つかっていないことを事務所に報告しておくべきかもしれない。私はどちらかというとルーラの味方で、あんなことをした事務所を許すつもりはないけれど、礼儀は礼儀だ。

 それに、ルーラに戻ってきて欲しかったら絶対に騒ぎを外に漏らさないのを徹底することと、あの子の今後の身の安全も確約してもらわなければ。

 

「あの、電話を貸していただけそうなお店は、この近くにありませんか?」


 いい加減歩き疲れて、私はすれ違ったドワーフのひとりに声をかけた。ただでさえアウェーな感じなのだ。横柄だと思われないよう、背を低く、腰を低く尋ねた。


「うちでよかったら、どうぞ。あんたさん、迷いなすっとったんでしょ? キョロキョロしとる人がおるわぁと思って、気になっとったんよ。このへん観光地でもないし、かといってどっかの工房の弟子入り希望者でもなさそうやしねぇ」


 声をかけたドワーフは親切な人のようで、私の顔を見てカラカラと笑ってから、ついておいでと歩きだした。

 見かけによらず柔らかい喋り方だし、何だかほっとさせられる。ルーラを探して張り詰めていた心が、少し楽になった。

 でも、それもそのときまでだった。


「いや、あの……誰か別の人に替わってもらえませんか」


 あなたじゃ話になりませんから、という言葉を何とか飲み込んで私は受話器を握りしめた。

 親切なドワーフさんの家で電話を借りられて、少しほっとして事務所にかけたのに、出たのは今一番声を聞きたくない人物だった。


『そんなことより、ルーラちゃんは? あの子は今どこにいるの?』

「だから、それを報告しようとしてたんです。私も探してるんですけど、とりあえずその街にはいません。あの子の通ってた魔法学校の近くの街まで来たから、それで一旦連絡しようと思って」

『早く見つけてあげて! ルーラちゃん、ひとりで何もできないでしょう? 心配だわ……可哀想に』

「……そうですか」


 ぶっ殺すぞという言葉を飲み込めたのは、本当に自分でも偉いと思う。

 心配とか可哀想とかどの口が言うんだ。あんたが、自分の夫とルーラの不義を疑って罵ったりしなければ、今頃あの子をこんなふうに探す羽目にはなってなかったんだよと言いたい。

 私が何も言い返さないのをいいことに、電話の相手はヒステリックに好き勝手に言い立てる。完全に被害者気取りだ。

 こっちは、まともな社員か社長に、スキャンダルの外部流出を食い止めるよう、注意を促しときたいってのに。

 ルーラはたぶん、完全にもう週刊誌なんかに書かれると思い込んでいるけれど、スキャンダルは今のところ事務所内部で把握して留められている状態だ。

 とはいえ、そのスキャンダル自体が内部犯のでっちあげだろうから、油断はできないのだけれど。


「とにかく、私のほうであの子の捜索は続けますので、ご主人に……社長にあの件に関してくれぐれもよろしく頼むとお伝えください」

『ちょっと待って! それだけなの? ルーラちゃんに関してわかったこととか、もっと丁寧に教えてちょうだい! じゃなきゃ私、安心して眠れやしないわ』

「……こちとら一刻の猶予もねーんだよ! あの子に何かあったらてめぇのせいだからな!」


 我慢できなくて、社長夫人が何か言い続けているのを遮って電話を切ってしまった。ギリギリの理性で受話器をガシャンとしなかったのだけは、頑張ったと言えると思う。

 ――元から嫌いだったけど、今回の件で社長夫人が大っ嫌いになったわ。

 溜息をつきながら受話器から手を離すと、先ほどのドワーフさんが少し離れたところから心配そうに見つめていた。


「すみません……声を荒らげてしまって」

「いや、いいんだよ。誰かおらんくなって、捜しとるんだろ?」

「そうなんです。その子を捜す手がかりを求めて魔法学校へ行くつもりが、気がついたらこの街に来てしまっていて……」

「それは、ずいぶんと離れたところまで来なすったなあ」


 事情をかいつまんで話すと、ドワーフさんはまたカラカラと笑った。ヒステリックな声を聞いたあとだから、そのおおらかな話し方に心が落ち着いた。


「魔法学校へ行こうとして迷う人の話は、たまに聞くなあ。そういう人はたぶんな、来てもらいたくないから向こうから拒まれとるんだよ。魔法使いたちの考えとることはよくわからんが、そういうことがあるらしい」


 ドワーフさんは面白がるように言う。

 これが他人事なら私も興味深く聞いたと思うけれど、自分に降りかかっていることだから笑えない。


「あの、拒まれてたとしても私はどうしてもそこへ行かなくてはいけないんですけど……どうしたらいいんでしょうか?」

「迷いを捨てなさることでしょうなあ。どんなにまっすぐ突き進んどるつもりでも、迷いがあるうちは足止めを食らう。自分の胸に手を当ててよく考えて、迷いの正体を見定めるか、引き返すか決めなされ」


 ドワーフさんは含蓄のあることを言って、カップを手渡してきた。ありがたく受け取ると、中にはいい香りのお茶が入っていた。

 それを飲みながら、私は言われたことを考えてみた。

 思えば、私の人生なんてすべて迷い道みたいなものだ。

 家庭環境があまりよくなくて、年頃になってグレてしまった。その後、特に悪さをするわけではないけれど不真面目に生きていたところを事務所に声をかけられて、人生が変わるかもなんて軽く考えてアイドルを目指してみた。

 でも、アイドルになったって迷いっぱなしだった。

 だって、“魔法使いマリーン”だもん。何だそりゃって話だ。私の名前がマリーで、偉大な魔法使いマーリンの名前に引っかけているのはわかるけれど、魔法も使えない私にそのコンセプトは迷走しすぎている。

 必死で手品を覚えて魔法使いらしくなろうとしたけれど、結局は手品は手品で……もどかしさや苦しさであの頃は頭がおかしくなるかと思った。

 だから、ルーラを見つけたときは“本物を見つけた!”って感動したんだった。

 あの子は、まるっきり私がなりたかった“魔法使い”だったんだ。


「迎えに行きたいって、思ってます。迎えにいってあげなきゃ、とも。あの子は、私の“光”だから。迷ってばかりだった私の人生に注いだ、一筋の光だから。でも……迎えにいったあとはどうしたらいいかわからなかったから、拒まれていたんでしょうね」


 ルーラの幸せを思えば、追いかけていって捕まえて、それからさてどうすると考えてしまう。

 これまで真面目に仕事をこなしてきた子だ。むしろ、真面目に周囲の言うことを聞きすぎたために、今回のことが起こったとも言える。

 そんな子が何もかも放り出して逃げたのだ。捕まえたところで、仕事に復帰してくれるとは思えない。

 勝手に自分の夢を託してしまった身としては、無理強いもできない。

 でも、もう一度言葉を交わしたいとは思う。それに、無事かどうかを確かめたい。考えたくないけれど、もしかしたら死にたいなんて考えているかもしれない。……これは同じ思いをしたことがなければ、きっとわからないはずだ。


「そういえば思い出したが、あんたさん、“魔法使いマリリン”じゃないかね? 電話のときにちょっと言葉が荒くなった声を聞いたら、知っとる声だと思ったでね」


 しばらくじっとドワーフさんが見つめてくると思ったら、突然そんなことを言い出した。何という観察眼(いや、耳?)だろう。当時とは髪型も髪色も違うし、印象を変えようと眼鏡までかけているのに。

 何だか嬉しそうにしているから、もしかしたら私のファンだったのかもしれない。


「……えっと、そうです。“魔法使いマリーン”です……」


 隠すのは申し訳ないと思ったの半分、もしファンだったら嬉しいなという思い半分で、私は頷いた。

 すると、ドワーフさんのふさふさ眉毛の下の目がキラッと輝いた。


「やっぱり、そうやったかあ。いやあ、懐かしいなあ。近くの街の祭りにも何度か来とっただろう? いつも困ったような泣きそうな顔で下手っぴな手品を披露する姿が可愛くてなあ、トラムで行ける距離なら見に行っとったんだわ。手品が成功すると、ほっとした顔で笑うのもよくってなあ。まだ若い、きれいな女の子が頑張っとるのが本当に可愛くて、応援しとったんだ。そうか、元気でおったか」

「私のステージ、見てくださったことがあるんですか……ありがとうございます」

「少しずつ上手になっていっとったね。見に来とる人たちと、よく話しとったよ」


 ドワーフさんは、それは楽しそうに話す。そのことに、私は驚いた。

 私のステージなんていつもそんなにお客さんなんて入ってなくて、来てる人もみんな暇つぶしにでも来てるのだと思っていた。

 こんなふうに温かな気持ちで見てくれていた人がいたなんて、今の今まで知らなかった。


「そうだ! ワシはマリリンにあげたいものがあったんだった! ちょっと待っとってくれな」


 ドワーフさんは何かを思い出したように、家の奥へと入っていった。そしてしばらくして、細長い箱を手に帰ってきた。


「これをあげたかったんだ。ワシが作ったんじゃよ」

「これは……マリーンの杖?」


 ドワーフさんが持ってきた箱に入っていたのは、長杖だった。木でできていて、くるりと巻いた部分に林檎のように赤い玉を頂いた、雰囲気のある杖だ。これは私がステージ衣装として使っていたものによく似ている。

 でも、私が使っていたものよりも遥かに上等なものだ。杖全体には、繊細な金属細工の蔦と葉がぐるりと飾られている。


「マリリンの手品は下手っぴじゃったが、観客に対する一生懸命さは本物だった。魔法使いであろうとする必死さは本物だった。ただひとつ、持たされとる杖が偽物だったことが、ワシはずっとずっと残念だったんだ。だからな、ワシが本物の、良い杖を作ってやろうと思ったんだ。上等な杖を持たせてやれば、それだけマリリンがより本物に近づくだろうとな」


 そう言って、ドワーフさんは杖を私に差し出した。

 受け取ると、それはずしりと重い。きっと、それだけの思いをドワーフさんはこの杖に込めてくれたのだ。


「渡せてよかったわい。ワシは、ずっとマリリンのことが気がかりだった。もうマリリンの魔法のステージは見られんのかもしれんが、あんたさんにこれを渡せたことで安心できたよ」

「……ありがとうございます」


 魔法使いマリーンのことをこんなにも思ってくれている人がいるとわかって、私は胸が苦しくなった。

 だから、その思いが溢れていってしまわないように、もらった杖をギュッと抱きしめる。

 自分自身で本物だと思えていなかったものを、この人は本物だと肯定してくれた。そして、私のステージがより良いものになるようにと、願いを込めてこんな素晴らしいものを作ってくれた。

 そのことで、ずっと迷子だった私の気持ちが救われたような気がした。

 ……できることなら、こんなふうに応援してくれている人がいるのを、引退前に知りたかった。そうすれば、その人たちの思いに報いようと、もっと必死になれただろう。


「あの、お電話とお茶、ありがとうございました。それから、こんなに素敵な杖も。おかげで迷いが晴れそうなので、もう一度行ってみます!」


 ドワーフさんのおかげで、私は大切なことに気づかされた。

 手遅れになる前に、私は自分の思いをルーラに届けにいかなくてはならない。

 あの子がどんなに自分に絶望しても、たとえ周りがあの子を見放したとしても、私はあの子が好きだ。あの子の魔法が、あの子の才能が、そうして恵まれていても、欠けている部分が多くあっても、歪まずにいるその姿勢が。

 それを、伝えにいかなければ。


「そうかそうか。なら、頑張っていきなさい」

「はい!」


 深々と一礼して、私はドワーフさんの家を出た。

 

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