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10、暗雲立ち込める


「マルク先生。たぶん、あいつは休暇で戻ってきたんじゃないと思いますよ」


 朝の教員室で、ジェームズが声を抑え気味に言う。

 考えてもみなかったことで、すぐに返事ができなかった。


「それは……どうしてそう思ったんだ?」


 驚きを隠しつつ、あくまで情報の信憑性を探る体を装って尋ねる。本当は思いがけない指摘に、ガンと頭を殴られたような心地がしているくせに。

 ルーが帰ってきたことが嬉しくて、疲れている様子なのが気になって、なぜ帰ってきてどうして疲れているのかということまで頭が回っていなかったのだ。

 俺は、ただ温かく迎えて、きちんと見てやっていればいいと思っていた。


「どうしてって、あの売れっ子がポッと帰ってくるわけ無いでしょ? それに、もうすぐ新曲が発売なんですよ。そういうときこそ忙しくなるもんですよ、普通。それなのに休暇だなんて言ってこんなところにいるの、おかしいって気づきますよ」

「そうだったのか……って、詳しいな」

「別にファンとかじゃないですよ。同級生の活躍はやっぱり気になりますし、今が忙しいはずだっていうのは、これまでのイベントスケジュールとか見てれば気づくことです」

「そうか……」


 当然のように言い切られて、特に何も言い返せなかった。それに、新曲が出ればその販促に忙しくなるというのは普通に筋の通った話だし、これまでルーが多忙だったことは漠然とではあるものの知っていたことだ。

 だから、ジェームズの指摘は正しいと思う。反論する気は起きないけれど、真正面から受け止めるのはまだ難しそうだった。

 ――理解者のつもりだったのに、そんなこともわからなかったなんてな。

 打ちひしがれたくなったけれど、今はそんな暇はない。


「とりあえず、寝て休ませるのが何よりだと思ってお香を焚いて軽めの睡眠薬を飲ませてきたけど……問題はそういうことじゃないよな」

「体調に限ってはそれででしょうけど、根本の話はあいつ自身に聞かないとわかりませんよ。折を見て、根掘り葉掘り聞いてやりましょう!」

「根掘り葉掘りって……ルーが話したがらないことは、俺は聞かないよ。過呼吸を起こしたってことは、カウンセリングの必要はあるかもしれないけどな」


 朝のルーの様子を思い出して、テレサ先生にも話しておくべきだと考える。こういうことは男の俺が聞くよりも、女性同士……女性同士? 女性っぽい人とのほうがいいだろう。少なくとも、男の俺より相談はしやすいはずだ。


「いや、気持ちの面は確かにそうですけど、事情についてはしっかり聞いとかないと! もし何かから逃げてきてて追手がかかってるのなら、俺たちが守って戦ってやるんですから!」

「そういうことか……」


 ジェームズが前のめりになって興奮している理由がわかって、つい苦笑がもれてしまった。

 ジェームズの頭の中にはきっと、悪党から逃げる人気アイドルと、それを助ける自分という図式が浮かんでいるのだろう。正義感が強いというか根っからの巻き込まれ体質の彼は、その悪党を自分が打ち負かすのを想像して張り切っているに違いない。

 ルーがもし、そういったわかりやすいものから逃げているのなら、どれほどいいだろうと考えてしまう。

 過呼吸を起こすほどだ。おそらく、ものすごいストレスに晒され続けていたのだ。


「心配しなくても、戦える相手に対してはルーは強いよ。あのこの魔法は創り出すことより壊すほうに向いてるからさ」

「そっか……そうでしたね、あはは」


 学生時代のルーを思い出したのか、ジェームズは乾いた声で笑う。

 巻き込まれ体質のジェームズはよく、ルーのとんでもない魔法の被害にあっていた。爆発に巻き込まれたり吹き飛ばされたり……よくそれを忘れてか弱い女の子判定できたものだと感心してしまう。

 強い弱いに関わらず、俺にとっては守ってやりたい存在ではあるが。


「ジェームズ、気にしてくれてありがとな。あとのことは、俺やテレサ先生がきちんと見るから。……ルーが帰ってきてること、どうか内密に」

「わかってますよ。てか、これっきりみたいなのやめてください。俺も、何か役に立てることがあったら手伝いますから」

「ありがとな」

「お礼なら、魔女っ子ルーラトレーディングカードボックスセットについてきた、面影鏡でいいですよ」

「……は?」


 何かいい感じで話を締められたと思っていたのに、ジェームズが怪しげな笑みを浮かべて手を出してきた。その手はなんだ、その手は。


「しらばっくれてもだめです。この町に何とか入ってきたボックスセットはマルク先生が買っていったって、店主からの言質はとってるんですよ! 俺だって、限定衣装の面影鏡、欲しかったのに!」

「お前! さっきファンじゃないとか言ってただろ!」

「ファンじゃないですよ! 魔女っ子ルーラはそんな、軽々しいものじゃないんだ!」


 ジェームズのマジな目に、言葉を失ってしまった。

 ファンじゃないけれどこれだけ熱心ってことは、あれか。もはや信仰ですって言っているのか。

 ……これは、ルーに近づけていいのか迷う話だ。こういうガチなやつって、気をつけないと危険そうだ。


「あ、ちなみにルーラにはまったく興味ないんで安心してください。俺はあくまで、事務所やプロデューサーの力で商業的価値がつけられた“魔女っ子ルーラ”に強く心を惹かれているだけです。これまで誰もが夢見つつも真の実現にいたらなかった、魔法と娯楽産業の融合の成功――それが魔女っ子ルーラなんですよ! 俺はその新世界の扉を開いたかのような新しさと力強さ、そして多くの人に夢を与えているという有用性において魔女っ子ルーラを評価し、支えていきたいと考えてるひとりです。そのへんのファンとか、ガチ恋勢と一緒にしないでください」


 内心で何を考えているのか読んだのか、ジェームズは心外だという顔をした。しかも、何やら熱く語ってくる。

 ルーラのことを評価してくれているのは保護者としてありがたいものの、“そのへんのファン”とか“ガチ恋勢”とかは何やら刺さる単語だ。


「はあ、そうか…………ちょっとだったら、見せてやらんこともない」

「うっし! じゃあ、お疲れっした。俺はこのあと授業の補助があるんで」


 言質が取れたからか、いろいろ言ってすっきりしたからか、ジェームズは機嫌良く教員室を出ていった。

 何だか、朝からどっと疲れてしまった。

 ルーの話をしていたはずなのに、いつの間にか魔女っ子ルーラの話になってしまったからだろうか。


「何かから逃げてる、か……」


 数日前の、着の身着のままといった様子を見れば、ジェームズの推理も頷ける。あのときは突発的な休暇であわてて来たという言葉を信じたけれど、よくよく考えれば違和感はかなりある。

 とはいえ、本人が話すまでなるべくなら触れずにおいてやりたい。そんな悠長なことを言っている場合じゃないのかもしれないけれど。


「ちょっとマルクー。なぁに朝からしけた顔してんの? あの子に臭いとか言われた?」

「テレサ先生……」


 教員室に人が増え始めた頃、ゆるりとテレサ先生がやってきた。考え事をしていた人の顔を見て、相変わらずひどいことを言う。


「いえ、ルーが朝の散歩に行って、過呼吸で倒れたんですよ。それで、心配だなと考えていて」

「やだぁ! それを早く言ってよ! 今は大丈夫なの?」

「ひとまず薬を飲ませて寝かせてます。起きる頃を見計らって何か食べさせなければいけないんですが、それはリリベルに頼んでおきました」

「そうなの? ふぅん……」


 俺の隣の席に座ると、テレサ先生は足を組んで腕組みをした。何やら考え込んでいるらしい。


「過呼吸を起こすほど何かに追いつめられているのかもしれないので、よかったらテレサ先生から事情とか悩みとかを聞き出してもらえたらなと思うんですけど」

「それは全然やぶさかじゃないんだけど、やっぱり心配よね。何かがあの子の身に迫ってるのかしらねえ」


 腕組みしたまま、テレサ先生は低く唸る。そんな男らしい姿は久々に見た。それほど、テレサ先生の勘ではルーは深刻な事情を抱えているということだろう。


「もしかして、事務所の人間とかが勝手にいなくなったルーを探してるとか?」

「あー、それはあるかもね。でも、そういうのは町に入れないよう迷わせるための魔法を仕掛けてるから大丈夫。そんなんじゃなくてさ、あの子の運勢とかが“視えない”のよ。カードで占っても、水晶で見ようとしても、水鏡でも」

「それはつまり……?」


 嫌な予感に、背筋がぞくりとした。

 未来を見ようとして見えないというのは、考えられることはそう多くない。


「いきなり悲観する必要はないわよ。むしろ、あの年頃の子にはよくあるっていうか。何したらいいかぐるぐる迷ってるときは、運勢も見えにくくなるなんてことはよくあるのよ」

「何だ……そういうことですか」

「何だ、じゃないわよ! それだけあの子が深刻に悩んでるかもってことよ? あんた、保護者面するならそのへんちゃんとしたきなさいよってことよ」

「それは、そうですね……」

「オロオロしたりほっとしたり落胆したり、忙しいやつね!」


 落ち着かない俺の背中を、テレサ先生はバシッと叩いた。身なりはずいぶん女性らしくなったけれど、こういうところは、やっぱり男だ。

 背中がジンジンと痛むものの、活を入れてもらったことで少し冷静になった。


「あの子が休暇で帰ってきてるのか逃げてきてるのかわかりませんが、とにかく何か困っているのは確かです。俺は何としてでも、力になってやりたい」

「そうそう、それが何よりよ」


 迷いが晴れてなすべきことをはっきり自覚すると、俄然やる気が出た。俺は保護者だ。どんと構えてやらなければ、ルーが頼るに頼れないに違いない。


「あたしも引き続きあの子の運勢については視ようと試みるけど、あんたも星を注意深く見ておいてね。占いではわからなくても、星読みなら何とかなるかもだから。てか最近、ちゃんと星は見れてんの?」

「いや、あまり……」


 鋭い指摘に、どきりとした。

 テレサ先生は勘がいいのか“視えて”いるのか、あるいは両方か。人が気づきて欲しくないことに気がつく。

 最近、天体観測はできていなかった。時間があまりないのは確かだけれど、それよりも自分の中で迷いが出ていることが大きい。

 星読み派のじいさまたちを見ていると、星を見たところで何なんだと言いたくなる。何になるんだ、と。

 仲間に入れてもらえない腹いせも何割かあるだろうけれど、最近の耄碌しきった彼らを見ると割と本気で思う。

 でも、星への興味や情熱が失われたわけではないし、何より星を見て何かルーの困りごとについてのヒントが手に入るなら見ない手はない。


「そういえば今日明日はちょっとした観測日和だったんだ。……何とか、時間作って見てみます。ルーも誘ったら喜ぶでしょうし」


 そういえば、あの子は星空が好きだった。どれだけ語っても星読みについての知識は覚えてくれなかったものの、いつも楽しそうにそばにいた。

 もしかしたら、一緒に星空を見上げれば、少しはあの子の気持ちも晴れるかもしれない。

 ――何を抱えているのかはわからない。それでも、ここにいる間は楽になって欲しい。

 祈るように思って、まだ見えない星空に思いを馳せた。

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