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転校生は宇宙人   作者: みや☆もと
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遭遇その1「奇跡の少女」

                  遭遇その1「奇跡の少女」



 その日、日本中のテレビニュースがこぞって同じ報道を繰り返していた。

太平洋上空から突如姿を消した大型旅客機の行方を追って、日米合同の捜索隊が派遣されたと言う内容である。

 レーダーから反応が消えた翌日の朝、訓練飛行中の米軍偵察機が、海上に浮かぶ大型旅客機の破片を偶然発見し、墜落の事実が判明したのが始まりで、その後の調査により、乗員乗客合わせて二百名以上の行方不明を含む死亡が公式に発表された。

 新進気鋭の最新装備で売り出した航空会社は責任を追及され、遺族たちの悲痛な声が連日テレビ画面に映し出され、専門家を名乗るコメンテーター達が、テロの可能性などを仕切りに訴え続け、国民感情を煽るばかりであったのだが、そんな暗いニュースの中で一つだけ明るい話題があった。たった一人だけ生存者がいたのだ。

 報道機関は、生存者が未成年ということもあり、詳細は伏せられていたが、ネットの世界では、その話題で持ちきりになった。その内容とは、何らかの理由で空中で爆発四散し、海上へと墜落した機体の破片を余所に、なんと無傷で生き残った日本人の少女がいたらしい、と言うものだった。その情報が、どこから漏れたのか誰にも分からなかったが、恐らく関係者の誰かが思わずポロっと漏らした情報が、ネットで拡散してしまったのだろう。

 報道された映像を誰もが目にして知っていた。海上に浮ぶバラバラになった機体の破片。それを見て無傷で助かった人間がいたなどと、普通に考えれば到底信じられぬ話であったが、一部の知識人を自称するネットフリーク達は、当初あらゆる理屈と可能性を並べ立てて、生存理由を説明しようと試みたが、途中から煽りや反論、仕舞いには誹謗中傷で埋めつくされ、やがて膨大な情報の闇へと追いやられていった。その反面、宇宙人説や宗教的運命論、オカルトに陰謀説まで飛び出し、一時的な活性を見たのだが、行き着く所まで行くとサブカルチャー世界の「生存ネタ」として取り上げられる始末となり、その内、常識的な意見として「不謹慎」の一言で叩き潰され、幕を閉じることになった。だが、いつしか謎の生存者の件は「奇跡の少女」としてネット世界では、七不思議のように扱われるようになっていった。








 悪夢から覚めたはずなのに、まだ悪夢が続いているのはなぜだろうか?

意識を取り戻した病室のベットで、呆然と自分の手足を見つめ、月野トワは説明を聞き流していた。

 医者や背広の大人達、わざとらしいぐらい優しく話しかけてくる女性のカウンセラー、白々しいぐらいに淡い色の壁紙、兎に角、カウンセリングなんてもうウンザリだった。

 数年前まで毎日のように通わされ、解決策といえば結局自分の感覚に蓋をして、何でもない振りをするだで、トワにとってなんら救いのない無駄な物でしかなかったのだ。毎度カウンセリングを受ける度に、お前はどこかおかしいのだと、遠回しに言われているような気がしてならなかった。何がカウンセリングだ、大人達には分からないのだ。誰も人の心など見えないし、分かっている振りをしているだけなのだと。 

「月野トワさん。あれだけの事故でかすり傷一つないなんて、本当とんでもない奇跡なんだよ」

 ぎゅっと握りしめたシーツの感触が、冷たかった。

 医者らしき初老の男が言っている事は分かった。優しさや誠意も伝わってくる。だが、そんな事を言われても、まるで実感がないし覚えてもいない。記憶があるとすれば、あの不思議な少年の事・・。

 また、幻を見るようになってしまったのだろうか?

 下を向くトワに構わず、医者は話を続けている。だが話の先は分かっていた。運命とか、神がどうとか、人生がなんだとか、自分の台詞に酔っている者は、皆同じ様な台詞を使う。だが、何一つ解決などしていないのは、自分が一番良く知っていたし、知りたくもなかった。自分が見る世界を誰も信じてくれないのに、どうやって心を開けと言うのか。自分は、幻を見る無力な少女でしかないのだ。

 今でこそ幻を見ることは激減していたが、いつしか自分を守るために、見えない壁で周りを囲い、大丈夫だと言うことにした。特に学校の教室にいる時は、普通の子を演じていた。自分が自分でないような気がして、それがどれだけ悲しかったか。それを今また思い出させらているような気がして、心が凍って麻痺していくようだった。カウンセラーの話しなど耳に入ってくるはずもなかった。

 すると病室のドアが勢いよく開き、男が駆け込んで来た。

「トワ! ちょっとどいてくれ! トワ、俺だ!」

それは、数年前まで父と名乗っていた大人の男だった。

「良く無事で・・・知らせを受けた時は心臓が、ああ、そんな話しはいいよな」

父だった男は安堵し、笑顔を浮かべながらネクタイを緩めた。トワの頭を撫でようと手を伸ばす。カウンセラーも涙を堪えながら横にどいた。離れていた父と娘の再会シーンのはずだった。

「トワ・・」

伸ばされた父の手をトワは振り払った。その場にいた誰もが息を呑んだ。病室が静まりかえる。父親の顔がショックで固まっていた。

「おっお父様。今、、娘さんは極度のショック状態に陥っていますので」

その場を取り繕うように、カウンセラーの女性が口を挟む。すると、トワのか細い声が、大人たちの会話黙らせた。

「教えてください」

「え?」

「お母さんは隣に座ってた。他にも・・色んな人が・・乗ってた。お母さんは隣にいた」

「トワちゃん落ち着いて、もう無理して話さなくても」

「いっぱいいたのに、なんで・・なんで」

「トワ、その話は後でしよう、な?」

すっとトワの視線が父親の目を見据えた。その目や顔に表情は一切なかった。

「なんで私だけ、生きてるの?」

誰も答えられるはずもなかった。自分の手足に視線を戻したトワの姿は、少しでも動けば砕け散りそうな陶器のようで、暫く見守る事しかできなかった。

「なあトワ、ここに来る途中、母さんの弁護士と話したんだ。お前は何も心配しなくていいからな」

「心配?何が心配なの? もういいでしょう? 出て行って、二度と来ないで」

父親が頭を抱えて座り込んだ。懺悔室で告白するする罪人のように、ベットの横で膝をついた。

「すまない。すまないトワ・・・俺は」

頭を抱えたまま、父親はよろよろと病室を出て行った。






 三ヶ月が過ぎた。寒い季節はそろそろ春の予感を感じさせ、桜はいよいよ花を咲かせようとしていた。トワは、病室の窓から青空を眺め、その顔には表情が戻っていた。鳥の鳴き声が聞こえてくる、どこかで子供の遊ぶ声もだ。平和な時間だった。

 父親が病室を出て行ってからしばらくの間、トワは無反応になった。呼び掛けても何をしても、死んだように反応しなかったのだ。事態が好転したのは、二ヶ月目に入ってからだっった。母の雇っていた家政婦のマキが、看病役をかって出たのだ。と言うよりも、勝手に来て介護を始めたと言った方が良いだろう。病院のスタッフは最初の内は咎めたが、トワの反応が少しずつ戻ってくるのを見て、やがて何も言わなくなった。

 マキは何か特別なことをした訳ではなかった。いつも通り笑顔で挨拶し、持ち込んだ手料理の話をし、季節やニュース、故郷の北海道の話や土産物、なんでもない世間話や、元々割腹のいい腹をさすりながら、最近痩せ気味なのだと言って笑って見せたり、自分の話などを屈託のない笑顔で話し続けた。文字どおり本当にいつも通りに。それがトワの凍った心に、どれほど暖かく注がれたことだろうか。

 トワが再び声を取り戻したのは、マキがリンゴを剥いている時だった。いつも笑顔のマキも、不意にトワの母の事を思い出したのだろう、動かぬ少女と不意に会えなくなったその母、堪らず涙が溢れていた。泣きながらリンゴを剥き続けた。それが視界に入っていたトワが、マキの涙に呼び戻されたのかもしれない。

「マキさん・・泣かないで・・」

 弱々しいトワの声に驚き、まじまじとトワの顔を覗き込んだ。マキの顔に笑顔が溢れ出した。そして、ただ優しくそっとトワを抱きしめてから言った。

「お帰りトワさん。リンゴ剥けてるから一緒に食べましょうね」

「うん。マキさん痩せちゃった?私の分も・・食べて良いよ」

 マキの歓喜の笑い声と涙が同時に溢れ出た。何度もお帰りとトワに言って聞かせた。マキは、トワを喜ばせようと、リンゴを口一杯にほうばった。膨れ上がる頬を見て、病室に二人の笑い声が響いた。巡回の看護師が病室に入って来ると、一瞬目を点にしていたがすぐ走り出ていった。きっと担当医を呼びにいったのだろう。

「私、また寝てたの?」

「ええ、ぐっすりと眠ってましたよ。眠ってた分、お勉強の方も取り戻さないといけませんからね。不肖この角田マキがお手伝いして差し上げますので、覚悟しておいてくださいねトワさん」

「ふふふ、やだ」

「ふふふ、そうですね。先にご飯食べませんとね。ふふふ」

慌しく担当医が部屋に入ってきた、検査の準備をする病室内に、久し振りに生活の色が戻った。

 その後、数日してから、担当医からは色々と問診され、弁護士やら何やらからは、色々と説明や同意を求められた。そして、トワが落ち着つくのを待ち、自分が置かれている精神状態を説明された。今更、医学用語を並べ立てられても、頭に入って来る訳もなく、ただ黙って聞いているだけだった。だが、説明してくれたそのドクターは、真っ直ぐな目でトワを見、話してくれた。本気で自分を心配してくれているのが伝わって来て、なんだか少し申し訳ない気持ちになるぐらい、誠意というものを感じた気がした。だが暗い現実がトワに突きつけられた。背広の大人達からは、母親は行方不明だと静かに告げられた。遺品も遺体すら見つかっていない。隣でマキが手を握っていてくれなければ、到底聞いていられなかっただろう。

話の最後の方では、たまらずマキが泣き出してしまい、その背中をトワがさすってやっていた。

気がつけば、病室は夕陽に照らされていた。少女は大人になるより前に、父も母も失ってしまったのだ。



 そろそろ新学期を迎えようかと言う時期、トワは、マキの運転する軽自動車に乗って、自宅のマンション前へと帰って来ていた。久し振りにみる街の風景は、相変わらず冷たくわざとらしく見えた。近くには、整備された川や広場、見晴らしいのいい街並、適度に植林された樹々の緑が、センス良く設計されて並んでいた。

 車から降りると、一部だけ見慣れない異質な風景を発見した。トワの住むハイタワーマンションの隣に、いつの間にか一軒家が立っていた。去年までは、何もない空き地だったはずだ。それも良くみれば、この数ヶ月で建てられた新築には見えず、長年ここに住んでいるかのような年季を醸し出している。タイムスリップでもして来たかのような日本家屋。それも伝統的な日本家屋であった。わざと年期の入った風に見せる新しい工法か何かだろうか?トワの記憶には、確かに空き地だった所である。車の前をまわり、降りてきたマキに尋ねようかと思ったが、止めた。またあらぬ心配をさせてしまわないかと思ったからだ。

 日本家屋に目を奪われていると、不意に老人に声をかけられた。

「こんにちは、まだまだ寒いですな」

 トワの横を、白髪の老人が、モップの入った青いカーゴを押しながら通り過ぎて行く。

「誰だっけ?」

 年の割には背筋は真っ直ぐ伸びていて、作業着の後ろ姿は、老人とは思えぬほどシャキッとして見えた。その老人をどこかで見たような気がして、トワはしばらく去っていくその後ろ姿を見ていた。

「どうしました?」

「え? いや、うん、なんでもない」

「そうですか。さっ早く中に入りましょう。久し振りにシチューにしますからね」

マキの手料理は絶品だった。栄養価を考えた献立、飽きのこないメニュー選択、手間を惜しまない下拵え。なぜ料理人にならなかったのか不思議なぐらいだ。

 帰りの車の中で、マキはこれまでにないくらいお喋りだった。マンションに近づくにつれて、マキの話は真剣味を帯び、トワの今後を本気で気に病んでいた。

 トワは嬉しかった。この短期間で起きた出来事を、受け止められた訳ではない。むしろ、これから背負っていく事なのだろうと、なんとなく予感がするだけで、今は精一杯だった。ただ、この母が雇ってくれた家政婦がいなければ、自分はどうなっていただろうか。それを思うと感謝してもしきれない。普通の母娘に比べれば、心の距離こそ遠かったのかもしれないが、母が残したもので救われている現実がある。

「さあ、いただきましょう」

 いつも通り、リビングでテーブルを囲み、食事が始まる。いつも大黒柱の母は不在だったので、消失感が多少和らいでいるのが、せめてもの救いだったかもしれない。

「いただきます」

 口に入れたシチューの味に、心まで暖かくなっていくような気がした。

ふと窓の外に視線をやると、よく晴れて月が輝いていた。月の光が、すうっと吸い込まれるように淡く目に飛び込んでくる。ほんの数秒だけ見とれているはずだった。


 突然、トワの脳裏に輝く星空のヴィジョンが見えた。あの場所で見た満点の星空が。


「トワさん!?」

 トワの動きが止まり、手からスプーンが落ちた。目は見開かれ、まるで人形のように固まってしまった。

一瞬のヴィジョンの後、ベランダの外からコチラを見ている、自分を発見してしまった。

「!!!」 

全身がヒヤリとした。吹き出す汗が全身を伝っていく。だが、何事もなかったかのように食事を続けた。

「大丈夫ですかトワさん!?」

「ふふ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃった。疲れてるのかも」

心配そうなマキは、訝しげに汗を拭うと、トワのカップにお茶を注いであげた。

「お薬、ちゃんと飲みましょうね」

「うん」


 その一連のやりとりを、トワは、ベランダから眺めていた。


『残念だけど、コレは皆現実なんだ月野さん。君にとっての現実世界なんだよ』

 少年の声が響いた。あの少年の声だ。

急に目眩が襲ってよろける。理解できない、自分の家で食事をしているあれはなんだ?

悲劇から目を覚まして、少しばかりの希望を糧に、大人へと成長していくはず・・だった・・あれ?

なんでこんな所にいるんだろう?何かおかしい。何かが間違っている。どこまでが自分だった?

「やめて・・・もうやめて・・お願い・・もうやだよ」

気がつくと、いつの間にか母親がテーブルにいて、一緒に食事をしていた。

「え!?なに、なんで・・」

楽しそうに3人仲良く、談笑している様子が見える。マキと母と、自分が見える。何事もなかった日常が見える。そうであって欲しかった未来が見える。それを見るマキの頬に、涙が伝って落ちていく。

 思わず手で窓を叩いていた。何度も何度も叩いた。なのに窓はびくともせず、ヒビ一つ入らない。涙ばかりが落ちていくだけで、心がどんどん締め付けられていく。

「開けてよ・・ねえ開けてよ!開けてっ!!お願い・・あけて」

 すると、母が立ち上がりコチラにやってくる。だが、ベランダに居るマキにまるで気付かない様子で、勢いよくカーテンを閉めた。

 頭の中で、何かがブツリと途切れる音が聞こえた。その音が大鐘のように響いて耳を塞ぐ。

支えを失ったトワは後ろへよろけ、そのままベランダから落ちた。

身体中に感じる風が、全てを終わらせてくれると思った。

絶望と混乱に意識を投げ込み、トワは自分を見失った。

 

 しかし、差し伸べられた二本の腕が、落ちてきたトワの体を、ふわりと受け止めた。

「やれやれまったく、奇跡の少女とは、よく言ったものだね」

少年はそう呟くと、気を失っているトワを抱えたまま、歩き出した。




 


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