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第二話

「…ふーん」


 ユキはただ普通に。ごく普通に頷いて、ユヅキは呆気に取られる。


「ふーん、っておい…! そのリアクションは想定外だしこういう話題の中僕の手から煎餅取り上げて食うあなたの心はどうなってんですか! 返してそれ特上品! 僕のスッキリ爽快目覚めの一枚!」


「そっと指を運んで煎餅片手に真剣な顔して二択を迫って、煎餅を口もとにゆっくり近づけながら優しい言葉を吐かれても、もうわたしの目には煎餅しか映りませんよ。あげない、食べたが先! 一応これでもショック受けてんの。手元にあと二枚あるでしょユヅキさん」


 ユキは会話のシリアスさに隠されていた極上品の煎餅をかじりながら、ユヅキに微笑んだ。

 瞳を細めて、悪戯っぽく笑う。


「ありがと。ちょっと謎が解けました。聴いて良かったよ、この話。今回の謝礼は弾みますね」


 対するユヅキは、ユキが今までに置いていった謝礼の数々を思い返し、頭を振る。


「いらん。謎な物体はこれ以上増やさないでくださいお客様。押しつけ──いや、片付けが大変なんですよ」


「ほー、今回はまともなもの持って来たのに、見ないでそれ言います? 金塊かもしれないでしょ?」


「前言撤回」


「なら良し。さあ、開けてみて」


 ユキはそっと、小さな包みをユヅキに手渡した。

 包みを解いた中にあったのは、香箱のような、仄かな香りが漂う華奢な箱──

 

「これは……」


「……誰かの茶葉の材料に、なったらいいかと思って」


「……今回ブレンドした茶葉には、ちょっと特殊な領域から取り寄せたものがあるんですが、あなたは、まさか」


 ユヅキの眼差しが、次第に透明になってゆく。

 比喩でなく、現実に起きた変化だった。


 普段は鈍色のユヅキの瞳は、今は水面の如き淡い碧色に変わり、鏡のようにも見える。


「そうです、私は一度、踏み込んではならない領域に、自ら踏み込みました。この茶葉は元々、薬草として創ったもの──彼らの、力を借りて」


「……その記憶が、今蘇った、と?」


「ええ。わたしにとって、件のうわ言よりも重要な記憶、だったかもしれません。わたしはこの茶葉を大切に持っていたけれど、自分が創ったのは、忘れていました──わたしの、ために」


「──整理しましょう。あなたは、忘れ物をしていた。それは、あなたの幼い日々の記憶。そして、僕の『視た』記憶にあなたは動じなかった。あなたは、動じるどころか、全てに合点がいった表情だった。つまり、あなたは『命の危険にさらされるほど、自らの言行が奇妙であったことを知っていた』ことを、思い出した。──あなたはいつの時点かは解らないが、『あちら』に踏み込んでしまった。そして『知ってしまって、戻れなくなった』。人間として人間らしく生きるには、あなたは『彼らに触れすぎた』……シード、たちに」


「その通りです。そして、あなたも近いですね? 願いごとは異なるかもしれませんが──ユヅキさん、あなたは『森を知る民』でしょう?」


 ユキの瞳は、いつの間にか紫色へと変化しており、ユヅキはその変化を、当たり前の如く受け止めていた。

 深く息を吐き、静かに頬笑む。

 その笑みは、ユヅキにしては珍しくナチュラルな……今までにない笑みで。


「ご名答です。付け加えるならば僕は『森を知る民』の力を借りて、調合をしたこともある『各界の橋渡し』でもある。望むならば必要な場所に、対価は気分次第。そうやって、旅して来たんですよ。あなたがた『森を知る民』には、幾度かお世話になりました。……妖精界(シードのせかい)への結界を越えた、狭間の人たちにね。…彼らは、ふとしたきっかけで踏み入ることで、人智を超えたものを得る、されど、人間として大切なものを、なくしてしまうこともある──人の心、とか」

 

「…はい。お陰様で、なくしものが何かを、思い出せましたよ。ありがとうございます、ユヅキさん」


 吹っ切れたようなユキの笑みに、ユヅキは呆れ笑いを浮かべる。

 自らが踏み入り盟約を結んだ顛末は語らずに、ただひと言、ユキに問うた。


「忘れ物は──あなたの希望は、見つかりましたか? 盟約の印を持ちし、緑の愛し子よ。紫の眼で、視るものとは?」


「──見つかりました。この眼で視るものは、人間の生き様。そして、人の情、この世の行方。わたしたちは彼ら(シード)に害なす者ではないと伝えるために、交わした約束。彼らの代わりに、彼らの意思を、わたしという人の言葉で伝え、歩む……身内にさえ白眼視される──奇異極まりない論だとしても、わたしは『知った』から、伝えずには、いられない。わたしの大切な、盟友たちの想い、そして、人の想いも、全てを」


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