貧弱魔王と平坦勇者
こんにちは、腹ぺっこです。
既に2本を連載中だというのに、思いついたストーリーを書いちゃいました。
現実逃避ではなく、筆休めの読み切り作品です。
できれば連載したいんですけどね……時間がないので一旦は読み切りで区切らせて頂きます。
豪華絢爛な長い廊下を歩き、騎士の立ち並ぶ謁見の間へと入る。
そして、玉座に君臨する国王様へと跪き頭を垂れた。
「勇者よ」
「お呼びでしょうか国王様」
「うむ……実はな、近い内に魔王が復活するのじゃ」
「ま、魔王が!?」
「そうじゃ。占いにて復活を告げる印が出たのじゃ」
なんてこと……
魔王といえば50年前に倒されたばかりなのに、
もう復活するというの?
「既に先代の勇者は天に召され、今はそなたしか頼りになる者は居ない」
「は……なんなりと任務をお申し付けください」
この世に生を受けてから18年……
平和すぎて普通の女の子として育ってきた私に、こんな転機が訪れるなんて。
私が勇者である事が分かったのは1年前。
先代の勇者が亡くなったのと同時だった。
世界を救う英雄……やんちゃな頃は、女の子なのに憧れを持っていたわね。
けど、今の心境としては複雑。
だって、魔王の復活は世界の危機と同義なのだから。
魔王を倒さない限り、皆が被害を受け続けるもの。
そんな事態を喜ぶことなんて私には出来ない。
「では勇者よ!魔王城へと向かい、魔王を討ち倒すのじゃ!!」
「仰せのままに」
謁見の間から退出し、先代勇者の遺した武具を受け取る。
けど、先代は男性だったためかサイズが合わなかった……
武器だけは持っていけそうなので、まだマシなのかしら?
そう思っていると、国内で最高品質の防具を用意してもらえた。
これで安心ね。
あとは武具と一緒に先代勇者が遺した資料も受け取った。
出発前に読んでおきましょう。
・・
・・・
5日後、城での出立式を終えた私は両親に別れを告げた。
といっても、二人は私が幼い頃に亡くなったから、
お墓に手を合わせるだけ。
「それでは……行ってきます」
「あ……待って」
「?」
呼び止められて振り返ると、近所のおばさんだった。
「どうしたんですか?」
「ここに来るだろうと思って待ってたのよ」
私に近付き、おばさんは1本の剣を渡してくれた。
「これはね、グインさんが遺した剣よ」
「お父様が……」
「昔は勇者に憧れていたらしくてねえ」
けど、私が勇者になった。
お父様が生きていたら、喜んだのだろうか……それとも悔しがったのだろうか。
「必要な刻がきたら渡してほしいと頼まれてたのよ」
お父様……
「グインさんの分も勇者として頑張りなさいな」
「はい……頑張ります」
けど、渡された剣は近くの武具屋でも売っている銅製の剣だった……
もう先代勇者の遺した武器を持っているのだから、使い道が限定されるわね。
・・
・・・
最後に少し力が抜けたものの、両親のお墓と別れて王都を出る。
生まれて初めて王都から出たけど、
近くの村まで街道が整備されているから迷う心配は無い。
けれど、私の心は警戒で張り詰めていた。
勇者の遺した資料……たった十数ページしか綴られていなかったものの、
魔王を倒す旅で重要な情報が記されていたから。
それは、魔物について。
主に人間の生息域から離れると出現する、異形の怪物。
旅路を阻む厄介な存在だけれど、それらを倒す事で強くなれるので
勇者には必要不可欠な存在らしい。
5歩も進まない内に連続で遭遇すると鬱陶しかったりする。
そんな事まで記されていた。
運良くというか、王都付近では非常に弱い魔物しか出ないらしい。
それなら剣を振った事すらない私でも勝てると思う。
進むにつれて魔物も強力になっていく傾向らしいから、
今の内に経験を積んでおきたいわね。
そう考えながら、いつ魔物が出てきてもいいように
神経を研ぎ澄ませる。
・・
・・・
「ようこそ勇者様!ナンモナシ村へ!」
「……」
結局、魔物と遭遇しないまま近くの村へ着いてしまった。
こういう事もあるのね……
「今日は村で泊まっていきますか?」
「いえ、まだ日が高いので先を急ごうと思います」
少し調子が狂ったけど、旅が順調なのは良い事だわ。
その分、民の救われる日が早くなるのだから。
「そうですか。まあ特別オススメする物も無いので、それがいいでしょう」
村の入り口に居た村人に別れを告げて、私は先を急ぐ。
まだまだ私の旅は始まったばかりなのだから……
・・
・・・
バァン!!
無駄に大きい扉……その横に備え付けられていた勝手口を開けて
私は玉座の間へと足を踏み入れた。
「何者だ!!ここが俺の城だと知っての侵入か!!」
目の前には場所と口ぶりから判断すれば、魔王らしき存在。
私は今……魔王城に居る。
そこで魔王? を見つけたのだから倒さなきゃ。
けど、一つ言わせてもらいたい。
「なんで魔物が一匹も出ないのよ!!!」
鬱蒼と樹木が生い茂る森。
怖気を誘う沼地。
どこまでも深い裂け目を覗かせる渓谷。
そういった、いかにもな場所を通ってきたのに
魔物どころか罠の一つも無いじゃないの!!
「は?」
「は? ……じゃないわよ!!」
無性に腹が立ってくる!
森だと樹が戦闘に邪魔だろうから開けた場所を通っていこう……とか、
沼に足を取られると隙になって危ないから迂回していこう……とか、
渓谷ならドラゴンとか出そうだし上空に注意しとこう……とか、
そもそもドラゴンなんて出てきても勝てっこないよ……とか。
色々と苦心していた私がバカみたいじゃないの!!
「待て! 一人で何を騒いでいるのだ!」
「ええ一人よ! お一人様の勇者よ! それが悪いの!?」
旅の仲間なんて必要なかったもの! 安全だったから!
そりゃあ……少しは期待したわよ。
イケメンの魔法使いだとか、ハンサムな戦士だとか、紳士な僧侶とか……
けどね、そんな職業の人なんて見つからなかったんだから!
居たとしても軍人よ、ぐ・ん・じ・ん!
魔物とか魔王と戦うんじゃなくて、対人の専門職しか居ないのよ!!
「待て、待て! 混乱してきた!!」
「なにがよ!」
「そもそもだ! 俺が復活してから1日も経ってないんだぞ! なぜ勇者が来るんだ!!」
そんなの復活したからに決まってるじゃない!
「占いで分かったのよ!」
「そんなもので分かるのか!?」
「分かったわよ!」
たしかに少し疑問だったけど、実際に復活してるんだから大したものよね。
「いやいや! それでもおかしい!! 船が無いと渡って来れないだろ!」
「は? 船?」
「強制的に周囲の離島へ流されるはずだ! それを辿れば3年は掛かる設計にしておいた!!」
そんな罠なんて意味ないわよ。
「橋があったもの」
「橋!? 壊しておいたぞ!?」
「あったもん」
作り直したんじゃない?
「ええい! 配下は何をしているんだ!! 橋ぐらい何度でも」
「鋼鉄製よ。兵器まで用意してるから無理ね」
「鉄!? 兵器!?」
すっごく長い橋をぼ~っと歩いてくるのは疲れたわよ。
どうやって橋を作ったのか分からないけど等間隔で所狭しと兵器を備え付けてたから、何が出てきても撃退できるでしょうね。
いや、そもそも……
「魔物がいないのよ! どういう事よ!!」
「嘘を吐くな! そんなはずないだろうが!!」
「嘘吐く必要なんてないでしょ!?」
と、ここで魔王が何か思い当たったように考え込み始めた。
……今の内に斬っちゃっていいのかしら?
でも、どうやって斬るかもよく分からない……
「おい、勇者」
「ハンナよ」
「魔王の前で実名出すな。勇者でいいだろうが」
だって、私まだ勇者らしい事してないもの。
ただの旅行だったわ。費用は現地調達だけど。
「それより、俺が倒されてから復活するまで何年経った?」
「50年よ」
「短っ!? 早すぎだろ!!」
「それは私のセリフよ! 伝承なら10000年単位なのに!」
そもそも勇者だって10000年単位の出現なのよ!?
先代は昨年に亡くなったけど、直後に私が勇者になるなんて想像も出来なかったわよ!
「そうか……そういう事か……」
また何か考え込んでいる。
放置しないでよ!
「一人で納得してないで! 何か分かったんなら教えなさいよ!」
「ふざけるな! 誰が勇者に教えるか!」
あらそう……もういいわ。
「だったら倒すわよ! 覚悟しなさい!」
背中に掛けてあった先代の剣を抜く。
……やっぱり重いわね。
それに、どう構えたら良いかも分からない。
「ッハハハ!! なんだそのヘッピリ腰は!」
「う、うるさいわね!」
「そうか、お前は戦闘経験0なんだよな。魔物が居ないから」
そうよ! 戦闘なんて初めてよ!
仕方ないじゃない! 戦う相手が居なかったんだから!
「そんなんで俺に勝てるとでも……ん?」
「な、なによ」
「お前、その剣って……」
「? ……先代勇者の剣だけど?」
「やっぱりか!」
いきなり魔王が後ずさりし始めた。
へ?この剣が怖いの?
「おまっ、卑怯だぞ! ど素人のクセに伝説の武器なんか持つんじゃない!」
「魔王に卑怯なんて言われたくないわよ!」
「黙れ! 俺は復活して日が浅いんだ!」
それが何だっていうのよ!
「力なんて蓄えてないんだ! まぐれでも掠ったら死んでしまう!」
「弱っ」
「戦闘経験0に弱いとか言われたくない!」
「うるさいわね! それに、私は魔王を倒しに来たのよ!」
掠っても倒せるなら好都合ね。
じりじりと距離を詰めると、魔王は慌てて掌を私に向けた。
「待て!さすがに軽い魔法ぐらいは使えるぞ!焼き殺されたいのか!?」
「う……は、はったりでしょ!!」
「”バロウ”」
私の顔付近を火の玉が通り過ぎていき、後ろの扉に当って四散する。
ボゥン!
お腹に響くような音と、通り過ぎたときに感じた熱風……
なにあれ……あんなの当たったら大怪我じゃないの。
「次は当てるぞ。分かったら俺を倒すのは諦めろ」
そう言ってくる魔王までは数メートルの距離がある。
一気に近寄れないし、次は本当に当てられるかも……
「あれ?」
なんだか魔王の呼吸が荒い気がする。
それに汗も掻いてるし。
「もしかして、もう限界?」
「そ、そんな事ないっ!」
へぇ~、あれで終わりなのね。
「おい! 近寄るなって!」
「今がチャンスなのに見逃すわけ無いでしょ!」
「外してやったのに!! そもそも俺は丸腰だぞ!」
「う……」
そこまで言われると罪悪感があるわね。
たしかに外してなかったら私が大怪我したかもしれないんだし。
丸腰なのは魔王の準備不足だから何とも思わないけど。
「勇者の風上にも置けんな! 無力な相手を襲うなど!」
「うるさい! 魔物も出ない世界で魔王だなんて情けないわね!」
「黙れ小娘!」
「小娘じゃない! 成人してますぅ~!」
「嘘だろ!? そんな平坦で成人してるわけが……」
殺す。
「えぃっ!」
「おぉぉ!?」
くっ……剣が重くて全然振り回せない。
魔王の動きも遅いけど、避けられてマントを浅く斬っただけだった。
「おい! 危ないだろうが!」
「黙りなさい! 覚悟しなさい! 死になさい!」
「全部お断りだ! せめて対等な条件で勝負させろ!」
対等?
「どういう意味よ」
「俺は丸腰で、この服だって防御力なんかないんだ」
それに比べて、私は最高品質の防具に身を包み、伝説の武器まで持っている。
この防具って、硬いのにすごく軽いのよね。私でも動き回れるぐらいだから助かる。
「それなら、この剣を使いなさいよ」
「あ、危な……」
魔王に向かって銅製の剣を投げ渡す。
あたふたしながら受け取った魔王は、しげしげと見つめていた。何か気になるのかしら?
「おい……おいっ! これ初期装備だろ!」
「私だってこの装備が初期装備よ?」
「そういう意味じゃない!」
嫌がりつつも返さないのは、少しでも戦闘力を上げたいからだと思う。
やがて鞘から剣を抜いて構える魔王。
そんなに堂に入っているように見えないけど、私よりはマシなのかしら?
「そもそも俺は魔法特化……って、この剣ボロボロじゃねえか!」
焚き火で必要な枝とかを集める時に使ってたもの。
先代の剣は重いし切れ味が高すぎるのよ。たぶん旅で一番活躍した装備がソレね。
「それに、刃こぼれしてても”大事なもの”だから丁寧に扱ってね?」
「は? ただの使い古した銅製の剣だろうが」
「お父様の形見なのよ」
「そんな”大事なもの”をホイホイ渡すな! 投げるな! 大事に扱え!」
うるさい魔王ね。
「とにかく、これで対等よ! 覚悟しなさい!」
「どこが対等だ!」
「文句ばっかり言って! それでも魔王なの!?」
「当然だろうが! この腕が証明だ!」
魔王が服の袖を捲って腕を露出させる。
「腕がどうしたの?」
「紋章があるだろうが」
そう言われて注視すると、何も無い。
「何も無いわよ?」
「……は?」
呆けた声を出して魔王が自身の腕を見つめる。
そして、慌てだした。
「な、無いっ! 紋章が無い!」
「ということは偽者ね」
「違う! 本当はあるんだ!」
でも、ないもの。
「本物の魔王は何処なの!? 答えなさい!」
「あ~もう! だから俺が魔王だ!」
地団太を踏みつつ、魔王が指先に光を灯して何かを空中に描いていく。
魔力でそんな事も出来るのね。
やがて描き終わったのは……紋章?
「これだ! この紋章が腕にあったんだ!」
なんだか……何処かで見たような…………あ! 思い出した!
「それなら王都で見たわ!」
「なに!?」
「一度だけ封印の間に入ったんだけど、そこで見たの」
腕一本だけが封印されてたから気持ち悪かったのは覚えてる。
その腕に同じ紋章が刻まれていたわね。
「あんのクソ勇者……!」
「よく分からないけど、封印されてるから紋章が無いのね?」
「……おそらくな。こんな事態は初めてだが、どうせ先代勇者の仕業だろう」
どうして先代の勇者はそんな事を?
「魔王を倒した証拠にでもしたのかしら?」
「そんなもの無くても魔物の活動が沈静化したら証明になるはずだ」
なるほど……
「つまり、私がアナタを倒したと仮定して……」
「ふざけるな!」
仮定の話だからいいじゃないの。
憤る魔王を無視して話を進める。
「紋章が無いから腕を持って帰っても意味ないし、沈静化以前に魔物が居ない……」
「それは……そうだな」
という事は……
「私が倒しても証明できない……?」
「そうだな」
「他に魔王を証明するものは無いの?」
「……魔物を操れる」
「居ないじゃないのよ」
「俺の所為じゃない!」
なにそれ、もう魔王してないじゃないの。
……もういいわ。
「私、帰る」
「は?」
「だって無害だもの、あなた」
「~~~~!!!」
よほど悔しいのか、言葉を発するでもなく玉座を蹴りつけている。
けど足を痛めたのか、しゃがみ込んでしまった。
……放っておきましょう。
魔法1発で限界だし、操る魔物も居ない。
そんな魔王は倒す価値も無い。
そう国王様に伝えましょう。
無益な殺生をするぐらいなら、無駄骨の方がマシ。
一瞬だけ殺意は沸いたけど……平坦なんて言われたら当然よね。
あ、でも……
「力を蓄えるんだっけ?」
「……は?」
なら倒しておいたほうが良いのかしら?
……うん、そうよね、倒しましょう。
「ちょっと掠らせるから動かないでね」
「ふざけるな!! どんどん扱いが酷くなってるぞ!!」
それに、と魔王が付け足した。
「俺は力を蓄えられん。魔物が居ないならな」
「……どういう意味?」
「魔物が持つ瘴気……あれが俺の力となる」
生まれた順番で言えば、魔物が先。
その内に魔物の瘴気を吸収する存在……目の前の魔王が現れ、どんどん強くなった。
倒された魔物が拡散させる瘴気は、場所を問わず魔王へと運ばれる。
つまり、魔物を倒せば倒すほど魔王が強くなっていく。
そして今度は魔王から王瘴気を拡散させて魔物を活性化させる。
魔物は体内でも瘴気を作るから、活性化して繁殖したり強くなれば魔王の成長効率も上がるらしい。
けれど……そういったサイクルは魔物が存在してこそ。
魔物の居ない世界では、魔王が強くなれない。
「つまり、無害のままなのね」
「お前な、もう少し柔らかい言い方しろよ」
「無害って言葉は本来柔らかいじゃないの」
「俺には聖剣以上に効くんだよ!」
ともあれ、早く復活したのも心当たりがあるらしい。
「魔物の瘴気は俺を強くする。だが、俺が死んでる場合はどうなると思う?」
「……無駄になる?」
「それで終わりかよ!欠陥設定じゃねえか!」
そんな事言ってもね。
吸収する人が居ないなら無駄になるんじゃないの?
「俺の復活が早まるんだよ!」
「そうなの?」
「ああ。それで毎回約10000年周期に収まってたんだ」
なのに今回は50年で復活してしまった。
その理由が……
「おそらくだが、魔物の大量死だ」
魔王の復活を早める瘴気……
それが50年という早さまで縮めるほどの規模だとしたら、
魔物が全滅している可能性があるらしい。
「もし魔物の死を抜きで復活するなら何年かかるの?」
「数十万年は要するだ……おい、近寄るな!」
今倒したら世界が数十万年は平和なのね。
いや、でも……
「なんだか可哀想ね」
「はぁ!?」
「だって数十万年も復活しないのなんて、あなたが退屈でしょ?」
「お前バカだな」
なによ! 心配してあげたのに!
「死んでる間の時間なんて一瞬に決まってるだろうが」
「……知らないわよ。そんな経験したことないから」
「ふん……殺すなら殺せ。俺は次に賭ける」
どっかりと玉座に座り込んでしまった魔王を目の前にして、私は……
「…………」
やっぱり無理。
生き物を殺したことすらないし、しかも相手は人間と見た目が大差ない魔王。
瞳が赤い以外には何の変哲も無い人間に見えるもの。
そんな相手を殺すなんて、やるしかない状況にでも追い込まれないと無理よ。
「……お前は勇者に向いていないな」
「……そうね」
「だったら尚更だ。ここで終わらせておけ」
「?」
どういう意味よ。
魔王は無害なんだから、殺さなくてもいいじゃない。
「俺は不老だ。核を止めねば死ぬ事も出来ん。しかし、核を止められるのは勇者だけなんだ」
「……え?」
「こんな臆病者で平坦な小娘を勇者だなどと、俺は認めたくない」
今すぐ殺してやろうかしら?
「だが、見れば分かるのだ。お前が肩書きだけでも勇者である事実が」
「勇者は見れば分かる存在なのよね」
「そうだ。だから俺の核を止められるのはお前だけだ」
だから、それが嫌なのよ。
わざわざ殺す必要なんて……
「お前の一存で殺さないと決めていいのか? お前しか殺せる者がいないんだぞ?」
「…………もし、殺さないって決めたら?」
魔王は瞳を真っ直ぐ私に向けて言い放った。
「俺は勇者に失望したまま生き続け、使命を放棄したお前の未来は何が起こるか分からん」
「分からない……?」
「そうだ。俺を討ち漏らした勇者など、長い歴史で皆無だからな」
それって……
「あなた本当に弱いのね。対策も出来ないの?」
「お前は言葉の暴力なら歴代最強だな」
うるさいわね。
それにしても、何が起こるか分からないって……先代が残した資料で見た気がするわね。
何の魔法だったっけ?
パ、パル……やめときましょう。
「……さっきは使命と言ったが、お前に課されたのは呪と大差ない」
「?」
「魔王を倒すから勇者であり、勇者であるから希望を齎す」
「そんなの……」
「勝手な言い分だろう? 俺もそう思う」
けどな、と魔王は自嘲気味に口を歪めた。
「俺だって破壊衝動を持っている。魔王であるが故にな」
「…… 一つ言っていい?」
「なんだ?」
「我慢しなさいよ」
そんなカッコつけた表情する前に抑えればいいじゃないの。
「正論なんだが、そうじゃないだろ!」
身を乗り出してきた魔王に向かって肩を竦めると、どっかり座り直して溜息を吐いた。
「まあ俺の事は余計だったな。問題はお前だ」
「使命を放棄すると何が起こるか分からない、って話ね」
「ああ」
「でも、殺さなくちゃいけないなんて使命は……」
短絡的、と思う。
他の手段で解決できるでしょう?
というより今の魔王は無害なんだから解決してるじゃないの。
「どうしても俺を倒したくないんだな」
「……ええ」
世界を滅ぼす力を持ってて、実行しようとしていたら倒すわよ。
けど力なんて持ってないんだから聞いていた話と違う。
私の一存で決めて良いとは思わない。
けど、今までの歴史で決めるのも違うと思うの。
「だから、私は一度王都に帰る」
「……そうか」
「じゃあね。悪い事しちゃ駄目よ?」
「黙れ小娘。それより、これを持っていけ」
魔王が何か羽のようなモノを一枚渡してくれた。
……何これ?
「自身の行った事がある場所へ飛んでいける道具だ」
なにそれ凄い。
そんな便利な道具を貰ってもいいの?
「もう一枚渡すが、それは仕舞っておけ」
「なんで?」
問い詰めようとしたけど、魔王は何も答えずに玉座の後ろにあるテラスへと出て行った。
仕方無しに二枚目の羽は懐に入れて、後を付いていく。
「ふわぁ……」
テラスから見える景色が凄く綺麗……
海を一望できるし、魔王城の周囲には緑が多い。自然を肌で感じられるわね。
「何を呆けている。はやく飛べ」
「……ここから?」
それ、身投げって言うのよ?
この高さから落ちたら即死じゃないの。
「バカが。羽を使えと言っているんだ」
「あ、そうなんだ。どう使うの?」
「知らないのか?」
「うん」
呆れられてしまった。
でも仕方ないじゃない。
こんな道具を使う機会なんて無かったもの。
「握り潰せばいい。だが」
「こう?」
「あ、おい」
言われた通りにクシャッと握ってみると、唐突に浮遊感が私を襲った。
「キャッーーーー」
「最後まで聞けよ……」
「これどうなるの!? どこに飛ぶの!?」
必死に抵抗しているけど、今にも飛んでしまいそう!
だから早く答えて! 私は何処に飛んでいくの!?
「すぐに飛んでいく場所を念じろ」
「えっと……王都……王都……」
あ、なんか飛んでいけそう。今なんだか直感で分かった気がする。
「出来たみたい!」
「じゃあな。もう来るなよ平坦勇者」
「また平坦って言ったわね!!」
怒ろうにも抵抗が限界のようで体が浮いてしまい、魔王から離れようとしている。
……あ、そうだ!
「これでも喰らいなさいっ!!」
思いっきり先代の剣を投げつける。
鞘に収めてあるから死にはしないでしょ。
「おぉ!? いだっ!」
よし、これで許してあげましょう。
……あ!
「剣を返してえぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
抵抗も出来ず体が空を飛んでいく。
先代の剣が……形見の剣も置いてきてるし……
とんでもないミスに肩を落としながら、
私は王都に向けて飛んでいくのだった。
・・
・・・
ありえないぐらいの速度で空を飛んでいた私は、何気に楽しい気分になっていた。
だって、空を飛ぶのなんて初めてだったんだもの。
普段は見上げるような木や建物が、眼下にある。
……といっても速すぎるし高度も高くて、残像しか見えないけど。
でも飛んでるだけで、何か途轍もなく貴重な瞬間のように思えたし、爽快な気分になれる。
そんな空の旅を楽しんでいると、あっという間に王都が見えてきた。
そうそう、ここら辺で降ろして……
「あ、あれ?」
ちょっと、どこに行くの?
離れてしまった王都を振り返った刹那、突然に体が停止する。
「……へっ?」
そんな間の抜けた声を上げた瞬間に、私は落下した。
「ぃやああぁぁぁ!!」
下は……森!?
バザッ……バキバキバキ……ザッ……
バキッ!……ボズン!
そんな音が四方八方から聞こえていたけど、
私は恐怖で体を丸めていた。
だから何がどうなったのか分からないけど、どうにか無事に着地できたらしい。
「ぅう……こわかった……」
楽しい空の旅だったはずなのに、こんな恐怖を味わうなんて。
あの無害魔王!今度会ったら許さないんだから!
そう憤っていると、上から重く響くような音が聞こえてくる。
「……?」
見上げると……天井?
森に落ちたと思ってたのに、どうして建物の中なの?
……あ、天井に空いてる穴って、私が落ちてきた穴なのかな?
私の下敷きになっているのは、積み重ねられた古い毛布。
そして三方を囲む、石で出来た壁。
残りの一方は……うん。
牢屋ね、ここ。
「どういう事なのよおぉぉ!?」
・・
・・・
わけも分からず牢屋に囚われていると、やがて二人の男性らしき声が近付いてきた。
「いやあ、今日は大漁だな!」
「まさかウサギが三羽も狩れるなんてな」
「支給食はクソ不味いから助かるぜ! 早速メシ作るか!」
「二羽はシチューにしてよ、一羽は焼いて食おう」
「そうするか」
牢屋番の兵士なのかしら?
話しかけようとしたら奥に行っちゃった。
大声で呼ぶか悩んでいると、しばらくして良い匂いが漂ってくる。
「シチュー出来たか?」
「おう」
「こっちも焼けたぜ、食べ頃だ」
「うし、じゃあ食おうか」
牢屋の前にある机で兵士二人が食べ始める。
お腹減ったな……分けてもらえるかしら?
「それにしてもよ、いつまで続けるんだろうな?」
「またその話か」
「だってよ、もう任命されて半年近く経つけど誰も入らねえじゃん」
「まあな。こんな場所に収容される囚人なんか居ないだろ」
「毎日毎日誰も入ってない牢屋なんか眺めてもよ」
「まあ楽でいいじゃねえか。な?」
「え?……そ、そういうものなの?」
いきなり話を振られ、しどろもどろに返す。
「そうさ。あんただって誰も居ない牢屋に入ってるだけなんだし、楽だろ?」
「いや、私が居るから誰も入ってないわけじゃないでしょ?」
「そういえばそ……」
「ん?」
「「誰か入ってるぅぅぅ!!!」」
気付くの遅すぎよ!
もう気付いた上で無視してるのかと思ってた。
「だ、誰だお前は!!」
「なぜ牢屋に入っているんだ!」
「知らないわよ!」
「知らないはずが……ん?」
「お、おい……まさか……」
「へ? なに?」
動揺を露にしながら、兵士の一人が聞いてくる。
「勇者、様……ですか?」
「うん」
「「なんでえぇぇぇ!?」」
・・
・・・
「勇者よ」
「あ、国王様!」
たとえ勇者であっても許可無く解放できないって言われて食べ物を分けてもらいながら待っていると、しばらくして国王様が現れた。
どうやら牢屋番が王都に報告したらしく、大急ぎで向かってきてくれたみたい。
ちなみに、この牢屋は王都から少し離れた場所にある森の中に建てられているらしい。
「これはどういう事なんじゃ?」
「私にもよく分かりません。ただ……」
私は魔王城での事を国王様に説明した。
魔王が復活していた事、けれど無害だった事、魔物もいない事……
すると国王様は私へ告げる。
「そうであったか。ならば勇者よ、もう一度魔王城へ向かうのじゃ」
「どうしてでしょうか?」
「決まっておる。魔王を倒すためじゃ」
……私の話、聞いてた?
「魔王を倒さなくても世界は平和です」
「ならぬ。存在するだけで害悪なのじゃ」
「もう悪い事も出来ないぐらい弱いんですよ?」
「過去に悪事を積み重ねておる」
「でも」
「勇者よ、そなたは何のために存在するのじゃ?」
……どういう意味?
そう聞き返しはしなかった。
あの魔王に言われていた事だったから。
魔王を倒すから勇者であり、勇者だから希望を齎す……だったっけ?
でも、そんなの関係ない。
私が言いたいのは倒す必要があるかの話なの。
過去に悪事を積み重ねてるかもしれないけど、もう何度も倒してるじゃない。
それに、倒すのも間違いじゃないの?
だって倒されても罪は帳消しにならないもの。
それでも倒されるのは、それしか世界を救う方法が無かったから。
けど、今の世界は救うどころか危機になってもいない。
だったら、倒す以外の方法で罪を償わせるべきよ。
「しかし魔王は破壊衝動を持つ」
「我慢させればいいです」
「まだ魔物が本当に残っていないとは言い切れぬ」
「半年近く旅をしましたが見ていません」
「……もうよい」
国王様は溜息を吐きながら、後ろに控えていた牢屋番に告げる。
「気が変わるまで出すな」
「し、しかし……」
「よいな?」
「は、はっ!」
言い返すことが出来ず、狼狽していた見張り番達が姿勢を正した。
それを見ていた国王様が、机に残っていた料理に視線を転じる。
「……支給食はここまで豪華だったかの?」
「そ、それは……」
「まさか職務を蔑ろにし、狩りに興じていたわけではあるまいな?」
……ちょっとまずい雰囲気ね。
「国王様。私が頼んだんです」
「む?」
「お腹が空いてて……でも支給食って美味しくなかったから……」
少し苦しい言い訳かな?
でも実際、私もシチューを食べてる途中だったし通用すると思う。
「番兵よ、許可無く勇者の言に従うな」
「「はっ……」」
「勇者よ、余生を過ごすには若すぎるであろう。選択を間違えぬようにな」
そう言い残して国王様は去っていった。
後に残されたのは、胸を撫で下ろす牢屋番の人達と私だけだった。
・・
・・・
「国王様って案外話が分からない人ね」
「ちょ、失礼な事言っちゃ駄目ですよ!」
あれから一週間……家具が牢屋に運び込まれて少しマシな囚人生活を送っていた私は、正直に言うと退屈していた。
私だけに運ばれてくる食事もウサギ肉のシチューほどではなかったけど、試しに食べさせてもらった支給食よりかは美味しい。
食べては寝るだけの生活だから太っちゃいそう。
軽い運動で対抗してるけど、ろくに日光も届かないから気分が落ち込んじゃうわね。
ともあれ今日も食後の運動をしていると、誰か来たみたい。
牢屋番の一人が出迎えに行くと……国王様だった。
「勇者よ、気は変わったか?」
「……いえ。もっとしっかり話をしたいです」
「……また来る」
この会話だけで帰っちゃった。
なによ、頑固者ね。
しかも防具まで没収されちゃった。使い道無かったけど。
「もう脱走しようかしら」
「何言ってるんですか!犯罪ですよ!?」
・・
・・・
一ヵ月後、退屈すぎて肌が荒れそうな私の元に、再び国王様が現れた。
けど今日は数人の護衛と一緒だわね。
それに、護衛の一人が誰かを肩に担いでる。
小さい。子ども?
「勇者よ、気は変わったか?」
「いいえ。話をさせてください」
「……放り込め」
相変わらずな会話が終わると、国王様が護衛に何かを命じる。
すると肩に担いだ誰かを私の居る牢屋に放り込んだ。
ちょっと! 子どもを乱暴に扱っちゃ……だめ……
「……っ!」
小さいのは子どもだからじゃない。
手足を切り落とされていたから。
会った事あるのに気付けなかった。
印象深かった両目が潰されていたから。
目は瞼を縫い付けられて、開きっぱなしの空洞には赤い輝きの名残すらない。
それに体も傷だらけで酷い状態。
顔も痣だらけで腫れあがっている……
どうして魔王が……ここにいるの……?
「そなたが渋っている間に、魔王城へ兵士を派遣したのじゃ」
「そんな……」
「たしかに無害であったと。報告のみでは信じがたいがな」
だというのに……こんなになるまで傷付けたの?
ふざけないでよ、こんな……手足も目も無くて……
「魔王が使った魔法は火炎の第一魔法のみじゃが、それなりの威力であったと聞く」
「……」
「じゃが一発しか撃てぬようでな。後は見苦しい抵抗のみだったと」
「それなのに……どうして」
「当然じゃ。その魔法で一人死んでおるからの」
「!?」
魔王が……人を殺したの?
「本当……なんですか?」
「勿論じゃ。これで分かったであろう」
兵士を派遣したのは私の報告の真偽を確かめるためでもあり、ある事を証明するため。
それは、魔王が人に仇為す存在である事。
本来の伝説に比べたら無害に近いけど、それでも人を殺すぐらいの力はあると。
「これでも生かしておくというのか、勇者よ」
「……」
「剣をここへ」
「はっ」
国王様が牢の隙間から、魔王城で回収したらしい先代の剣を差し込んでくる。
「これで魔王を斬るがよい」
「…… 一日……時間をください」
「まだ分からぬか!」
「最後の別れを言いたいんです!」
「……ぬぅ」
国王様は少し渋っていたけど、何とか許してくれた。
「番兵!! 面倒を起こさぬよう見張っておれ!!」
「「はっ!」」
「何かあれば一族郎党全てに責が及ぶと心得よ!!」
牢屋番に強めの口調で命じて、足早に立ち去っていく。
そして、出口の近くで止まってから、私へと振り返った。
「そなたが決心しない場合、魔王には狂人ですら耐え難い責め苦を永劫味わってもらう」
「そんな……」
脅しの言葉を吐き捨てていった背中を見つめながら……私は魔王の腫れあがった頬を撫でていた。
・・
・・・
「起きて。ねえ、起きて」
「……」
「起きてよ……」
一ヶ月前ならビンタで起こしてたところだけど、
さすがにここまで痛ましい姿をしていると気が引ける。
毛布の上に寝かせて、牢屋番に用意してもらった水と布でボロボロの顔を拭う。
瞼に縫い付けられていた糸も抜き取って、あとは目を覚ますまで声を掛け続けていた。
こんな状態になって……
牢屋に放り込まれてから身動きの一つも……
私だったら、耐えられるだろうか。
手足を切り離されて、目も潰されて、周りは敵ばかりで……
それならいっそ、楽にしてあげるべきじゃないのだろうか。
そんな考えも浮かんでくる。
でも、その前に少しだけでいいから話がしたい。
その一心で魔王が目覚めるのを待っていた。
「ねえ……」
「ぅ……」
「!」
夜中になって、やっと魔王が意識を取り戻した。
苦しげではあるけど、私へと顔を向けてくる。
「……誰だ?」
「私よ……ハンナ」
「勇者か……魔王の前で実名を出すな」
「よかった……生きてたのね」
「言っただろうが。お前じゃないと俺は倒せん」
「だけど……こんな」
「っふ、よくもここまで……やったものだ」
虚勢なのかもしれない。
けど、魔王はたしかに笑った。
「……ねえ」
「なんだ?」
「少し、お話しない?」
「…………動けんからな、いいだろう。退屈しのぎだ」
今まで……何してたの?
ーー城で過ごしていた
どうして?
ーーこうなると分かっていたからな
どうして逃げなかったの?
ーー俺が逃げる?冗談はよせ
だって弱いじゃない、あなたは。
ーー相変わらず失礼だな
……ねえ
ーーなんだ?
……派遣された兵士を……殺したの?
ーーー……ああ、殺した
どうして?
ーー決まっている。俺が魔王だからだ
嘘なんでしょ?
ーーなんだと? まだ俺が魔王だと信じてなかったのか
そっちじゃないわよ。
ーー?
あなたの魔法見たもの。あれじゃ人は殺せない。
ーー……そんな事は無い。炎に身を包まれれば
誰かが助ければ死なないわよ。その場に兵士は何人もいたはずよ。
ーー!……どうした?
零れ落ちた涙が、魔王の頬で弾ける。
どうして泣いているかも、よく分からない。
「私はね、勇者に憧れてたの」
世界を救う英雄。
魔物と魔王を倒して、人々に平和を齎す。
そんな存在になれたら、どんなに誇らしいか。
実際に勇者になった時は、一週間経っても現実味が無かったけどね。
「でも、こんなの違う!」
魔物が居ない! 魔王は弱い!
それ自体は喜ぶべきよ!
世界が平和のままだったんだから!
「でもっ……どうして倒さなくちゃいけないの!」
何度も言った! 倒す必要は無いって!!
なのに……こんな事までして……
「あなたも言ったよね。倒せ、って」
「……ああ」
「そんなに死にたいの?」
私が勇者らしくないから?
それだけの理由で全部諦めるの?
「俺にだって魔王としての自負がある」
「……」
「こんな世界で生きるのは真っ平だ」
「そっ……か……」
なら、倒したほうがいいのね?
そうするしか……
「だが」
「?」
「ここまでされて大人しく倒れるほど、魔王は甘くない」
魔王が閉じていた瞼を開ける。
そこには、潰されたはずの、とても綺麗な真紅の瞳があった……
「目が……」
「再生能力だ。これぐらいなら何とか戻せる」
「なら、手足は?」
「今の俺では難しいな」
そう……
「俺の目を見ろ」
「?」
魔王の言葉に、私は真紅の瞳を見つめ返す。
すると、魔王は再び口を開いた。
「お前次第だ」
「……え?」
「ここで俺を倒せば、なんにせよ決着はつく」
「……」
「だが、どうしても倒したくないならば協力しろ」
「協力って、何を?」
「決まっているだろう。ここから出るんだ」
・・
・・・
「これは一体……どういう事じゃ?」
翌日の朝、国王様は護衛の人数を増やして牢屋に訪れた。
そこで目にしたのは、牢屋に囚われている”4人”の姿。
「なぜ牢屋に入っているのじゃ、番兵よ」
「「……」」
平時には感じられなかった、国王様の気迫。
ここに囚われてから少しずつ滲み出てきていたソレが牢屋番を包み込む。
けれど歯を食いしばって耐えながら、牢屋番の一人が言葉を返した。
「申し訳ありませんが、もうあなたには付いていけません」
「……なんじゃと?」
「俺は……いや、俺達は勇者様に付いていきます」
はっきりと告げた言葉に、国王様は一瞬呆けた。
けれど、直後に両目へ宿ったのは激しい怒り。
「何を言っているのか分かっているのか?」
「勿論です。こんな森の中で理由も教えられず、誰も入っていない牢屋の番を命じられて、支給食は不味いし」
それは愚痴じゃないの。
「警告を忘れたか?」
「そこですよ、一番の理由は」
もう国王様の気迫に怯む事無く、牢屋番は言い放った。
「家族を人質にするような人でなしより、その家族を心配してくれた勇者様の方が信用できる!!」
黙っていたもう一人も、続けて叫ぶ。
「それ以前に可愛い女の子とオッサンならよ、女の子を選んで当然だろ!!」
もう少し真面目にしなさいよ。
「……よかろう」
一転して静まり返る場で、国王様が怒りの篭った声で宣言した。
「貴様達は今より国民ではない!! 国賊じゃ!!」
……その言葉を待ってたわ。
「強国の主よ」
目を閉ざしていた魔王が口を開く。
……毛布で何重にも包まれているから赤ちゃんみたいだけどね。
「何を吹き込まれたかは知らぬが、情けないものだ」
「なんじゃと?」
「今は亡き男の傀儡と化し、導くを忘れた愚者に王たる資格は無い!!」
魔王が目を見開き、国王様を睨みつけた。
そこにあるのは真紅の瞳。
潰したはずの輝きに、国王様と護衛の兵士達は驚愕の表情を浮かべる。
その隙に魔王は視線を天井へと向けた。
「”テオ・バロウ”」
凄まじい熱気を撒き散らしながら、魔王の眼前に出現した業火が天井へと発射される。
直後に爆発を伴って現れたのは、私が落ちてきた時より大きい穴。
「なぜ目が!!」
「二人とも! 忠誠を!」
「「はい! 勇者様に忠誠を捧げます!!」」
無茶して強い魔法を使ったから、魔王は気絶している。
その、普段より軽くなっているだろう胴と頭だけの体……
頭も毛布で包んで、しっかりと抱きしめた。
「なっ、何をする気じゃ!!」
「こうするのよ!」
手中に隠し持っておいた羽を握り潰す。
一ヶ月前、魔王に渡された二枚の羽……残りの一枚は使わないまま持っていた。
怖い思いをしたから捨てようと思ってたけど、思い留まっててよかったわね。
体に訪れる浮遊感。
そして、一拍置いてから私達4人は魔王の空けた穴に向かって飛んでいく。
「待て!こんな事をして……」
「じゃあね、おじさん!」
それだけを言い残して、私達は外へと文字通り飛び出していった。
・・
・・・
牢屋の天井から脱出した私達は、空の旅を続けていた。
「うまくいきましたね、勇者様」
「……そうね」
ーーーーー
昨晩、魔王の問いに私は答えた。
ここから出る。
出てどうするかは決めてなかったけど、
魔王は一つの提案をしてくれた。
「俺達が納得する結末を探す」
「?」
「俺は先代の勇者に恨みがあるが、それ以上に気になっている事の方が多い」
「それって、どんな事?」
「話すと長くなる。だが、調査には時間が必要だ」
そして私は勇者と魔王の運命……つまり魔王を殺す必要性に疑問を持っている。
だから、魔王が気になっている事を調査している間に、私は時間をかけて自分なりの答えを出せばいい。
そう提案されて、結局は問題の先送りではあったけども了承した。
そうしなければ明日には魔王が……
「あ、でも……」
そこまで話して気付いたのは、牢屋番の二人。
私達が逃げたら、きっと重い罰を受けると思う。
「どうしたらいいのかな……」
「そこにいる本人達に聞けばいい」
「へっ?」
振り返ると、牢屋の外に厳しい表情で私達を見つめる、牢屋番の二人が立っていた。
「あ……」
「勇者様……」
気まずい空気が漂う。
けど、すぐに質問を投げかけられた。
「俺達を犠牲にしますか?」
「え……」
そんな事……できない。
けど、このままじゃ魔王が……
「あ……えっと……」
どうしたら……なんて言えば……
「おい、そらへんにしとけよ」
「……そうだな」
「へ?」
なに?どうしたの?
「試すような真似をして申し訳ありませんでした」
「へ?」
「俺達も勇者様に付いていきます」
「な、なんで?」
「そりゃもう、嫌気が差したんですよ」
「もう頭きたよな」
「な。ふざけんなっての、あのクソオヤジ」
そうやって悪態を吐く二人は、私へと向き直る。
「最近の王は変なんです」
「そうそう。このままだと口封じに殺されそうですし」
で、でも……
「残された家族は……」
「っはは!勇者様はお優しいですね」
「?」
「残す家族が居るなら付いていきませんよ」
「……ってことは」
「もう天涯孤独です」
「俺はお袋が兄弟連れて他国に引っ越しました」
そう……なんだ。
「じゃあ脅されたのは何だったの?」
「国王は俺達みたいな末端の家族なんて知らないですよ」
「そういう事です。これ言っとけば大丈夫、って思ったんでしょうけど」
そっ……か。
「なら、一緒に」
「駄目だ」
「へ?」
「駄目だと言っている」
魔王が頑なに断る。
どうして?
「いざという時に我が身可愛さで裏切られると面倒だ」
「絶対に裏切らない」
「既に国を裏切るつもりではないか」
「「……」」
どうしよう……
「「「「……」」」」
なんだか重い空気を味わう。
けど、大事なことに気付いた。
「でも、二人を引き込まないと逃げるの無理じゃない?」
「……」
「「……」」
…………え~っと。
「よし、これからは俺を主として崇めよ」
「「ふざけんな!」」
「なんだと!?」
「誰が魔王に忠誠を誓うかってんだ!!」
「そうだそうだ! 俺達は勇者様に仕えるんだよ!」
なんか喧嘩し始めた。
「やめなさい三人とも」
「黙れ平坦勇者が!」
ぁあ?
「……やれ」
「「はっ! 喜んで!」」
「いだっ! おい! 槍で突くな!!」
・・
・・・
「これくらいで許してあげましょうか」
「「はっ」」
「くそ……動けたら返り討ちにしてやるのに」
何言ってんの、私と同じくらい弱いくせに。
「とにかく、早いとこ脱出しましょ」
「駄目だ」
「は?」
また何かあるの?
「外に見張りの兵士が隠れているはずだ。それぐらいの備えはするだろう」
周囲を見張りの兵士で囲っているらしい。
「なぜ分かるんだ?」
「どうせ貴様らは信用されてないだろうからな」
「うるせえ無力魔王!」
「なんだと!!」
「はいはい、喧嘩しないの」
とにかく牢屋番の二人が私達に寝返ったし、牢屋からは脱出できる。
けど、他の兵士達からは逃げられない……
「おい勇者」
「なによ」
「持っているなら羽を使うぞ」
「……あ」
そうだ、羽があるじゃないの。
「行き先って決まってるの?」
「いや、残った羽も望みの場所に飛んでいける」
最初に使った羽が変だったんだけど……ここに飛ばされたし。
でも疑ってたら話が進まないし、どちらにしても逃げられるなら構わない。
「なら早く飛んでいこ? 夜なら飛んでも見つかりにくいだろうし」
「俺とお前だけなら飛んでいけるが、こいつらは無理だ」
へ……?
「人数制限とかあるの?」
「10人までだ」
「なら大丈夫よ。バカなの?」
「お前な……他の理由に決まっているだろうが」
なら、もったいぶらずに早く言いなさいよ。
「所属の問題だ」
「??」
「こいつらは国に仕えている。心が離れてもな」
王に忠誠を誓い認められると、そこで所属が確定してしまうらしい。
「魔王と勇者には所属が無い。所属される側だからな」
「所属って、何か問題があるの?」
「大ありだ」
羽を使って飛ぶ場合、使用者に所属しているか、同じ所属の者しか対象に出来ない。
それ以外の者は手を繋いだりして無理矢理一緒に飛ぶ事は出来ても、かなり危険になる。
「羽は飛ぶだけでなく、飛行中の風圧や冷気からも護られる効果がある」
「それって……」
「護られていなければ、まず間違いなく手など繋ぎ続けられない」
万が一手を離さなくても、冷気で凍え死ぬらしい。
「だから連れて行くなら所属を変えなければならない」
「どうすればいいんだ?」
「奴に忠誠の破棄を認めてもらえ」
「無理だろ!」
そうよね。
国王様に破棄を認めてもらうなら、実際に会わないと不可能だもの。
「だったら、俺に忠誠を誓え」
「「はあ!?」」
牢屋番二人が揃って呆れたような声を出す。
「だから俺達は勇者様に」
「今は無理だ。勇者に所属するならば、先に国への所属を破棄する必要がある」
「だったらあんたも無理だろ!!」
「バカめ。魔王だけは忠誠さえ誓えば所属を塗り替えられるんだよ」
「「「ズルい!」」」
「言ってる場合か! 早く誓え!!」
……けど結局、牢屋番が魔王へ忠誠を誓う事は無かった。
仮に魔王へ忠誠を誓って所属を変えたとしても、
その後に破棄をするなら今度は魔王の許可が必要になる。
その時に許可しないだろうと疑ったから、牢屋番の二人は忠誠を誓わなかった。
かといって二人を置いてはいけない。
だから国王様が訪れた時に逃げる事にしたの。
しっかりと言質を取って所属を破棄し、その場で勇者である私に所属する。
確実に成功する作戦じゃなかったけど、万が一の時は最終手段として、魔王に忠誠を誓ってでも逃げる算段だった。
ちなみに、魔王と私は同じ所属になれない。
このままでは魔王だけ凍え死んじゃう。
だからこそ毛布で何重にも包んで、しっかりと抱きしめた。
あとは三人で囲むように飛べば、魔王だけなら風圧も冷気も何とか防げるだろうって本人が提案してきたから。
初の試みだし、失敗すれば魔王を何処かに落としてしまう結果となったはず。
なのにロープで巻きつけて固定しようとしたら、
そこまですると意図に気付かれる可能性があるって断られたんだもの。
……無茶するわよね。
でも、おかげで無事に逃げ出せた。
ーーーーー
昨晩からの出来事を思い出していると、目的地に到着する。
前回のように上空で止まる事はなく地面まで運んでくれたし、直前でフワッと滞空したから安全に着地できた。
むしろ前回のは何だったのよ、と問いたい。
不良品だったのかな?
「勇者様、ここは?」
「ソレナリ村よ」
どこに飛んでいくかを話し合った結果、王都近辺と魔王城は却下になった。
王都の近くは当然、捕まりやすいから。
そして魔王城が却下となったのは、まだ派遣された兵士が残っている可能性があるから。
だから私達は王都から1週間ぐらい移動した先にある村を選んだ。
そして村の入り口に着地したものの、中には入らず近くの森に紛れようとしている。
すると元牢屋番の一人が声を出す。
「勇者様、これからどうしましょうか?」
「そうね……ひとまず魔王が目を覚ますまで隠れてましょ」
「「はっ」」
う~ん……なんだかしっくりこないなあ。
「ねえ、勇者って呼ぶの止めない?」
「はい?」
「私って勇者らしい事してないから」
「……では何とお呼びすれば?」
「ハンナって呼んで?」
「普通に名前ですか。まあ、そうなりますよね」
うん、これでスッキリした。
魔王に頼んでも頑なに拒否しそうだけど、それなら私も無害魔王だとか貧弱魔王だとかで呼ぶもん。
「あ、そういえば二人の名前は?」
今更すぎたけど、聞いてなかったわね。
「はは……もう一生聞かれないかと思ってました」
「ごめんなさい」
「いえいえ、俺の名前はボズです」
「俺はビャリーです」
「ボズとビャリーね。よろしく」
遅すぎた自己紹介を終えて、私達は森の奥へと進んでいく。
道中で薬草や茸を採取しに来たらしい村人と遭遇しそうになったけど、何とかやりすごす。
そうして1時間ほど休憩を挟みながら歩いていると、ボズが焦った声で話しかけてきた。
「あ! 勇者様!」
「もう、勇者って呼ばな」
「いやいや! 呼び方とか今は置いといてください!!」
「な、なに? どうしたの?」
「魔王ですよ! ずっと包みっぱなしです!」
……あ。
「忘れてた!」
慌てて抱き運んでいた魔王から毛布を剥がす。
こんなにぐるぐる巻きにしてたら窒息しちゃう!!
すぐに毛布を剥いだけど、魔王は眉一つ動かさず……
「もしかして酸欠で……」
「長い間呼吸できなかったですよね、あの状態は」
「ちょっと! しっかりして!!」
バチン! バチン!と何度もビンタで起こそうとする。
「ハ、ハンナ様……それは」
「起きて! お願いだから!」
「ぐ……痛……」
「せっかく逃げれたのにっ! 死んじゃ駄目!!」
「いっだ! おい!!」
あ! 生きてた!!
「殺す気かアホが!!」
よかった……生きてた……
つい抱きしめてしまうほどに安心していると、魔王が呆れたように文句を呟く。
「言っただろうが。お前じゃないと俺は倒せん」
「でも酸欠はさすがに死ぬかと……」
「俺に呼吸は必要ない」
「そうなの?」
「喋るのに空気が必要だから呼吸に近い真似はするが、生命維持には必要ない」
そっか。安心した。
「それにしても……」
「へ? なに?」
「ここまで密着して何の感触も無いとはな。むしろ窪んでないか?」
バチイィィィン!!
「いったい!! ……なにをする小娘!!」
「うるさい! ビンタで死ぬか試してあげるわ!!」
「やめろ! そんな死に方は不名誉すぎるだろうが!!」
・・
・・・
「……で、ここはどこだ?」
「ソレナリ村に隣接してる森よ」
「そうか。無事に到着したんだな」
「うん。これからどうするの?」
騒ぎも落ち着いて腰を降ろした私達は、今後の事を話し合おうとしていた。
「正確な場所は分からんが、村から南西の方角に進めば洞窟があったはずだ」
「ん~……方角とか見てなかったわ」
「だろうな」
「むぅ……」
そこで、ひとまずビャリーと私が村へ戻って村人から話を聞く事に。
ボズと魔王は留守番ね。
「印を付けながら村へ行け。ここに戻れなくなるぞ」
「うん」
・・
・・・
「洞窟は確かに村の入り口から南西らしいです。あっちですね」
「そっか。なら私達が進んだのと逆なのね」
私は勇者だから村人に見られると気付かれちゃう。
だから目撃情報を少しでも残さないように、私服に着替えたビャリーに聞いてきてもらった。
その間、私は草むらで待機……来た意味あったのかしら?
魔王の人選に任せたのが間違いだったわね。
「では一旦戻りましょう」
「そうね」
・・
・・・
「戻ったか」
「……へ?」
ボズ達の所に合流すると、魔王が座っていた。
そう……座っている……手足が……ある。
「再生したの!?」
「まあな」
「なんでもっと早くに再生しなかったの!?」
「自力での再生じゃない。牢屋ではタイミングも悪かったからな」
「けど……」
「ハンナ様」
「ん?」
ボズが少しニヤけながら耳打ちしてくる。
「魔王って思ったより紳士でしたよ」
「へ?」
「おい!余計な事を喋るな!!」
なに? 何があったの?
「魔王さんよ、話しといた方が良いんじゃねえの?」
「ダメだ!」
「同じような状況が無いとも限らないぜ?」
「…………ふん、勝手にしろ」
拗ねたように背中を向けてしまった魔王。
その様子に肩を竦めながらボズが教えてくれた。
「脳を破壊したんですよ」
「……へ?」
「一回死んで復活したんです」
え……でも……
「ボズ、間違いを教えるな」
「じゃあ、あんたから教えろよ。俺には難しい」
それって私にも難しいんじゃないの?
「……俺は勇者に核を破壊されない限り不死身だ」
「うん、それは聞いた」
「だが、誰にでも傷付けられるし、体の欠損も力が足りなければ再生出来ん」
「……うん」
それは思い知った。
「だが、活動が不可能なほど損傷すれば自動的に全て再生する」
「それが……脳の破壊なの?」
「手っ取り早いだろ」
だからボズに魔王の頭部……脳を破壊するよう頼んだらしい。
私を村へ行かせたのは、その光景を見させないため。
「ほら、意外に紳士ですよね?」
「勝手に言ってろ。ただな、これは奥の手だ」
「奥の手?」
「ああ。ペナルティとして魔法を一つ忘れる」
「そうなんだ……何を忘れたの?」
「土石の第五魔法だな。それだけ記憶から抜けている。まあ、普段も使わんから運が良かったと言える」
多用は避けたいのね。
あ、でも……
「これ繰り返したら完璧な無害になれるわね」
「は?」
「そしたら倒さなくてもいい、って皆に分かってもらえるかも!」
「そんな都合よく済むか!目の敵にされているんだからな!」
「ハンナ様って恐ろしい……」
「何回も脳を破壊するって意味だと分かっているのだろうか……」
ダメか……あと、そんなに怯えないでよ。
さすがに頭を何度も破壊するなんて、正気の沙汰じゃないのは分かってる。
気を取り直して、洞窟のある方向に移動を開始した。
そこで魔王が調査したいらしい。
「んん~……」
歩きながら魔王について考える。
勇者じゃないと倒せない。
体が欠損しても再生するし、再生する力が足りなくても脳を破壊したりすれば全部再生する。
ペナルティはあるけど、数ある魔法の一つだから数回までなら影響は少ない。
あとは頭も良いと思う。
しかも、あんな目に遭っても平然としているメンタル。
「魔王って弱いのに規格外よね」
「黙れ地平線勇者」
「……ビャリー」
「はい!」
「っぐ!? おま……痔になったらどうするんだ!」
「元のほうは無事だろ。穴は増えたがな」
相変わらず失礼な魔王の後を付いていくと、やがて洞窟に辿り着く。
「ここで何を調査するの?」
「隠し部屋と魔物の生き残りだ」
「生き残りなんて居るの?」
「分からん。お前はこの洞窟に寄った事あるか?」
「ううん、知らなかった」
ここだけじゃなく、私は洞窟だったり塔だったりに手を出さなかった。
早く魔王を倒すために! って寄り道しなかったもの。
「ふむ……人が行き来した形跡があるな」
「え? 冒険者かしら?」
「どうだろうな。荷車だったりも通ったようだ」
そういうのも分かるのね。
感心しつつ洞窟に入っていくと……
「これは……布団?」
「向こうには食料がありましたよ」
「あっちは武器です」
「奥には簡易便所もあった」
各自で探索すると、色々と見つかった。
けど洞窟って、こういうのじゃないよね?
「おそらくですが、村人達が避難所にしたのでしょう」
「避難所?」
「ええ。最近は戦争が多いですから」
敵国が村に攻め込んできたら、ここへ避難するらしい。
食料や武器とか備蓄しておいて、いざとなったら抵抗も出来るように。
「魔物が居ないからこそ利用してるんでしょう」
「これじゃ魔物の生き残りは望み薄ね」
「他も探しましょう。まだ全部は見ていません」
・・
・・・
「分かれ道ね」
「ちょうど分担できますよ」
奥に続く道が3つに分かれていたから、それぞれ分担して探索する事に。
私は正面の道を真っ直ぐと進み、やがて大きく迂回するように歩いていくと……
「え?」
小さなスペースがあるだけの行き止まりだった。
けど、それより目につくのは中央に置かれている……箱。
これって、もしかしなくても宝箱よね?
先代の資料にも書いたあったのよ。とりあえず開けるべし、って。
「……ふふ、ふふふふふ」
なんだか笑いが込み上げてくる。
だって、宝箱よ?
旅をしてた頃は一刻も早く魔王を倒さなきゃ、って意気込んでたから……ダンジョンとか塔なんて寄り道しなかったんだもの。
あわよくば旅の途中で見つけられないかなぁ……なんて期待してたけど、結局見つけられなかった宝箱。
それが今、私の目の前に置かれているのよ。
前の町で買った武器が入ってると落ち込む、とか資料に注釈があったけど私には関係ない。
なぜなら私は丸腰だから。何が出ても儲け物よね。
皆を呼んだほうがいいのかな……まぁ、いっか。
せっかくの初宝箱なんだし、ここは思い切って開けちゃおう。
「あ、でも……村の人達が置いたのかな……」
そうだとしたら中身を持っていくのは盗みになるわよね。
先代の資料では遠慮しなくていいって書いてたけど、そんなの無理。
「けど……開けたいなぁ」
開けるだけなら大丈夫よね? この際だから気分だけでも味わいたいもの。
そう決心して私は宝箱の蓋を掴み、ゆっくりと開けた。
入っていたのは……
「? ……何コレ?」
何も入っていないというか、底のほうが真っ暗で何も見えない。不思議ね。
手を突っ込んだら何か見付かるのかな? ちょっと怖いけど……
「なにしてるんスか」
「へ……?」
声が聞こえ、あれ?
「逃げルっすよ」
宝箱が喋っ……た……
「キャアアアアァァァァ!!」
宝箱が喋った! なんで!? どうして喋るの!?
慌てて尻餅をつきながら転げて逃げる。
パニックに陥りつつ来た道を戻ると、皆が集まってきてくれた。
「どうした!」
「ハンナ様! 無事ですか!?」
「た、たたたかっしゃばべ……」
「落ち着いてください!」
碌に舌が回らなくなっていた私は深呼吸して落ち着きを取り戻す。
そして引き返してきた道を指差しながら訴えた。
「宝箱が喋ったの!!」
「「はい?」」
「……まさかっ!」
魔王だけが血相を変えて奥へ走っていき、残った3人は顔を見合わせる。
「ハンナ様、風の音でも聞き間違えたんじゃないですか?」
「そんな事ないもん!」
「まっさかあ」
信じてくれないのが悔しくて詳しく説明し始めると、奥から魔王の声が響く。
「何をしてる! 早く来い!!」
3人でまた顔を見合わせ、急いで奥へ。
すると魔王は喋る宝箱に向かって語りかけていた。
「どうして貴様だけ生き残っていたんだ!」
「放っといてほしイっす」
「答えろ!!」
「いヤっす」
「貴様っ! 俺は魔王だぞ!」
「笑えナい冗談っす」
あれは語りかけてるというより、口論してるようね。
「あれって魔王が演技してるわけじゃないんですか?」
「違うわよ。本当に喋ってるの」
恐る恐る近付いてみると、さっきは無かった大きい舌が底から飛び出してる。
なんだか異様ね……
でもそれより、魔王が言った言葉が気になる。生き残った、って話してたわよね。
「ねえ、これって魔物なの?」
その私の問いかけに、魔王は振り向きもせず答えた。
「魔物だ。この無礼者はダミーボックス……宝箱に擬態して、開けた者を襲う」
「それって……私も危なかったんじゃないの?」
「なぜ無事だったかは知らんがな。開けたのだろう?」
「う、うん」
「それなら襲われているはずだ。そういう本能を持っているからな」
なのに襲われなかった。しかも魔王に逆らうような言動をしている。
たしか魔物を操れるのよね?
「とにかく、貴様が知っている事を全て吐け!」
「帰ってホしいっす」
「こんの……!」
もう我慢の限界だったようで、魔王はダミーボックスの舌を掴んだ。
「命令に従え!」
「いヤっす」
「ちょっと! 可哀想じゃないの!」
魔王の手を引き剥がし、ダミーボックスの舌を解放する。
「お前は下がってろ!」
「この子が嫌がってるでしょ! 無理強いしないの!」
「魔物は俺の配下だ! どう扱おうが勝手だろうが!」
「配下じゃなイっす」
「ほら! 配下じゃないって言ってるじゃない!」
そこでダミーボックスが私に話しかけてきた。
「さっキの人じゃないスか」
「え? えぇ、そうよ」
「早クこの自称魔王を連れてっテくれないすカ?」
「おい! 俺は正真正銘の魔王だ!」
後ろでボズとビャリーが笑ってる。
「じ、自称魔王っ……だははっはははは!!」
「俺達でも勝てそうだもんな! はははは!!」
そうね、ボズとビャリーだけで魔王を制圧出来そうだもの。
けど……あんまり笑わない方が良いと思うな。私も勇者なのに弱いから耳が痛いのよ。
「くっそおぉ! ダミーボックス! 貴様だって魔物のくせに誰も襲わないではないか!!」
「もうイやになったんスよ」
「知るか! ほらほら、少しは襲ってみたらどうだ!」
魔王がダミーボックスの中に上半身を突っ込んで挑発している。なんか間抜けな光景ね。
けれど、そんな気の抜けた空気だったのは束の間で……ダミーボックスの蓋が閉じた。
魔王が挟まれ、その直前に蓋の縁から飛び出した牙が魔王の体を容易く貫き、文字通り上半身を噛み千切る。
残った下半身は痙攣を繰り返しながら血を撒き散らし、断面から内蔵が飛び出した。
そんな光景が目の前に飛び込んできて……
「いやあぁぁあああぁぁぁ!!!」
「ハンナ様!!」
魔王が食べられて! いやっ……いやあああぁぁ!!
「うっ……」
こみ上げた吐き気を堪えきれずに、屈み込んでしまう。
けど胃は空っぽだったようで、少しの胃液しか出てこない。
大きく吸い込んだ空気には血と臓物の匂いが混ざっていて、更に吐き気を誘ってしまう。
「ハンナ様を守るぞ!」
「撤退だ! 魔王はどうする!?」
「すぐに生き返るだろ! 今はハンナ様を安全な場所へ!」
いやっ! 魔王も連れて行かないと! こんな危ない場所に置いていけない!
涙で滲む視界のまま顔を上げると、見えたのは血に濡れたダミーボックス。その傍らに転がっている魔王の下半身が……溶けだしていた。
血も臓物も、全て黒い液体になってしまう。
そして、そこから黒い煙が立ちこめて、ダミーボックスの蓋の隙間からも煙が出てくる。
「こレは……まさカ」
黒い煙が人の姿を象り、そこから出てきたのは……魔王。
傷一つ無い状態で、さっきまで上下に別れていたのが嘘のよう。
「……水氷の第三か。便利だったんだがな」
「ね、ねえ……大丈夫?」
「当たり前だろうが。今回のペナルティは大きい損失だったがな」
よかった……死なないって言われてても、こんなの死んだとしか思えないわよ。
「本当に魔王だっタんすね」
「さっきから魔王だと言ってるだろうが」
ダミーボックスが魔王に話しかける。私はさっきの光景が頭から離れず、この魔物がとても怖い。
なのに魔王は、一番怖い思いをしたはずの魔王が、何も気にした様子を見せず答えていた。
「貴様の所為で俺は便利な魔法を失ったんだ。責任取れ」
「あのまマ死ねばよかっタんすよ」
「貴様……俺が魔王だと理解して尚も逆らうか!」
「そレは驚いたんスけど、相手ガ誰でも従わないス」
結局は平行線みたい。魔王である事実だけじゃ魔物を従えられないようね。
あ、けど……
「魔物を操れるんじゃないの?」
「なぜか出来ん。紋章が無いからかもしれん」
そうなのね。
無理矢理に従わせるのは良い事と思えないから、別に残念でもないけど。
「もうイい加減に放っテおいてくれないスか?」
「貴様だけが何故生き残ったか、それだけでも教えろ」
すると、ダミーボックスが沈黙した。
しばらく待って、また魔王が怒鳴ろうとしたところで静かな声で答える。
「勇者の仕業なんスよ」
「え、私?」
「いや、先代だろう」
そっか、そうよね。魔物自体が初めて会ったんだもの。
「何の話すカ?」
「ん? ああ、こいつも勇者だ」
「ハ?」
いきなり鍵穴から目玉が覗いてきた。
ぎょろっとした目玉が私を見つめ、少し瞳孔が開く。なんだか怖い。
「……あいツとは違うすネ」
「比較にもならんだろう」
「……あイつは、ジブンに何度も倒されたんすヨ」
そこからダミーボックスが教えてくれたのは、先代との関わりだった。
王都から一週間の位置にあるソレナリ村。その近くの森には洞窟があり、そこでダミーボックスは生まれた。
洞窟の中には仲間が沢山居て、侵入してくる人間を襲っては倒していたらしい。
ダミーボックスは開けないと襲わないけど、強さは洞窟の中でも最上位だった。
もし開けようものなら容赦なく相手を噛み千切り、絶対に逃がさない。いつしか恐怖の象徴として村の言い伝えになっていた。
そんな折、先代の勇者が洞窟に侵入してきたらしい。仲間の魔物達を次々と斬り伏せ、どんどん攻略していく。
すぐにダミーボックスが居る場所へと到達し、当然のように開ける勇者。
その瞬間に舌を飛び出させ、獲物の絶望した表情を見逃さないために目玉を覗かせる。
ここで初めて勇者だと気付いたダミーボックスは喜んだ。
自分達、魔物の主であるらしい魔王様の敵対者。そんな不届き者を倒したならば、きっと魔王様の役に立てるはず。
こう考えてダミーボックスは襲いかかった。
結果は、意外にも簡単にダミーボックスの勝利で幕を閉じる。
舌で絡めて引き寄せ、頭を噛み千切ったらしい。すると力なく崩れ落ちる勇者の体。
すぐに消えてしまったそうだけど、これほど簡単に倒せるなんて思ってもみなかった。
それからというもの、勇者は何度も挑戦してきた。どうやら負けず嫌いのようで、死んでも死んでも蘇ってダミーボックスの元へ向かってくる。
時には道具や装備を新しくして、工夫を凝らしながら戦ったらしい。
けど、それでもダミーボックスに勝てなかった。なぜなら、王都から一週間程度の距離は弱い魔物しか出ないから。圧倒的に強者との戦闘経験が足りなかった。
かといって、経験は相手に勝たないと得られない。だから地道に弱い魔物を倒して経験を積むしかないらしい。
それを勇者も受け入れたのか、ある日を境に来なくなった。
「そシたら、看板が立てられたんス」
ダミーボックスが目玉で示した方向には木片が落ちていた。
近寄って拾うと、長い年月で風化してしまったらしい看板の欠片みたい。
そこには先代の名前が記されている。
「これは?」
「”勇者様のご命令により、この箱開けるべからず”……そう書かれテたんす」
それからというもの、誰もダミーボックスに近寄る事すら無かった。
たまに近付く者が現れても開けるわけじゃなく、ただ馬鹿にするような笑い声で蔑むだけだったらしい。
「どうしてそんな事を?」
「こいつの本能を利用したんだ」
私の疑問に答えてくれたのは魔王だった。
「ダミーボックスは開けた者を襲う。だからこそ宝箱に擬態している」
「じゃあ……開けなかったら?」
「誰も襲えない。ずっと、そこに在るだけだ」
少し哀れむような目で魔王がダミーボックスを見つめる。まるで気持ちは分かるとでも言うように。
「もう嫌にナったんす。誰も開けなイ、近寄ラない……存在価値を失ったんス」
「さっきは勇者が開けただろうが。なぜ襲わなかった」
「…………嬉しかったんス」
嬉しい?
「あンなに喜んで騙されてくレるなんて、久しブりすぎて……嬉しカったんす」
「……」
「殺したいって気持チより、生きテもう一度開けてほしい気持ちが強かったンす」
「ダミちゃん……」
可哀想に……魔物としての本能を破るくらい寂しかったのね……
「おい」
「え、なに?」
ダミちゃんの味わった寂しい時間を想像して悲しくなっていると、魔王が私を変な目で見てきた。
「ダミちゃん、だと?」
「へ? うん、ダミちゃん」
ダミーボックスだから、ダミちゃん。安直すぎるかなぁ……
「勝手に愛称をつけるな! こいつは俺の配下だ!」
「いいじゃないの。配下じゃないってダミちゃんが言ってるんだから」
「だから! ダミちゃんと呼ぶな!!」
魔王が地面を踏みならして拒否してくる。名前が長いから愛称で呼んだら良いと思うんだけどなぁ。ダミちゃん、ってなんだか可愛いし。
「魔物は勇者の敵なんだぞ! 自覚あるのか貴様は!」
「ないわよ!!」
「はあ!?」
あるわけないじゃないの! さっきまで会った事もなかったんだから!
しかも、こんな可哀想な思いをしたダミちゃんが敵だなんて考えられない。
「ねえダミちゃん。私達と一緒に来る?」
「ヘ?」
「だって、こんな場所に一人ぼっちなんて寂しいでしょ?」
きっと私達は王国から追われる。そんな状態で道連れにするのは良い事じゃないだろうけど、こんな場所で過ごすよりかはマシだと思うの。
「ね? 毎日開けてあげれるし、誰かと一緒に過ごす方が楽しいわよ?」
「勝手な事を……」
魔王が何か呟いてるけど、反対はしないでしょ?
「まだ聞きたい事が沢山あるはず。だから一緒に連れて行きましょうよ」
「……いいだろう。戦力にもなるしな」
「やった! これからよろしくねダミちゃん!」
「へ、あノ……」
「ダミちゃんは歩けるの?」
「いや、舌を使えバ動けるんすけド……」
一度誰かを倒して閉じてしまうと、もう動けないらしい。
さっきは魔王を食い千切って閉じたから、動くにはもう一度開けないと駄目なのね。
「それじゃ、もう一度開けるわね」
「え……」
「はいっ!」
ガタン! と勢い良く開けると、暗い底が見える。やっぱり不思議よね。
「っ……」
「おい勇者、気軽に開けるな」
「どうして? 動けるようにしないと」
「本能に抗うのは難しい。何度も襲われないと過信するんじゃない」
ダミちゃんの舌が出てきて、私の頬を舐める。
じっくりと味わうように……鍵穴から覗く目は血走ってて、危険な光を放ってた。
「…………落ち着イたっす」
「ご、ごめんなさい」
ちょっと怖かった……
「まあ勇者は死んでも蘇るがな」
「そうなの?」
「こいつの話を聞いただろうが。何度も蘇ってきたと」
そういえば……先代の資料には書いてなかったわね。
「なら、もし私が食べられても蘇るのね?」
「変な期待をするな。蘇るのは近くの教会か宿だ」
私達が本格的に指名手配とかされると、蘇った瞬間に捕まってしまうかもしれない。
だから安易な気持ちで蘇るのは危険が大きそう。
私だって痛いのは嫌だから否やも無いんだけど、そうなると何度もダミちゃんを開けるのはリスクが高いのね。
「でも開けてほしいんでしょ?」
「……そうスね。最初みたいな開け方なら、簡単に本能を抑えられるんすケど」
「最初?」
「中身に期待しながラ開けるんす」
それって難しいわね。もう中に何も無い事を知ってるから。
するとボズが何か思いついたように私へ提案してきた。
「ハンナ様、後ろを向いててください」
「どうして?」
「いいですから」
なんなのかしら?
とりあえず言われた通りに後ろを向いて待っていると、やがて何かが閉じる音が聞こえた。
「はい、こっちを見てください」
「うん……え!?」
ダミちゃんが閉じてる! どうして!?
「せっかく開けたのに!」
「お、落ち着いてください! オヤツを入れたんですよ!」
「オヤツ?」
「はい。俺が隠し持っていた秘蔵のオヤツです」
「?」
「ハンナ様に差し上げますよ。しばらく甘いものなんて食べてなかったですよね?」
そうね。しばらく牢屋生活だったし、ご飯は食べられても甘いものは食べられなかったなぁ。
なんだか途端に甘いものが食べたくなっちゃった。
「本当に私が食べていいの?」
「ええ、どうぞ」
そう言ってダミちゃんに手を向ける。そこでやっとボズの狙いが分かった。
「そういう事ね!」
ダミちゃんに近付いて蓋を開ける。どんなオヤツが入っているのか”期待”しながら。
「……あ、見つけた!」
蓋の裏側に干した甘芋が貼付けられていた。これ美味しいのよね。
「いただきまぁす!」
甘くて美味しい……幸せ……
「どうだ、ダミーボックス」
「楽に抑えレたっす」
「あ、そうだった」
ダミちゃんが本能を抑えやすいかの実験だったのに、甘いものに夢中になってた。
「この方法なら大丈夫そうですね」
「甘いものを用意する必要があるけどな」
「まだ幾つか持ってる。出来れば種類を変えた方が期待度も高まるんだが」
・・
・・・
こうして、村人達が洞窟へ入ってくる前に出る事となった。
上手に舌を扱いながら移動するダミちゃんも仲間になったし、ここに寄って良かったな。
「まだ貴様には答えてもらう事が山ほどあるからな」
「あんタに教える義理は無いス」
「貴っ様!!」
「ハンナ様になら教えてもいイす」
なんだか懐かれたみたい。何か魔王が知りたい時は私が代わりにお願いしなきゃいけないのね。
「私に協力してほしかったら、ちゃんと名前で呼んでね?」
「ふざけるな!」
「私も名前で呼ぶからいいでしょ?」
「俺に名前は無い。魔王であるだけで充分だろうが」
名前がないなんて不便そうだけど、昔から魔王とだけ呼ばれてたのかもね。
「それなら私が考えてあげる」
「は?」
「そうねぇ……魔王だから、マー君」
「「ぶはっ!!」」
ボズとビャリーに笑われちゃった。そんなに変?
「ふざけるな平坦勇者が!! 誰がマー君だ!」
「だっははははははは!!ま、マー君……んははははははははは!」
「は、腹痛えぇっ!! ひーーーっ!!」
魔王は嫌がってたけど、名前が無いと不便だから皆で考えて”マオ”と呼ぶ事になった。
そして愛称はマー君。ふふ……可愛いわね。
からかうボズとビャリーに顔を赤くしながら怒る魔王……マオと、そして私の後ろを付いてくるダミちゃん。
その様子を眺めながら、私は森の木々から覗く青空を見上げた。
「……」
私達は長い旅を始める事になる。
魔王が気になった事の調査と、魔物の生き残りを探すため。
そして……私達が納得出来る終わり方を探すため。
大変な旅である事は分かる。王国に追われるかもしれないし、危険な目にも遭うと思う。
けど、仲間達と一緒なら……楽しい旅になるとも思える。
そんな期待と不安を胸に、私は歩き続けた。
これにて読み切りとなりますが、お楽しみいただけたでしょうか。
感想など頂けると嬉しいです!
そして他に2本連載してますので、そちらもお読みいただけると幸いです。内の1本は時間がなくて更新が滞っていますが……