乙女剣戟奇譚
帝都の郊外に作られた舞台では様々な催しが行われる。その中でも最も盛大で、最も人が熱望する催しが今行われていた。
神前武闘大会。神である帝の御前にて行われる己が武を競う決闘。
都合十二の試合を経て、十二の屍を晒し、ここに頂点を決する試合が行われようとしていた。
「西方 龍閃抜刀術 櫻木桜花」
西方の大門から現れるのは黒髪の女。白塗りの鞘に納められた刀を手にし入場する姿はここまで勝ち進んだ猛者には見えぬほど可憐であった。
だが、その瞳だけは別だ。その瞳はさながら鬼が如く黒々と輝き、漆黒に燃えている。
血濡れの着物を身に纏い、その女は大舞台へと上がる。
「東方 火天武門 緋衣流火天剣術 緋衣夜叉姫」
次いで、東の大門より現れるのは血濡れの女だ。紅い髪を振り乱したその姿はまさしく名を示すが如く夜叉のよう。
火瑛の国の姫君だと誰が思うだろう。まさしく、正しく彼女は武人だった。紅鞘の刀を腰に帯びて、燃える焔の瞳は鋭く目の前の桜花を射ぬいていた。
その姿はまるで恋慕しているようにも見える。いいや、本当に恋慕しているのだろう。
「ああ、やっと。ここまで、来た。私は貴女が好きです」
感じたのは、熱だった。
好きになってしまった。
一目見た瞬間に、声を聴いた瞬間に。
どうしようもなく好きになってしまった。
だから、迷うことなく、お前を好きになる男全てを斬り伏せることを決めた。
「だって、あなたが私以外の人と付き合うだなんて、そんなの認められるわけありませんもの」
だから、殺そう。
この思考がおかしいことなどとっくの昔にわかっている。
けれど、それを止めることなんてできないのだ。
好きだから。愛しているから。
だから、もう止められない。止まらない。止まるつもりもない。
「全員殺して、あなたと添い遂げる。そのためなら、修羅にだって、なってみせますわ」
狂っている?
そう狂っている。
狂っていなければ嘘だ。
だって、転生などという、意味不明な事象に巻き込まれて、狂わないわけがないのだから。
「ええ、そう。わかってる。私も同じだから。ずっと、同じことをお思っていました。その感情を愛と呼ぶのなら、これは恋なんですね」
「そうよ。でも、だからこそ、そんなことはもうどうでもいいの」
ここまで来たのならば、もはやどうでもよかった。互いに、互いを好きになるという六つの屍を乗り越えてここに至った。
ならばこそ、やることは、ただ一つだけ。
もはや最初の願いがなんであったかなどどうでもよくなっていた。
「やりましょう。私の全霊を以て、あなたの全てを打ち砕く」
もはや言葉は不要。夜叉姫が構えを取る。鞘から刃を抜き放つ。自らの権能にて生み出した歪みもひずみも狂いすらない一本の刀。
赤い炎のような刀身が熱を放ち、大気を揺らめかせる。
「ええ、どうぞ。それでこそ、私が認めた女です」
応えるように桜花が腰を落とす。居合い抜きの構え。女であることを捨てて、ただ二人は武人となる。
「良い。許そう。その狂想、ここにて果たすがよい。その果てをこのわしに示せ」
帝の言葉が大舞台を貫いた。静まり返った舞台。今か今かと開始を待つ。
「いざ、尋常に――」
風が止まる。そして、
「――始め!!」
「――――!!」
開始と同時に夜叉姫が飛び出した。地面を蹴る。一歩で音を越える。ただ早く相手を切る為だけに編み出した歩法。
意識の死角。無意識の死角。視界の死角を突いて、まるで消えたかのように目の前に現れる神速の踏み込み。
裏霞。霞のように揺らめき相手の裏を取る神速の歩法。
まるで一瞬にして空間を切って移動したかのように、夜叉姫は桜花の背後へと現出する。
放たれるは、第六秘剣の一つ緋衣流第一秘剣――明月。
振るわれる刃は火の粉を引いて走る。明るい月のように振るわれる三日月の軌跡。基本となる横薙ぎ。
「ハハッ――」
対する桜花は笑った。
鯉口が鳴る。
龍閃――八重桜。
龍切の居合いが走る。
振り返ると同時に、走る剣閃。八つの軌跡が下から上へ。地から天へと。三日月を引き裂くように剣閃が走った。
火花が散り、刃が鳴る。
振るわれた刃は居合いに迎撃される。
散る火花。
鳴り響く金属の鳴り。
一瞬に鞘に納められた刀。
続く、居合いが走る。
「次は、こちらです」
龍閃――雪中花。
雪の中で咲く花が雪解けとともに一瞬だけ、その姿を現すことに例えられた居合い。即ち、その居合いはただの一瞬のみ、刃がそこに存在するほどに速い。
神速の斬撃。不可視と化した刃が夜叉姫へと迫る。
必殺の軌跡。だが、
「それでこそ、私が憧れた貴女」
夜叉姫もまた退かない。
一瞬を引き延ばした時間の中で、己の刃を奔らせる。
その刹那に、想いを伝える為に。
第二秘剣――開華。
花開くように焔が花開き刃を奔らせる。
爆発した焔が夜叉姫の刃を加速させた。
加速した刃は雪中花に追いつく。雪を溶かし尽くす焔の熱が揺らめき刹那の攻防にて交差する。
「やる」
その一撃で互いに仕切り直しとなった。
「さすがですわ桜花さん」
「ええ、そうね夜叉姫」
「…………」
「…………」
言葉は不要だった。これより先は修羅となる。ただそれだけ。互いの全力で以て、どちらかが死ぬまで続ける。
「「我が紋よ!! 我が命を喰らい。根源より、我らが望む全てを汲み出せ――!!」」
互いの身体に刻まれた紋が輝く。
「走れ、私の龍閃。目の前の愛おしい人に全霊を見せつけるために――」
龍閃――四季桜。
四季に姿を変える桜の木の如く、四つの異なる斬撃が重なった理を超えた居合いが走る。
四つが同時に重なったことによりその斬撃は事象飽和を内包している。
つまり、その斬撃は防御不能。
「受けて立つ。私の全力の秘剣で」
第三秘剣――天明。
天を照らす太陽の如く、全てを滅却する焔の突き。
防御不能の一撃ならば真正面から突き破る。
防御などしない。全てを燃やし尽くせばそれでいい。
「おおおおおお!!」
「はああああああ!!!」
交錯する互いの技。
ぶつかり合う莫大な理の奔流に世界が揺れる。
そこに夜叉姫は更に重ねる。
「第四秘剣!!」
――白龍。
突きから刃を滑らせて回転させるように刀を回す。白刃がとぐろを巻くかのような軌跡を描き、刃は桜花へと迫る。
身体を引いてそれを躱す桜花。顎を霞めて空へと昇る白龍を彼女は幻視する。
それと同時に、四つの斬撃が流れたことを悟った。
「龍閃――!!!」
初花――。
その瞬間、次なる龍閃が夜叉姫を襲う。
互いに一歩も譲らずにただ攻防を重ねていく。逢瀬を重ねる男女のように、重ねて重ねて血の華を咲かせていく。
「やはり、いくら言葉を交わしても意味はありませんわね」
楽しい楽しい、とても楽しい。けれど、それでは満足できないのだ。
「だから、これで決めます」
一歩、夜叉姫が踏み込む。それだけで地面が抉れ、轟炎が全てを溶かし尽くす。
ただの一刀に全てを乗せた一撃。
振るわれた刀。
それはまさに魔剣と言ってよいものだった。
彼女が築き上げたこの六戦の勝利の中で全てを斬り裂いた一撃を昇華させたもの。
焔が刃となり、刃こそが焔なのだ。
数千度を超す焔が空間を歪ませる。
触れれば最後、切り裂かれ燃え尽きる死の魔剣。
紅蓮の熱が全てを斬り裂かんと奔る。
ただの一歩、それだけで彼我の距離が消え失せる。そこはもう死地だ。
振るわれる一刀。ただの一刀。全力で全てを振り絞った一撃だ。
この一撃で決める。
楽しむ? これ以上そんなことをするなど馬鹿のすることだった。ただの一撃で良い。もはやこの戦いの中で語ることなどいらない。
全て、この一撃に全てを乗せて放てばいいのだ。
ただそれだけで、全ては伝わる。
己の想いも、相手の想いも。
全ては一刀のうちに。
「愛している気持ちを伝えるのは一言で十分ですもの!!」
対する桜花は、居合い。
神速。天高く駆ける雷すらも斬り裂く雷切の一撃。
いいや、そんな生易しいものではない。
光すら切り裂く一刀だ。
光切。
そんな絶技。
龍閃を超えた極限。
雷光が駆け抜け、刀身が走る。空間を斬り裂いて、風が全てを引き裂き熱が全てを溶かす。ありとあらゆる全てを内包した剣が走る。
それは彼女に許された権能の全てだった。
身を食らわして、ただの一瞬に全てを賭けた一撃。
もはやこの戦いに数などいらない。
この戦いに唯一などというものはいらない。
今はただただの一振りがあれば良い。
それだけで全ては決着がつくのだ。
ただの一振り。するりと入れば全ては斬り捨てられる。
数を振るうのは馬鹿のやることだ。ただの一撃で良い。戦いの中で、数で言葉を伝えようなどと烏滸がましい。
ただの一刀。一振りの言葉があればそれでいい。
ただそれだけで、全ては伝わる。
己の想いも、相手の想いも。
全ては一刀のうちに。
「愛している気持ちを伝えるのは、一言で十分だから!!」
全てを一瞬に込めて、二人は剣を振った。
戦闘描写難しいなり。
アイデアが出てどうしようもなくなったのでそれらを振り払う意味とかいろいろな発散のために書いてみたものです。
二人の乙女ゲームの主人公が互いに恋をしてどういうわけか殺し愛をしている感じです。
シリーズものの乙女ゲームの世界が繋がって主人公同士が互いに恋をした結果がこれです。
互いの攻略対象をそれぞれ斬り伏せて殺し愛してます。
うむ、意味不明ですね。