第7話 過去
ソムはベットから起き上がった。ソムは拠点の家に戻っていた。女の人の声がするのに気がついた。コリンやエーヴァの声ではない。
いったい誰だろうか? エーヴァの飲み友達だろうか? 自分が向こうの世界に行く前は、拠点に酒を持って大暴れしたことがあったので、それ以降厳禁ということにしたのだが、こちらに戻ってルールが変わったのだろうか?
ソムはだるい体を動かして、6畳間の部屋から出て、階段を降りる。
そのとき、ソムはハッとした。女の人の声はまるで命乞いをしているように切羽詰まっているのだ。
ソムは急いで階段を駆け下りる。リビングを出るとそこには、
ソムの母と父がいた。
「ソム! この人を止めて! あなたも何か言って……」
リビングがあるはずの部屋は何故か、5畳半の部屋になっていた。
そこに、母はまるで棒に磔にされているかのように、両手首をくっつけたまま両腕を上げ、足も縛られている。
魔術手錠を手と足につけられているのだとわかった。
大きな胸がシャツの服越しにあるのがわかるが、今はそんなことを言っていられない。
「母さん!」
ソムは母を呼ぶ。自分の声の幼さに驚くと、自分がいつもより体が小さいことに気付く。
「やっと来たか、ソム。随分待ったよ。呼びに行っても良かったんだけど、こういうのは、サプライズにしないとね。子供が起きたら、枕元に蝶結びがついた箱に気づくようにね」
「父さん!どうしてそんなことするの!? お仕事がうまくいってないの!?」
イライアはいつからしていたのだろうか、いつもの薄ら笑いをしていた。
「父さんはね、これから未来に投資をするんだ。自分の計画が上手くいくように」
「投資? 計画?」
ソムはこの状況が耐えられなくなり、泣きそうになる。
「どうしてなの、イライア!? 私をどうするつもりなの!?」
ソムの母、リーヤが叫ぶ。ソムがうけついだとろんとした目が特徴的だ。
「私はどうすれば良かったの? いままでで私があなたに悪いことをした?」
「ソムの話をしようじゃないか」
イライアはそこに極上の楽しみがあるかのように言う。
「ソム?あなたはソムが英雄になる、英雄になるってうるさかっただけじゃないの!? あの子は劣等民からは一目置かれる存在にならなければならないけど、英雄ってどういうことなの? それにあなた、ソムを腫れ物に触るようにして、避けてきたじゃないの!」
父はそんなことを言ってたのかとソムは冷めた目をイライアに向ける。
「腫れ物に触るようにではない。純粋無垢に育ってほしかっただけさ。私の色に染まらないように」
「なにそれ? まるであなたが悪人のような……」
リーヤが気づいてしまったかのように、大声を出して暴れ始める。しかし状況は変わらない。そしてそのことにリーヤ自身も驚いているようだった。
「魔法は発動しないよ。もちろん意識魔法もね。魔術手錠はこういうときに便利だ」
ふふっとイライアが笑う。
ソムはじっとしているしかなかった。こんな悪夢の状況が終わりますようにと祈るしかなかった。
イライアはナイフを取り出し、掲げられた腕に切り込みを入れるようにナイフをゆっくりと腕に走らせた。ナイフが走ったところから、赤いものが滴り落ちていく。
「やめて!」
ソムが両親のところへ走り出そうとする。束の間、上から何かに押さえつけられた。
そこでソムは目を覚ました。自分が祈ったように悪夢は終わったのだ。
久しく見ていなかった夢だった。いつから見なくなったのだろうか。
そうだ。魔法がない世界に行ったときからだ。そして帰ってきてからまたこの夢。さすがにイライアに会った後に見るのは道理だと思うが、こちらの世界に戻ってきてから、またこの夢にうなされると思うと、気分が落ち込んだ。
階段を上る音がした。部屋のドアを開かれる。
誰かがソムを見て、声をかける。
「またあの夢を見たのか。ここには帰ってこないかと思ったら、もう帰ってきているんだ。驚いたよ。何があった?」
ライエンはベットで横になっているソムに向かって言った。ソムが帰ってきた時にはいなかったはずなのだが、寝ているうちに帰ってきたのだろう。
ソムは天井からライエンの方へ向いた。溢れていた涙が目からこぼれ落ちる。
そうか、自分は泣いていたのか。
ソムは話すべきかどうか迷い、話すことに決めた。
「お前が行った直後にあいつに会ったよ」
「例のお前の……じゃない、イライアか」
ソムがライエンを睨むと、ライエンは言葉を変えた。
「10年ぶりだっていうのに、あいつ、何も変わってなかった。風貌も雰囲気も俺に対する態度も……」
「あいつはエルフのなかでもずば抜けていた魔術師だったよな。それでもあいつはお前が劣等民という言葉を嫌っていたことに反対しなかった。半年に一度しか会ってくれないってこと以外は良い人だったんだろ?」
「それは母さんを殺す以前の話さ。帰ってきては、笑顔で俺に魔法を教えてくれた。エルフと普通の人に違いなんてないってことを後押ししてくれたのもあいつだった。だけどそれは布石だった。たぶん母さんを殺して俺に怒りを植え付けさせたのも、その目的の布石なんだ。あいつは母さんや俺に対して仮面をつけて接していたんだ」
「今日会ったときは、本性をあらわにしていたってわけか。あの悪夢の出来事のときのように」
「ああ……」
ソムは上を向いた。父との楽しい思い出がすべて偽物だと思うと、ものすごく胸が痛んだ。あいつは10年経っても自分を監視している。そして自分が強くなる努力をやめようとした直後に現れた。
──俺を憎め。憎しみは人を強くする。だからお前は強くなる。強くなったら、また会おう。
イライアは母を散々ナイフで傷つけた後、首を絞めて殺した。ソムは首を絞められているときの母の目が忘れられない。諦めたような、それでも一縷の希望を自分に期待しているような、そんな目を。
「そうだ。あいつ妙なこと言っていたんだ。『狂人たちと待っている』って」
ソムの話にライエンは顔を歪ませた。
「何か知っているのか?」
ソムはベットから起き上がり、ライエンに迫った。
「ただいま帰りました。ソムさん、ライエンさんいますかー?」
アスマスの声が聞こえる。依頼から帰ってきたらしい。
「また後で話そう」
ライエンはそう言うと、立ち上がり、アスマスたちを迎えに行った。
ソムはライエンはなにか心当たりでもあるのかと疑問に思った。
「それでよ! あいつは目くらましに光を浴びせて、逃げるわけなんだけど、俺の鼻はその程度じゃごまかされないんだよな」
デオンが自慢げに言う。今日の依頼のことについて「カラフル」は話に花を咲かせる。今日は強盗の犯人の逮捕に協力したのだ。
リビングでいつものようにテーブルに座って話し込む。
「デオンさん、私たちが目をつむっている間に、いつのまにかターゲットの腕掴んでいて、いままでの私たちの試行錯誤をあっという間に意味をなさなくなってしまったんです」
「最初っから、ターゲットにデオンがぶち当たってたら良かったんだけどねえ」
コリンとエーヴァが犯人確保のことの話をする。
そこにドアがノックする音がした。
はいはーいといつものようにコリンが玄関へ向かう。
「はい。なんでしょうか」
コリンはドアを開けて言う。
そこには、国の公務員のバッチを手に持った人が立っていた。
「『カラフル』のみなさんにお話があります。国から極秘依頼を申請します」