第3話 デンゼル
「やあ、待っていたよ」
ピランの駆除を一時中断し、デンゼルは笑顔で言う。
肩書きがなければ、どこにでもいそうな平均的な顔立ちだった。
「な、なんであなたのような方がこんな依頼に?」
チーム「ライトニング」のグロンが大きな声を出す。
「うん、まあそんなビビらないでくれ。別に驚かせるためにきたんじゃないんだ。ユス湖の安全のためにね」
「じ、じゃあユス湖に誰か大物が来るんですか!?」
「渡るのは、僕たち市民じゃないか。確かに僕はグリフォンに頼りっきりで湖は渡らないけど」
デンゼルは苦笑する。
「他の『ファストバード』の人たちもきているんですか!?」
グロンたちは湖を見渡す。ソムも見渡すが、人影も音もしない。
「いや来ていないよ。前の仕事でね、怪我をしちゃったんだ。僕はかすり傷だから、こうやってここに来たわけ」
デンゼルはグロンに落ち着いてもらうよう言うが、あまりうまくいってない。
チーム「ファストバード」は5人の人間で構成されている。幻術師のノーレム、魔撃銃使いのイエーガー、大狼のテイマーのゴル、最高の医療魔術師と言われるメディチ、そして早業の剣使いのデンゼル。
一人一人だけを見ても遜色ないメンバーは、『マジック・マキシマム』が公表している唯一のランクSである。別名「フェニックス」と呼ばれる彼らは、強さを求める人たちにとっては、最高の目標のチームである。
「それじゃ、さっそく本題に入ろう。ユス湖でピランが大量発生しているのは、さっき見た通り事実だ。君たちはチームごとに分かれて、ここと湖の裏側でピランを狩ってほしい。ピランを狩るにはまず湖から誘き出さなければならない。その方法は─」
「匂いですね」
デオンが答える。
デンゼルは驚いたようにデオンを見たが、すぐに納得したように顔をほころばせた。
「ああ、そうだ」
デンゼルは片手で掴めるサイズの立方体のものを取り出した。
「これは、ピランが好きな匂いを出す魔器具だ。ここに魔力を注ぐと匂いを発する。僕にはわからないけど、そこの獣人君にはわかるみたいだね」
「はい」
「これを使って、ピランを襲い掛からせる。ピランの獰猛さを利用するんだ。合計3個、僕と君たち2チームにひとつずつだ。えーと……、君と君は別のチームかな」
「「はい」」
デオンとグロンは即答する。
デンゼルは立方体の魔器具をデオンとグロンに手渡す。さっそく魔力を注いでいるのか、デオンは立方体に鼻を近づけている。
「肉の匂いがする」
デオンが言った。
「そうなのか?」
ソムには匂いが分からなかった。
「それじゃあ、みんな指定の位置へ。僕は湖の中央でピランを狩る」
「え、大丈夫なんですか!? そんなところ行って」
コリンは驚いた様子で言う。ソムも同感である。湖の中央なんて、落っこちてしまったら、ピランの大群の格好の餌だ。
「僕たちはもっとひどいところを経験してきた。これぐらいなんともないよ。それに湖の岸辺だけじゃあ、全てのピランを狩れないよ」
「そうですか……」
コリンはデンゼルのにじみ出る圧に縮こまってしまった。
「ピランは30cmくらいの大きさの魚だが、顎の力はとても強い。油断すると、あちこちやられるから気をつけてくれ。さあ始めよう」
依頼開始である。
チーム「カラフル」は来たところの反対側の湖の岸でピランを狩ることになった。
50kmもある水の上をグリフォンに乗り、移動する。途中、ピランが飛びかかってきて、慌ててグリフォンが高度を上げて事なきを得たが、それだけでもピランの獰猛さが伝わってくる。
「俺とライエン、エーヴァ、アスマスの4人体制でピランを狩る。デオンは爪だけだと、体にかぶりつかれるかもしれない。今回は休みだ。もしものときに待機しておいてくれ。コリンも俺たちが危険になったら、防御を頼む」
グリフォンの上でソムが作戦を伝えた。
5人5様の返事が返ってくる。
「あれ?」
岸辺が見えたとき、アスマスは間の抜けた声を出す。
「どうした?」
ソムが声をかける。
「いや……、ライエンさん。ユス湖に川なんてありましたっけ?」
グリフォンの上から、ユス湖の北側の方へ川らしき直線の水路が見える。ソムはユス湖のことは知らないので、ソムはライエンに顔を向ける。
「ユス湖に川なんてないぞ」
ライエンが答える。
ソムたちが岸辺に着いてグリフォンから降りる。皆で湖と水路の境目を見る。
水路の幅は20mくらいだ。直線にきれいに同じ幅のまま北の方へ繋がっている。
「湖から水が流すために掘ったんでしょうか?でも、何のために……?」
コリンが不思議そうに水路を見つめる。
ソムが水路のそばを歩いていく。すると、ピランがソムに向かって飛びかかってきた。
「えっ!?」
ピランはもう少しでソムのところに届こうかというところまで近づいた。そこでピランに矢が刺さり、矢の進行方向に飛びながら、地面に落ちる。
矢はピランを貫通しており、ピランが跳ねて水路に戻ろうとするが、上手く水路の方へ跳ねられずじたばたしている。そのうちピランの動きが鈍くなっていき、そして動かなくなった。
「アスマスありがとう」
ホッと胸をなでおろし、ソムは礼を言う。
「いえ、水路にもピランがいるとしたら、ピランはこの水路を渡ってユス湖まで来たってことでしょうか?」
「どうしてそんなことを……?」
エーヴァにも見当がつかないようだ。
「それにここ道だったはずだぞ。水路作る意味あるか? 邪魔なだけだと思うが」
ライエンが眉を寄せて考えるが、何も思いつかない。
「あっ!」
アスマスはなにかひらめいたように声を出した。
みんながアスマスの方を見る。
「ユス湖の近くってほど近くじゃありませんが、ピランが棲息している川があります!」
「その川までどれくらいの距離だ?」
ソムが尋ねる。
「10kmですかね」
「遠いな。目的がピランをユス湖に放つこととは考えられないし……、他に何か理由があるのか?」
「カラフル」の皆が黙り込む。
ここで考えていても埒が明かない。
「とりあえず行ってみよう。アスマス、俺と一緒に来てくれ。他の4人は、予定通りピランを狩っていてくれ」
「大丈夫ですか? デンゼルさんに伝えた方が良いのでは?」
コリンが尋ねる。
「それにさぁ……」
エーヴァもソムを呼び止める。
「どうした?」
「この水路がピランが棲息している川に繋がっているとしてだよ。私たちはその川からやってくるピランを永遠に狩り続けなければならないのかい?」
「……」
ソムは水路の先が気になりすぎて、考えがそこまで至らなかった自分を恥じる。
ソムは気になることは、いち早く知りたい性格なのだ。興味ないことはとことん避けるのだが。
「コリン、お前の魔法でこの水路をせき止めることが出来るか?」
「え、あ、はい。出来ます」
「じゃあ、コリンはそれを頼む。ライエンとエーヴァはコリンが水路をせき止めている間にできるだけ湖のピランを狩るんだ。匂いを出す魔器具は使わない方が良いかもしれない。近くに寄るだけでも、飛びかかってくるからな。そいつらを倒すんだ」
「ああ」
「あいよ」
「デオン、お前はデンゼルさんに水路のことを伝えて、こっちに連れていくんだ」
「わかった」
「俺とアスマスは先に水路をたどってみる。いいな?」
「はい」
アスマスは返事をする。