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マジック・マキシマム  作者: フィー
前編 第1章:強さと決意
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第1話 初顔合わせ

 目覚めの悪い朝だった。


 黒髪の少年は女の人の悲痛な叫び声に目を覚ます。

 (まぶた)をこすりながら少年はベッドから体を起こす。


 止まない叫び声は1階から少年の部屋がある2階へと響いてきていた。


 ぼんやりしていた頭が晴れていく。

 やがてその声が少年の母親のものであることに気付くと、少年の眠気は吹っ飛んだ。


 急いで下の階へと下りていき、叫び声がするリビングへと入っていった。


 そこにあったのは、見慣れない長い鉄の棒に両腕を上げた状態で(はりつけ)のように縛られている少年の母親だった。

 少年の母は、魔力が施された手錠で頑丈に縛られている。


 そこには、それを楽しそうな顔で眺めている少年の父親もいた。


「母さん!!」

 その様子を見て、少年が思わず叫ぶ。


 息子が起きてきたことに気付き、二人の視線が少年へと注がれる。


 母親の顔がより悲しげなものになり、反対に父親は嬉しそうな顔をし始めた。


「ソム! この人を止めて! あなたもこの人に何か言って……」


 ソムと呼ばれた少年の母リーヤは、最後はかすれ声で少年に助けを求める。


「やっと来たか、ソム。随分待ったよ。呼びに行っても良かったんだけど、こういうのはサプライズにしないとね。子供が起きたら、枕元に蝶結びのついた箱に気づくようにね」


 少年の父イライヤはニヤけた表情で、『この光景がプレゼントだ』とでも言うように話す。


 どうやら本当に少年の父親が少年の母親を縛り付けてしまったらしい。


「父さん! 何を言ってるの!? どうしてこんなことするのさ!? 仕事、上手くいってないの!?」

 気が動転している少年は、父親に理由を尋ねる。


 父親はさも愉快であるという風に笑いだした。


「父さんはね、これから未来に投資するんだ。自分の計画が上手くいくように」


「投資? 計画?」


 少年は父親が言っていることもこの状況も、訳が分からないと首を振った。

 そして、耐えられなくなり涙があふれ出す。


「どうしてなの? イライア。私をどうしようって言うの……」


 母親も叫ぶ気力がなくなったのか、沈んだ声で父親に声をかける。


「ソムの話をしよう」

 父親は両腕を広げて声を上げた。


「ソム? ソムがどうしたっていうのよ。今話すようなことなの?」

「勿論さ。ソムは英雄になるんだ。今この瞬間からね」


「英雄?」

 少年は目を腫らしながら尋ねる。


「具体的にはこうするのさ」

 父親は隅に寄せてあったテーブルからナイフを手に取った。


 そして、そのナイフを母親の左腕に走らせる。

 母親の叫び声が部屋に響き渡る。

 ナイフが通ったところから赤い血が流れていく。


「ダメ!!」

 少年は父親を止めるために一歩、床を蹴る。


 しかし、上から何かに押さえつけられ、うつ伏せに転んでしまう。

 重力の魔法だとすぐに分かった。


 父親は息子を転がし仰向けにする。


「よく見とけよ」

 父親は薄ら笑いを顔に浮かべて母親の元へと戻る。


 まもなく母親の体をナイフで傷つける。


 母親の悲鳴、少年の懇願、父親の笑い声。

 しばらくの間、部屋中に不協和音が鳴り響くことになる。


 ——母親が意識をなくし、息が途絶えるまで、ずっと。






 昼下がりに青年アスマスが街を歩いていた。

髪は黒く、瞳は茶色。身長は160cmと低めである。


 今向かっているところは、『マジック・マキシマム』(MM)という犯罪を起こした者を捕まえ、町を荒らす魔物を討伐するなど、治安維持を目的とした組織のチームの1つに入るためである。

 今日は面接みたいなものである。


「ここかな?」


 アスマスは、MMの役場で貰った地図を見て、辺りを見渡す。

 地図には簡易的な街全体が記されており、「ロンド」と書かれている。アスマスが今いる町の名前だ。


 地図にはこれから向かうチームのメンバーが住んでいる家が赤く示されている。


 人が疎らであるここは、町の西側であり、住宅街とあって、道を挟んで家ばかりである。


 目的の家に着いた。

 その家は、他の家と同じく鉄筋コンクリートの家屋であった。


 アスマスは一度深呼吸して、ドアをノックする。


 はいはーい、という女性の声が聞こえた。

 まもなくして、ミディアムの白髪の優しそうな二十歳くらいの女の人が出てきた。

暗いグレーのシャツを羽織った女性は青い瞳をこちらに向ける。


 初対面の人と話すのは苦手なので、すこし浮いたような感覚を覚える。


「こんにちは、アスマスといいます。よろしくお願いします」

 アスマスの言葉にうん、と女の人が頷く。


「あなたがアスマス君ね」 

 女の人は笑顔で対応する。

 笑顔が心地良かった。


「待っていたわ。私はコリン。よろしくね」



 目的の家とは、MMのチーム「カラフル」という名前のチームの拠点であった。

 MMにはたくさんのチームがあり、そのそれぞれが町や人が出す依頼を受けるのだ。


 チームにはランクというものがある。

 CからSまであり、チーム「カラフル」はBである。



 申請した時はCだったので、これはアスマスにとっては大きなニュースだった。


「どうも、宜しくお願いします」

 アスマスは頭を下げる。


「最初に言うわね。今、ひとり出かけているんだけれども、気にしないでね」

 コリンと名乗った女性は、申し訳なさそうに言った。


「どうしたんですか?」

 アスマスは尋ねる。


「別に急用ができたとかそういうんじゃないの。彼自身の問題。彼が来るまで、それまでは私たち4人と話しましょう」


「コリン、いつまで喋ってんだよ。早く中に入れなよ」

 気の強そうな女の人の声が聞こえた。



「ごめんなさい! それじゃあ、入って」

 コリンは、さっきの声の人に謝ったのか、アスマスに謝ったのか、微妙な声の大きさの後、ドアを大きく開けた。


 お邪魔します、とアスマスは中に入る。 

 コリンについていき、玄関を抜け、廊下を進み、ドアの空いている部屋に入った。



 そこはリビングだった。机に前後左右に2つずつ椅子が並べられている。

 左側の手前の方に黒髪のとろんとした目をした男の人。

 奥に灰色の毛を纏った男の狼の獣人。

 右側に気の強そうな強面の茜色のポニーテールを背中まで伸ばした女の人がいた。

 皆二十歳ぐらいだろうか。


「こんちわ。私はエーヴァ、よろしく」

 さっきの気の強そうな女の人の声が強面の女の人から発せられる。


「あっ、アスマスです。これからよろしくお願いします」


 とろんとした目の男はアスマスを見て、

「まあそんなに緊張しないで。まったりのほほんとしていいんだよ。送られてきた用紙で見たけど知識が豊富な人は、ここでは誇っていいんだからね」

 とろんとした目の人がアスマスに優しく言う。


 この男の人は、自分でも親しみやすそうだなと思った。



「肩の力を抜けって。そんな意地悪しようとか考えてねぇからよ。『カラフル』の知恵袋就任だ」

 狼の獣人が明るい声で言う。


 狼の頭に、首元や服に隠れていない腕の部分は灰色の体毛がある。

 尻尾も太く長い。


 獣人を見るのは初めてだが、聞くのと見るのでは大違いである。全然悪い印象は受けない。



「難しいのは苦手だよ。MMが運営している、そこらじゅうにある教習所に行けば仕事は十分だ。あとは実戦あるのみさ」

 エーヴァが背もたれに寄りかかって言う。


 それはアスマスにとって心外であった。知識は人を豊かにすることを知らないのだろうか。


「そうだよな。習うより慣れろだろ」

 獣人もエーヴァに賛同する。


 あなたもそっち側か、とアスマスは心の中で反論した。


「だろ!?」

 エーヴァは顔を明るくして、獣人に返す。


 笑顔になると、気がよさそうな人に見える。


「おいおい、2人とも。経験があるのはこのチームのメンバー全員じゃないか。そこに知識が加われば、もっといろんなことに対処できるだろ。アスマス君を否定するようなことは言うんじゃない」

 まったく、と黒髪の男が言う。

 味方がいてくれて、アスマスは気持ちが少し楽になった。


「そんなつもりで言ったんじゃ──」

「あ、俺はソム。よろしく」

 ソムと呼ばれる人が獣人の言葉を遮るように言う。


 調子を崩され、狼の獣人は不満げに顔にしわを寄せる。


「あ、よろしくお願いします」


 獣人はううんと唸る。そして気持ちを切り替えたのか、アスマスに目を向ける。


「俺はデオンだ。勘違いしないでくれよ。ただ俺は自分が知っていることが少ないってことを言いたかっただけなんだ。あ、いや、まあ習うより、ってのはその……、何か実戦で使える武器とかねぇのか?」

 獣人は頭を掻きながら質問した。


「あ、はい。僕はボウガンを使うんですけど、素早いモンスターでも命中できるほどは腕に自信はあります」

 へぇ、とデオンは感心したように言う。


「それならいいんだ。これからのことは俺たちが教えてやるから安心しろよ」

 デオンは再び明るい声に戻り、笑顔で言った。


「頼りにしてるよ」

 エーヴァも明るく言う。


「はい!」


「私は──」

 家の前で最初に会ったコリンはエーヴァの側に立っていた。


「──コリンと言います。私は補助要員で攻撃はできないのだけれど……」

 コリンは自分が情けないと思っているのか、言葉が尻すぼみになっていく。


「何言ってんだ。あんたのおかげで何度助かったことか」

 エーヴァは座りながらコリンの背中を叩く。けっこう強かったみたいでコリンは一歩足を前に出して体を支える。

 アスマスも前衛に出るタイプではない。アスマスもコリンみたいに頼られる存在になりたいと思った。


 すこし間が空く。


「それじゃあ、最後のおバカさんについて説明するか」

 ソムは息を吐いて、呆れながら言う。


「え、あ、……はい」

 おバカさんとは、誰のことだろう?

 思いつくのは、コリンが言っていた、出かけているというひとりのことだが。


「名前はライエンっていうんだ」

 デオンが言った。


「ライエンはクールでかっこいい人だよ」

 ソムが明らさまにわざと棒読みで言っているように聞こえた。


 あまりライエンという人とソムとは仲が良くないのだろうか。言葉に悪意を感じる。


「あいつは強者願望が凄いんだ。だから今日も依頼で出張中。新しく仲間が来るっていうのに」

 ひどいと思わない? とソムは言うが、アスマスは苦笑することしかできなかった。

 自分は論外とでも言われているような気がして、あまり笑えないのであるが。


「俺は強さとかこだわらないわけよ。そりゃ、強かったらすごいのは認めるし、尊敬はする。でもランクなんて所詮飾りだと思うんだよね。CとかB、A、Sとか」

 ソムは力説する。



「俺は強くなりたいけどな」「私も」

 デオンとエーヴァは言う。


 自分もできることなら強くなりたい。


 ソムは気にしていないらしく、聞き流す。

「だから俺は旅から帰ってきた時にはびっくりしたんだよね。ランクがCからBに上がってたから。これがあいつの力量かー」

 ソムはつまんなさそうに言う。


「旅? どこにですか?」

 アスマスはソムに訊く。


「あ、アスマス君は、いやアスマスでいいかな? これから仲間になるわけだし。形からでも親しくしようよ」

 アスマスは初対面の人にいきなり「さん」や「君」を抜かれて、すこしくすぐったい気持ちになった。


「それで旅っていうのは、魔法がない世界なんだよね」

「魔法がない世界?」

 そんなもの聞いたことがない。魔法なしで暮らしていけるのだろうか?

 アスマスはほとんど人がいない辺鄙な場所で修行をする人たちを想像してしまった。


「あれ、アスマスでも知らない? この大陸の西半分は魔法が使えないところなんだ。それでそこに住んでいる人がこっちの世界に来ても、全員魔法が使えないんだ。逆に俺たちみたいなのが、あっちに行っても、魔法が使えないんだ。そこでは魔法を使わなくても不自由ない暮らしができるんだ」


「初耳です」

 アスマスは驚きを隠さず言う。


「そっか……。じゃあ、このゲーム機も知らないよね」

 ソムは机に置いてある、横16cm、縦7cmぐらいの薄型の機械を指した。


「それ、魔器具じゃなかったんですか?」

 アスマスは自分が思ったことを口にする。


 魔器具とは、魔力を流すことで動く器械である。

 魔法がない世界のことは知らないが、こちらの魔法がある世界では様々な種類のものがある。

 灯りから専門的な作業まで、色んなところで使われている。


「ああ、動かしたいところなんだけど、デオンが壊しちまったからもう動かないんだ」

 ソムは非常に残念そうに言う。


「電気で動くっていうから電気流してみただけだよ!」

 デオンは大声で反論した。


「でも、専用のコードを繋がないと充電できないなんて、普通わからないじゃないですか。魔力で動くっていうのならまだ扱いは分かりますが」

 コリンも非はソムにあると主張する。


「そうだよなー、そうなんだよなー……」

 ソムは下を向いてぶつぶつ言った。


 少しの間。


 そして息をついて、気を取り戻したのか、笑顔になった。

「と、いうわけで俺も実は、次の依頼がこの世界に戻って初めてなわけ。で、あんまりこのチームの勝手がわからないんだよね。2人で一緒にこのチームに早く馴染もうじゃないか」

 ソムはアスマスに向かって言う。


 急な話の転換に戸惑ったが、アスマスは頷く。

 ゲーム機というものについて、もう少し詳しく知りたかったが、話が本筋から離れてしまうのは良くないだろう。


「もう馴染んでいるから、その言葉に効果はないね」

 エーヴァは呆れたように言った。


 初めて来たアスマスも同感である。


「だいたい、今もうここで仕切ってるじゃないか」


「そんなことない。アスマス、2人3脚で頑張ろうじゃないか」

 ソムはわざとらしい明るい声を出す。


「は、はい」

 アスマスは苦笑する。うまく笑えているか心配だった。

他の人たちは呆れるしかなかった。




 その時、玄関の方から音がする。


「お、帰ってきたか」

 ソムはアスマスを向いて、何かに気付いたように顔をしかめる。


「どうしたんですか?」

「あ、いや、座ってっていうの忘れてた。ごめんね。近くのところにでも座って」

 と、ソムは椅子を指していった。


「いや、別に大丈夫ですよ」

 アスマスは指された椅子に座る。


 そして、廊下を渡る音が聞こえ、男の人がリビングに顔を出した。


「みんなそろっているか? って……」

 黒髪のつり目であるが、顔立ちが整った男の人がアスマスをじっと見る。


 アスマスは慌てて頭を下げる。


「アスマスです! 今日からチームに入れてもらいたいと思ってます」

「ああ」


 その男の人はアスマスの言葉を聞くなり、笑顔になった。

「ライエンだ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「こんなチームに入ってくれるとは、君も物好きだな……。いや、悪い意味ではないよ」


 悪い意味でなければどんな意味があるのだろう。

 しかしここに決めたのだ。今から変えようとは思わない。


 ライエンはソムの方を見て、またアスマスの方を見た。

「それじゃあ、これはソムの帰還祝いの依頼にしようと思ってたんだが、あんたの初仕事にもなりそうだな」


「お、1日に2件の依頼をこなすとは、ライエンも人助けの精神が育ってきたんじゃないか?」 

 ソムはまたわざとらしい明るい声で言う。

 うるせえ、とライエンは言う。


 ソムという人がアスマスにとって、お調子者というイメージが出来上がりつつある。


「お前なあ……。まぁ、今はいいか」

 ライエンはソムを睨みながら呟く。


「なんだよ。言いたいことは言えよ」

 ソムはムッとして言った。


「日々の挑戦が俺たちを強くするんだよ。『元』リーダー。前にも言った通り、依頼のチョイスは俺がするからな」


「はい、そうですか。せいぜい頑張ってください。『リーダー』さん」

「ああ、わかってるよ。『お前』とは違って、責任感が強いからな」


 ソムとライエンの間に火花が走る。

 デオンとエーヴァは呆れ、何のことを話しているのか分からないアスマスはおどおどする。


「大丈夫。いつもこんな感じだから」

 と、アスマスに言うコリンは、2人の様子を見て心配している。


 ライエンは鼻を鳴らし、ソムから目を離した。


「それじゃあ、依頼の内容を言うぞ」

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