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終わりを迎える世界の片隅で

掲載日:2015/11/12

 あれから千年の時が過ぎ、この星は静かに終わりを迎えようとしていた。


 永眠カプセルが並ぶ生体保存室に明かりが灯ったのは、実に八百年ぶりのことだった。

 コールドスリープから目覚めたばかりの七海響蓮ななみ・きょうれんは、体内を巡る血流と、再び動き始めた心臓の鼓動を感じながらその目を開く。


「ここ……は……?」


 血と共に体内を流れる無数のナノマシンを叩き起こ(キック)し、半ば無理やりに体を覚醒させる。


 ………………。

 …………。

 ……そうだ。

 そうだった。

 自分は、あの終末戦争から逃れるために、この場所でコールドスリープについたのだった。


 その、眠りにつく前の古い記憶にたどり着いた響蓮は、脳内に埋め込まれた脳内集積回路ブレインチップを起動し、生体 保存室から自分が今いる地下施設へのアクセスを試みる――――が、


《エラー》


 アクセスを拒否されたわけではなく、反応そのものが返ってこなかった。


《ムダだよ。ここ(地下施設)でまだまともに動いているところは、もうあまり残っていないんだ》


 ブレインチップに直接送られてくるメッセージ。

 響蓮が振り返ると、そこには体長2.5メートル程の多脚戦甲機が佇んでいた。


《久しぶりだね、響蓮。千年ぶりだ》


 左右に六肢づつついている、計十二本の脚を使ってゆらゆらと胴体を揺らす機械の塊。

 この馬鹿げたサイズの蜘蛛のような機械の塊が、響蓮の脳内集積回路に直接メッセージを飛ばしてきていたのだった。


「お前……は……?」


 響蓮が永眠カプセルで眠りにつく前の時代、終末戦争末期に開発された多脚戦甲機は、僅かに六機だけだった。

 対人、対機甲機、対巨甲機としての機能がふんだんに搭載された、予算度外視で開発された殺戮兵器。

 単機でありながら一個大隊にも匹敵する悪魔のような存在。


 それが多脚戦甲機だ。

 しかし、自分の父が開発にかかわっていたとされるこの多脚戦甲機を、響蓮はいままで一度も見たことがないはずだった。

 この時までは。


《ぼくがわからない?》


 近づいた多脚戦甲機はからかうように、それでいてどこか寂しげに響蓮を見上げる。

 右後肢で、トントンと床を叩きながら。

 その仕草に、響蓮は思い当たるところがあった。


「……アル……か? アルなのか!?」


《あったりー。ぼくがわかるなんてさすが響蓮だ》


 多脚戦甲機改め、アルが嬉しそうに響蓮の脳へメッセージ付の電波を飛ばす。

 四本指の前肢を上げ、握手まで求めてきた。


「また会えて嬉しいよ、アル」


《ぼくもさ響蓮》


 響蓮は差し出された前肢を、その冷たい金属で出来たその手を、握り返す。


「……ところでアル、」


《なんだい?》


「さっき……アルは『千年ぶり』って言ってたけど、まさか……」


《うん。響蓮がコールドスリープについてから千年と七十八日がすぎた。ずいぶんとながいこと眠っていたことになるね》


「そんなに!? ……って、ちょっと待てよ! 俺以外の人が目覚めないのはなぜなんだ? いや、それ以前に終末戦争はどうなったんだっ? 戦争が終わったら俺たちは目覚めるはずじゃなかったのか!?」


《おちついて、響蓮》


「これがっ、これが落ち着いていられるかよ!」


 数百もの永眠カプセルが並ぶ生体保存室に、そのだだっ広い空間に、いまは自分と多脚戦甲機しかいない。

 この状況は、響蓮を慌てさせるには十分だった。


《ほかの人たちはダメだったんだ。響蓮みたく体内にナノマシンを入れていなかったから、長期間のコールドスリープに細胞が耐えられなかったんだよ》


「そんな……じゃあ、他の人たちはっ」


《それでも二百年はもったんだ。二百年だよ? 理論上では百三十年しかもたないと言われていた生身の人たちが、二百年ももったんだ。響蓮、これはすごいことだよ》


「…………」


《それでね、あの時のぼくは細胞に限界がきてしまい、エラーが出はじめたひとたちを順番に起こしていって、これからどうするか聞いたんだ》


「ど、『どうする』って……まさか!?」


《そう。ぼくは起きたひとたちに外のことを伝えたの。そしてどうするか聞いたんだ。このまま永遠の眠りにつくか、それとも外へ出ていくか》


 細胞に限界がきた者に、再度コールドスリープをすすめる。

 それは、眠るように逝ける、痛みを伴わない優しい死を意味していた。


「……外? あっ、そういえば終末戦争は終わったのか?」


《そこが判断のむずかしいところなんだよ、響蓮。終末戦争は、あの世界を焼きつくした戦争は、終わったともいえるし、まだ続いているともいえる》


「……どういうことだ?」


《けっきょく、あの戦争を指揮していた人たちはだれも生き残れなかったんだ。最悪なのはこのあとさ。指導者を失ってしまった国がなくなるのに、それほど時間はかからなかったよ。国という概念がなくなってしまったこの世界で、敵を、人間を殺すよう命令をうけていた機械兵だけが、いまもまだ動き続けているんだ。このぼくのようにね》


 アルはおどけたように前肢を広げ、二十八個のカメラ・アイがついた頭部を僅かに傾ける。


「じゃあ――」


《うん。ぼくに選択をせまられた多くのひとがその場で泣きくずれてしまったよ。なかにはぼくを責めたてるひともいたなぁ。『どうして起こしたんだ』って》


「……辛い役目だな」


《まぁね。でもさ、しかたないと思わない? だって本人に聞かないとどうしたいかのか、ぼくにはわからないんだもん》


 やれやれと首を振ったアルは、二十八個の瞳の内メインとなる十二のカメラアイを響蓮に向けた。


《ほとんどのひとが眠ることを選んだよ。人間たちからしてみたら、機械兵におそわれるのはとても恐ろしいことだからね。そして眠ることを拒んだ半分ぐらいのひとはここ(地下施設)で死ぬまですごして、もう半分は外の世界へと旅立っていったよ。武器保管庫と無期限食糧保管庫にあるものを持てるだけもってね。そのあとのことはぼくも知らない》


 アルの言葉を受け入れるのに、響蓮はしばしの時を必要とした。


「……俺を起こした理由は? 俺の細胞にもエラーが出たのか?」


 響蓮は考える。

 体内のナノマシンからは細胞の異常を示す信号が脳内集積回路へ送られてきてはいない。それともそれこそが異常事態で、実は細胞ではなくナノマシンに限界がきているのだろうか。あるいはその両方に。


 今まで誰も千年なんて馬鹿げた時間のコールドスリープを行った者はいないのだ。

 あるのはシミュレーション上でのデータだけで、実験データではせいぜい三年がいいところ。

 今の自分がどういう状態にあるかを知る者も、予測出来る者もどこにもいないのだ。


《自分の体が心配かい? でも安心して。響蓮の細胞もナノマシンも正常値をしめしているよ。どこにも異常はない》


 ここにいた。


「じゃあ、なんで……」


 自分を起こした? という言葉は飲み込むことにした。

 アルの言葉を信じるのなら、アルはたった独りで八百年もの時を過ごしてきたことになる。

 いかに無機物な機械の塊だとしても、そんじょそこらの機械の塊ではない。電脳脊髄を有する、人工的な魂を持つ機械の塊なのだ。

 だからこそ、ついに孤独に耐えられなくなってしまったのかも知れないではないか。


《むしろ異常値をしめしたのは永眠カプセル内の生存ジェルのほうだったんだ。これでもぼくはがんばったほうだと思うよ。使用ずみの生存ジェルをろ過してあたらしく響蓮のカプセル内に供給したり、生成を停止してしまったプラントを再稼働して再生成したりさ。とにかく、ぼくはぼくなりにがんばったんだ。でも、それもついに限界がきてしまったんだ。生存ジェルの材料はもとから多く用意されていなかったからすぐ尽きてしまったし、残っていたものもいくらろ過しても間にあわないほど汚染されてしまった。だから――》


 胸の高さにあるアルの頭部が、再び響蓮を見上げる。


《――君を起こしたんだ》


「……『どうするか』、聞くために?」


《うん。『どうするか』、聞くために》


 どちらも言葉を発さず、長い沈黙が下りてきた。

 実際はほんの数秒だったのだろうが、それでも電脳脊髄内の電子化された思考でほぼタイムラグなく選択を決めるアルは元より、脳内集積回路を埋め込んだ響蓮にとっても、その数秒はとてつもなく長く感じたのだ。


「そうだなぁ……」


 響蓮は視線を投げ出し虚空を見つめた後、いまだ自分を見上げ続けているアルに向きなおる。


「まずは腹が減った。考えるのはなんか食べてからでもいいか?」


《うん、いいよ。あっ、それならぼくが響蓮のご飯を作ってあげるよ! なにか食べたいものはある? なんでも言ってね。あとねあとねっ、ぼくずっと響蓮とお話したかったんだ! それとねそれとねっ――》


 八百年ぶりに明かりが灯っただだっ広い部屋を、一人と一機は楽しそうに連れだって出ていく。


 千年の時を経て、変わり果てたこの星で、千年ぶりに再会した一人と一機は、千年前と変わらぬように語り合う。


 何日も、何日もかけて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読めて面白かった^^ 脳内ではタチコマとバトーの会話で再生された
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