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The Dungeon Of Sprit  作者: MilkLover
かみがかりのもり
7/8

ラスト・オーダー

 俺たちがあてどなく歩いていたその時だった。

 ギィィィィィィィィィィ!

 きゃあぁぁぁぁぁぁぁ?

 遠くから蟲の声と、悲鳴が聞こえてきた。

「みんな、行こう!」

「「「「おう!」」」」

「え、ちょっと待ってくださいね! あんまり奥の方に行ったら!」

「蟲に襲われてる人がいるんだ! 俺たちは『希望』なんだろ?」

「今のあなたたちじゃ、まだ!」

 その警告とほぼ同時に、

 俺たちの視界に、

 そのまだ(、、)が現れた。

「どうも、十年ぶりですね。冒険者さん」

 緑の鎧と死神の鎌を持った半人半蟲の怪物、無情動

「パラドクサ?」

 が、眼前に立っていた。

「ほう、十年前にもいたのはどうやらあなた一人のようですが……。魔法使いのお嬢さん。他の人間たちは、どうなりました?」

 無情動に、なれました? とパラドクサは半分蟲の顔をにやりと歪ませた。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 怒りを顕わにしたガトーがパラドクサへ向かって走る。

「はぁ。ガキが」

 パラドクサはそう言って両手の鎌を高く掲げ……

「消えた?」

「遅いッ!」

 パラドクサが突然、ガトーの背後に現れた。

「それは、貴様が、ということでよろしいか?」

 ガトーの心眼は背後のパラドクサをしっかり捉えていた。そしてパラドクサの鎌が振り下ろされると同時に、

 カキィン!

「抜刀ッ!」

 刀が両の腕を弾き飛ばす。

「貴様は蟲の能力として擬態を持っているようだが、貴様の動きなど手に取るようにわかるぞッ! パラドクサ!」

 怒りが、ガトーを動かしている。

「あれ? これひょっとしてガトーひとり勝ち?」

「そんなわけないでしょうっ……!」

 パラドクサは背後からの不意打ち攻撃を諦め、前方からガトーに鎌を振り下ろす。

 カキィン、と金属がぶつかり合う音がする。

「いつまで持つかな、このクソガキィ!」

「さっきまでの余裕はどうしたパラドクサぁ!」

「まずい、根競べじゃガトーが勝てるか怪しいぞ」

「そんなこと見りゃ分かってるわよ! ティラミス! 行くわよ、援護して!」

 そう言ってキャンディはパラドクサへ向かって走り出す。

「援護ったって……そうか!」

 俺はキャンディを追い抜き、ガトーの陰からパラドクサにソウル・テイカ―で不意打ちを仕掛ける。

 カキィン!

「ガトー、下がれ!」

「こいつは僕が倒す!」

 ガトーは興奮している。怒りに身を任せ、冷静さを欠いている。

「お前じゃ、勝てない」

 俺は断言した。

「なんだと……!」

 それに反応したガトーは俺を蹴り飛ばそうと足を上げる。

「ごめんね、ガトー!」

 その足の下からキャンディが飛び出した。

「おわっ?」

 驚いたガトーは尻餅をつくように倒れ、ガトーの抑えがなくなった鎌は勢いを取り戻――

「さないっ!」

 キャンディは刀と鎌の隙間から滑り込ませるようにソードブレイカーを入れつつ、ガトーを転倒させた。つまり、ソードブレイカーがパラドクサの鎌を受け止める。

 両手の鎌は、二本のソードブレイカーのぎ(、)ざ(、)ぎ(、)ざ(、)の(、)櫛(、)状(、)の(、)刃(、)に、巧妙に挟まっている。

「なにぃ? 小娘何を!」

 ソードブレイカー。その名の通り、剣を砕く剣!

「決まってんでしょ? へし折んのよ!」

 キャンディはそう叫びながら、思いっきり手首を捻じり回した。

「ギ……ギィィィィィィィィィィ?」

 ミシミシと音を立てて、死神の鎌が折られていく。そして、ある程度までしなると、パラドクサの両腕は、ぽき、と軽い音を立てて、切断された。

「グワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ?」

 緑色の体液が腕から噴出する。

「なぜだぁ? 何故インサニティが効かない? 何故恐れない? 何故絶望しない? 貴様らは何者だ?」

 俺はソウル・テイカ―をゆっくりと鞘に収めると、背のレクイエムの柄を握った。

「よう、随分大したことない大きな危機だったなレクイエム……。パラドクサ、そんな愚問に対する答えは一つだけだ」

 俺はレクイエムを引き抜き、両手で構えた。

「ミルフィ! マカロン!」

「「はい!」」

 ミルフィが矢を放ち、それにマカロンが真性属性付加魔法セイクリッドウェポンをかける。そしてピンポイント・ショットで狙いは一寸も違わずターゲットに当たる。

 そう、レクイエムに。レクイエムにセイクリッドウェポンの効果が宿る。

「俺たちが『希望』だからだ!」

 俺は両手を高く掲げ、パラドクサ目がけて飛びかかった。そして奴の真上で剣を思いっきり振り下ろす。


 カキィン。


「何?」

 俺は目を疑った。俺が剣を振り下ろしたその先には、

 ――――その先には、黒いローブを纏った、見覚えのある男が立っていた。先の一撃の風圧で目深に被っていたフードがずり落ち、その四肢の漆黒の鎧ばかりではなく、今ははっきりとその男の顔を見ることが出来る。

「ザッハ?」

「いいや、今のオレは『ベルゼット』だ!」

 ――――シュガーレス・ザッハトルテは無情動、『ベルゼット』となった。目深にかぶっていたフードの下には、顔の半分が蠅のように作り替わった、忌むべきアパシーの姿があった。

「ザッハトルテ……いや、ベルゼット? お前はお前をそうしたパラドクサを庇うのか……?」

 俺は尋ねた。

「違うよ、ティラミス。」

 ベルゼットはそう言って微笑んだ。何故か、パラドクサと違い、本当に、笑っているように見えた。

「パラドクサ(そいつ)を殺すのは、オレだ」

 剣が、肉を断つ音がした。ベルゼットの剣が、パラドクサの甲殻の隙間から覗く赤い筋肉を斬る。また、肉を断つ音。緑色の液体が、切り口からどくどくと溢れる。それでも、ベルゼットはすべての隙間から剣を入れ、肉を斬る。もうパラドクサは死んでいるのか、眠っているのか声も上げない。

 やがてベルゼットは腹部の隙間から手を差し込み、力任せに胸部の甲殻を引きはがした。

 ベリベリベリ……と甲殻のはがれる音が聞こえてくるような気がした。内臓が傷つき、くちゃくちゃと水音が鳴っている。

 そして、甲殻がはずれ、パラドクサの左胸に蠢く赤い肉塊が顕わになる。

 心臓だ。

「死ね、パラドクサ」

 ベルゼットはそう言い、剣を心臓に突き刺した。緑色の血が、垂れる。


 生々しい光景を目にし、みんなはその場にへたり込んでいた。

「なぁ、ベルゼット。さっきの悲鳴は、お前がやったんだな?」

「……ティラミス。何を言っているのか分からない」

「さっき、人を襲ったのはお前だな」

 俺は、レクイエムを左手に持ち替えて、ソウル・テイカ―を引き抜いた。

「……そうだよ。ティラミス。その剣で僕を殺してくれ」

「なぁ、ザッハトルテ」

「ティラミス。僕はベルゼットだ」

「そうか……。じゃあ、ベルゼット。何故ソウル・テイカ―を俺に渡した?」

「言ったろ。剣がそう望んでいるからだ」

 俺は右腕のレクイエムを投げ捨てた。大きく回転して、地面に突き刺さる。

「なぁ、シュガーレス・ザッハトルテとして、ソーダ・フロートに、何か言うことはないか」

 俺は、彼の中のザッハトルテに、最後のチャンスを与えた。

「……ソーダ」

「はい」

 ソーダ先生は立ち上がりこちらに歩み寄ろうと足を踏み出した。

「止まって。その場で聞いてほしい」

 それを、ベルゼット――いや、ザッハトルテが制止する。

「分かりました。じゃあ、ここで」

「最後に、言わせてもらうね」


 ――――いままでありがとう。さようなら。愛していました。





















「ついてこい、ティラミス」

 ベルゼットはそう言って森の奥へと入って行った。

「ティラミスちゃん……」

 何か言いたそうなソーダ先生を横目に俺はベルゼットの後を追った。


「ここならばいいだろう。さぁ、ティラミス。一思いに刺してくれ」

 ベルゼットはそう言って身に纏っていたローブを投げ捨てた。

 そこには黒い鎧のような外骨格を持つ、半人半蟲の怪物がいた。

「悪いがザッハトルテ、いや、ベルゼット。俺はお前を殺せない」

 俺はソウル・テイカ―を鞘に収めた。

「どうしてだ……オレはアパシーだぞ」

 ベルゼットは混乱した様子で俺に尋ねる。

「ベルゼット。俺は魔蟲が人間だったとしても迷いなく斬ることが出来た。理性を持つパラドクサを殺す覚悟もできていた。でも、なんでだろうな。お前に剣を向けられない」

「……君は優しいんだな。ならこうしよう」

 ベルゼットは腰のホルスターから剣を抜いた。

「オレを殺さないなら、君が死ぬ」

 ベルゼットがゆっくりと近づいてくる。

「俺には、できない……」

「なら、死ね」

 その瞬間、脳裏にパラドクサの末路が浮かび上がった。

 背筋がぞくりとする。気づけば俺は、剣を抜いていた。

「ベルゼットォォォォォォォ!」

「ティラミスゥゥゥゥゥゥゥ!」

 手に広がる、柔らかな感触。

 今までのどんな魔蟲を指したときとも違う感触。

 これが、人を刺す、感触――。



 気づくと俺は、白黒の部屋にいた。

「なぁ、ご主人。オレサマはソウル・テイカ―だ。こんなこと言っても慰めにしかなんねぇかもしんないけど、俺は斬ったものの魂と肉体を分離する力があるんだ。だから、さ。アイツはシュガーレス・ザッハトルテとして、死んでいったはずだ。……ご主人のおかげで」

 浅黒い肌の少年――ソウル・テイカ―はそう言って俺の肩を叩いた。

「まぁ、あなたがわたしを捨てていったのはあながち間違いじゃなかったってことかもね。……でもちゃんと拾いに来てよね」

 白いワンピースの少女――レクイエムは俺の頭を撫でて、そう言った。

「ご主人、聞こえるか? ザッハトルテが、ご主人に、ごめんってさ。あと、ありがとう、って」

「ほーら。いつまでそうやって拗ねてるつもりなの。あなたは彼を救ったの。本当に無情動になる前に――こころがなくなってしまう前に、あなたが助けたのよ」

 意識が溶けてゆく。白と黒とが混ざり合ってゆく。

 ――――あなたの仲間が待ってるわ。

 俺は、どの面下げてみんなに会えばいい?

 ――――何言ってんだ、ご主人。ご主人は、たった一言いいさえすればいいんだぜ。

 たった、ひとこと?

 ――――そうよ。あなたは知っているわ。

 知っている……。

 

 声が、聞こえていた。

「おい、ティラミス! 起きろ!」

 仲間たちの声が聞こえていた。

「ティラミス! あんた生きてるわよね! 死んでたら返事しなさい!」

 そうすると俺は、心地よいまどろみの中で、「ああ起きなきゃな」って思う。

「ティラミスさん! 起きてください! ……だめ、治癒魔法も効果ないみたい」

 ようやく頭が回り出して、俺は元の居場所に還る準備をする。

「ティラミスさん! 起きてください! 朝です!」

 大きく息を吸って深呼吸する。

「ティラミスちゃん! お願い! 起きて!」

 そして、『ひとこと』を言うために大きく息を吸い込んだ。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

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