ソウルテイカー・レクイエム
「よし!」
俺が装備を整え終えて、ガトーの疑問に答えると、既にみんなの準備も終わっていた。
見た目がガラッと変わったのはマカロンぐらいで、あとはみんな装備が豪華になったくらいの変化だ。
マカロンの装備は僧侶から聖騎士になったため大幅に変わっている。布で出来た以前の聖衣とは違って、鎖帷子の上から重鎧を装備していて、いかにも防御力が高そうだ。武器も棍棒から円錐槍になり、それに伴って巨大な盾も持っている。
「やっぱパラディンの装備は重そうだな」
俺がそう呟くと、
「え……と、そのでっかい白い剣の方がだいぶ重そうだよ?」
とティラミスが困り顔で返した。
「それもそうか」
俺はにぱっと笑って、目に留まったキャンディの装備をちらと見た。
「あれ?」
キャンディの背中のホルスターには、普通の刃の逆側にぎざぎざの櫛状の刃がある、余り見慣れない形状の短剣が二本刺さっていた。
「これって、ソードブレイカーですよね?」
と、尋ねたのはミルフィ。
「そうよ!」
キャンディは興奮気味に答えた。
「ほんとは対人戦で剣折るくらいにしか使えないんだけど……パラドクサの話を読んだ後だと……」
ガトーは目を丸くして、叫んだ。
「無情動対策だと言うのか?」
キャンディはガトーの大袈裟な反応を見て、眉間にしわを寄せた。
「何よ。備えあれば憂いなしって言うでしょ」
「ああ、キャンディの言う通りだぜガトー」
俺はキャンディの考えに感心してそう言った。
「まぁ、ソードブレイカーなら無情動でなくとも、魔蟲の攻撃手段を絶ったりできるやもしれんな」
ガトーは髪をかき分けながら、どこか遠い目でそう言った。
「備えといえば、私はこんなものを買いましたわ」
ミルフィはそう言ってマジック・ランタンを取り出した。
「おぉ! 確かに暗い森では火の絶えないマジックランタンは便利だな!」
ミルフィは、そうでしょう、と誇らしげに胸をはる。
キャンディは腰のポーチを金具で固定すると全員を一瞥して言った。
「それじゃあ、行くわよ」
「「「「おー!」」」」
「ちょっと! 何か今日、魔蟲多くない? そんなに奥まで入ってきてないわよね?」
ソードブレイカーを振りながら、キャンディが叫ぶ。振り上げた二連撃は自在に飛び回る麻痺毒蜜蜂パラライズ・ビーに避けられ、空を斬る。
「蜂なんだから巣でもあるんじゃないか?」
ガトーは目を瞑り、鞘から刀を抜く動作だけで近くのパラライズ・ビーを切り落とす。一度の抜刀で倒す魔蟲の数、およそ二十。
「この蜂さんがまだ出てくるとか……あんまり考えたくないなぁ」
マカロンは盾でパラライズ・ビーの突進を防ぎつつ、仲間に命中支援魔法をかける。
「ええ、刺されたら痛そうですもの」
ミルフィは呑気にそう言いながらもピンポイント・ショットで魔蟲を確実に仕留めていく。
「でもこの蜂のせいか、他の魔蟲はこの辺りにはいないようですね」
ソーダ先生は蜂を発火させ、移動を制限させる。
そこに俺がレクイエムの一薙ぎを入れ、一掃する。
「でも、ミツバチなんだろ? だったら別に他の蟲を食べているわけではなさそうだが……」
「何せ数が多いから、花の蜜とか取りづらくなるんじゃない?」
今度はソードブレイカーの二連撃で五匹の魔蟲を落としながらキャンディが答えた。
「なるほどな」
俺はレクイエムを左手に持ち替え、右手でソウル・テイカ―を抜いた。
「え? ちょっと待って? アンタその剣で二刀流すんの?」
キャンディが空を斬りながら叫ぶ。
「よそ見すんなよ危ねぇだろ!」
右手のソウル・テイカ―と左手のレクイエム、それぞれで一匹ずつ切り捨てながら俺はキャンディの元へ走った。
「ワンマンアーミーの力、貸してくれよ!」
「しょうがないわね! 《エンチャントウェポン》!」
キャンディの支援魔法がかかり、レクイエムが青い光を纏う。
「漲るぜッ!」
左手の攻撃が冴えわたる。ターゲットサイトとエンチャントウェポン。命中率と攻撃力が上がり、最強に見える!
「ソウル・テイカ―!」
右手の第一打、ソウル・テイカ―が蜂の装甲を削り取る。そしてすかさず第二打!
「レクイエムッ!」
白き、神なる大剣が毒蟲の腹の肉を抉り取る。緑色の体液が噴出し、その亡骸は四散する。
もしこの蟲が元人間だとしても、この剣が慰めの歌を奏でるだろう。死せる同朋よ、せめてこの鎮魂歌で……。
「安らかに眠ってくれ」
ようやく剣を収めることが出来たのは、既に日が落ちた後だった。
「元々暗いとは言え、ここまで暗いと動き回るのは危険ですね……。外に出るにしても、朝を待った方が良さそうですね」
ソーダ先生はそう言うとランタンに火をつけようと魔術書を開いた。
「先生、私マジックランタンを持ってきましたわ」
にこっとミルフィが笑顔でランタンを出した。
「え? でもランタンとか携帯食料は『アカデミア』で支給されるので……」
「先生、私マジックランタン持ってきましたわ」
「いや……でも」
「先生!」
「分かりました……つけてください」
「喜んで♪」
コントか、とキャンディがツッコミを入れた。が、ミルフィは自分のランタンを使えて大変ご満悦のようで、そのツッコミが聞こえないようだ。すりすりとランタンに頬ずりしている。
「熱く……ないのかな」
「そこじゃないだろマカロン……」
マカロンとガトーも漫才を楽しんでいるようだ。
「俺もそのコント交ぜてくれよ!」
と頼んでみたが、
「やめてティラミス……。アンタまでボケに回ったらあたし生きてけないわ」
とキャンディ。
「え? え? ひょっとしてそれもボケか?」
「違う!」
そんなこんなでZクラスの初めての野営の夜は更けていった。
チュン、チュン。
鳥の囀りで気持ちよく目が覚める。
「ん? 鳥?」
「チュン、チュン」
違う、鳥じゃない。誰だこいつ……。大体『森』に動物はいない。
「え? ほんとに誰だお前?」
その囀りの主は俺の顔を覗きこんでしゃがみこんでいる。金髪碧眼で、白いワンピースの俺と同じくらいの女の子。
「って、なんで『森』にそんな不用心な格好の女の子がいるんだ?」
「よく周りを見て?」
女の子はそう言って立ち上がった。
「周り……?」
俺は辺りを見渡してみた。
「な……!」
辺り一面、真っ白の世界。
「ここは『森』じゃないわ」
「じゃあ……どこなんだ?」
「ここは、夢の中みたいなものよ」
夢の、中? 俺はまだ眠っているのか?
「ほんとは違うけど、夢だと思ってくれればいいよ」
「……じゃあ、ほんとは何処なんだよ」
「ないしょ」
女の子は腰で手を組んで前のめりになり、上目遣いで僕を見た。
「わたしがあなたを呼んだのよ?」
体制が辛かったのかすぐに手を頭の上で組んで、のけぞる。
「何の……ために?」
女の子は、んー、と少し悩むように小首を傾げて、やがてぱっと明るい顔になって笑った。
「忠告するため、かなぁ?」
えへへ、と目を細めて笑う。何が言いたいのかわからない。
「何を?」
俺が尋ねると、女の子は急にキリッと、凛々しい顔になって、
「もうすぐ、あなたに大きな危機が降りかかるわ。でも、決して諦めないで。仲間を信じて。あなた自身を信じて。死んでいった人のためにも、あなた自身のためにも」
と、そう言った。
「じゃあ、もう帰っていいよ。じゃあね」
女の子がそう言うや否や目の前が歪んで、意識が遠のいていった。
「待って……くれ! 君の、名前は!」
――――しかたないなぁ。特別に教えてあげるよ。
――――わたしは《レクイエム》、だよ。
意識が、溶けてゆく。白の剣の世界から、俺は、元の『森』へ還ってゆく……。
「ティラミス! 起きろ! 大変だ!」
ガトーが俺を揺すっている。起きなきゃ。
――――お前だけずるいぜレクイエム。オレサマもご主人とお話したいぜ。
目を覚まそうとしたとき、聞き覚えのない少年の声が聞こえてきた。
「もう! 早く起きなさいティラミス!」
キャンディが俺を呼んでいる……。起きなきゃ。
――――ちょっとくらいいいじゃんか、なぁ、ご主人。
悪いけど、俺呼ばれてるんだ。また今度にしてくれないか。
――――え? 今度ならお話してくれるか?
ああ、いくらでもお話してやるよ。
――――まぁ、それなら……。
ところで、君は……? もしかして……。
――――ああ。大体わかってると思うけど。
――――オレサマは《ソウル・テイカ―》だぜ。
「マジでやばいんだよ起きろよティラミス」
目を覚ますと目の前にガトーの顔があった。
「近い!」
俺はガトーの顔面を思いっきり殴った。
「ぐべらっ?」
ガトーの顔が血を出しながら遠ざかってゆく。
「ふぅ。危なかった」
「ちょっと、遊んでる場合じゃないのよ!」
そう言ってキャンディが俺を引っ張って立たせようとする。
「自分で立てるからっ!」
俺はキャンディの手を振り払って飛び起きた。
「……可愛くないガキ」
ぷい、とキャンディが鼻を尖らせてそっぽを向いた。
「悪かったな……って、なんだコレ」
僅かなテントの隙間から外が見えた。
いや、外って呼んでいいのかこれ。
テントの周りにはアシッド・アントの大群が大挙を成してひしめき合っていた。
「よし、ソーダ先生。何とかして!」
「ちょ、ちょっとティラミスちゃん? 押さないでください! 大体コールドランス撃つのに十分なスペースがテント内に無いんですよぉ」
「あのう、おはようございます」
そう言ってマカロンが木の陰から姿を顕した。
ん? 木の陰から?
「ちょっとマカロン何で外にいるの?」
「……ちょっとお花を摘みに」
もじもじしながらマカロンはそう答えた。
「あれ? でも花はどこにあるんだ?」
「おい、ティラミス。そう言う意味じゃない」
……俺、なんか変なこと訊いたかなぁ。
「で、でもマカロンが外にいるってことは、外から倒してもらえば」
マカロンを見てみると、しっかりパジャマを着ていた。
「あ……あー。と言うか何で『森』にパジャマ持ってきてるんだ……」
「お、乙女のたしなみです」
「ごめん、あたし乙女ちゃうかったわ」
「あわわ……キャンディさん! そんなつもりじゃ」
「コントやっとる場合か! このままじゃじわじわテント溶かされて……。ええい、抜刀術はこっからじゃ届かんし……。そう言えばミルフィは?」
「ここです!」
ミルフィの声が聞こえたかと思うとアシッド・アントの大群に矢の雨が降った。
「「「「「魔法少女マジカル?ミルフィ?」」」」」
「違います!」
ややあって、先生が魔蟲の死骸を全て燃やし終わった後、朝食となった。
「あれ? そう言えばミルフィはどうしてテントの外にいたの?」
ミルフィーユはキャンディの質問に顔を赤らめ、もじもじしながら、
「お花を摘みに……」
と答えた。
「あー、お花摘むの流行ってるんだなぁ。俺、男だからそういうの疎くて。……キャンディは花摘まないのか?」
そう尋ねるや否や、俺の胸ぐらはキャンディに掴まれ、体は宙に浮いた。
「アンタの命を摘んでやろうか」
「え? なんか俺まずいこと言ったか?」
ガトー、マカロン、ミルフィ、ソーダ先生は俺を見てにこにこ笑っている。
「え、なにこれ怖い」
「さぁ、お前の罪を数えろ?」
朝食のほとんどを吐き出した俺は、森の出口を求めてさまようパーティの先頭に立った。
「転移石……は、ないか」
「先生、ここは何処なんでしょうか」
ミルフィが尋ねるも、先生は首を振った。
「おかしいですね……。明らかに昨日と道が変わってるですね」
確かに、目印にしてきた特徴的な木などがなくなっている。また、昨日見たなら覚えているであろう特徴的な木も何本かある。
――――もうすぐ、あなたに大きな危機が降りかかるわ。でも、決して諦めないで。仲間を信じて。あなた自身を信じて。死んでいった人のためにも、あなた自身のために。
俺はレクイエムの忠告を思い出した。
「これが、大きな危機」
俺は背中のレクイエムをさっと撫でた。