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The Dungeon Of Sprit  作者: MilkLover
かみがかりのもり
5/8

ランデブー・ウィズアウト・シュガー

 夏。

「暑い」

「そりゃ、夏は暑いのですよ」

「先生、魔法で涼しくしてよ」

「……血液も凍ります?」

「やっぱいいや」

 期末の学術試験の結果が芳しくなかった俺は、ひとり教室で補習を受けていた。

「ところで、ティラミスちゃん」

「その『ちゃん』って言うのやめてくんないかなぁ」

「可愛いからだめなのですよ。……この補習が終わったら、バニーユのところに行くですよ」

「バニーユ先生んとこに? 確か訓練所の教官だったっけ」

「その通りですよ。ちゃんと覚えててえらいですね」

 そう言ってソーダ先生は俺の頭を撫でた。

「やめろー撫でるなー」

「照れちゃって可愛いですね」

「子ども扱いすんなー」

「生徒は私にとって我が子みたいなものですよー」

「そうゆーことじゃないよね」


 そんなこんなでその日、俺はアカデミアの訓練所に行くことになったんだ。

「暑い」

「そりゃ、夏は暑いのですよ」

 デジャヴ。

 訓練所は本校舎から『森』沿いのくねった道を五キロほど歩いた先にある。

「なぁ、先生。なんで訓練所はアカデミア本校舎からこんなに遠くにあるんだ?」

「それはですねぇ……」

 ソーダ先生はアカデミアの入学内定書と一緒に送られてきた学校案内のパンフレットと同じものを、懐から出して読みだした。

「……あった! 『森』への連日出撃の際の宿泊所やちょっとした合宿所、また生徒だけではなく冒険者のサポートのためにも、より森に近い位置に建てられたようですね」

「でも、毎年『森』って拡大してきてるんだろ? その辺は大丈夫なのか?」

「へっへーん。それなら知っているのですね」

 ソーダ先生はドヤ顔でパンフを懐に仕舞って説明した。

「アカデミアの校舎、及び付属施設はすべて『ワーポイト』という転移石で出来ているですね。アカデミアの専属測定技師が『森』の接近を確認すると、マジックキャスターが数人がかりで指定の距離まで転移させるのですね」

「ためになった!」

「まぁ、『共鳴』が起こってしまうので近くで転移魔法が使えないのが欠点、ですね」

「おう、そのおかげで歩かされてるわけだからなー」

 俺は道端の花を見ながら、そう返した。

「おや、花を見ているのですね? その花は……」


「その花は、クロユリだよ」

 何処からともなく声が聞こえた。

「その声は、ザッハ?」

 そう言ってソーダ先生は辺りを見渡した。

「私なら、ここだよ。その……ザッハって人ではないけど」

 声の主はそう言って『森』の中から現れた。ローブを着ているが、ちらと除く肢体は鎧を纏っているように見える。『森』から出てきたということは、冒険者なのだろう。ローブのフードを目深に被っていて、顔はよく見えない。

「そうよね……ザッハのはずがない……」

 ソーダ先生は落胆したように肩を落とした。

「済まないね。何か期待させてしまったようで。私は、ベルゼットというものだ。ベルと呼んでくれ」

 ベルはそう言うと手を差し出した。篭手はつけたままだが、冒険者同士ではあまり気にしないのだろうか。俺もグローブを付けたまま握手に応じた。

「俺はティラミス・ベター! よろしくなベル!」

「はっはっは! 威勢がいいな、ティラミスくん。……小さな子供と思っていたが、非礼を詫びよう。君の手は手練れの剣士の手だ」

 そう言うとベルは腰のあたりに手を当てカチャカチャと何かを弄った。そしてカチ、と小気味のいい音と共に、ベルはそれを取り出した。

「この剣が君に使われたがっているようだ」

「え、もしかしてこれを俺にくれるのか……?」

「あぁ。この剣は『ソウル・テイカ―』」

 ベルが鞘から抜くと、ソウル・テイカ―は黒く鈍く光を放った。

 クロユリを模した飾りが施されていて、一見ただの観賞用の剣に見える。

 やがてベルは鞘にソウル・テイカ―を収め、俺に手渡した。俺は握手を解いてそれを両手で受け取る。



――――人の魂に救済を。悪魔の血肉に断罪を。

受け取った瞬間、頭の中で声が聞こえた。


「?」

 俺はベルを見つめた。ベルは、俺と剣とを交互に見て、

「思った通り、よく似合っている。それは君の剣だ」

 そう言って、俺たちが元来た道を通って去って行った。

「見ず知らずの俺に、いきなり剣を託すなんて」

 ちょっと信じられないぜ、と言ってソーダ先生を見る。

 ソーダ先生はひどく落ち込んだ様子で道の隅っこに座り込んでいた。俺は剣ホルスターにソウル・テイカ―を差し込み、背中のクレイモアをひと撫でし、先生の手をとり、立ち上がらせようと引っ張った。

 ぐい、と引っ張られる感触。

「先生……」

 よほどベルの声がザッハトルテに似ていたのだろうか。相当ショックが大きいようだ。

「先生!」

 耳元で叫んでみるが、何の反応もない。

「仕方ない……」

 俺は『サニティ』を物理で行使するため、右手のグローブを外した。

「行くぞ!」

 そして拳を強く握りしめ、思いっきりソーダ先生の頬を、

 パチン。

「ビンタ……?」

 した。

「目が覚めたか? いつまでもそんなんじゃ、ザッハさんも安心して眠れないぜ」

「そう……ね。行きましょうか」

 それから程なくして訓練場に到着した。その門前には赤髪の見覚えのある男が俺たちを出迎えるようにして立っていた。

「ティラミス、ソーダ教諭、よく来たな」

 フレーズ・バニーユ訓練所教官殿だ。

「実は今日呼び出したのは……ティラミスに渡したいものがあるからなんだ」

「……もしかして、剣だったりするか?」

 そう言うとバニーユ教官は少し驚いたような顔をした。

「お、おう。よく分かったな」

 本日二本目なもので、とは言わないでおいた。


 教官の先導に従って俺たちは広間を通り過ぎ、地下への階段を抜け、薄暗い武器庫を素通りして、仰々しい安置所に辿り着いた。

「なんじゃ、こりゃ」

 巨大な剣が、そこにあった。

 物々しい鍔飾りの着いた、俺がようやく背負えるかどうかの大きさの、真っ白で神聖な雰囲気を醸し出す――――ユリの紋章の入った大剣が、その部屋に鎮座していた。

「『レクイエム』。それがその剣の名前だ」

 鎮魂歌と冠された大剣。それが、俺の手に渡ろうとしている。

「って、どうやって持ち帰るんだこれ」

 背中のクレイモアを一瞥して、教官に言った。

「特に思い入れがなければそのクレイモアはこちらで引き取るが、どうする?」

 このクレイモアは、入学が決まった時にアルバイトで貯めた金で買ったものだ。初めて『森』に行った時から使っているとはいえ、流石にそこまで思い入れの深いものでもない。

 しかし、思い出はあるので手放すのはちょっと惜しいシロモノでもある。

「預かっておいてくれないか? また取りに来るよ」

「あぁ、構わない」

 教官は笑顔で言うと、Zクラス用の器具庫の一区間をクレイモアに宛がった。

「お前には期待しているぞ、ティラミス。お前は間違いなくアカデミア史上一、二を争うソードマスターになるよ」

 ザッハトルテみたいにな、とバニーユ教諭はソーダ先生に聞こえないように俺に耳打ちした。

「ああ。そうなれるように頑張るぜ」

 俺は白い大剣を背負い、ソーダ先生の肩を叩いた。

「帰ろうぜ!」

 ソーダ先生はにこっと微笑むと無言で頷いた。


「暑い」

「そりゃ、夏は暑いのですよ」

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