シークレット・フォー・リーダー
「なんだよ、これ」
学園祭どころの話じゃねぇぞ、とティラミス・ビターの叫ぶ声がした。
また、何か揉め事でも起こしたのだろうか。彼は喧嘩っ早くて困る。大方、キャンディー・クッキー・クラッカーとでも衝突しているのだろう。
何故だがあの少年を見ると、時々彼の事を思い出す。
――私を救い、自らは無謀にも「森」に挑んだ彼のことを。
「何かあったのですね?」
私は教室の扉を開けて、彼ら彼女らを見た。
そして、その手に握られた、「見覚えのある黒表紙」に目を疑った。
「アパ……シー」
禁書、アパシー。
十年前の惨劇について書かれた、彼の手記。その内容の過酷さと信じられない森の秘密から、真偽の判断の余地なく、禁書図書館に封印されたはずの本。
「あなたたちどこでそれを!」
私は魔術書を開き、魔法陣を展開した。
教え子が無情動だと思いたくはないが、この本を狙い、人に化け、入学してきたという可能性もある。しかし、魔蟲は「森」の外では外気に触れただけでも霧散する。無情動とはいえ、「森」の外の環境に耐えられるのかという疑念はあるが。
「そこの本棚にあった……」
ガトー・ショコラが学級日誌の棚を指差す。
「昔の日誌になら、学園祭について書いてあるかと思って、適当に一冊取り出してみたら偶々これが……」
その言葉に嘘はないようだ。とすれば……
「『在るべき場所』……」
ミルフィーユ・アプリコットが呟いた。
「ここが、『在るべき場所』」
マカロン・シロップはそう言って私の方に歩み寄る。
「この本のソーダは、先生?」
そう尋ねて彼女は私の目を真っ直ぐに見つめる。
「えぇ、そうよ」
「森」のことなど忘れたい。忘れてしまいたい。でも、彼のことは、忘れたくない。私は苦肉の策として、教師としてこの学園に残ることを選んだ。自らを戒め、いつの日か無情動を倒すことのできる、「森」に克つことのできる「戦士」を育てるため。
「私は……アカデミアに『森』での出来事を報告した。そしてその本を学園長に渡した。その結果、私は混乱を招く行為をしたとして三か月間学園の地下に拘留され、彼の手記は国立禁書図書館に封印された」
生徒たちは閉口した。
「あなたたちは『希望』になりうると同時に、『絶望』にもなれるの。勝てば官軍、負ければ――」
「俺たちに敗北はない」
私の言葉を切り捨てて、彼は言った。
「な、みんな」
彼が――ティラミス・ビターが、私の記憶のシュガーレス・ザッハトルテと重なった。
全く似ていないのに、彼はどこかあの人に似ている。
「そうだな」
ガトー・ショコラはティラミスの背中を軽く叩いた。
「あたりまえじゃない」
キャンディはそう言って肘でティラミスを小突いた。
「はい!」
マカロンはティラミスの手を握った。
「えい!」
ミルフィーユはティラミスの頭を思いっきり殴った。
「痛ってぇ?」
「ご、ごめんなさい! てっきり殴る流れなのかと……」
「もう、ミルフィーユお嬢様ったら天然なんだから」
キャンディがそうからかう。
「お嬢様はやめて! あと天然じゃない!」
「「「「え?」」」」
「え、じゃなーぁい!」
私は、それを見ていた。いつの間にか視界がぼやけていて、頬を拭うと濡れていた。私は泣いているのだ。
――ねぇ、ザッハ。私、『希望』を見つけたわ。
「安心してくれ、先生。俺たちは『希望』だ」
差し出された手は剣士の手だった。ごつごつとして固く、そして温かい。そして時折、私の心を見透かしたようなセリフを放つその少年は、彼の生まれ変わりなのかもしれない。
偶然か必然か、ティラミス・ビターは今年、十歳になる。