9 恋愛初心者、雰囲気に呑まれる
「スミカ、なんとか立ち上がれるか?」
立ち上がれ?
イケメンさん、ずいぶんな無茶をおっしゃる。
「ロイル様、歩くなんて無茶ですわ。アッシュ様に手を貸して頂いたほうが……」
看護師さんの言葉に、金髪碧眼さんは唇を真一文字にする。
そんな表情も、身惚れるほど素敵です。
パチパチパチ 心の中で拍手する。
しかし、このひとの名前、ロイルっていうのか?
しかも、看護師さんに様呼びされるとか……
そういえば、この看護師さん、私のことも様呼びしてたな。
珍しい病院だなぁ。患者や見舞客を様呼びするように決まっているとは……
「彼女をアッシュの手に委ねるなんて、もう嫌だ。彼女が歩けないのであれば、私が抱えて行く」
うん?
アッシュ? ロイルに……アッシュ?
あれれっ? この名前って……
「そんな我が侭を」
「我が侭だと?」
ふたりが急に言い合いを始め、純花はおろおろしてしまう。
「ロイル様、先ほどご自分でおっしゃいましたよね。万事休すと」
看護師さんが、ロイルをぐっと睨む。
「どうして私じゃダメなんだ」
「悪目立ちするからですよ、ロイル王子」
突然野太い声がして、純花は驚いてドアに視線を向けた。
うわーっ、大きな男のひとだな。
突如現れた巨漢を、ついまじまじと見つめてしまう。
だって、西洋の騎士みたいなんだもん。
しかも、こちらもかなりのイケメンさん。
このひとも朱里の知り合いなのかな?
しかし、この巨漢さん、ロイルさんを王子とか呼んじゃうなんて……面白いひとだな。
確かに、ロイルさんの容貌は王子様っぽいけど。
「ロイル王子、貴方はいますぐここから出たほうがいい。使用人たちに目撃されるのはまずいとわかるでしょう?」
「……」
いまいち彼らが何を言っているのか、私には理解できないんだけど……ロイルさんは巨漢さんの言葉に言い返せないみたいだ。
「彼女が大怪我を負ったことは、アレイ殿に知られてはなりません。そんなことになったら……彼女は……」
な、なんなの?
三人して、私のことをじっと見つめてくるんですけど……
アレイって誰? そのひと、そんなに危険なひとなの?
「……わかった」
苦渋の決断と言わんばかりにロイルは口にし、いまだ握り締めたままだった純花の手を、さらにぎゅっと握りしめてきた。
うわわわ……そんなに顔を近づけてきたら……し、心臓が破裂しますっ!
「必ず……会いに行く。スミカ、待っていておくれ」
ひどく辛そうに口にしたロイルは、その言葉を残して部屋から出て行った。
雰囲気に呑まれたのか、純花は思わず彼に向けて追いすがるように手を伸ばしていた。