1 残念な友
「やっぱり、朱里って凄いところに住んでるよね」
親友折原朱里の住む、十階建てのお洒落な高級マンションを見上げてそう言った呉崎美音は、なぜかごくりと唾を呑み込んだ。
この子は、私、篠宮純花の友人のひとりだ。
美音は、髪をポニーテールした、はしっこい目をした子だ。仲良しの中では一番運動神経がいい。
「美音、そんなことどうでもいいよ。ほら、早く行こう。朱里が心配だよ」
純花は顔をしかめて、美音と岡崎夕海を急かした。
夕海は童顔でぽっちゃりさん。そして小学生並に背が低い。
この三点が、この子にとっては深刻な悩み。
美音と夕海と朱里、この三人は純花と仲のいい友人たちだ。
高校のときからの付き合いなのだが、ハタチ過ぎたいまも、ずっと変わらずつるんでいる。
性格がそれぞれ違うのがよかったのか、私たち、妙に気が合うんだよね。
これまで、あまり諍いもせずにやってこれたし……
で、今日はどうしたのかというと……
なんと、朱里が好きな相手に告白してフラれたというのだ。
しかも、何度もだ。
いやー、やっぱり信じられないな。
あの朱里が、好きな相手に何度も告白したとは……
うん、どうしても信じらんない!
朱里って、私たちの中で一番美人で知的で、性格も超クールなのだ。
あの子に好きな相手がいたこと自体、私は信じられないよ。
「ええっと、朱里の部屋は1001号室だったよね?」
夕海は早口に言いながら部屋の番号を押したのだが、
「ああーっ、間違えたぁ。1010って押しちゃったぁ」
「な、何やってんのよ!」
美音は慌てて集合インターフォンの受話器を、取り上げる。
1010号室の住人に、
「す、すみません。部屋番号を押し間違えました」と平謝りする。
いつもよりさらに小さくなっている夕海を、美音はぎろりと睨みつけ、今度は自ら部屋の番号を押す。
「まったく夕海は!」
「ご、ごめんよぉ」
美音に叱られ、しょんぼりしている夕海の頭を、純花はやさしく撫でてなぐさめてやる。
こんな風に、夕海はいつも考えるより先に手が出ちゃう子なのだ。
それでよく失敗をする。
そして怒りながらでも尻拭いをしてやるのが美音で、落ち込んだ夕海を慰めるのは純花の役目と決まっていた。
朱里は、そんな三人のやりとりを、興味深そうに眺めていることが多い。
朱里は、ちょっと……いや、かなり変わってるからね。
いや、いまはそんなことはどうでもいい!
「ねっ、ねぇ。彼氏にフラれた友人を、どうやって慰めればいいと思う?」
純花は落ち着かず、ふたりに尋ねた。
そのとき、受話器を耳に当てていた美音が、
「あっ、朱里」と叫んだ。
どうやら朱里が呼び出しに応じたらしい。
呼び出しても出てくれなかったらどうしようと思っていたので、ひとまずほっとする。
「あんた大丈夫なの?」
美音が朱里に話しかけると、夕海も、我もとばかりに受話器に飛びついた。
「こ、こういうときは、ひ、ひとりで閉じこっ、もも、もてちゃ、ダ、ダメん、なーんしよっ!」
夕海が見事に言葉を噛んだ。
ちっこくて少し丸めの顔が、真っ赤に染まる。
「ふたりとも、そ、そんな風に、ひとを残念そうに見ないでよぉ」
情けなさそうに夕海は抗議した。