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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

行けるわけないだろ

作者: 日向

 結婚式の招待ハガキがポストに届いていた。差出人は僕の親友と、親友と高校時代から付き合っていた僕の思い人だった。

 行きつけの店のセール情報か何かだろうと思いながらハガキを取り出した僕は、ポストの前で立ちつくした。ぽかん、と間抜けに開いた口がふさがらない。

 結婚、するのか。そうか。彼と、彼女が。そうか。じゃあ、ずっと付き合っていたのか。僕に招待状。結婚式。忘れてなかった、のか。

 ポストのある一角のすぐそばの部屋から笑い声が響く。ははは、という大げさな声に僕は我に返った。こんな所で立っていて、不審者にでも間違えられたら面倒だ。

 ハガキを表に返したり裏に返したりしながら、僕は階段を上がり、一人暮らしの部屋の鍵を開けた。

 開けて、靴を脱ぎながら後ろ手に鍵を閉め、持っていた鞄を玄関に置き去りにする。散らかった床を無意識によけながら進む。そして部屋に置いてある机、その上に出しっぱなしになっていたボールペンを取ると、衝動的に丸をつけた。

 歪んだ涙のような形の黒丸が、欠席の二文字を囲った。丸の下に「致します」と書いて、もう一度差出人の名前を見つめる。

 仲良く並んだ二つの名前。ただの文字だ。文字なんだ。それでも僕にとってその文字列は、特別な意味を持ち過ぎていた。

 ハガキを裏返す。

「欠席致します」

 声に出してみて、思わず笑ってしまった。自分でもうすら寒くなるくらい、乾いた、祝福の欠片もない笑い声だった。

 彼らはどんな気持ちで僕に招待なんて寄こしたのだろうか。

 許してくれた? それとも挑発している? もしくは、これで諦めろという最後通牒なのだろうか。

「諦めるなんて、そんなこと」

 できるわけがないだろう?

 


 二人と最後に会った日を思い出す。僕にとってはいつまでも、昨日起きたことのように鮮明な記憶。

 その日は高校の卒業式だった。僕たち三人は同じ高校に通っていて、その年は三人ともが同じクラスだった。

 式が終わった後、クラスのやつらと集まって、未成年ながら酒なんて飲んじゃって。初めてのアルコールに酔った振りをして、僕は思い人にキスを仕掛けた。親友の目の前で。

 僕にキスをされて、一体何が起きたのかわからないという顔で瞬きをした大きな瞳が綺麗だった。ああ、睫毛が長いんだな、と初めて至近距離に近づいた僕は思った。

 状況を理解した思い人は、何すんだ、と笑い混じりの怒鳴り声で僕の顎を押しやった。

 僕は、酔っちゃった、なんてありきたりな台詞を言ったのだ、確か。クラスメイトはそんなやりとりをする僕らを見て、げらげらと笑っていた。

 その場のノリや卒業という高揚感で、クラスメイトは僕の行動を流してくれたのだろう。しかし、親友はそうじゃなかった。

 テーブルの向い側にいた親友は、コップを口に運んだまま僕のことを凝視していた。周りが皆笑う中、親友の表情は固まっていた。

 まるで僕の心を見透かすようなその目に見られたくなくて、僕はテーブルを離れ親友から遠ざかったのだ。遠ざかっても、ずっと見られているような、見抜かれているような感覚は消えなかった。

 お開きになって外へ出て、夜風が吹きぬけていく中、親友は僕を輪の外へと連れていった。

 対峙した親友はまだあの目のままだった。僕はその目を見ることができずに視線を逸らした。

「なあ、お前本気だったろ」

「何が?」

 無様にしらばっくれる僕に、初めて親友は手をあげた。まさか殴られるなんて予想外のことだった。

 一瞬自分が何をされたかもわからなかった。ただ反射的に頬に手を当てて僕は顔をあげた。すると親友は一息に捲し立てた。

「嘘つくなよ。本気だったんだろ、わかったよ。でも、お前、今までそんな素振りもなくて。なんで言ってくれなかったんだよ。あたしのこと、騙してたのかよ」

 言いながら、その頬に一筋涙が流れた。

 彼女はその涙をすぐに掌でぬぐった。人前で泣くのは絶対に嫌なのだ、と昔聞いたことを思い出す。

 泣かせるつもりはなかったのに。泣くなんて思わなかったのに。

 どっどっ、と心音が加速する。ごくりと生唾を飲み込んだ。

「言えるわけないだろ。あんたの恋人が好きだなんて。……男が好きなんて」

「おい、お前ら何やって」

 僕と彼女の言い合いに気付いて、彼女の彼氏であるところの僕の思い人が僕たちに近づいてきた。

 未だに僕は、このとき自分の取った行動の意味をわかりかねている。

 こちらにやってくる彼を見て、僕は親友の唇を奪ったのだ。

 涙を流す彼女を強引に引き寄せ、その肩を掴んだ。先ほど彼にそうしたように、そっと彼女の唇を覆う。

 つまらない言い訳をさせてもらえるなら、このとき僕は酔っていたのだ。だから、あんな意味のない、そして取り返しのつかない行動をとったのだと思う。……そう信じたい。

「軽蔑しろよ。ほら」

 彼女の肩を離して、開口一番僕はそう言った。

 目の前で蒼白になる彼女に向けて、拳を振り上げている彼に向けて、僕は笑った。

 頭ががんがんしていた。足元のコンクリートがいきなり粘土に変わったかのように、ぐらりと体がふらついた。

 未成年のくせに酒なんて飲むからだ、と頭の中で達観した声が響いた。

「ごめん。意味わかんないよ、あんた何考えてんの」

 彼女の声がやけにはっきり耳に届いた。その直後、僕の横面を彼が思い切りよく殴り飛ばす。

 アスファルトの上を滑って、僕の頬が擦り切れた。すぐに立ち上がろうとすればそうできたけど、僕はアスファルトの上に倒れたままで彼らを見上げた。

 彼にかけよる彼女と、彼女を抱きとめ僕を睨む彼。

 ……どうして僕はあんなことをしてしまったのだろうか。あんなことをしなければ、僕は二人を失うことはなかったのに。

 失う。そうだ、これで失ってしまった。あんなに大切だった二人を、親友を、好きな人を、僕はもう二度と手の届かない場所にやってしまった。

「痛いなあ……」

 右手を瞼の上に引っ張り上げ、小さく呻いた。

 彼女と親友でいたかった。彼に好きだと言いたかった。

 彼女から彼は奪えなかった。彼との今を壊したくなかった。困ったことに、僕は彼ら二人が好きだった。

 それでも黙ってこのままでいることが辛かったのだ。

 せめて最後の思い出に、と取った行動は、その行動の真意が思いがけず彼女にバレてしまった。もうこれで、彼女とはこれまでのような関係を続けられないだろう。

 僕が彼女の恋人を好きだ、という以上に、僕が男を好きだということが、彼女に受け入れられないだろうと思ったのだ。もちろん彼にも。

 そう思ったら自棄になった。どうせ二人に拒絶されるなら、もうとことんまで嫌われて、そして忘れられたいと思った。

 ああそうか、だから僕はあのとき、あんな行動を取ったのか。

 二人とは、その最悪の別れ以来会ったことはない。四年前のことだ。

 


 僕は指の力を抜いた。白いハガキが吸い込まれるように床に落ちる。

 許してくれたのか、挑発なのか、諦めろというメッセージなのか、もう考えるのも馬鹿馬鹿しい。どうでもいい。どうせもう、二人に僕の手は届かない。

 そのとき携帯が軽快な音を立てた。メールの着信音だ。

 こっちはシリアス全開だっていうのに、誰だよ、空気読めよ。腹の中で毒づきながら、ポケットから取り出し画面を見る。

 知らないアドレスだった。いつもなら迷惑メールだろうと思ってそのまま削除してしまう。それなのに、なぜか胸騒ぎがした。

 考える前に指がメールを開く。

 

 件名:ハガキ見たか

 本文:言いたいことがある。待ってる。


「……名乗れよ」

 苦笑とともに僕は叫んだ。それが誰からなのかは明白だった。でも、まさか? 一体どんな顔をして僕にこのメールを打ったのだろうか。

 二人のアドレスはまだ僕の携帯の中に残っている。

 もう二人には会えないと思っていたのに、会わせる顔がないと思っていたのに、どうしてもそれを消すことができなかった。

 受信したメールは知らないアドレスからだった。つまり、二人はアドレスが変わっても僕にはそれを教えてくれなかったのだと知る。それなのに、今、僕にメールを送ってきた。僕の存在は消されていなかった。

 このメールが僕に送られてきた意味は。ハガキ見たか。言いたいことがある。

 待ってる。待ってる、って。

 あのハガキは、許してやるよ、でも、ざまあみろ、でも、お前の入る隙間はない、でもなくて、正真正銘の招待状だったのだろうか。

 あの二人に忘れられたのだと思っていた。そうであってほしい、そうあるべきだと思っていた。

 でも僕は、本当は、心の片隅では、また二人と元に戻れる可能性を探していた。あんなことをしておいて、何様だと思うけれど。

 僕の中で時間は、あの夜で止まっている。二人にとってもそうだったと、自惚れてもいいだろうか。四年越しに僕らは、時間を動かせるだろうか。

 僕にとって二人が大事であるように、二人にとっての僕も、切り捨てて忘れられてそれでおしまいになる存在ではないと、思ってもいいだろうか。

 そうだな、決着をつけよう。僕はすべてをうやむやにして逃げ出したのだ。それを、後悔していた。

 あのとき言えなかった、言えずに別れた僕の気持ちを。ずっと彼女に隠していた僕のことを。

 そしてそれを彼女と彼がどう思うのか、どう受け止めるのかを僕は聞きたい。

 それで本当に拒絶されてしまうのだとしても、僕は彼らに言うべきなのだ、きっと。少なくともそれで、僕の止まった時間は動き出す。この四年間、もやもやと頭の中を漂う後悔を払拭できる。

 彼と彼女はこうして僕にチャンスをくれたのだ。

 僕は床に屈んでハガキを拾った。

 やはり出しっぱなしのボールペンを掴んで、「欠席致します」をこれでもかというくらいに線で消す。

 それから、「出席」を勢いよく丸で囲った。してやるよ!! とその下に悪筆で付け加える。

 すぐにポストに出すべく、僕は靴を履くのももどかしく玄関を飛び出した。

 このハガキは、僕から二人への宣戦布告なのだ。


即興小説トレーニング お題:苦い光景

大幅加筆・修正したもの

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