8話 不安定な感情
「じゃあ、後で合流な」
「はい。分かりました」
息子のヘキサと一緒に祭りにやってきた俺は、それぞれ別々にオクトへのプレゼントを買おうと持ちかけると、2つ返事で了承された。
……あっさり了承されると、それはそれで可愛くないんだよなぁ。
俺は今しがたあっさりと分かれた息子と、頑なに学業を優先させた娘を思いため息をついた。もちろん可愛い娘の為にいいものを買うなら二手に分かれて探した方がいいのも確か。
でもどうして俺の子供は、そろいもそろって自立心が旺盛なのだろう。少しぐらい俺に頼ってくれてもいいのに、誰も頼ってくれない。
「はぁ。……何か似ているんだよなぁ」
ヘキサとオクトが出会ったのは丁度一年前ぐらいなので一緒に過ごした期間は短い。それなのに性格は似通った部分があった。ただ、これならすぐに仲良くなるかと思えば、世の中そうは上手くいかないようだ。
どうにも2人の意思疎通がうまくいっていないようで、兄妹の仲は微妙である。嫌いあっているわけではないのだが……。
「ま、いいか」
嫌いあっているわけでなければ、その内仲良くなるだろう。
「よっ。腕輪はできた?」
ヘキサと別れた俺は、オクトのプレゼントを買いに、まずは魔法具専門店へやってきた。魔方陣の設計までは俺が全部作り渡してあるのだから、そろそろオクトの腕輪ができてもいいころあいだ。
「ああ。旦那早いですね。勿論、できましたよ」
俺を見たドワーフの男はそう言うと、奥から小さな箱を持ってきた。
「どうぞ。手にとって見て下さい」
カウンターの上に置かれた箱を開けると、中には淡いピンク色をした小さな石を数珠状に連ねた腕輪が入っていた。腕輪はとても華奢な作りで、オクトの小さな手にはよく似合いそうだ。
「無理を言って悪かったな」
「いいえ。こちらもいい経験をさせていただきましたよ」
「この細工は、白の大地から来たという職人が?」
「そうですよ。魔法陣に対してはさっぱりのようでしたが、流石白の大地の職人技でした。わしもまだまだ勉強せにゃならんようです」
そう言って、ドワーフは白いひげをもぞもぞと触った。
むすっとしたような気難しそうな顔をしているが、意外に楽しそうだ。自分も新しい魔法陣に出会うと楽しくなるので、それと似たようなものなのだろう。
「俺も御礼を言いたいんだけど、今日はその職人はいないのかい?」
「今は出かけてますよ。なんでも世話になった旅芸人の一座が大変らしくて、今日はそっちの応援に行くそうです」
「そうか」
折角だから、ヘキサの眼鏡の新調も頼んでみようかと思ったのに残念だ。でも旅芸人を手伝っているなら、そっちへ行けば会えるかもしれない。
「じゃあ支払だけど――」
お金を払おうとしたところで、店の扉が開きチリチリンと鐘を鳴らした。
「いらっしゃいませ」
「「「あっ」」」
振り向いた瞬間、俺の声は店の中に入ってきた2人のものと重なる。
「……なんでアスタリスク魔術師まで居るんですかぁ」
「何でって俺は娘の為だけど。お前らこそどうしたんだよ」
店にやってきたのは、同僚のエンドとリストだった。祭りの時は必ずリストは女の子と遊びに行くはずなので珍しい。
「たまたまそこで会ったんだ」
「僕は個人的な買い物に来たんですけどね」
なるほど、偶然が重なって一緒になってしまったらしい。
職場で毎日顔を突き合わせているのに、わざわざ休みの日まで会ってしまうとは。微妙な空気が3人の中に流れる。
「まあいいや。俺はもう終わったから。店主、金は置いておくから、足りなかったらまた言ってくれ」
そう言って、俺はカウンターを2人に譲った。
買うモノは買ったのだから、もうここには用はない。どうせまたすぐに職場で会う奴と世間話をするのも馬鹿らしいので、さっさと店の外に出ようと足を向けた。
折角だからこれから、お土産を買いがてら旅芸人がいる所へ行こうか――。
「すまないが、子供の手に合うぐらい小さな――」
――予定変更。
「ちょっと待て」
俺はエンドの肩をガシッと掴んだ。
どうして大人のエンドが、子供の手に合うぐらい小さな何かを必要とするのだろう。エンドは結婚していないので、子供なんていない。親族に上げるならいいが――。
「なんだ」
「誰に上げるつもりだ?」
「勿論、オクトだが?」
「今すぐ止めろ、ロリコン」
何でお前があげるんだ。
というか、そもそもプレゼントがかぶってるんだけど。
「お前にあげるわけじゃないんだからいいだろ、お父さん。そして私はロリコンじゃない」
「俺はお前のお父さんじゃないんだけど?」
ふっと、俺とエンドは笑いあった。
そして前に手をかざす。害虫は、見つけたら即駆除しなくちゃいけないよな。
「ちょ、こんな場所でやめて下さいっ!」
リストの叫び声と同時に、俺とエンドの魔法がぶつかった。
◆◇◆◇◆◇
「僕まで買えなかったんですけど」
「だから、腕のいい職人を紹介してやるって言ってるだろ」
リストに恨み事を言われ、俺は肩をすくめた。やってしまったモノは仕方がない。
あれからエンドと店の中で喧嘩した結果、俺ら3人は仲良く店から追い出された。
でも俺は悪くないと思う。勝手に人の娘にプレゼントして、オクトを惑わそうとしているエルフが悪い。その後、いきなり女の子に高価なプレゼントをあげると警戒されるだけだとリストが助言したおかげでエンドは買うのを諦め、喧嘩は一応収まった。それにしても、油断ならない。
「なんでそんな凄腕のヒトが旅芸人の手伝いをしてるんです?」
「さあ、人手不足なんじゃないか?」
大変だとか言っていたが、公演をするなら色々準備が忙しいのだろう。もしくは、ここまで連れてきてもらったお礼に手伝いに行ったのかもしれない。
「ああ。そう言えば今日の夜から、グリム一座の公演が始まりますもんね」
「詳しいな」
「明日の公演を、マリアちゃんと見に行く予定なんですよ」
エンドの言葉に、リストは笑いながら答えた。女の子と公演を見に行く、つまりはデート。デートならば相手は恋人かと思うが、リストの場合はそれが当てはまらない。
「他の子にみられて、背後から刺されても知らないぞ」
「大丈夫ですよ。マリアちゃんはただの友達ですから」
てへっと可愛らしく笑うが、生憎と俺は男なので、同じ男のそんな顔には騙されない。
リストの言う女友達は、リストの事を友達と思っているのかが怪しいと思う。
まあリストが、俺のオクトに手を出さない限り関係ない話だが。
「……ん?そういえば、今グリム一座って言ったか?」
「はい。そうですけど、知ってるんです?」
グリム一座……グリム一座……。うーん、何処かで聞き覚えのある単語だ。昔、公演を見たのか?それとも――。
「あっ!」
「どうしたんだ?」
ふと、その単語を何処で聞いたのか思いだし、俺は声を上げた。
「そうだよ。それ、オクトが昔いた旅芸人の一座だ」
確かそんな名前だった気がする。というか、俺が知っている旅芸人なんて、それぐらいだ。
「へえ。また戻ってきたんですね」
リストの言葉に頷きながら、俺はふと不安になる。……オクトはこの事を知らないのだろうか。
オクトは俺の前で旅芸人にいた時の話をしない。
それはオクトがそこでの事を忘れてしまったからだと思っていたが、最近本当は反対なのではないかと思う様になった。例えば俺が追跡魔法をしかけたお守り袋。あれはたぶん旅芸人の一座にいたころからのモノではないだろうか?
オクトは諦めがいい。けれど決して昔の繋がりを手放そうとしないという事は、忘れたわけではないという事だ。
果たして今のオクトは、俺との生活と昔を比べてどう思うのだろう。
考えると、胸に冷たい氷でも突き刺されたような気分になる。
俺はオクトがいないと困る。でもオクトにとっての俺はどうなのだろう。
引き取った当初よりも、どんどんできる事が増えていくオクト。自立心が高い分、その伸び方は半端ない。今ならば……きっと一座でもなんとかやって行けるのではないだろうか。
俺との生活を嫌っているとは思わない。でも昔と比べてどうかといわれれば、そんなのオクトにしか分からない。
「アスタリスク魔術師?」
リストに呼ばれて、俺はハッと顔を上げる。
気がつけば、俺は道のど真ん中で立ちすくんでいた。
「顔色、悪いですよ?」
「あ、ああ」
リストに言われて、笑って誤魔化そうとするが、どうにもぎこちないものとなる。笑って誤魔化す事は得意なのだが、今はそれすら上手くできない。
もしも……もしもだ。
俺が尋ねていった先に、家にいるはずのオクトがいたらどうしよう。
俺は……オクトに捨てられてしまうのだろうか?
考えただけで、目の前が真っ暗になりそうだ。もちろん、そんな事許すつもりはない。でもどうやってオクトを止めたらいいのか。
もしもオクトが出ていこうとしたら、俺にできるのは、捕まえて、家の中に閉じ込めてしまう事ぐらいだ。そしてオクトに嫌われてずっと過ごす事になるのだろう。
「アスタ、少し休め」
エンドは俺の腕を掴むと道の端へ引きずるように連れてきた。
「そうですよ。アスタリスク魔術師が体調悪いと、嵐が来そうじゃないですか」
「折角の祭りで、天変地異がおきたらどうする気だ」
「どういう意味だ」
というか俺が調子悪いと、何で天変地異が起こるんだよ。その2つに、何の因果関係も見いだせないんだけど。
しかし2人にいつも通りの口調で言われ、俺は少しだけ平常心を取り戻す。
「意味はそのままなんですけど。まあ冗談はこれぐらいにして。アスタリスク魔術師、一度家に戻られてはいかがです?」
「いや、少しここで休んでるから、2人で旅芸人の所に行ってくれ」
「えっ。ああ。別に今日行かなくちゃいけないわけじゃないですし――」
「いいから」
気遣わしげな目をするリストにヒラヒラっと手を振る。
「でもって、もしも一座で何か変わった事があったら教えてくれないか?」
「変わった事?」
「ああ」
例えば……オクトがいたとか。
言おうとして、結局俺はその言葉を飲みこんだ。口にしてしまったら、本当になりそうで怖い。
「頼む」
俺の言葉に2人は不思議そうにしながらも、頷いた。
2人に手を振って見送った俺は、深くため息をつくと地面にしゃがみこんだ。
家に帰ったらどうだという言葉を聞いた時に、もしもオクトが何処にもにいなかったらという悪い予感ばかりが頭をめぐり、素直に頷けれなかった自分の脆さが憎い。
でも考え出したら怖くて仕方がなくなったのだから仕方がない。
オクトの為に買った腕輪の入った箱をぎゅっと握りしめる。どうか危惧であって欲しい。
「そうだ。追跡魔法……」
これを使えばオクトが何処にいるかすぐに分かる。
しかし思いつきはしても、俺は動揺でその魔法陣を使う事ができず、ため息をついた。そもそもそれができるなら、旅芸人の一座や家へ確認しに行けるというものだ。
「だから嫌なんだ」
ヒトを好きになったっていい事なんてない。
俺は一度好きになればその思いが覆る事はないのに、他のヒトはそうではないのだ。同じ思いを返してくれるなんて稀で……、ずっと一緒にいるなんて絶望的。
それでも独りが耐えきれない。
少しだけ不安になっただけのはずなのに、気分はどんどん鬱になっていく。
「ララララ。ララララ、ラーラ、ラーラ、ラーラ、ラララ」
どんよりとした気分で、幸せそうな顔をしながら道を歩く人たちを見ていると、不意に不思議なメロディが聞こえてきた。
初めて聞く音楽。それでいて、耳に心地いい。
……何処から聞こえてくるのだろう。
音楽なんて今の俺にはどうでもいいはずなのに、その声色を聞くたびに心が軽くなる気がして、俺は無意識にそこ声がする方へ足を向けた。