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7話  無欲な娘へのプレゼント

「その石、もう少し小さくできないかな?オクトの手は小さいからさ」

「旦那。その複雑な魔法陣を入れようと思うと、これ以上は無理というものですよ」

 俺の要求に、ドワーフは困ったように眉をハの字にした。

 机の上には、俺が設計した魔方陣の紙を並べてある。そろそろオクトも転移魔法や、俺との連絡手段などの基本属性以外の魔法を使い始めるはずだと思い、今日はオクト専用の魔道具を作りに来たのだ。


 オクトは無事に1年間魔法学校に通い、9歳となった。普通なら学校に通い始めてまだ1年しかたっていない子供に、魔道具を買い与えるというのは少々早い。しかしすでに4年の授業を勉強しているオクトに関してはそうとも言えなかった。

 元々数種類の魔力を持ち合わせるという変わったタイプだった為か、魔力制御に関してはかなり上手い。攻撃魔法など大きな魔力を操る類は苦手なようだが、逆に細かな魔力の制御は完璧だ。下手をすると、王宮に召し抱えられている魔術師よりも精度が高いのではないだろうか。

 大きな魔力を操るのが苦手というのも、魔力がないのではなく、本人が怖がっているのが原因なので、近い将来に解決するだろう。


 そして細かな制御が得意であればある程、魔法具を上手く使いこなせる。道具を使うという事は、魔力が弱いとか、魔法陣を上手く組めないと思われがちだが、そうとも限らない。より複雑な魔方陣を作りたければ道具と自分でイメージした魔方陣を並行して使うのがいい。ただし複雑になればなるほど、魔法を発動するための魔力制御の技術を必要とする。

 なので自分の魔力の大きさだよりで、攻撃魔法を考えなしに使う奴らほど、折角ヒトが作った魔道具をすぐに壊す。魔力をただ込めればいいってモノじゃないってのに、あの糞軍人どもめ。

 俺は自分の仕事相手を思い出して、イラッとした。それでいて、あいつ等はこっちの耐久度の問題にしてくるから、腹が立つ。まあ奴らが、際限なく壊すから、こっちの技術部への仕事が沢山出来るというわけだが。


「それにこれでは、女性用というより、子供の手の大きさ用ですよ」

 俺がイライラしているのに気がついたわけではないだろうが、ドワーフはさりげなく俺に話しかけ思考を元へ戻した。

「それで良いんだよ」

 ドワーフは、俺の言い分を聞くと、やれやれといった様子で、肩をすくめた。ドワーフは仕事はできるのだが、どうにも客商売というものに向いていない。いくら彼らにとって頓珍漢な事を言ったとしても、客に対してそういう態度はないだろう。

 まあそれを言った所で、だったら帰ってくれと言われるのがオチだし、俺はこういう技術馬鹿が嫌いではないので、良いんだけどさ。


「子供にこんなおもちゃを与えても、すぐ壊してしまいますよ。小さいという事は、いくら良い石を使ったとしても強度が弱くなりますから」

「壊れたら、また新しいものを買ってあげれば良いだろ?」

「壊れたらって……」

 ドワーフから、これだから貴族はという声が聞こえてきそうだ。まあ金でモノを言っているのは間違いない。しかしオクトが無知でモノの価値が分からない子供だと思われるのは、少々癪にさわる。

「ただしオクトなら早々壊さないと思うよ。なんなら、今度ここに連れてきてやるから自分の目で確かめるといい」

 オクトと話せば、自分の馬鹿さ加減にすぐに気がつくだろう。オクトの凄さは、見ただけじゃ分からない。小さくても賢者なのだ。


「……分かりました。お譲ちゃんは専門学部に進学したころに連れて来て下さい。石に関しては、白の大地からやってきた奴にも聞いちゃみますが、あまり期待しないで下さいよ」

 石の事を聞くなら白の大地。

 そう言われるぐらい、あちらの装飾技術は凄い。国宝と呼ばれる装飾類は、大抵あの土地から輸入されてきた物だ。

「白の大地のヒトがいるのは心強いけど、珍しいな」

 しかし白の大地は金の大地と黒の大地を挟んだ先にある為、とても遠い。時折商人がやってきたりもするが、技術者が来るのは珍しいように思う。

 ヘキサの母であるクリスも、白の大地から魔力制御を学ぶためにこの国へやってきたが、その後一度も祖国に帰っていないはずだ。本人に尋ねた事はなかったが、たぶん一度帰ったらこちらへ戻ってこれないからだったのだろう。とにかくそれぐらい遠く、何度も往復できるような場所ではないのだ。


「あっちは石の加工に関しちゃピカイチだが、魔道具作りに関しては二流ですからね。ほら、もうすぐ伯爵様の領地で大きな祭りがあるでしょう。あの祭りに合わせてやってくる旅芸人とたまたま知り合いだった奴が便乗して勉強しに来たんですよ。旅芸人だというだけで、関所の検問は緩くなりますからね」

 そういえば、もうそんな時期か。

 オクトは混ぜモノの為あまりヒトが多い場所には行きたがらないが、あの祭りだけは別で何度か一緒に参加した事もある。

 というのもあの祭りは仮面を被って参加する為、混ぜモノの証である痣が上手く仮面で隠れるのだ。おかげでオクトもその日だけは、混ぜモノである事に対して引け目を感じずにいられる。

 俺的には、そもそもオクトがそんなに遠慮する必要はないのだが、どうにもヒトの目を気にする性質だから仕方がない。オクトはヒトから好かれたいとは思っていないようだが、拒絶されたくないと強く思っている節がある。

 そんなに心配しなくても、俺はずっとオクトの味方なんだけどなぁ。


「じゃあ、早急に頼むよ」

 そう言って、俺はドワーフに前金を渡した。

 





◆◇◆◇◆◇◆






「なあオクト。いつものお祭りの事なんだけどさ」

 いつ行こうかと切り出そうとしたところで、オクトの動きが固まった。

 ……おや?

 オクトはいつものポーカーフェイスだが、妙に目が泳いでいる気がする。何か困った事でもあるのだろうか。


「えっと……実は。今年も参加は止めておこうかと……」

 そして、凄く申し訳なさそうな様子でオクトは切り出した。

「ええっ。オクト今年も行かないのか?」

 困った様子のオクトも可愛いのだが、俺的にはそれよりも笑顔でオクトが頷いてくれる方が良い。それにしても、オクトだって祭り自体は嫌いではないはずなのに、一体どうしたのか。


「勉強が忙しくて……」

 そういって、オクトはさらにしょぼんとした様子になった。

 いつも必要以上に勉強しているオクトが、さらに遊ぶ時間を削るほど忙しいだなんて。一体ヘキサはオクトのクラスでどんな勉強を教えているのか。

 オクトが授業に付いていけないなんて事は絶対ないはずなので、考えられる事は宿題が山ほどあるというものなのだが……どうしてそんな事になっているのだろう。


「だから今年は、ヘキサ兄と祭りを見に行ってくれると――」

「何言っているんだい?娘の勉強を、親が見なくてどうするんだ。ちゃんと付き合うさ。なんの宿題が出されているんだ?」

「いや、1人で大丈夫だから」

 自分が忙しいのに、それでもヒトに気を使うなんて、何てできた娘だろう。でもそんなにでき過ぎだと俺がしてやれる事が減るので困る。

 それにオクトはまだ9歳。もっとわがままを言ってもいい年頃だと思う。

 

 本当は宿題なんかやらなくてもいいと言ってやりたいが、責任感の強いオクトがそれを良しとするとはとても思えない。だとしたら、せめてその宿題の手助けをしてやるかだが……。

「分からない事があったら、俺に聞いた方がはかどるだろ。それで、早く終わったら遊びに行こうな?」

「いや、自分で調べながらやった方が身につくし……」

 ん?

 妙に頑なだな。

 元々オクトは頑固な部分も持ち合わせているが、ヒトに流されやすい。だからこれぐらい俺が言えば、いつもならば流されて頷くはずなのに。

 まさか、俺と行きたくないとか?


 ……いやいや。そんな馬鹿な。

 俺のオクトがそんな、酷い事言うはずがない。しかしこの間、リストが、女の子なんて大きくなると『パパと一緒に洗濯しないで』とか言う様になるんですよと言っていたような……。いやいやいや。うちの子に限って、そんなん酷い事言いだすはずがない。きっとリストの知り合いの女の子が、不良少女だったからに決まっている。


 嫌な憶測を頭の片隅に追いやり、再びオクトを見ると、オクトは少しうるんだ目で、俺をジッと見上げてきた。

 ビクビクとした様子で、大きな耳が小刻みに揺れている。

「あのね。今年はいけないから、ヘキサ兄とお土産買ってきて欲しいな……なんて」

 そう言ったオクトは、すごく緊張しているようだった。

 か細い声は、今にも消えてしまいそうで、胸がズキリ傷む。そんな不安そうな顔しなくったって、俺はオクトの味方だというのに。


 俺はオクトの心配を少しでも取り除いてやりたくて、ぎゅっと抱きしめた。こんな小さな体で、そんなに頑張らなくてもいいのだとどうやったら伝わるのだろう。俺はオクトのためだったら、なんだってするのに。

「あ、アスタ?」

「任せておけ。食べ物でも、洋服でも、魔法具でも、土地でも地位でも、何だって買ってきてやるからな」

「……いや、後半、すでにお土産じゃないから」

 抱きしめているうちに、オクトの震えは収まった。

 そしていつもの調子で、俺にツッコミを入れる。良かった。やぱりオクトは、こうでないと。


「分かってるさ。ああ。久々の、オクトのお願いかぁ」

 それにしても、オクトからお願いされるなんて本当に久々だ。オクトが望めば、本当に土地でも地位でも何だってあげるというのに。

 オクトは無欲で困る。

「あの、アスタ。お土産なんだけど……」

「オクトが喜びそうなモノを色々買ってくるからな」

 まずは進学祝いの、魔法具の完成を急がせるとして、他には何がいいだろう。

 きっとオクトなら、何を買ってきても喜んでくれそうだが、できるなら飛びきりの笑顔が見たい。


 色々想像して楽しんでいたが、ふとオクトが浮かない顔をしている事に気がついた。……そう言えば、俺が祭りに行こうと話しかける前もそんな表情だった気がする。

 もしかして、何か悩み事でもあるのか?

 ……オクトは何でも自分一人で解決しようとするので、その可能性は高い。なんてことない事がらならいいが、そうでない事でも、オクトは抱えこんでしまいそうだ。とはいえ今聞いた所で、それを素直に言うとも思えない。

 これは少し調べてみる必要があるかもしれないな。

 

「オクト、楽しみにしてろよ」

「あー……うん」

 困ったように頷くオクトを安心させるように、俺は頭を優しく撫ぜた。 

 

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