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3話  心配性な義父

 久々に来たなぁ。

 そんな事を思いながら、真夜中の校舎を俺は歩いた。全ての照明が消された学校は、日常とかけ離れた世界のように静まりかえっている。

 これから、オクトが通おうとしている場所。しかしこの真っ暗な場所は、オクトを歓迎してくれそうな場所とはとても思えなくて、複雑な気分になる。でもこれはオクトが決めたのだ。

 だとしたら俺はオクトの負担を少しでも減らしてやるしかない。


「よ、ヘキサ。元気か?」


 ヒトの気配がほとんどない学校の職員室。全ての照明が落とされ真っ暗な中で、ランプを灯して働く勤勉な息子に俺は手を振った。

 最近は家にも帰らず学校でもくもくと働くヘキサと会うのは、なんだか久々な気がする。


「アスタリスク様?!」

 普段はクールであまり驚いたりしない息子だったが、流石に誰もいないだろうと油断していたようだ。驚いたように俺の名前を呼んだ後、少しずれたメガネを直した。

 にしても、相変わらず堅い息子だ。俺ら以外に誰もいないというのに、普通父親の名前に様をつけて呼ぶか?でも頑固だから、何度言っても譲らないし。

「お父様でいいといってるだろう?にしても、相変わらず真面目だなぁ。もう、誰も校舎で仕事をしていないぞ」


 俺ならよっぽど面白い実験でもしていない限り、間違いなく帰ると思う。

 一体誰に似たんだと疑問に思うぐらいヘキサは恐ろしく真面目に育った。母親であるクリスはそんな性格ではなかったし、かといって本当の父親の方も違うので謎だ。

「私は仕事が遅いだけです。それより、どうしたんです?こんな真夜中に」

「ああ。今度、お前の義妹がここを受験するから、よろしくと言っておこうと思って」


 そうだった。

 今日はヘキサの様子を見に来たわけではなく、オクトの事を頼みに来たのだ。ヘキサならよっぽどな事がないかぎり無茶をしないので、俺が心配になる事もない。普段あまり会わなくても、便りがないのは元気な印と思えた。まあ完璧すぎて、ちょっとさみしくもあるけれど。

 しかしオクトはヘキサとは真逆で、見ていても凄く心配になるのだ。女の子だからというわけではない。オクトの能力だってヘキサに劣らず高いので、若干巻き込まれ体質ではあるものの、能力的には問題はないと思っている。

 それでも心配になるのは、オクトが極端に他人に甘いからだ。他人に優しく、自分に厳しくはとても美談っぽいが、自分を損なうぐらいに相手の事ばかりを大切にするのは危険としかいえない。しかもその事に対して全く自覚がないし。それなのにオクトを利用したがりそうなヒトはうようよいるので、頭が痛い。

 その上オクトは可憐で可愛いし……不安だ。いつオクトの魅力でころっといってしまうような、害虫が現れるとも限らない。ここでは虫よけが必須だと再認識する。


「相変わらず突然ですね。でも確か、オクトは5歳の時に引き取られたと聞いていますが……」

「ああ。そうだけど?」

 確かにオクトは5歳の時に引き取ったはずだ。そう考えると、あれから3年かぁ。月日がたつのは早いものだ。

 学校に通うのなんて、まだまだ先の話だと思っていた。


「ああ。それと、カミュ達と同じクラスにする事にしたから」

「は?」

「つまり2年飛び級して、3年から。ヘキサ、よろしくな」

「よ、よろしくじゃありません。何がどうしてそうなったか、きっちり説明していって下さい」

「えー、お前。父のいう事が聞けないのか?しかも可愛い義妹の為なんだぞ。一肌脱ごうとか思わないのか?」

 渋る息子に対して、俺は口をとがらせた。

 まあお堅いヘキサの事だから、二つ返事はないとは思ったが、妹の事なんだし、少しぐらい融通してくれてもいいのに。


「そうではなく、しっかり説明してもらいたいだけです。そもそも、私はまだオクトを正式に紹介されていませんから、可愛いかどうかなど分かりません」

「ああ。まだしていなかったっけ。そんな拗ねるなって」

 そうか。それは悪かったなぁ。

 可愛い妹がなかなか紹介されなかったらそりゃ拗ねるよなぁと思い、よしよしと頭を撫ぜてやる。ヘキサは人族だから成長が早く、すぐににょきにょき大きくなってしまった。こうやって椅子に座っていてくれれば頭を撫ぜやすいんだけどなぁ。


「学校に通いたいと言いだしたのは、オクトの方なんだよ。受験できないなら家出するって脅すし」

「は?家出?」

「実は5歳の時に攫われた海賊だったら匿ってくれるとか言いだしてて。これがまた、甘い部分はあるけれど、現実的に何とかなってしまいそうなプランなんだよなぁ」

「海賊?攫われた?」

「うちの子可愛いから」

 本当にオクトは可愛くて困る。

 海賊の所なんかに行ったら、今度こそ本当に帰って来なくなりそうだ。うん。でもその場合は、海賊なんて害虫は滅ぶべきだと思う。

 というか、オクトが海賊の存在を思い出す前に、消し炭にしておけばよかったと後悔中だ。今更それをしたらオクトに嫌われそうだからやらないけど。


「でも、オクトは混ぜモノだろう?今は王家と魔法使い共の関係も危ういし、巻き込まれないためにも、本当は学校に通わせたくはないんだけどな」

「……それだけしっかりしているなら、正直にその事をお話なさってはいかがです?」

 ヘキサの言い分はもっともだ。

 確かにそのまま伝えれば、オクトなら状況を理解して、諦めてくれるに違いない。そっちの方がどれだけいいか。

 一緒にいる時間も減らないし、心配だって少ない。全てが丸く収まる気がする。でもなぁ。

「オクトは混ぜモノである事に、すでに負い目を感じてるんだよ。オクト自身ではどうにもならない事で、これ以上自由を奪いたくはないんだ。聞けば必ず、学校へ行く事を諦めるだろうしな」


 オクトを閉じ込めてしまいたい。でもそれと同時に、オクトには笑っていて欲しいから、きっとそれはしてはいけないのだと思う。他人に甘いオクトは、俺にも甘い。だからきっと、俺が本気でオクトを閉じ込めれば、オクトは大人しく閉じ込められてしまうだろう。

 オクトは何でも諦める癖がある。オクトが望んで閉じ込められるならいいが、諦めて閉じ込められるのは意味が違う。それはきっと俺が望む形ではない。 

「カミュとライは王家側だけど、王家と魔法使いの全面対決は望んでいない。オクトの事も幼馴染として大切に思っている節もあるし、あいつ等なら任せてもいいと判断した。オクトを多少利用するかもしれないが、オクトが不利になる事はしないだろ。行きと帰りは、俺が送り迎えをするから、近寄ってくる馬鹿はいないだろうしな」


 でも完璧な自由もあげられない。オクトに俺が必要でなくても、俺にオクトは必要で。

 だから色んなものから守る代わりに、オクトが苦しくないように、真綿で包むように繋ぎとめる。大切に大切にして、決してオクトが逃げだそうとしないように。

「そして俺が今の教師で信用しているのは、ヘキサだけだ。できれば、専門分野へ進学するまでは担任をして欲しい」

「……私の一存でどうにかなる話ではないのですけど」

「それなら、第二王子様のお力があるから大丈夫だよ。そもそも同じクラスにしたい旨は、カミュからの申し出だったわけだしな」


 ヘキサは疲れたように頭を振ると、小さくため息をついた。

「分かりました。そこまでお膳立てしていただけるならば、やりましょう」

「流石俺の息子!偉い!お兄ちゃんだな!」

 俺はもう一度ヘキサの頭をかき混ぜるように撫ぜた。

 すると、ヘキサはさらにもう一度ため息をついた。折角褒めてやっているのに、何でため息をつくんだ?幸せ逃げるぞ。

「それはもういいですから。……ただ早めに紹介して下さい」






◇◆◇◆◇◆◇






 色々下準備した数か月後、オクトは魔法学校の編入試験を見事突破した。

 まあ俺のオクトが、あの程度の問題で躓くはずもないので、この結果は予想通り。唯一予想外だったのは、試験中に起こった魔力暴走の事故をオクトの魔法で治めたという事ぐらいだ。

 魔方陣を描かずに魔法を使った上に倒れたと連絡を受けた日には肝が冷えた。確認してみたところ、やっぱりというか、オクトは逃げ遅れた生徒を見捨てられなくて、そんな無茶をしたそうだ。上手くいったからいいものの、相変わらず他人に優しすぎて、心臓に悪い。

「……心配だ」

 いつか本当にヒトの為に死んでしまいそうで、正直今からでも家の中に閉じ込めてしまいたい気持ちが沸き上がる。しかしそれを実行したらオクトは絶対俺の事を許してくれなさそうだし。

 ああ、憂鬱だ。

 

 しかも今日はとうとう本当にオクトが入学する日。これが憂鬱にならなかったら、何で憂鬱になるんだというぐらいだ。

 とはいっても、オクトの場合は編入なので、実際にクラスで授業を受けるのは明日から。今日はヘキサとの顔合わせと、色々な書類上の手続きだけだ。そう思えば、何とか我慢できる。ヘキサには紹介しなければと思っていたわけだし。


「アスタ、準備できた」


 とうとうオクトが、この間作った制服に着替え終わったらしい。

 今更止められないのだから、諦めよう。そう思いながら、振り向いて俺は固まった。


 ……スカート短っ。


 あれ?あそこの学校の制服ってこんなのだっけ?

 オクトの着ている緑色のチェックのスカートは、膝までしかない。いまどきの普通の女性は足首まで隠せるぐらい長いスカートを履くのが主流だ。なのに今は靴下を履いているとはいえ、細い華奢な足のシルエットが見えてしまっている。

 男物のズボンを履いている時は足をさらしていてもあまり気にならなかったが……これはマズイだろ。絶対オクトの可憐さにくらりとくる男がいるに違いない。


「アスタ?」

「……ああ。魔法学校は寒いからローブもはおるといいよ」

「そう?」

 俺がローブを勧めると、オクトは気にした様子もなく素直にそれを羽織った。

 ローブを羽織ると、長さが丁度足首少し上ぐらいになりさらされていた足が隠れてホッとする。できれば学校では常に着ていてもらいたいものだ。

 オクトは自分の姿が及ぼす影響を全然分かっていないみたいだし。


「よく似合っている」

「うーん……ありがとう?」

 オクトが魔法使いの恰好をするというのは何だか不思議だ。サイズこそ凄く小さいが、本当に大人と変わらない。

 急いで大人になんかならなくてもいいのに。

 そう思いながら、俺はオクトへ手を伸ばす。


「じゃあ行こうか」


 小さく握る手を俺は離さないようにしっかりと握り返した。

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