2話 入学準備な裏側
「娘が学校に通う事になったけど、どう思う?」
「ここは、学校相談所じゃないんですけど」
つい最近、職場を半壊させた所為か、リストが冷たい。しかし数秒置いて、リストは深くため息をつき俺の方を見た。
「そうですね。とりあえず、おめでとうございますですか?この時期だから、まだ試験はうけていないでしょうけど」
「とうとう許したのか?」
「本当は許したくなかったんだけどさ」
だって学校に行ったら危険も増える。
それに家にいる時間も短くなるから、一緒にいられる時間が短くなる可能性もあった。本当に、学校なんて碌でもない。
しかし学校に行く事を許さなければ、海賊の子になるというし。そんなの駄目に決まっている。
「でも通うって、やっぱりウイング魔法学校ですよね。あそこは派閥とか色々大変だと思いますよ。特に娘さんは混ぜモノですし」
「あー、そういうのもあったっけ」
俺が通ったのは、うん10年も前の話。その時とは状況も変わっているし、あんまりしっかりとした記憶があるわけでもない。思い出にあるのはインパクトが強かった事ぐらいだ。今も昔も変わらない図書館の館長辺りは覚えているが、担任すら覚えていない。
「下手な派閥に入ってしまうと、後々抜けるのが大変ですからねぇ」
「この国の学校は面倒なのだな」
「あれ?エンド魔術師は学校に行っていないんですか」
「私は一族のモノに教えてもらって、魔術師の試験を受けた身だ。近所の子と一緒に教えてもらったが、学校には通っていない」
「ああ。そういえば、エルフ族って独特の魔法使ったりしますもんね」
納得といった表情でリストが頷く。
エルフ族はあまり自分の村から出てこようとはしない引きこもりな一族である。その為、学校に通っているのはまれだった。
「あれ?でもそうだ。娘さんってエンド魔術師みたいに学校に通わずに魔法を習得しているんですよね。案外1年の教科とかつまらないんじゃないですか?どれぐらい魔法が使えるんです?」
「たぶん魔法陣の設計なら、基本属性系はできるかな。異なる属性を混ぜるのも大丈夫だな。応用とかは得意そうだし。基本属性以外はまだ無理だけど」
あれぐらいだと、どれぐらいなんだ?
俺も別に年齢を見て教えているわけではないので、レベルが分からない。入学ぐらいは楽勝だと、分かっているが。
「そうでした。神童って言っていましたもんね。末恐ろしい7歳というか、なんというか……」
「うちの子頑張り屋さんなんだよね」
頭がいいのも確かだけど、勉強が好きなのかと聞きたくなるぐらい、本当に頑張り屋だ。それも俺に迷惑かけない為とか、健気な事を言ってくれるし。そんな事気にしなくてもいいのにと思うが、俺の為だと思うと嬉しくなってくる。
「うわっ。頑張り屋さんって……、エンド魔術師。アスタリスク魔術師がただの親馬鹿です」
「そうか。頑張り屋さんなんだな」
「貴方もですかっ?!」
「うちの子はやらんからな」
エンドに向かって俺は宣言しておく。俺からオクトを取り上げようなど1000年早い。
「ちょっ。この間の二の舞は嫌ですからね?!あ、ほら。お客がきたみたいですよ!」
慌てたようにリストが俺とエンドの間で手を振った。まあ俺だって、また研究室の片づけで、家に帰るのが遅くなるのは嫌だし。
それにしても客って、誰だ?
入口の方を見て、俺はため息をつきたくなった。
「……王子様がここに何の用ですか?」
淡い緑色の髪の少年、カミュ第二王子は、何とも読めない顔でにこりと笑った。後ろに乳兄弟のライを従えてのご登場に、俺は眉間にしわを寄せる。
第一王子は研究室にたまに来るが、第二王子に関しては厄介な事が起こらない限り中々こない。つまりは何か厄介事が起こったのだろう。心底関わりたくない。
「少しアスタリスク魔術師を借りたいんだけどいいかな?」
俺が思いっきり嫌そうな顔をしているにも関わらず、カミュは俺を指名した。
◇◆◇◆◇◆◇
「また無効化されてしまったね。流石アスタリスク魔術師」
場所をカミュの自室に変えたので、俺はカミュの部屋に張られている防犯魔法を解除し、外に自分たちの声が聞こえないようにした。勿論無音ではなく、ダミーの音声は聞こえるようになっている。
以前カミュの部屋に来た時は、光属性だけだったが、今回は闇属性も加えられていたので少々面倒だったが、魔法陣の組み方があまい所為で、上手く俺の魔法を滑り込ませる事ができた。
「それで、わざわざ俺を呼びだして、今度はなんだ」
どうやったのか魔法の解説をしてやってもいいが、すでにライが聞きたくないとばかりに耳をふさいでいる。それが短期間だったとはいえ、家庭教師をしてくれた恩師への態度かと思うが、ライの勉強嫌いは直りそうもない。
俺も別にここの警備が薄かろうが厚かろうが構わないし、一般に比べればかなり厳重だろう。
「実は、オクトさんの入学の件だけど」
「……それを知っているという事は、やっぱりカミュがオクトにいらない事を教えたんだな」
「嫌だなぁ。知りたいって言ったのはオクトさんからだよ。今回の入学を決めたのもオクトさんだし。僕は親切心で色々教えてあげたにすぎないよ。情報を片寄らせては可哀想でしょ?」
まあオクトが決めたのは間違いないだろう。でもコイツらの事だ。止めるのではなく、入学した方がいいとか、そういう方向で色々助言したに違いない。普通なら10歳以上で入学。例外がないわけでもなし、特に学校側も年齢制限を設けていないのでそれより下でも問題はないが……。
「ああ。そして情報を制限して伝えれば、オクトは素直に鵜呑みにするだろうしな。7歳で入学も別におかしな事ではないと思ってそうだし」
それでも特殊な事情がないならば、7歳……まあ試験のころには8歳になっているだろうが、その年齢で入学なんて早すぎる。
きっとオクトに伝える時に、その辺りの事はぼやかしたのだろう。知識や能力があれば入学できるとか言って。嘘ではないが、真実でもない。
流されやすいオクトは、きっとそういうものなのかと納得したはずだ。例えば種族によって適齢期も違うだろうと言われれば、オクトは知識と能力さえ満たしていればいいか思っただろう。
「でも師匠。オクトなら十分学校でもやっていけると思うけど。10歳以上の子供ばかりが入学するのだって、それぐらいにならないと基準値までの学力がないからだし」
「そうそう。オクトさん、自分の勉強が遅れているから入学できないんだって思っていたよ」
「そんなわけないだろ。でもまだ、こんなに小さいんだぞ。誰かに虐められたらどうするんだ」
体格は明らかに周囲よりも小さいに違いない。小柄な種族の子供や、エルフ族のような成長が遅い種族が居たらまた違うだろうが、そんなのまれだ。
「うん。だからこそ、早く入学してもらいたかったんだよね」
「はあ?」
「今なら、僕たちと同じクラスにもなれるだろうし」
突然カミュが突飛押しもない事を言ってきて、俺は眉をひそめた。オクトはこれから入学なのでカミュと同じクラスには普通に考えたらならない。
「確かカミュは、次が4年だったよな?」
「1年サボったから次はまだ3年だよ。ほらオクトさんの場合、魔術師の下で修業していた扱いにできるから、編入が申請できると思うんだよね」
普通は入学したら1年からと決まっている。
しかし魔術師の下で勉強していたりすると、例外的に飛び級ができる制度もある。というのも、年齢制限を設けていないので、魔術師の下で勉強していて、もっと知りたい事が出てきて50歳で入学するという事もありえるからだ。その場合、本人のレベルに見合った学年からスタートできる。大抵は6年間の基礎学問以降への編入が多いが……。
まあそれでも基礎知識が偏っていたり、使える魔法が、学校側が指定したものではなければ認められないので、ある意味狭き門だ。入学後の飛び級は良く聞く話だが、入学前からの飛び級はほとんどない。
「今、王家と魔法使いの間柄が微妙になってきているのはアスタリスク魔術師も知っているよね。結構その派閥が学校内では凄くてね。とりあえずオクトさんが自分で色々判断ができるまでは、僕の庇護下にいた方がいいかなと」
「またうちの娘を利用する気か?」
「嫌だなぁ。これは純粋な好意だよ。勿論オクトさんが敵に回って欲しくないというのもあるけど、大切な幼馴染だからね。他人に利用される所はみたくないかな」
確かにオクトはそういった事に関して鈍そうだし、警戒心も何処か頼りない。
流されやすいし、気がついたら泥沼にはまってぶくぶくと溺れている可能性もある。そういった派閥がある事を知れば少しは警戒するかもしれないが……何だか、助けを求められて、助けてを繰り返すうちに、革命軍の頭になっていましたとかもありえそうで怖い。
「でもカミュの庇護下だと、今度はオクトが王家についたと思われないか?」
それはそれで、大変そうだ。
魔法使い達は、オクトが王家につくと言う事を良しとは思わないだろう。
混ぜモノを生きた兵器扱いする国もあると聞くぐらいだ。混ぜモノの数が絶対的に少ないので、近隣諸国にそんな国はないが、それを知らないという事にはならない。そんな兵器とされる存在が王家について黙ってみていてくれるだろうか。
特にオクトは、親の欲目を外しても、優秀だと思う。その上、不思議な知識を持った賢者だ。性格上最初はそれほど目立ちはしないだろうが、徐々にその優秀さや能力から、誰もが知るようなヒトとなるはずだ。そんな人材が王家側についたと思ったら、過激なタイプが何をするか分からない。
「僕の学校での立場は、公爵家の次男だから大丈夫だよ。ちなみにすでに中立の立場でいる事を表明して、色んな派閥から距離を置いているしね」
「中立?」
ん?確かそんな事を掲げているヒトが誰かいなかっただろうか?
どうにも昔の事なので、アレだが。
「まあ、図書館の館長ほどの力はないけどね。でもオクトさんだって、ずっと図書館に逃げ込んでいるわけにはいかないでしょ?」
あー……思いだした。あの糞爺がそんな事言っていたんだ。
俺が学校に通っていたころはまだそれほど魔法使いと王家の仲が悪いわけでもなかったので、誰の味方にもならないと言った館長は変わっているなぁと思った記憶がある。誰かに力を貸せばその分利益があるはずなのに、館長は片方だけに力を貸す事を極力避けていた。勿論他国との戦があれば、その知を貸していたようだが。
当時から賢者と呼ばれ、何を考えているのか読めない憎たらしい爺だったが、今を見越しての判断だとしたら、流石としか言えない。
「とにかく、学校での安全を確保するには、僕らと同じクラスになるのが一番だと思うんだよね」
まあ実際誰かに協力を願わないといけないとは思っていた。俺も学校の中は上手く手出しができないし、ずっと一緒にいるわけにもいかない。学校の中は、ある意味独裁国家のようなもので、その中でしか通じないルールもある。それに世間からは不可視な場所だ。
となれば、最初から味方がいない場所に入れるよりは、少なくとも最低限の安全は確保してくれそうな場所に入れるべきだろう。
しかしコイツらだけに任せて大丈夫だろうかというのも正直なところだ。カミュは何かあれば、絶対王家ないし国をとるだろうし、ライはカミュの命令を最優先するだろう。
一応幼馴染ではあるので、多少の配慮はあるだろうが、完璧なオクトの味方とはいえない。誰か他に適任者はいなかっただろうか。
「あ、そういえば。学校にはヘキサがいたよな」
「ヘキサグラム先生がどうかしたのか?」
「ああ。そう言えば、アスタリスク魔術師の息子だっけ」
何の事か分からないという顔をしたライとは別に、カミュが納得といった表情をした。きっとカミュの頭には、貴族の家系図がいくつも入っているのだろう。よく覚えるものだと感心する。
「えっ、似てなっ!……あれ?でも先生って人族じゃなかったっけ?」
「アスタリスク魔術師とは血のつながりはないからね」
ヘキサは俺の妻と親友との忘れ形見のようなものだ。それでも大切な息子には違いない。
それにヘキサだって、妹のピンチなら一肌脱いでくれるだろう。いや、ここは俺から念入りに伝えておくべきだな。ヘキサは固いから、妹の面倒を見る事を承知すれば、絶対その約束を破る事もないだろうし。
「とりあえず、お前らの思惑に乗ってやるよ」
オクトの為に、何が最善なのか。
入学前にやることはまだまだありそうだ。