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22話  大切な思い出

 剣を向けられたオクトの姿を見つけた時、俺の脳内は今までにないほどフル回転をした。


 剣を向けている相手に向かって攻撃魔法を仕掛けるべきか。答えは否。あまりにオクトとコンユウの距離は近すぎて、オクトを巻き込んでしまう可能性がある。また近くに混融湖があり、しっかりとした計算を加えなければ、どんな歪みが起こるかもわからない。

 それにもしも下手な事をしてオクトがバランスを崩して混融湖に落ちてしまったら。

 あそこは一度沈んだら浮かぶことのできない湖だ。それなのにオクトはすでに柵より中に入ってしまっており、とても危険な場所にいた。

 コンユウはオクトを殺して、湖に捨てて隠ぺいしようとしているのだろうか?

 

 頭は回転し、様々な情報を俺の中に入れ処理をしていく。でもどうしてもオクトを助ける方法が見つからない。

 暗くて周りがどうなっているのか特定しにくいのも不利だ。ちゃんとオクトの場所を特定することができたらオクト自身を転移させて、剣から離すことだってできたのに。

 オクトを助ける為に、今までの過去の経験が走馬灯のように俺の中を巡る。時間にしたら本当にわずかなものだったとは思う。しかしそのわずかな時間の中で、俺は数十年分の膨大な記憶を片っ端から読み返す。

 駄目だ。駄目だ。駄目だ。

 俺はオクトがいなくちゃ、駄目なんだ。1人じゃ生きていても、もう意味がないから――。


 そして、記憶をさかのぼっているうちに、一つだけ対策が浮かんだ。

 ああ。そうか。だからあの馬鹿も、この方法をとったのか。

 地理が分かりにくい初めての場所。助けたい対象者が危害を加えようとしている者の近くに居る事。たとえ加害者を倒せても、他の要因で助けたい対象者に危害が加わる可能性が高い場所である事。

 全く同じ条件ではない。それでも、俺の……たぶん親友と呼ばれるだろう関係にいた男がある行動をとった時ととても酷似していて。そしてその方法ならば、きっと助けられるのだと気が付く。

 そして気が付くと同時に、俺はオクトの前へ転移していた。


 最初に強烈な痛みが加わる。その後は痛覚がマヒしてしまって痛みはない。

 オクトに付けた追跡魔法陣を軸点に置き、俺は転移したのだ。この転移魔法でよけられるものは、ヒトなどの有機物のみで、無機物に関してはあらかじめしっかりと場所を特定していなければいけない。そして今の俺によけるだけの計算をする暇はなかった。そもそもよけてしまっては、盾になれない。

 だから何が起こったのかは理解できている。

 せめて一言話せたらと思っていたが、意外に剣が自分自身に刺さると喋るのが難しくなるようだ。体が重く、重力を加える魔法を使っているわけでもないのに、ゆっくりと地面へと引っ張られる。

 眠りたいわけではないのに、一気に意識が遠のいていく。


 嫌だなぁ。

 さっきまで紫がかっていたのに、今は世界が真っ暗だ。

 これが最期なら、オクトを見て終わらせたかった。そう思うが、瞼の開け方もどうやら俺は忘れてしまったらしい。

 最期に息を吐いたと同時に、そのまま俺の意識は途切れた。









◇◆◇◆◇◆◇









「……どこだここ」

 目を開けると、見知らぬ場所だった。

 どうして俺はここで寝ているのだろう。状況が理解できず急いで起きようとするが、体が思うように動かず、強張る。まるで長い間、体を動かしていなかったかのようだ。

「寝てる場合じゃっ――」

 何かに焦り口から言葉がでてきたが、その続きが出てこない。確かに俺は今、寝ている場合じゃないと思った。それどころか今でも何かにせかされるような気分だ。でも起きて何をしなければいけなかったのかが分からない。

 まるでさっきまで夢を見て、寝ぼけているかのようだ。行動に対する理由がとても曖昧である。

「旦那様っ!!」

 犬耳の生えた獣人族の女性が俺の隣で突然大きな声を出した。

 緑色の瞳を潤ませた女性は、あちらこちらを包帯でぐるぐる巻きにされていた。普通だったらその状態じゃ動けないだろと思わなくもないが、獣人というのは俺らよりずっと丈夫にできている。だとしたら、彼女にとってはそれほど大した怪我ではないのかもしれない。

「えっと、旦那様って俺の事?」

「そうです!旦那様が他にいるはずがないじゃないですか」

 どうやら、この犬耳の女性は俺が雇っているらしい。父親と間違えているのかと思ったが、違う気がして俺は内心首をかしげる。ちょっとこのタイプは、伯爵邸でもあまり見かけない。

 ならば子爵邸の方かとも思うが、俺には雇った覚えがなかった。一応基本的な事は、執事に任してあるので足りなければ人員を増やしてもいいとは言ってある。もしかして新しく雇ったのだろうか?


「良かったです。オクトお嬢様が精霊魔法を使われて助けたと聞いてはいたのですが、胸に剣が刺さったら獣人でも死んでしまうような大怪我ですから」

 いや、魔族も胸に剣が刺さったら普通に死ぬから。

 剣が刺さって死ななかった例なんて、戦場ですら一度もお目にかかったことがない。何かを勘違いしてるのだろうかと思い胸のあたりに手をやったところで、痛みで顔をしかめる事になった。

「旦那様駄目です、無理をされては。傷口が開いても血が外に出ないようにはしているけど、カンセンショウというものに罹ると困りますから」

「カンセンショウ?」

「はい。オクトお嬢様が、以前怪我をしたらそこからキンが入らないように清潔にしろとおっしゃっていました。そうでないとカンセンショウという病気に罹るそうです」

 どこまでこの獣人が言っている事が正しいか分からないが、少なくとも俺が怪我をしているには間違いない。

 それにしても、さっきから出てくる、オクトお嬢様とは誰の事なのだろう?

 子爵邸の近くに住む貴族の娘か何かだろうか?貴族の娘は基本家から外出しないが、ときおりじゃじゃ馬のような娘が近所にこっそりと遊びに行ったりするのは暗黙の了解で皆目を瞑っていたりする。

 だが、ただの貴族の娘にしては、何だか変わっているような気がする。

 それに精霊魔法と言っていなかったか?

 精霊魔法なんてレア中のレアな魔法だ。あまり使い手がいないので、俺も詳しくは知らないが、精霊に魔力を渡す代わりに魔法を使ってもらうというもの。相当魔力が多くなければ使いこなせない。


「あっ。アスタリスク魔術師、目が覚めたんだ」

 いまいち状況がまだ理解できないままでいると、今度は黄緑色の髪と目をした少年がやってきた。この色合いの髪と目の持ち主は大抵王族だ。俺の名前を知っているという事は、事前に調べてきたのだろう。厄介そうな相手に、俺は顔をしかめた。

「勝手に俺の名前を調べて呼ぶとは、いい趣味をお持ちだな」

「は?」

「わざわざ足を運ぶのはいいが、今度は俺に何をやらせたいんだ。アンタが王の弟なのか従兄弟なのかも俺は知らないが、とりあえず頼みごとがあるなら、ちゃんと礼節ぐらいわきまえろ」

 王にはこれまで、何度も面倒な事を頼まれている。確かに魔法陣の研究を好きなだけやらせてくれるのはありがたいが、俺は別に王家に飼われたいなんて思っていない。


「ちょっと待ってくれないかな?僕が、王の弟か従兄弟だと思ったのかい?」

「その髪と目の色は王と同じ色だ。緑の色を持つ者はこの国に多いが、黄緑でかつ髪と目の色が同じなんて、近親交配を続けた王家ぐらいだろ」

 確かにそうでないパターンもあるが、比較的少ない。

「確かに僕は王家に連なるものではあるけど、弟でも従兄弟でもないかな」

「へえ。俺は王家の関係図には疎いんだよ。でも近しいには間違いないんだろ」

 もたいぶった言い方をしているが、即否定しないという事は、やはり関係者に違いない。すると、少年は困ったように長い前髪をかき上げた。

「申し訳ないけれど、今日は何年の何月何日か教えてくれないかな?」

「は?」

 何年の何月何日?

 今度は想像していなかった唐突な質問に、俺が聞き返す事になった。

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