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21話  真夜中な外出

「旦那様、今よろしいでしょうか?」

 食後割り当てられた部屋でのんびりとしていると、ペルーラが部屋にやってきた。普段ペルーラはこの時間は俺の部屋はあまり訪ねて来ない。というのも、俺が干渉を嫌うタイプだからだ。使用人は子爵邸にいる時は、必要最低限しか声をかけなかった。唯一の例外がオクトであり、使用人があえてこの時間に声をかけてくるのも、オクトに絡んでいる時だけだ。


「ペールラ、どうした?」

「オクトお嬢様が、先ほど友人と一緒に外出をされました。風邪をひかれないように外套を渡し、ランプを用意しましたが……」

 ペルーラは心配そうな目で俺を見た。

 立場上オクトを止めることができなかったのだろう。しかし止めなかった事を悔いているようにも見える。

「どこまで行くか言っていたか?」

「混融湖までと言われました」

 混融湖か。……こんな真夜中に?

 ざわりと心がさざ波が立つ。とっさに俺の頭に浮かんだのは、オクトの傍に行かなければというものだった。

「旦那様、せめて外套をお持ち下さいっ!」

 悲鳴を上げるかのような声でペルーラに呼び止められて、俺は部屋のドアの前で立ち止まった。虫の知らせだろうか。とにかく、一刻も早くオクトのそばに行きたい。

 どうして目を離してしまったのだろう。


 なぜここまで焦るのか分からないまま、俺はペルーラから上着を受け取り屋敷を飛び出した。オクトはきっと歩いて混融湖に向かっているはずだ。

 ならばそれほど先には進んでいないはず。

 そして外に出て現在の状況のマズさに気がついた。ここは俺もほとんど知らない異国の地で、さらに混融湖があって魔法に歪みが出やすい土地柄だ。その上、暗いため、転移魔法をするには全く向いていない状況。

 せめて正確な場所さえ分かればいいのだが、追跡魔法と合わせるための地図の精度もそれほど良くなく、転移魔法を行うにはリスクが高すぎた。

 俺はとにかく混融湖に向かうために足を動かす。


 追跡魔法のおかげで、向かっている方角だけは分かる。後はそこへ向かう道を選んで進むしかない。

「そうだ」

 俺は目に魔力を集めて世界を見る。

 時属性の魔素が多すぎで紫色に多少ぼやけて見えるが、移動するのを邪魔するほどでもなかった。オクトの周りには精霊が集まりやすいので、多少の違いでしかないが魔力の痕跡を見た方が早く見つけることができるかもしれない。そう思い、俺は見落とさないように周りを気にしつつ進む。

 目の前に追跡魔法陣を使ってオクトの映像を映し出すと、オクトとさらにその隣にコンユウという名前の少年の姿が映し出された。どうやらオクトはコイツに混融湖に行こう誘われたらしい。

 一体、コイツは何を考えている?

 そこまで考えて、ふと俺はある事に気が付いた。ちょっと待て。……コンユウの親は誰だ?

 以前、オクトがコンユウも魔術師に拾われたと言っていた気がする。今回の旅行で、俺がまったく知らない相手はコイツだ。

 カミュとライに関しては元々俺の教え子だ。カミュは王子だし、ライは先祖代々王家に仕ええている。エストは姉が犯罪者として捕まり貴族ではなくなったという厄介な身の上だが、ライの両親が身元引受人となっていた。

 でも、コンユウは?

 

 嫌な予感ばかりが頭をよぎる。

 できるだけ最悪のパターンだけは考えないようにして、俺は足を動かす。そして走っている途中で、チラッと視界の端に魔力の塊が見え俺は立ち止まった。

 その光を見た瞬間、すっと頭の中が冷える。この感覚は、戦争に参加していた時によく似ている。集中しなければ、自分の命すら危ないと思った時、余計に意識が冴え冴えとしたものだ。

 

 あれは……光魔法と闇魔法か。

 この2つの属性は、隠密行動をするような場面でよく使うものだ。自分自身を隠すにはちょうどいい。勿論、それ以外の使い方もあるのは確かだが、こんな道の途中でわざわざ2つの魔法をかけ合わせたものを使う魔法使いないし魔術師が果たして何人いるのか。

 それにその魔力を放っている相手は、ランプを使っていない。あ、でも、それは俺も同じか。慌てて出てきたため、上着を羽織っただけだった。大体、ランプを持って走るなんてなかなかできない。

 オクトはランプを持って外に出たと聞いていたのでオクトではない。なら誰なのか。

 答えを出す前に、俺は昔軍で使っていた自分の魔力の気配を消す魔法を使う。この魔法が発動するのは一瞬。これで魔力が動いたのを感知したら、俺を確認しに近づいてくるだろう。

「ま、気が付いたら……そういう関係者って事だよな」

 気が付かなければ、そのレベルの魔法使いか、たまたまここにいただけの魔法使いかだ。


 魔法陣の発動後、しばらくじっと待ち確認してみたが、俺に気が付いた様子はない。俺は足音を消して、そっと魔力の元へ近づく。

 肉眼で確認できる場所まで近づいた先にいたのは、黒いフードをかぶったヒトだった。闇に隠れるような姿。……たまたま、ここにいたとするには怪しすぎる。

 他に、そういう魔法使いは居ないだろうか?

 もしも居たとしたら、1人倒れた後、もう1人が何かをするかもしれない。その何かが、オクトに危害を加える事だったら?……慎重にいかなければ。

「風よ。かの者の音を奪え。地よ、その身を地に跪かせろ」

 俺が魔法を発動させると、目の前の人物が地面に崩れ落ちた。風属性の魔法は、元々自分自身の音を消す為に使うもの。地属性の魔法は、重力を負荷させるものだ。

 地面に倒れ伏したヒトは何が起こったのか理解ができないらしい。ジタバタともがくが、俺が音を奪ってしまっているので芋虫のように這っているかのようだ。

 そんなヒトの前で、頭をつぶさないギリギリの場所に俺は足を躊躇なく振り下ろした。

 音はしない。しかし振り下ろされると同時に、魔法使いはピタリと動きを止めた。俺は動かない魔術師から少しだけ足を後ろにずらして、目を合わせる為にしゃがんだ。

「なあ、君に仲間はいる?ああ、首を振ってくれるだけでいいよ?」

 そして俺は優しく、優しく声をかける。

 ドスを聞かせ声を荒げれば怖がられると思いがちだが、ヒトは自分が理解できないものに対しても恐怖を抱く。特に自分の命が握られているなら、なおさら後者の方が怖い。前者だったらまだ対策も考えやすいが、後者の場合どうすれば自分が助かるのかが分からないから。

「別に俺は君が舌を噛み切って死んでも心が痛まないから、言いたくないなら死んでいいよ」

 その瞬間はじかれたように、魔法使いが首をぶんぶんと横に振った。

「どっちの内容に首を振ってるわけ?とりあえず、この少年は、君の仲間?」

 俺はぐっと魔法使いの頭を無理やり上げさせると、オクトの隣で映っている少年を見せた。顔を泥で汚した魔法使いはその映像を見た後、ためらいがちに一度だけ首を縦に振る。

 ふーん。簡単に仲間を売るんだ。

 その程度のつながりなのか、それともこの少年は彼らの中で仲間ではないのか。

「もしかして、オクトを狙ってここにいるのかな?」

 魔法使いは、動かない。

「返事がないのは肯定と受け取るけどいいかな?」

 その瞬間、魔法使いは首をぶんぶんと横に振った。どうやら、緊張で頭が上手く働いていなかったようだ。

「なら、ここで何をしていたんだ?あ、喋れないんだっけ。じゃあ、俺だけに聞こえるようにちょっと魔法陣いじるから待って」

 音は風の振動によって伝わる。なので今回の魔法は魔法使いが風を振動させられないようにしただけのとてもシンプルなもの。そんな魔法陣をちょっといじり、もう一度魔力を流しなおす。

「もういいよ。俺にだけ、声が聞こえるようにしたから」

 魔法使いは目を見開いて俺を見ていた。

 しかし俺はそんなにマジマジとみて欲しいわけではなく、さっさと必要な事を喋って欲しいだけだ。

「それで?たまたまここにいただけなんて通じるはずがない事は分かってるだろ?」

「わわわ、私はっ。ただ、監視を――」

「何で?」


 聞こえてきた声は、女のものだった。

 オクトなら、女性に対してそんなひどい事をしないで欲しいと言いそうだ。ならばオクトに気が付かれる前に、さっさと尋問は終わらせてしまわないといけない。オクトに距離を置かれるなんて、俺には耐えられないのだから。

「早く言って欲しいんだけど」

「こ、コンユウが裏切らないようにっ。わ、私達は、国が私達魔法使いや魔術師を蔑ろにして、知識の搾取をするのが許せなくてっ」

「あ、君の考えはどうでもいいよ。とりあえず、君がオクトにとって害があるかどうかが問題なだけだから」

 もちろん俺も王家に思う所はある。同じ魔術師である立場として彼らの考えのすべてが分からないわけではない。でも、それとこれは別。オクトを巻き込んでしまった時点で、俺が彼女の味方になる事だけはあり得ない。

「ねえ。もしかして、オクトを殺そうとか思っていないよね」

「わ、私は……」

 一生懸命、足りないお頭(おつむ)で言い訳を考えている女性に笑いかける。言い訳を考えなければいけない時点で、彼女達が何をしようとしていたのかは一目瞭然だ。


「まあいいや。じゃあ、質問はこれで最後。コンユウの監視は君だけ?あ、そうか。何のペナルティーもないと君も喋りにくいよね。嘘をつかなかったら生かしてあげるし、嘘だと分かった時点で、殺してあげようかな。死んでこの国の魔法使いの為の人柱になれたと喜んでも俺は構わないよ」

 このレベルの魔法使いや魔術師相手だったら、オクトが襲われても俺が守れそうだ。いつまでも喋って無駄な時間を使うよりも、さっさとオクトと合流した方がいい。

「そんなのどうやっ……わ、私だけ。私だけだ」

 質問を許した覚えはないという前に、彼女は空気を読んだ。惜しいな。苛立ち紛れに、八つ当たりしようかなと思っていたのだけど。

「了解。一応、今は信じるよ」

「うっ」

 もう一度魔法陣の書き換えを脳内で行い、一瞬で彼女の周りの空気を奪った俺は彼女が気絶したのを確認すると、魔法陣自体を解いて、元の状態に戻す。

 そしていつでも彼女の空気をなくせるように、魔法陣を準備しておく。別にこの女の生死はどうでもいいが、オクトが人質になったりしたら、役立つかもしれない。


 さて、ここにコンユウを監視していた女がいたという事は、オクト達はここからそれほど離れていない場所にいるのではないだろうか?

 俺は注意深く見渡しながら、混融湖の方へ進み、そして発見した。

 

 月明かりに照らされた状態で、コンユウに剣を向けられているオクトを――。

 

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