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19話  不安な国外旅行

 穏やかだった、平凡だった日は、ある日突然一変する。


「何だこれ」

 新聞に書かれた言葉。その言葉を見た瞬間、俺は世界が止まったように感じた。瞬きもせず、俺は食い入るようにその文面を読む。

 そこに書かれているのは、つい先日まで国境付近へ行っていた、第一王子のコメント。『今回の戦略は賢者から知恵をいただいた』と書かれていた。

 賢者と呼ばれるモノは数少ない。

 だから少しでも具体的な言葉が入ってしまえば、すぐに特定できてしまったりする。そしてそこには、魔法学校に通う、混ぜモノの少女と書かれていた。

 名前までは出ていない。しかし、タイミングが悪すぎた。オクトは、王家から蓄魔法装置の件でちょうど表彰されようとしていた。だからこの文面だけで、すぐに誰もがオクトを想像できるようになっていた。


 表彰だけならよかった。王家の表彰は毎年の事で、表彰されたからといって王家に肩入れしているなんて思う馬鹿はいない。しかし、第一王子のコメントはマズイ。しかもまるでオクトが第一王子に、知恵を貸したかのような言葉回しだ。

 これではオクトが王家に肩入れしているみたいではないか。

 特に今は、中立であった館長が亡くなり、反王家の魔法使いと王家の拮抗が危うくなっているというのに。

「やられた」

 第一王子は、オクトを無理やり自分の方へつける事を決めたのだ。もしくは反王家をあぶりだす為に、オクトを利用することを決めたに違いない。どちらにしろ、オクトを自分のものにする気でいる。

 いつから考えていたのかと考えて、たった1回。たった1回だけ、第一王子がオクトに接触しようとしたことがあったのを思い出した。それは数年前、第一王子がオクトに興味を持って、魔法学校に視察に行った時の事。あの後オクトの様子は少しおかしかったが、第一王子は一言もオクトに会ったと言わなかった。

 きっとあの時からずっと、オクトと話したことを公表するのに一番効率がいいタイミングを狙っていたに違いない。

 第一王子は、こうと決めたら必ずやりとげようとするタイプなのだ。


 どうしたらいい。

 図書館がちゃんと機能していれば、オクトは館長に守ってもらえた。中立だと館長が一言いうだけで良かった。しかし代理館長がいるだけの図書館では、あの時と同様の効果があるとは思えない。

 反王家側は、オクトが王家の味方、しかも第一王子の味方となったと思うだろう。第一王子は特に反王家を掲げる魔法使いには特に嫌われている。この状態でオクトが自分の身を守るには、本当に第一王子の部下となり守ってもらうという方法しかない。

 でもそんな事をしたら、オクトは今後もずっと飼われ続ける事になる。オクトはそんなことを望まないだろうし、俺もそんなの認められない。


「アスタリスク魔術師、ちょっといいかな?」


 がりっと爪を噛み、オクトを守る方法を考えていると、突然カミュの声が聞こえた。そして目の前にその姿を現す。

 その顔は、いつもの食わせ物な笑みを浮かべていたが、どこか焦りをにじませたものにも見えた。どんな時も顔色一つ変えないカミュにしては珍しい。

「オクトさんの事で相談があるんだけど」

 カミュの続く言葉を聞いた瞬間、断るという選択はなくなった。







◇◆◇◆◇◆◇








 カミュの案は、オクトを国外へ一度出すというものだった。

「……国外か」

 話を聞いた限り、特に間違った考えではない。あれ以来、オクトは学校側からも授業に出る事を控えるように言われているし、ほとぼりが冷めるまで国外にいれば、オクト自身も安全だ。

 その間にカミュが、国内の情報を上書きすると言っていたし、反王家の魔術師が誰なのかの調べも行っていくと言っていた。

 それでも引っかかるのは、館長の言葉があるからだろう。

『国を出る事があればそばに居て下さい』

 まるで、今回の事を予知したような言葉に、言いようのない不安を覚えるのだ。この世界に予知なんて都合のいい魔法は存在しない。それでも、館長は賢者と呼ばれた男だ。いくつもの戦争を、その手で勝利へと導いた。その時の館長の動きは、まるで予知でもしているかのようだったという。

 だとしたら、館長は何を思って、あの言葉を俺へ託したのだろう。

『……離れてはならん。でもオクトが逃げるほど干渉してもならん』

 離れるなという事は、もしも国外に出たらオクトの身に何かあると伝えたかったのだろうか?


「反王家の魔法使いに襲われる?……それとも、混ぜモノの暴走が起こるとか?」

 抽象的な言葉を使うなと言ったのに、どうしてこう分かりにくい言葉で残すのだろう。

 俺は館長の真意が読めずに唸った。館長があの時点で持っている情報だけで導き出せる答えが上手く思い浮かばない。

 カミュとの話し合いでも、国外の方が反王家に襲われる確率はぐっと減るという計算になった。それは反王家の魔法使いだって他国でもめ事を起こしたくないと考えるだろうから。さらに国外で混ぜモノの暴走を引き起こし被害を出してしまった場合、戦争になるのは誰にでも分かる。

 流石に他国との戦争となれば、反王家だなんて言ってられない。

 だからきっとこう考える。まだ第一王子の味方だと決まったわけではない。しかも国外に居たら、オクトが第一王子の為に何かをすることもないだろうと。

 だから彼らはオクトが他国にいる間は、オクトについてどうするかは保留にするはずだ。

 もしもその保守的な考えに賛同できず動くものがいたとしても、数としてはわずか。オクトの周りに警護するものを置けば問題ない。

 

「娘さん、大変みたいですね」

 どうするべきかと考え込んでいると、リストが声をかけてきた。そしてどうぞと言って、紅茶を置く。

「彼女は大丈夫なのか?」

 さらにエンドが隣から話しかけてきた。

「少し落ち込んでいるかな。ほら、第一王子がオクトに聞いた魔法で、殲滅させただろ。強い子だけど、オクトは優しすぎるからなぁ。自分が作った魔法が戦争に使われるとは思っていなかったみたいでさ」

 魔法の研究と言えば、軍の研究というほど、今は魔法と軍が密接に繋がっている。だから、別にオクトが作り出した魔法で他者が傷ついたとしても別にオクトが傷つくことはない。使うヒトの責任だと誰もが割り切っている。しかし戦争に参加したことはなく、誰かを傷つけることに必要以上に恐怖を感じるオクトには関係ないでは済まされないのだろう。

 夢の中でもうなされて、憔悴したオクトを見るのは正直辛かった。

 そのうち倒れるのではないかと思う。

 やはりオクトは、第一王子には近づかない方がいい。俺が第一王子が嫌いだからという理由だけではなく、オクトは第一王子の下で働くには優しすぎだ。オクトの魔法が軍事転用されるたびに、オクトが泣くだろう姿を思い浮かべると、胸が痛くなる。


「ですよね。まだ12歳だったら、戦争も遠い世界の話ですし、辛いでしょうね。元々大人しい子なのに、こんなに騒がれたら中々休めないでしょうし」

 リストのいう通り、オクトは騒がれるのも苦手で、その事でも少しずつ精神力を削っているかのようだった。だとしたら、やはり国外に早く逃げてしまった方がいいはずなのだ。

「なあ……。離れてはならん。でもオクトが逃げるほど干渉してもならんってどういう意味だと思う?」

 それでも館長の言葉が引っかかり続ける為、俺は何となく2人にたずねてみた。

「何ですかそれ?」

「図書館の館長の遺言なんだよ。オクトが国外に出た時に、俺に離れるなって言ったんだ」

「図書館って、あの中立の図書館ですか?」

「それ以外に俺は知らないんだけど」

 図書館と言えば、魔法学校の中心にある、中立を掲げた場所しか俺は知らない。それぐらい珍しい場所でもあった。

 館長がどういう意図であの場所を作ったのかはさっぱりだが、今のところほかの地域では見たことのない組織だ。


「いや、僕も知らないんですけどね。その言葉を聞くと、そのままな意味に聞こえますけど。エンド魔術師はどう思いますか?」

「他国で起きる何かを心配しての言葉に聞こえるが?」

「もちろんそうなんでしょうけど。とりあえず、アスタリスク魔術師が近くで見守っていないと危険という事ですよね」

 まあ、それはそうなんだけどな。

 離れるなという事は、オクトに危害を加えられないように近くで守れという事だろう。

「逃げるほど干渉するなって矛盾してないか?」

「矛盾はしてないでしょう?流石に24時間365日、永遠に付きまとわれたら、誰だってキレますし。アスタリスク魔術師は、その辺りのバランスをとるのが苦手ですよね。それを心配してるんじゃないですか?年頃のお嬢さんなんですし」

「えっ?駄目なのか?」

 国外へ行ったら、ずっと隣にいようと思っていたのに。

 もしも危険があるとしたら、片時も離れるべきではないだろう。


「やめておけ」

「そうですよ。本気で嫌われますよ」

 まさか2人から本気で止められるとは思わなかった。

「……まさか、お嬢さんの友人を苛めたり、けん制したりしてませんよね」

「当たり前だろ」

「よかっ――」

「ちゃんと虫除けはしてるさ」

 エストとコンユウという要注意のガキに対しては、会うたびにちゃんと釘を刺している。しかしリストが大きくため息をついた。

「やめてあげて下さい」

「何で?」

「アスタリスク魔術師は、一体お嬢さんをどうしたいんですか?」

「どうって……愛でたい?」

 あまりどうしたいとか考えた事はなかった。

 ただ隣にいてくれれば良かったから。

「ならなおの事、大人の対応をして下さい。お嬢さんは、アスタリスク魔術師の一部ではなくて、別人なんですよ。近くにいるのはいいですけど、行動の制限をし続ける関係なんて無理があるんですから」

 確かにオクトは俺ではない。

 リストの言葉に、俺は旅行中どうするべきか考えることにした。  

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