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18話  静かな退場

 蓄魔力装置は、着々と完成に向かっている。

 オクトも色々精神的に不安定だったりもするが、最近は落ち着いてきたらしく、いたって普通だ。とても穏やかな日々が続いている。少し予定外だったのは、蓄魔力装置の最大の発明である、魔法石の繋ぎ方に関する法則が、少し上司の耳に入れただけで、瞬く間に噂として広がった事か。

 奇跡の大発明だと、魔術師の間ではもてはやされている。

 ただそれはごく一部の話。日々送られるのは、退屈で仕方がないような何も変わらない生活。それでもオクトがいるだけで、俺は毎日が楽しかった。変わらない、退屈な日々が愛おしい。こんな日々がいつ終わるのかとたまに不安になるが、オクトは混ぜモノだし、俺よりずっと若い。トールやクリスタルのように先に逝ってしまうこともないだろう。

 そんな平凡な日々を送っていると、ある日図書館の館長から会いたいという手紙をもらった。

 俺から会いに行った事は何度もあるが、図書館の館長から会いたいと言われるのは初めてだ。はっきり言って嫌な予感しかしないので、無視をしてしまいたい。しかしオクトの事でと書かれたら、無視するわけにもいかず、俺はため息を飲み込んで、図書館へ出向いた。

 

 ん?なんだ?

 最初に図書館へ入った時、違和感を感じた。そもそも今回呼ばれたこと自体が、通常と違うのだ。違和感だらけであるのは仕方がない事。

 薄暗い図書館を歩くのは骨が折れるので、光魔法で手のひらの上に光の玉を作り出す。

 さらに少し考えて、俺は目に魔力を宿し周りを見ながら、誰もいなくなった暗い図書館を歩いた。

「……大丈夫じゃなさそうだな」

 元々この図書館は、館長の膨大な時魔法でもっている。そうでなければ、どんどん書物は時の流れに逆らう事はできずボロボロになるはずだ。最近は紙の技術も印刷技術も上がり、少しづつ安価に、そして楽に買えるようになってきているが、やはり古いものだと替えが効かない。

 特にもう絶対手に入りそうにもないものに関しては、図書館からの持ち出しも禁じられ、時を止めての保存となっていた。しかしその魔法陣への魔力が、まるで点滅するかのようにとぎれとぎれになっている。


 一応ちゃんと作動はしているようだが、とても奇妙な魔力の動きだ。あまり見かけたことがない。……まあ、あまりというだけで、実際にはこういう風変わりな現象を俺は見たことがある。

 それは軍で働いていたころの話。死にかけた魔術師が魔法を使おうとすると、こんな感じだったはずで……とても嫌な経験に基づく知識だ。

 俺は足早に、館長がいる部屋に向かう。

 あの化け物みたいな館長だぞ。そう簡単にくたばるはずがない。そう思うのに、どうして俺の足はどんどん速くなるのだろう。最終的に走るような形で館長室の前に辿りについた俺は、ノックもせずに開けようとした自分の行動を慌てて止める。そして一呼吸おいてから、ノックをした。

「どうぞ。開いておるよ」

「くたばってはいないみたいだな」

 魔力が点滅状態で、途切れたわけではない。

 だから死んでいるはずはないのだと、俺は焦ってしまった自分に苦笑する。そもそもクソジジイ1人死んだところで、俺自身はどうってことないはずなのだ。


 館長室の中は若干薄暗く感じた。魔法石で室内は照らされているはずなのにそう思うのは、俺が目に魔力を溜め、部屋の中を見ているからか。

 魔力の流れだけを見ると、とても光はか細く感じる。まるでわずかとなった魔力を節約して使っているかのようだ。いや、考えすぎか。目の前の人物は、無尽蔵に近いぐらいの魔力の持ち主だ。だから、この程度の量を節約するはずがない。

 そもそも、日々魔力はつくられているのだから、寝れば必ず魔力量は元へ戻る。それこそ、自分で魔力を上手く作り出せなくなってきていない限り……。

「なあ――」

 少し暗くないか?

 思った事を問いかけようとして、途中から声が出なくなる。暗い事を館長が知っていたら、ちゃんと理由が返事として返ってくるだろう。でも、逆に館長がこの事に気が付いていなければ。

 ヒトはいくら死にかかったって、生命維持できなくなるほどの魔力は使えない。体がセーブして使わせないからだ。それこそ、魔力がなくなって死ぬなんて、自分の意志とは関係ない魔力暴走くらいのものだ。

 だから気が付かない間に、魔力を節約するような使い方になっていたとしたら、さっき俺が一瞬考えたことが正しい仮説となる。


「直にくたばるよ」

「はっ?何言って……」

「くたばると言っておるんじゃ。……近頃は、声を出すのも一苦労でのう。何度も言わせんでくれんか」

 こんなに弱気な館長を見るのは初めてだった。

 だって。この間会いに来た時は、まだここまでは弱っておらず、軽口だって叩けていた。あれから、1年も経っていないはずだというのに。

「もう少し、頑張れるかと思ったんじゃが……やっぱり、【時】には勝てなかった……のう」

 あきらめるななんて言える年ではない。頑張ったら何とかなるなんて、楽観的に考えられるような年齢はとっくの昔に過ぎている。

「あと少し……あと少しだけでいいのに。どうしてもう、……時が残ってないんだろ。無駄だった時はいつだったんだ」

 いつもとは違う言葉遣い。

 まるで演技でもしているような老人言葉が消える。それは館長の言葉が俺へ向いていないから。意識が混濁しかけているのかもしれない。


「あと少しって、いつまでだよ」

 もっと生きたいという言葉なら意味が分かる。元々館長は、生にしがみついているタイプだった。俺が昔から殺しても死なないと感じていたのは、それもある。しかし館長の口からでる言葉は【あと少し】。何かを待っているのだろうか。

「……1年……かのう」

 1年。

 具体的な年数にドキリとする。でも同時に、それは今の館長には欲張りすぎな数字でもあると感じた。1年は短いようで長い。

「どうして1年なんだ。……年なんだから、年数なんて気にしないで、余生を楽しめばいいだろ」

 もうほとんどない余生だが、生きるのに執着するよりも、ずっと館長にとってはいいはずだ。何故そんな苦しそうな声を出してまで、生きたいと、たった1年を生きたいと、後悔をしているのか理由が分からない。しかし館長は首を振った。

 俺には理解できないといいたいのだろうか。

「言う気がないなら、俺を呼ぶな」

 

 まるで最期の言葉を聞かせる為に俺を呼んだような館長を、俺は睨みつける。愚痴を聞かせる相手は俺じゃない方がいいはずだ。俺なんかより、ずっと信頼している相手が周りにいくらでもいるだろうが。

 例えば知り合いに弱気な姿を見せたくないという我儘だとしても、俺に見せてもいいと思うなんてどうかしている。

「オクトから……離れるな。離れないで……。頼む」

「意味分からないんだけど。前と言っている事が違うだろ」

 この間会いに来た時は、オクトを手放せとまではいわないがと言いつつ、俺が干渉しすぎるな的な事を言っていた。

 だというのに、今度はまったくの真逆の言葉だ。

 俺が軽く反論をすると、館長は突然俺の手を掴む。その力は死にぞこないの力とは思えないぐらい強く、俺は突き刺さる爪に顔を歪めた。

「この国を……出る事があれば、必ずそばに居て下さい」

「……俺相手に敬語なんて止めろよ。気味悪い」

 さっきから、言葉遣いが変なんだけど。

 やっぱり、意識が混濁しているのだろう。ちゃんと俺が、アスタリスクだって事、分かっているのかも正直怪しく感じる。


「……気味が悪いとは、酷いのう。折角お前さんを選んだのに」

「アンタに選ばれなくても、俺はずっとオクトのそばに居るよ」

 そう、館長に遺言なんて聞くまでもない。俺は俺の意志でオクトの傍にいるのだ。

「あまり干渉しすぎると、オクトの方が嫌になって逃げだすから、気をつけるんじゃぞ」

「オクトが嫌になるなんて――」

 あるはずないだろ。

 どうせいつもの軽口に近い冗談だと思い、俺は言いかけたが、館長の表情があまりに真剣で、言葉が途切れる。まるで未来がみえているような紫の瞳に、俺は戸惑う。

 だって、今までずっと一緒に居たのだ。今更、オクトが逃げ出すなんて……ありえないよな?

「わしにはそれしか言えん。……離れてはならん。でもオクトが逃げるほど干渉してもならん」

「どっちだよ」

 離れるなと言いつつ、干渉するななんて、また無茶な事をいう。


「時の流れを変えたければ、矛盾も飲み込むしかないんじゃ」

「だから、抽象的な話をするな。具体的に言えよ」

「言っとるじゃろ……離れるな。干渉しすぎるなと」

 全然具体的じゃないと思うのは俺だけか?違うだろ。

 そう思うが、館長の混濁した頭からは言葉がでてこないのかもしれない。こんなの俺じゃなくてもいいだろうに。いや、まあ、オクトを俺以外に頼まれるのも嫌だけど。

 俺は掴まれた手を放してもらう為、ため息をつきながら、しぶしぶ是と館長に答える。




 それから一月もしないうちに、館長は老衰でこの世を去った。 

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