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17話  幸せな毒

 トールとその家族の付き合いは、少しづつ積る雪のように、俺の中に気が付かせないぐらい静かに何かを積もらせ、気が付いた時には俺は身動きが取れなくなっていた。

 だから俺は身動きを止めるその感情が何かを、見ないふりする。そうしなければ、じわじわと蝕むそれは俺を殺そうとするから。


 でも温かな毒はある日突然牙をむく物だ。


「聞いたか?トール魔術師が、死んだって」

「確か現地の子供を守る為に、飛び出したんだろ?」

「馬鹿だよな。折角魔術師なんだから後衛で大人しくしていればいいものを――」

 そんな噂が、軍の中を流れる。でもとても些細な噂で、数日もしたら消えるだろう。

 噂しているのも、ほんの一部だ。

 それと同時に流れる噂。

「でも、怖いよな。同室の魔術師が、その殺した男ともども、軍を殲滅させたんだろ?」

「何でそんなことできる奴が、後衛にいるんだよ」

「魔術師様だからに決まってるだろ。なんでも、魔族らしいぞ」

 中途半端な情報制限がある為、軍を殲滅させた男がいるという噂はたっても、名前までは出てこない。でもこちらの噂は実しやかに流れた。


 さらに噂は続く。

「なんか、新人の魔術師がエディタの戦いを終わらせたらしいぞ」

「は?新人が?」

「そうそう。どうやったのかは分からないけどさ。でも相手の基地で大暴れしたとかって噂だけど」

「マジで。ありえねぇ。でも終わって良かったよなぁ。エディタの戦い、けっこう長引いてからな」

 あくまで噂でしかない。

 それでも、いつまでも終わらなかったエディタの戦いと呼ばれた戦争は、ある日唐突に終了した。その原因が何だったのかは誰も知らない。

 そう。王族に呼び出されて、不貞腐れている俺以外は。


「というわけで、君には色々やってもらいたい事があるんだ。どうだろうか?」

 どうだろうじゃない。断らせる気なんて、まったくないくせに。

 俺はせめてもの抵抗で黙秘を続けているがどうせ、そんなのこいつには些細な事だろう。そもそも、俺はもうすべてがどうでもよくなっていた。

 何だろう。俺も自分の事が良く分からない。目の前でトールが死んだ。ただそれだけの事なのに。何もかもが終わってしまった気がする。

 だって、あれは戦争だった。いくら後衛だって、死ぬ可能性はいくらでもある。そんなの最初から分かっていた事だ。

 でもまさか剣で切られそうになった子供の前に飛び出して、そのまま死んでしまうなんて誰が思っただろう。魔術師だったら魔法で止めろと言いたいが、アイツは何故か転移魔法で子供との間に転移して自分自身を盾とした。

 馬鹿だ馬鹿だと言い続けていたが、本当に馬鹿だったらしい。

 ただそれだけの話。

 でも俺はそれ以来、何も楽しくない。勿論今までと変わらず、魔法陣の構築には興味があるし、好みが変わったわけではない。

 それなのに、何かが足りない。

 足りない何かが狂おしくて、イライラする。温かい毒に侵された心が気がつけと喚く。イライラしないようにするには、何にも興味を持たず、ただ惰性で生きるという方法だった。

「とりあえず、君が希望しておいた部署に行けるよう手をまわしておくよ」

「ありがとうございます」

 色々煩わしかった俺は、とりあえずその場だけと思い礼言っておいた。



 というか、実は今思い返しても、あまり俺もその時何を話したか覚えていない。

 そしてそんな状態のままぼんやりと生きていると、ある日クリスタルがヘキサを連れて俺の家へ訪ねてきた。そして俺はトールからの手紙を受けとる。

「大丈夫。あのヒトに頼まれたんだもの。貴方を1人にしないから」

 そこから俺の世界は、もう一度回転を始めた。






◇◆◇◆◇◆◇

 

 





「……あーくそっ」

 久しぶりに、トールやクリスタルの夢を見た俺は、微妙な気分で朝を迎えた。

 たぶんオクトと話して久々にアイツらを思い出したからだろうけど。とりあえず、はた迷惑な奴らだったことには変わりない。本当に、大人しいヘキサとは大違いな2人だった。

「まあ、いいや。オクトに癒してもらおう」

 何かが足りない。そんな事を思わずにいられるのは、たぶん可愛い、可愛い、娘が近くに居てくれるから。オクトは学校に行ってしまうけれど、必ず俺の元へ帰ってきてくれる。

 むくりと体をおこし、ベッドから降りる。

 さて、オクトはもう起きているだろうか。


 食堂に入ると、鮮やかな金色の髪が目に飛び込んできた。この屋敷で金色の髪をしているのはオクトだけだ。とても分かりやすくていい。

「オクト、おはよう」

 朝からオクトの可愛い顔を見る事が出来る幸せをかみしめながら、声をかけると、先に朝ごはんを食べ始めていたらしい、オクトがビクリと肩を揺らした。そしてどこかぎこちない様子で振り向く。

「お、おはよう。アスタ」

 ……なんだ?

 オクトの表情が、微妙に硬い気がする。それに――。

「もしかして、夜更かしした?」

「えっ?なんで?」

「目の下にちょっとクマができている」

 そっと目の下を触ると、オクトはまるで彫刻にでもなったかのように固まった。一体、どうしたのだろう。それにクマができるなんて……やっぱり悩み事があるのだろうか。

 昨日は明日が早いからと言って、早々に自室に戻ったはずだし。もしかしたら悩み事で、中々眠れなくて疲れているのかもしれない。

「悩み事があるなら俺にぶつけていいから」

「いや……それこそ無理というか。ううん。大丈夫。本当に、大丈夫だから」

 オクトは大丈夫、大丈夫という言葉を繰り返すが、俺の目にはどうしても、大丈夫に見えない。特に、オクトの体は小さいし、俺に比べるとあまり無理もきかないだろう。


「今日ぐらい、学校を休んだっていいんだぞ?」

 オクトは何でも真面目に考えて、頑張りすぎてしまう。ヘキサもそれによく似ているが、オクトの方がヘキサよりどちらかというと繊細で、必要以上に他者を気にする。

「なんなら、俺も休むし」

「いや。駄目。それは駄目。色々駄目」

 今度は駄目駄目と繰り返すオクトを見ると、そんなに真面目に生きたら大変だろうにと思う。きっと俺が自分の所為で休むと会社の同僚に迷惑がかかるとか考えているに違いない。

「私も学校にちゃんと行くし。今日も図書館の仕事があるから」

 ぶんぶんと首を大げさなぐらい振るオクトを見ると止めるわけにいかない。たぶん学校を休ませた方が、学校の事を気にしすぎて、余計に調子を悪くしそうだ。


 もっと自分の為に生きればいいのに。

 オクトは確かに自分の意志で魔法学校に通っている。でもそれは他人に迷惑をかけないためだとか、とにかく自分の事が二の次だ。まるで自分には価値などないかのようだ。

 プラスの面ではなく、混ぜモノであるというマイナスの面ばかり捉えて、それを補おうとばかりして自分を損なう姿は痛々しい。俺はオクトがそこにいてくれるだけでいいのに。

 どうにか、オクトの中の価値を上げることはできないだろうか。俺はオクトに対して出来るだけ甘やかす様にしてきたが、昔のようにオクトの世界は俺の目が届く範囲だけではなくなった。となれば、オクト自身に変わってもらうしかない。

「図書館の仕事って、いつもの研究?」

「うん。それと、通常業務も。迷惑はかけられない」

 責任感が人一倍強いオクトは、コクりと頷いた。

 だいたいじじいも、オクトに負担をかけすぎなのだ。オクトに時魔法の研究で相談されるのは悪い気はしない。むしろ共同研究しているかのようで楽しいくらいだ。しかし学校の勉強と図書館の仕事をこなしながら、研究するのはオクトには必ず負担がかかってくる。

 きっと変なところで生真面目なオクトはどれも手が抜けないに違いない。


 これだけ頑張っているのだから、もっとオクトがやっている事が認められればいいのに。周りが認めれば、オクトだって自分の価値を底上げできるのでは――。

「そうか――」

 そうなのだ。

 オクトだけに変われと言ったって、オクトは周りを気にしすぎるから、簡単な事ではない。だったらオクトの周囲がオクトの価値を認めればオクトも徐々にそれに慣れるだろう。

 もちろんオクトの凄さを気が付かれたら、オクトにちょっかいをかけてくる奴も増える。オクトはそういう事には鈍いので、気がついたら危険な奴も懐に入れてしまうかもしれない。でもそんなのは俺が火の粉を払ってやればいい。

 それにオクトにちょっかいをかけてくるのを良しとしないのは、俺だけではなく、カミュやライもだ。ヘキサだって力を貸してくれるはず。


「アスタ?」

 不思議そうに俺を見上げてくるオクトの頭を撫ぜる。

 そうと決まれば最近オクトが考え出した、蓄魔力装置の理論を広めよう。念のために、すでに魔法石の繋ぎ方は特許申請をしているので、誰も勝手に使う事ができないようになっている。しかしきっと使いたいと考えるヒトは出てくるはずだ。

「無理はしないで」

 手のひらからオクトの温かさが伝わってくる。 

 オクトに幸せになって欲しい。どうかこの熱のように、俺の想いもオクトへ伝われと優しく頭を撫ぜた。

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