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15話  苦手なルームメイト

 トールと会ったのは、かなり昔の事になる。


 その頃の俺は、今とは違い誰かを好きになりたくない、実際誰も好きではない大人だった。そもそもそう思ったのは子供の時。その理由は両親だった。

 魔族であった両親は、互いに互いがいればそれで世界が完成していた。母親はハーフだったためまだマシだったが、父親は純血。父の中には母しかいない。

 これで母がもう少し今と違えば良かったのだけれど、彼女は良くも悪くも貴族の娘だった。民衆にも政治も興味はなく、ドレスや宝石、可愛いモノしか頭にない。でもそれも仕方がない事。彼女は、とにかく微笑んでいればいいとだけしか教えられてこなかったのだから。

 でも母にしか興味のない父と、政治や民衆に興味のない母。そんな人が例え田舎の一地域でも統治したらどうなるか。


「……今年は見事な不作だったらしいな」

 戦場に送られてきた手紙に、俺はため息をついた。送り主は、屋敷の使用人。この分だと、餓死者が出るだろうという報告だ。

 父の統治は、本当に必要最低限。しかし何もしていないわけでもない。おかげで村人は昔からある事だから仕方がないで話を締めくくってしまう。元々気候の厳しかった地域。不作である事はそこそこある事。なので、今年の不作も一概に父の所為というわけでもないけれど。

 俺は野草が採れる春までを逆算して、貯蔵してある穀物を村人に配るように一筆したためる。去年は幸いにも豊作な年だったので、何とか貯えも持つはずだ。

 その手紙を魔法で転送させた俺は、もう一度ため息をついた。

 母がもう少し村を見てくれたら。そうしたら、父は母の嘆きを聞いて、不作が起こらないよう土壌対策を行うだろうに。しかし母はもちろんそんな事気にしないし、父も豊作が続いて国に目を向けられるのを嫌って、やっぱり最低限の事しかしない。

 手紙を書かなくとも、ぎりぎりまで来たら父だって穀物の配布に踏み切るだろうが、そのギリギリは俺よりも遅い。


 まあこんな親を見ていたので、俺は親のようになりたくないと考えていた。

 その結果、ヒトを好きにならないという標語を掲げることになったのである。とはいえ、俺は魔族であり、魔族は厄介なことに、何かに執着しないと精神的に安定しない種族だ。なので幼い俺は、ヒトに向かうだろう執着をそのまま学業に向けることにした。魔族も幼い時は、何かに異様な執着をするという事は少ない。むしろ成人後にそれが発現しやすいので、早々に執着の方向性を別方向に向けられないだろうかと考えたのだ。

 その結果俺はウイング魔法学校で魔法学を学び、主席で卒業。そして学校の紹介で王家に雇われ、この戦地に配置されたのだ。ここで自分の力を示せれば、また違う部署への転部も聞いてもらえる。

 自分としては、魔法を研究している部署が良かったのだが、いくら魔術師の資格があっても、新卒ではそうもいかないだろう。

「アスタァ!!」

 割り当てられた部屋でのんびりとくつろいで居たのだが、入口から大声で名前を呼ばれて俺は眉をしかめる。いつの間にか、俺の名前を愛称で呼ぶようになった男は、何というか、俺の苦手な人物でもあった。


「……聞こえているから叫ぶな」

 無視をしてしまいたいが、トールは無視をしたらしつこく、しつこく、とにかくしつこく、俺が根を上げるまで声をかけてくる。

 あまり人と関わりを持つ気のない俺と、よく言えば人懐っこいトールは明らかに性格が合わない。本来ならば接点もないのだが、運が悪いことに俺とトールは同室だった。最初は俺とは仲良くできないとトールも思っていたようであまり関わってこなかったが、付き合いが長くなってくると何故か無駄に話しかけてくるようになった。多分、馬鹿なのだろう。

 長期間に渡っての知り合いがイコール仲がいいというものではないはずなのに、多分トールはその辺りを履き違えているに違いない。まったくもって、迷惑な話だと思う。

「だって、酷いよ。今日はアスタもトイレ掃除の日だろ。なんで、来ないんだよ」

「俺の代わりに、オメガが行っただろ」

「なんでよりにもよって、オメガなのさ。あいつ、口ばっかりなんだよ」

 ……まあ、確かに。

 オメガはトールに比べると、ずる賢い。というかトールがアホという解釈もできるが、トイレ掃除の大半を押し付けられた可能性は十分あった。

「いいヒトぶってるから、押し付けられるんだ。もしくは、とろいかだな」

「いいヒトぶってなんかないよ!アスタだったら、きっちり半分やってくれるのに」

 当たり前だ。中途半端に手を抜いたことで、借りを作りたくはない。それぐらいなら、決められたことぐらいはちゃんとやる。だが基本俺とオメガは考え方が違う。トールもそれを考慮して分担をどうするか話し合えばいいものを。


「この間オメガがつくるはずだった無効化魔法の魔法陣を一つ代わりに作ったんだよ。その代理代が、トイレ掃除1週間分。文句ならオメガに言ってくれ」

「ええっ!アスタ、またそんなことやったわ――」

 だから、なんでそんなに無駄に声が大きいんだ。トールの空気を読まない大声に、俺は急いでその口をふさぐ。いっそ失敗したという事にして鼻の穴もふさいでそのまま窒息させてしまいたいが、それをすれば後々問題になりそうなので、想像だけで止めておく。ああ、どうしてコイツと居ると、こう調子を狂わされるのか。

「馬鹿か。さすがに、上官に聞かれたら不味いって察しろ」

 俺たち魔術師の中でも、頭脳派タイプは基本戦地のど真ん中で戦うのではなく、後衛で魔法陣構築をするのが仕事だった。魔法陣なんて頭の中で構築してぶっ放せばいいものでもあるのだが、スピード重視の戦場だと魔法陣を事前に石板に書き焼いておく。

 俺なら無駄な労力に思える事なのだが、戦場で活躍する魔法使いは力技タイプが多く、即座に複雑な魔法の構築をすることができない。その為こういう石板が必要となってくるのだ。しかし魔力の込めすぎでこの石板も数回で駄目にしてしまう。なので、俺ら魔術師の新人組は後衛で延々と魔法陣の構築をするのだ。

 ただしこの作業は得意、不得意があり、スピード重視となると、ノルマ分ができない奴らも出てくる。その場合、罰則を受けたり前線へ回される危険性がぐっと上がるのだが、その回避方法がこういう取引なのだ。俺みたいな魔法構築を得意とするタイプが代わりにやってやり、逆に掃除などの雑務を交代する。

「バレたらノルマを増やされるかもしれないし、そこから他の事もバレたら、お前も困るだろ」

 

 その他にも実は上官にバレるとまずいことが色々ある。例えば先ほどの実家への手紙。本来なら手紙のやり取りは、本部を通せとなっている。敵への内通者がでるとまずいという理由が1点、もう1点が魔法を使うとそれで場所を敵へ知らせてしまう危険性がある為だ。

 なのでこの陣地でも、上官が魔法の使用を制限している上、監視をしている。それをちょっとばかし、小手先の魔法で誤魔化し、俺は手紙のやり取りや物品のやり取りを魔法を感知させないようにしてにやっていた。ただしそれを内密にやるには同室の協力もいる為、トールを含めた他の奴の便宜も図ってやっている。もちろん、内通者の手伝いをしたなんて事になると困るので、基本こちらへ必要な物を取り寄せるだけだったけれど。

 ようやく理解したらしく、トールがこくこくと頷いたので、俺は口を押さえていた手をどけた。

「それは分かったけど、アスタの実力なら、すぐに王都に呼ばれるだろ?だったら、もっと実力を見せればいいのに。そりゃ、僕としては一緒に長くいられる方が嬉しいけどさ」

「……何をどう解釈すれば一緒に長く居られてうれしいという発想が出るのか分からないけど、普通に考えて俺がここで何か面白い魔法陣をつくったとしても、上官の手柄だろ」

 どうしてそういう発想になるんだ。仕事なんて誰とやっても変わらないだろうに。

 コイツの脳みその中身が意味が分からなさすぎて、考える努力も俺は放棄した。とりあえず、考え方が根本から違うのだから仕方がない。

「それにあまり目立った状態で王都に戻れば、王族に目をつけられるだろ」

「呆れた。もう王族の誰かに取り立てられたらどうしようとかまで考えてるわけ?どれだけ自信家なんだよ」

「取り立てられたくないから、最初から予防線を張るんだよ。主席卒業してしまったし、可能性はゼロじゃないからな」

 この点に関してだけは、父親を尊敬できる。

 あのヒトは面倒臭がりな、母至上主義だったのもあるが、王族に目をつけられたくないという意志も確かに存在した。その為の手の抜き方は酷いものだが、でも最低限な統治をしていたおかげで、王族があの地域に目を向ける事はあまりない。


「俺は魔法の研究はしたいが、その為に首輪をはめられる気はさらさらないんだよ」

 魔法の研究はタダではできない。魔法使いに魔法具を売ってどうにか稼ぐ事は可能だろうが、俺に商売の才能があるようには感じなかった。

 となればより効率的に研究をするには、専属契約して高値で新しい魔法を買ってもらうという方法だ。その時の商売先は、王家が一番利益として高い。でも戦争ばかり起こす、性格が悪い王家の為に忠誠を尽くすとか、無理に決まっている。

「アスタって、本当に自分勝手だよねぇ」

「俺は俺の為に生きてるんだから、勝手なのは当たり前だろ」

 誰かの為に生きてるんじゃないのだ。

 俺は、俺が楽しく生きられればそれでいい。


「……まあ、そういう事にしておいてあげますか」

「はあ?」

 そういう事も何も、俺は何も嘘は言っていない。

「しょうがないなぁ。本当に君は凄く面倒な性格をしているよね」

「ちゃんと、ヒトの言葉でしゃべってもらえないか?馬鹿の言葉を翻訳する機能は俺の中にない」

「うわ。またそういう悪態を。僕の事とか、結構好きなくせにぃ」

 駄目だ。目の前の男が人外語を話しすぎていてついていけない。

 何をどうしたら、そんな結論に達するんだ。

「頭の中を見てくれる医者がいたら良かったのにな」

 たぶんトールのアホさは病気だと思う。

「意地悪ぶっていても、絶対見捨てないから僕はそんなアスタの事が好きだよ」

「悪いが、そういう趣味はない」

 男ばかりの軍人生活で、おかしな性癖を持つ奴はいると聞いたが……。今度から寝ている時にトラップでもかけておこう。

「って、僕もないよ。僕には、可愛い可愛い奥さんがいるんだからね」

「あー……そうだったな」

 コイツの嫁自慢は、そういえば有名だった。

 あまりに長くて、うざい事で。


 その後興味は全くなくても、嫁の名前がクリスタルで、その腹に息子がいるというどうでもいい情報を覚えるぐらいに自慢話をされた俺は、この時切実に誰か部屋を替わってくれないものかと思った。

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