14話 成長期な娘
「神様から手紙をもらった?」
「そう」
こくりと首を縦に振ったオクトは手に持っていた手紙を俺に手渡した。確かに、そこにはこの大地の神である【ハヅキ】と名前が書かれている。
確かにこの世界には、生きた神がいた。でもそれは一般人には関係のない話で、実際に会ったりするのは、王族のみと決まっている。それなのに、どうしてオクトが手紙をもらう事になるのだろう。
「一体誰から?」
「えっと、精霊族のヒトでカンナさんっていうんだけど……」
オクトは困ったように首を傾げた。オクト自身良く分かっていないのかもしれない。
「あ、でも。たぶん高位の方だと思う。普通に実体があったから」
「そうか」
高位の精霊がやってきたとしたら、本物の確率が高い。高位の精霊は大抵神につかえており、出会う事はない。
「それで、お茶に招待されたから……その……」
すごくおずおずとした様子で、俺を見上げる。青い瞳には不安が見えた。オクト自身、どうしたらいいのか分からないのだろう。
「神相手に断るのは難しいだろうし、行っておいで。ただしカミュを連れて」
「うん。カンナさんにも言われてるし、それはいいけど……何故?」
オクトは俺がどうしてカミュに同席してもらえと言っているのか分からないようだ。
本来神様というのは、王族以外には会わない。だとしたら、オクトが会いたいという手紙をもらったのはなぜだ?
考えられる原因は、オクトの親が王族である可能性、もう一つは精霊族の血筋である為というものだ。しかしどちらにしろ、今更な話。例えばそれにより、オクトを引き取りたいと言われても、俺は手放す気はない。カミュなら、例えオクトが流されてしまいそうな場面でも、流されずにNOと言ってくれるだろう。
「えっと、アスタも子供が神隠しされる事もあるのを知ってるの?」
「神隠し?なんだい、それ?俺は、普通神様は王族としか会わないから、ちょっと心配なだけだよ」
俺は心配そうに俺を見上げるオクトの頭をなぜる。
最近挙動不審だったのは、これが原因だったのだろうか?もしかしたら、第一王子に会って神様から呼ばれていると言われて困っていたのかもしれない。
第一王子に会うなと言われたのに会ってしまったから、それを言い出せず、その関係で神様からの呼び出しの相談もできなかったという辺りが妥当か。第一王子が何も言わないのが不気味だが、オクトが自分から打ち明けない限りは言わない方がいいだろう。
「……うん。気を付ける」
俺がオクトの挙動不審さが何だったのかを考えていると、オクトは少し真面目な顔でうなずいた。心配していると言葉に、気を引き締め直したらしい。第一王子の時よりも若干気合が入っている気がするのは、たぶん前の失敗があるからに違いない。
オクトはどうにも抜けているところがあるし、これで少しは警戒心を強く持ってくれるようになればいいのだけどと思いながら、俺は励ますようにオクトの頭を撫ぜた。
◇◆◇◆◇◆◇
オクトは無事に神様と会い戻ってきた。
その後も普通に生活をしているが、時々落ち込んだり楽しそうにしたりと、色々な表情を見せるようになった。
もちろん喜怒哀楽を表現するのは得意でないのは同じで、今も普通の子供のように騒いだりしない。それでも明らかにオクトの中で目まぐるしく精神的な成長が起こっているようだ。学校で人と会い、関わっていき知らなかった感情を、一つ一つ覚えていくように。
元々オクトはとてもアンバランスな状態だった。知識はある、でも経験はない。ある方面ではまるで大人のような振る舞いをする。でもまたある方面では、まるで何も分からない子供のような行動をとる。大人のような振る舞いは、まるで誰かをまねているようにも見えるけれど、ちゃんと意味を理解して使っているようでもあるので、何とも言えない。
とにかく知識だけはとても豊富で、本来なら何十年もかけて覚えていくような事がすべて詰まっているのだろう。でもオクトの人生は、まだたったの11年。
オクトは普通だと思っているようだけど、まるで急に大人にさせられた子供のようで、時々子供にもどしてやりたくなりついつい甘やかしてしまう。
でもそんな歪みが少しずつだけどなくなってきている気がする。大きな変化ではない。元々成長の早い種族でもないので、その変化はとてもゆっくりだ。でも一つ一つを積み重ね直すかのように、俺には見えた。
そして今日も今日とて、色々考え事をしているらしい。
「はぁ」
「オクト、どうかしたのか?」
風呂上りに髪を拭かず、フラフラとしていたところ、呼び止められ髪をタオルで乾かしてもらっていたのだが、その途中でオクトが深いため息をついた。
学校での悩み事が多いので、今日もまたそれだろうか?
オクトは年々交友関係が広がり、今では図書館で受付業務もできるようになったと聞く。混ぜモノというだけで敬遠されがちなのだから、不特定多数……といってもほぼ学校内の人間に限るのだがと、上手く付き合えるようになったというのは凄い進歩だ。
さらに図書館で働く人との関係も良好な上、新しいクラスメイトともすごく仲がいいとはいかなくても普通に会話程度はできるようになったらしい。元々仲良くしてもらえないのならそれでいいタイプのオクトにしては上出来だ。
俺としては寂しくもあるのだけれど、オクトが成長していくのを見守るのも、最近少し楽しくなってきた。それはオクトがどんどん交友関係を増やしていったとしても、その中心にあるのが俺との生活だと分かったからだろうけれど。
悩みつつも、楽しそうなオクトを見ていると俺も楽しくなる。そう思うと、学校に行かせたのは正解だったのだろう。
「最近考えさせられる事が多いから……そういえば、アスタの奥さんってどんな人?」
「えっ?クリス……えっとクリスタルの事?」
学校の事を話すのかと思えば、俺の事をオクトが聞いてきてきた。オクトが俺の事を気にするなんて珍しい……。
いや。最近オクトは、いろんな事を聞きたがる。元々魔法などの勉強に関してはとても集中力を発揮して聞いていたので勉強嫌いという意味ではない。そういう事ではなく……そう、他人に興味を持つようになったのだ。
他人に無関心というか、関わるのを怖がっていたオクトは少しずつ、少しずつ、自分の手の届く範囲だけだけれど、知ろうとし始めた。これもオクトが成長した証なのだろう。
「オクトがそんな事聞いてくるなんてめずらしいな」
俺が素直な感想を口にすると、オクトはぎくりとしたような顔をした。
自分自身も似合わない事をしているのだと思っているのかもしれない。でも俺はオクトのそんな変化も、すべてが可愛いので、止めたくはなかった。
それに俺の事をオクトが知りたがるというのは、嫌な事ではないというのもある。まあ、あんまり知られすぎて嫌われるものはごめんなので、今までの事をすべて伝える事は出来ないけれど。
「クリスは、ヘキサとは真逆の性格だったな。世話焼きな部分は似ているが、喋り出したら止まらない女だったし」
「似ていないんだ……」
改めて考えると、髪の色だけじゃないだろうか?
クリスもきれいな長い銀色の髪をしていた。そして素晴らしい、魔術師だった。
「逆にヘキサの父親は、おっとりとした、どんくさい奴だったなぁ。ん?じゃあ、ヘキサは誰に似たんだ?」
「……さあ」
色々考えると、ヘキサは2人の性格を全然受け継いでいない。父親と似ているのは、青い瞳と目が悪い所ぐらいだろう。
やっぱり性格というのは、環境で変わるという事だろう。魔族のような特殊な種族以外は。
「というか、ヘキサ兄さんの父親とも知り合いなの?」
「ヘキサの父親であるトールとは、軍で知り合ったんだよ。クリスはその後に紹介されたんだ。トールはどうして軍に入ってしまったのかと思うぐらいどんくさかったから、結局戦死してしまったけどな」
「そうなんだ」
そう。アイツは戦争なんかに参加するべきではなかった。
トールは戦争で人を殺すには優しすぎる性格だった。
「どんくさいくせに、トールの奴は、わざわざクリスタルに、俺の事を頼むと遺言していきやがったんだ。今考えてもムカつく。そんな事するぐらいなら、生き延びろって感じだろ」
「えっ……、奥さんの方?」
今思い出してもムカつく。俺の心配なんかしている場合じゃないはずなのに。
「アスタはトールさんが好きなんだ」
オクトの言葉にぎょっとする。俺が……アイツを?散々迷惑かけたくせに、勝手に死んで、俺を取り残していった馬鹿を?
嫌いではないのは確かだが……。
「えー……あー……うん。まあな」
中々好きとは素直にいえない。アイツは俺を一人にしたのだから。でも……ずっと生きていてほしかった。
「最初は嫌いだったけど……たぶん好きだったんだろうな」
とても馬鹿なアイツが。
あれだけ邪険にされたら普通離れていくだろうに、最期まで俺の近くにいてくれたアイツが。
「そう。じゃあアスタ。お休み」
髪の毛を拭き終わったらしいオクトが、そう切り出した。
「えっ、もう?」
「明日、早いから」
確かに、オクトは明日も学校だし、成長期であると考えるといつまでも起こしておくのも可哀想だ。
キビキビと部屋の外へ出ていくオクトに、「おやすみ」と声をかけた俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。オクトに言われて久々に思い出した記憶は楽しいモノばかりではない。
それでも、懐かしい記憶を、俺はゆっくりと思い返した。




