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13話  死色な賢者

「クソジジイ、生きてるか?死んでるなら返事しろ」

「……お前さんは、ヨボヨボの哀れな年寄りに対して、なんという聞き方をするんじゃ」

 館長室で死んだかのようにベッドの上にいた館長は、閉じていた目を開けた。眉の下から、紫色の瞳が覗く。

 その色は深く感情は読み切れないが、ボケていたりはしていないようで、はっきりとした光がある。

 というか自分でヨボヨボとか哀れとか言う奴に限って元気なのが相場だ。この分だと、すぐには死にそうにない。


「なんだ。まだ生きてるじゃないか」

 生きてるから会いに来たのだけど、俺はそう悪態をつく。年から考えれば、少し位優しくしてやるべきかもしれないが、過去に彼にやられた内容を考えると、中々そういう態度がとれない。もちろん、俺が学生の頃の態度も褒められたものではなかったので、お互い様だけど。

「生きとるよ。また会えて嬉しいじゃろ」

 そう言って、のっそりと館長は起き上がった。寝癖が整えられていない髪を見ると、起きることなくずっと眠っていたんだなという雰囲気は感じる。

 倒れたというのは嘘ではないのだろう。


「はっ。自分で言うか、普通」

「お前さんは言ってくれそうにないからのう」

「あっそ」

 死にかけのくせにひょうひょうとした様子の館長に、俺は呆れた目を向けた。

 オクトはこの図書館の館長という役職の男を信用しているようだが、俺はこいつが『死色の賢者』として、他国から、また味方からも恐れられている事も知っている。ひょうひょうとした、穏やかな性格をしているのは間違いないが、それは一面にしかすぎず、館長はいくつもの顔を持っていた。決して、一筋縄でいくような性格はしていない。

「とうとうくたばったのかと思って見に来たんだけどな」

「わしはやる事をやるまでは、死ねないからのう。残念じゃったな」

「やる事というのは、後継者決めか?」

 館長が簡単にくたばるとは思えない。

 思えないが、ベッドに腰掛け背を丸くしている姿を見ると、俺が知っている館長よりもずっと死が近くなっているのだという事を思い知る。

 まったく見た目が変わらないけれど、緩やかに彼の中の何かが零れ落ちて、存在を薄くしていっている気がした。

「もちろん、後継者決めもじゃな。この図書館は存在させなければならん。ここを居場所だと思ってくれるモノがおるかぎりのう」

「……やっぱりオクトを巻き込んだのはわざとか?」

 館長はやはり後継者を考えているようだ。今回時属性の魔法をオクト達に任せたところを見ると、一番そこに近い場所にいるのが、オクト達なのだろう。

「偶然でもあり、必然でもあるかのう」

「つまりは、わざとなんだな」

 偶然とか必然とか、曖昧な言葉を使っているが結局はわざとだという事だ。

 館長はオクトを利用しようとしている。


「俺のオクトに手を出すなら、恩師だとしても容赦はしないからな」

「最初から恩師として敬ってもおらんのに、よく言うわ。だが安心せい。わしは、オクトが不利になる事はしないよ。そうじゃのう。例えこの図書館を失うとしてもじゃな」

 ん?図書館の存続は最重要事項じゃなかっただろうか?それなのに、なんでそこまで言うんだ?

 確かにオクトは館長にとっては教え子の1人だから大切には違いないだろう。しかしオクトとこの場所を天秤にかけて、オクトを選ぶという理由が俺には見えなかった。

 館長は生徒を大切にはするが、目的の為ならば切り捨てる非情さも持ち合わせている。だからこそ館長は瞳の色である、紫色と死色をかけた二つ名で有名なのだ。敵に対しては容赦はなく、戦時になればたとえ子供だろうと障害となるなら殺すのだから。

「オクトはお前さんだけじゃなく、わしにとっても大切な子なんじゃよ」

 館長がその場限りの嘘を言っているようには見えない。

 でもオクトを贔屓する理由はさっぱり分からない。彼の言い分をまるっと信じるにはリスクが高すぎる。


「まるで、オクトが館長の子供みたいな言い方だな」

 俺にとってオクトが大切なのは、オクトが俺の子供であり、家族だからだ。大切な子なんて、他人ではなく、普通は家族に対して使うような言葉に思える。

「……館長がオクトの父親って事はないよな?」

 オクトの父親はハーフエルフだ。それだけは間違いない。

 しかし館長は翼族。それに館長の年齢を考えると、オクトの父親であるというのは無理がある。いくらなんでも、館長の年齢で子供が作れるはずがない。ならば孫かという話だが、オクトに翼族の血が混じっているなんて聞いた事はない。

「違うよ。でもそうであったら、どれだけ良かったか」

「は?良かったって、オクトは俺のだからな」

「俺の、俺のって、一方的に感情をぶつけていては子供と変わらんよ」

 そう言って、館長はほほほっと笑った。この俺を子ども扱いするのは、たぶん世界中でも館長ぐらいのものだろう。

「アンタにしてみれば俺は子供だろうな。あ、もしかして、オクトの母親と知り合いだったのか?」

 それならば、オクトが館長にとって大切な子であるというのも納得はいく。


「もしもそうじゃったら、お前さんにオクトが引き取られる前に、わしがオクトを引き取ったじゃろうな。子供に子供を育てさせようとは思わんよ」

「……どういう意味だ」

「わしは、お前さんがオクトを幸せにできるとは思えん。どうじゃ、わしに任せてみては?」

 館長は冗談を言っている様子でもない。それが、余計にムカつく。

「わしなら、例え先に死んだとしても、図書館をオクトに譲って居場所を作ってやれる。中立であるこの場所にいれば、オクトは誰かに利用される事もないじゃろう。オクトにとって、それが一番の幸せであると思わんかね」

 オクトは混ぜモノだ。今は微妙なバランスをとって生きているが、少しでも崩れれば、政略戦争が表面化し巻き込まれるだろう。

 その時中立を宣言していれば、少しは抑制できる。しかもただの中立宣言ではなく、図書館の館長を引き継いだのならば、なおさらだ。

 でも――。

「思わないな。それを決めるのはオクトだ。それにもしもオクトが争いも何も見たくないというなら、俺は誰の手も届かない遠くへ連れ去る事もできるし」

 確かに図書館をオクトが引き継ぐのは、悪い事ではない。

 でもオクトは図書館を引き継いでしまったら、きっと自分の為ではなく、図書館の為に生きてしまうはずだ。オクトはヒトを見捨てられない。無理だのなんだのとブツブツと言いながらも、自分を犠牲にしてまで他人のために動いてしまう。

「連れ去って目隠しをしていてはオクトの為にならんじゃろ。それにお前さんもいつまでもオクトと一緒にいられるわけでもあるまい」

「俺はずっとオクトと一緒にいるつもりだけど?」

「今はいいかもしれんが、オクトもいつかは結婚するはずじゃ。それにオクトの寿命は、知り合いの誰よりも長い。もちろんお前さんよりもな」

 オクトを結婚させるつもりはないので、そこは問題ない。

 しかしオクトより先に俺が死ぬというのは大いにありえる話だ。すでにオクトの成長は周りより遅れている。エルフ族に近い成長をしたとしたら、限りなく長い時を生きることになる。


「手放せとまでは言わんが、オクトの事を思うなら、たくさんの知り合いを作らせるべきじゃ。彼女の人生は長い。最初から最後まで一緒にいられるモノなどおらんよ。アスタリスク魔術師はオクトを殺す事はできんじゃろ」

「そんなの当り前だ」

 オクトを誰かに奪われるなんてごめんだ。でもオクトを殺すという事は、俺より先にオクトという存在がこの世界からいなくなるという事。そんなの耐えられない。1分、1秒でも俺より長く生きていて欲しい。

「お前さんが死んだ後も、あの子の人生は続く。知り合いが皆死んでしまった後もあの子は生きねばならんのじゃ。その点、図書館ならば絶えずヒトがやってくる。彼女が独りになる事はない」

「確かに独りにはならないだろうが、オクトにこれ以上重いものを背負わせる気か?」

 それでも館長という地位は、オクトには苦痛になるのではないだろうか。

 図書館の館長を引き継ぐという事は、紫色の賢者の座も引き継いだものだと周りは見てくる。特にオクトは館長と同じ、知らないはずの知識を持っている賢者だ。頼られれば断れないオクトは、いろんな歪みに苦しむ事になるだろう。


「この場所は重いのかもしれん。それでもきっと、まだマシな選択じゃと思うよ」

「何に比べてマシと言ってるんだ。それがいいと思うかどうかは、オクトにしか分からないだろうが」

 オクトがそれを望むなら、俺もとやかく言う気はない。俺がずっとオクトのそばに居てやればいいだけの話だから。

 でも強制的にオクトを館長にしようというならば、それがオクトの為になるとはとても思えない。

「そうじゃな。確かに最終的にはオクトが決めることじゃ。しかし、オクトが選びやすいようレールを引いてやるのも、先人の役目じゃからのう。というわけで、そう睨むな。恐怖でわしの心臓が止まったらどうするんじゃ」

「老害が1人いなくなったという事で、良いことしたと思っておくよ」

 そんな事いう奴は、大抵心臓に毛が生えていて、簡単には死ぬはずがない。


「ひどいのう」

 そう言って館長は肩をすくめたが、俺に何を言われたってどうってことはなさそうだ。いっそ、可愛がっているオクトに言われた方が衝撃が大きいだろう。オクトも『死ねばいいのに』とか言ってくれないかなぁ。……優しすぎるから無理だろうな。

「とにかく、無理強いするなら、俺は絶対止めるから」

 今のところまだ館長は死ななそうだし、もう少し様子を見てもいい。館長が何故オクトに執着しているのかは分からないが……いや。館長が異様に執着しているのはオクトだけじゃないか。

 確かもう一人、時属性の持ち主がいたはずで――。

「――そういえば、オクトが時属性を持っているのは知っていたのか?」

 館長が元気な事は分かったので、部屋から出ていこうとした所で、ふとそのことを思い出す。館長は偶然であり、必然と言っていたが、果たしてこの部分が偶然だったのだろうか?


「知っておったよ。じゃから、わしはこの選択肢を残したいんじゃ」

 読めないジジイだ。

 オクトの母親と知り合いではない。それでも、俺も知らなかったオクトの属性は知っている。賢者というのは、本当に訳が分からない。

「なら何が偶然だっていうんだ?」

 すべてが館長の思惑通りならば、そこに偶然なんて存在しない。

「この状況になったことかのう」

「は?」

「今この時間が流れているのは、偶然でしかない。オクトの周りから何も欠けることなくこの時間を迎えているは、わしだけの力ではないからのう」

「適当なことを……。つまり答える気はないってことだな」

 館長の言い分は、全然理解できない。欠けるって、何を基準にしての話なのか。

 どう考えても適当な事を言っているようにしか思えない。

 この腹黒め。


「わしは、何も嘘はいっておらんよ」

「ああ、そうですか」

 あほくさい。

 俺は適当なことしか言わない館長に、適当な言葉を返し、部屋の外へ出た。 

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