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11話  突然な視察の前夜

「は?娘?」

 俺は唐突に、俺の娘について聞いてきた上司を訝しげに見た。上司といっても、俺よりも若く、ぶっちゃけていえば、面倒事を押し付けられたような立場である。

 彼はいつも物静かに仕事をしており、時折胃を痛める虚弱体質。虚弱に関係してか、影も薄い。そんな上司が俺に仕事以外の事を聞いてくるのはとても珍しかった。


「あー……、確かアスタリスク魔術師は、混ぜモノの娘さんがいたと聞いたのだが」

「いるけど、それが?」

 魔力も高く、本来ならもっと若々しくてもいいはずなのに、上司の頭はとても薄い。そんな薄い頭を触りながら、上司は視線をさまよわせた。

「確か……10歳になったと聞いたが……」

 元々、歯切れよくしゃべるタイプではなかったが、今日は特に歯切れの悪い話し方だ。まるで俺が怒ることが分かっているから、どうにかそれを避けようとしているように聞こえる。

 これは――。

「第一王子から何を言われたんだ?」

 

 面倒事をすべて請け負ってもらっている自覚はあるので、よっぽどのことじゃない限り俺もこの人に対してキレる事はないんつもりだけどなぁ。

 ただここまで、言葉を濁すということは、きっと俺の嫌いな第一王子関係のことに違いない。そしてそれが、俺のオクトの話につながると。……確かに面倒そうな話だ。

「何というか、ただ情報を聞き出せとだけ……言われたのだが」

「オクトの情報を聞き出せ?」

 ……しばらく大人しくしてるなぁと思っていたら、またくそ迷惑な思いつきをしたらしい。

 もしかしたら、オクトが一応働ける年齢である10歳を狙って、アプローチをしかけてきたのかもしれない。

 なんて、迷惑な。


「職権乱用だから、さっさとお引き取りしてもらえ」

「いやいや。そう言われてもなぁ。……あー、その、王子だし」

「そもそも、俺達の仕事は、魔術開発。忙しくてそこまで手が回らないの一点張りで返してやればいい」

 とりあえず、俺に直接何も言ってこないという事は、今のところあの王子にとって、これは遊びという事だ。本気でオクトを使って何かをしようと思っているならば、真っ先に俺に宣戦布告してきそうな性格の持ち主である。又は俺という邪魔が入らないように徹底的に内密にやるはずだ。

 上司を使って、こんな分かりやすく情報を探るなら、これは遊びの一環。あいにくだが、俺は王子様の遊びに付き合ってやる気は全くない。


「どうせ最近戦争もなく落ち着いてるから、暇なんだよ」

 一時のものだろうが、今はめずらしく何の小競り合いもなく、平坦な治世。たぶん第一王子はそういう状況には向いていない。常に何か刺激を求める厄介なタイプである。

「そうかもしれないが……」

「とにかく適当に断ってもたぶん大丈夫だから」

 俺が乗ってこないならば、また別の遊びを考えるだろう。その間にまた何かしら争いが起こり、きっとそのままそっちにかかりっきりになるはずだ。

 だから大丈夫。


 この時の俺は、そう思っていた。






◇◆◇◆◇◆◇







「やられた」

 あえて上司を使って分かりやすくオクトの動向を探っているから、きっと遊び半部でやる気は全くないと思っていた。

 しかしどうやら本気の遊びだったらしく、第一王子はオクトに接近する為に、学校に視察に行ったらしい。幸い今回は、カミュ達がオクトを連れて学校から逃げ出したおかげで会わずにすんだようだが。

「本気で性格悪い」

 これはどう考えても、俺を油断させる作戦だったとしか考えられない。

 第一王子の今度の新しい遊びは、どうやらオクトと知り合いになる事だ。無事オクトと会えなければ負け、会えたなら勝ち。いたってシンプル。


 あれこれ部下を使って動いてはいないから、本気ではなく遊び。それでも俺を油断させようとか考えているならば、遊びだけど、本気の遊びだ。たぶん今回事前にカミュ達がオクトを連れ出すだろう事も、俺がそれを知るだろう事も承知の上。

 遊びだからあえてハードルを高くして、それでも確実にオクトと会おうとしている。

 たぶん明日1日。そう、明日1日だけの遊びで、学校の視察で会えなかったら、あっさり今回は諦めるだろう。これがただの暇つぶしの遊びだったら無視してしまうところだが、第一王子とオクトという組み合わせは、オクトにとって最悪だ。

 第一王子なら、きっとオクトの能力に気がつく。そしてただの混ぜモノで外交のカードとして持っているのではなく、自分の手元に置いた方がずっといいと考えるはずだ。

 オクトは……警戒心が強いようで抜けているから、すんなり騙されて第一王子の思い通りに動かされてしまいそうだし。

 どう考えても、会わせるべきではない。


「一応、オクトも授業を休む事には納得してくれたけれど」

 ベッドに転がりながら俺はため息をついた。

 王子が学校に来る日、オクトは授業を休み、図書館で待機している事になっている。本当は学校を休ませて俺も仕事を休んでがっちりとガードをしたいが、あまり過度な事をすると王子の興味をさらに上げ、本気の遊びが、ただの本気に変わってしまう可能性が高い。

 今回の場合はオクトが、どれぐらいの警戒心を持って動いているかが問題となりそうだ。オクトの性格を考えると案外、会ってしまった時は会ってしまった時と、簡単に考えていそうな気がする。

 オクトは細かいようで、自分の事に対しては意外に大雑把である。

 ……そもそも、オクトは、第一王子の顔を知っていただろうか?

 第一王子が出てくるような大きな行事は、オクトは参加しない。混ぜものが参加すると、色々混乱を招くかもとオクトが気を使うからだ。絵姿で見ている可能性はあるが、子爵邸にも伯爵邸にもそんなものは飾っていないし、元々社会が苦手なオクトはあまりそう言った類の本も読まない。

「これは不味いんじゃないか?」


 俺自身、現王朝とか政治に対してまったく興味がないので、あまりオクトに力を入れて社会を教えてこなかった。生きていく上で、特に困りはしないが、今回はそれが裏目に出た可能性がある。第一王子に普通にナンパされ、でも第一王子だと気がつかずに、普通に世間話を始めるオクトを想像するのは全く難しくない。むしろあり得そうな光景だ。

 あああ。……仕事を休んでしまいたい。

 しかし俺が仕事を休んでオクトを守ろうとすれば、オクトへの危険がさらに上がるだろう。一番いいのは、仕事をさっさと終わらせて学校へオクトを迎えに行く事だが。

 第一王子が俺に対して、何もしかけていないとは到底思えない。きっと、面倒な事を色々しかけてくるはずだ。


「今すぐは無理でも、オクトに自覚を持たせてやらないとだよなぁ」

 第一王子がちょっかいをかけ始めたのならば、他にもオクトにちょっかいをかけようとしている魔法使いや魔術師がいるはずだ。大抵は、カミュやライ、それにヘキサ、おまけで館長が火の粉を払ってくれるだろうが、本人に自覚がなければ難しい部分もある。

 オクトの価値はたぶん色々ずれている。奇妙な異世界の知識を持っているからなのか、それとも混ぜモノである事に対して引け目を感じているからなのか。たぶんどちらもなのだろうけれど、自分への評価が恐ろしく低い。

 自分がかなり低レベルの馬鹿だとは思ってはいないが、普通という枠組みに入っている考えている。どう考えてもその枠組みから外れて、優秀といってもいいレベルに居るはずなのに、その感覚が全くない。俺がどれだけ褒めても、『はいはい、親馬鹿、親馬鹿』で済まされてしまうし……。いっそどこかで表彰でもされて、自覚を持ってもらうのが一番だろうか。しかし下手に有名になるのもリスクがあるわけで。

 自覚を持てば、ある程度オクトも自分をいいように使われないように、警戒するようになるだろうけれど、有名になった事で余計にちょっかいをかける馬鹿が増える可能性もある。それに警戒するようになっても、オクトの持ち前のお人よしを発揮して、結局色んなものに巻き込まれている可能性も……。


 子育てって難しい。


 それとも、オクトだからこんなに難しいのか。今思えば、ヘキサは本当に手のかからない子供だったなぁと遠い目になる。まあヘキサはヘキサで、何でも一人でキビキビ決めてしまって、色々寂しかったりしたのだけど。

「まあ今はそんな事を考えても仕方がないか」

 とにかく第一王子の思惑通りにいかせない為にも、明日だ。

 俺はそう思い、明日に備えて目を閉じた。

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