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9話  自由で不自由な帰る場所

 フラフラと音色に引き寄せられて道を歩いていたが、俺がたどりつく前に、透明な歌声は消えた。

 一体何処から聞こえてきたのだろう。見渡せば人だかりができている場所があったので、俺はそこへ足を向けた。


「すごい綺麗な声だね」

「そうねぇ。もしかしたら精霊族の子かもしれないわね」

 精霊族?

 いやいや。普通精霊族はみえないし、見える様な精霊はここにはいない。しかし確かに先ほどの歌声は精霊族が歌っているのかと思うぐらい透き通ったモノだった。どんな子供なのだろうと、ヒトとヒトの切れ目から覗き込んで俺は固まる。

 人だかりの中心にいたのは、幼い2人の子供だった。1人は幼児と言っていい年齢の茶色い髪をした少年、もう1人は蜜色の髪をした少女。どちらもお祭り用の仮面を被っているが、少女の仮面の横からは特徴的な大きな耳が見えている。

 ……えっと、オクトだよな。

 というか早々精霊族の血を引いた子供なんていないだろうし、俺がオクトを見間違えるはずもない。


 ショックを受けるよりも、隠しきれていないその姿に何だか笑いがこみあげそうになる。まるで子供のがするような、稚拙な隠し方にみえてならない。ああ、でもオクトはまだ子供だっけ。

 大人に負けない知識と言動の所為で、忘れがちになるが、オクトの年齢はまだ10歳にも満たないはずだ。

 屋敷にいるはずのオクトがここにいたという事は悲しいが、それでもただ姿を見れただけで気持ちが浮上する。

 どうやらオクトはビラを配っているようだ。

 となるとやはり旅芸人の一座に会いに行ったのだろう。それがどうして、仕事を手伝うことになっているのかは分からないが。


「ん?まてよ?」 

 よく考えたら、旅芸人の団長とはちゃんと話はつけているはずなのだから、再びオクトが一座に戻るのはおかしな話。オクトは俺が引き取ったのだから、契約違反だ。

 だとすれば団長と話をすれば全て解決するのではないだろうか。

 オクトが再び一座に戻りたいと言ったとしても、一座の方が受け入れを拒否すれば、子供であるオクトは行き場がなくなる。オクトの性格を考えれば、拒否されても付いていくという事はないだろう。となれば俺の所に戻ってくるしかない。

 この考えは、俺の中でとても素晴らしいモノに思えた。

 屋敷に閉じ込めようとすれば、絶対オクトは反発する。だとしたら、俺以外の選択肢を潰してしまえばいい。オクトが俺しか選ぶことができないように。

 

 そう決めると、すっと心が楽になった。

 どうせ自分の所へ帰ってくるのだと思うと、一生懸命ビラを配っている姿は微笑ましくみえる。折角だから、あの姿をどうにか絵姿に留めておけないものだろうか。そういえば、さっきオクトが歌っていたというのもレアな姿である。

 追跡魔法でオクトの姿や周辺を映し出せるようにするものを検討中だが、さらにその映像を残しておき、後から見る事はできないだろうか。もしもそれができれば、その時その時のオクトを愛でる事ができる。


 新しい魔方陣を検討しながら、楽しい気分で眺めていると、グイッと腕を掴まれた。

「アスタリスク魔術師、ここにいたんですね」

「何だ。リストか」

「なんだじゃありません。大変な事になっているので、ちょっと来て下さい」

 さらにぐいっと引っ張られ俺は眉をひそめた。

「俺は今取りこみ中なんだけど」

 可愛いオクトの頑張る姿を心の目に焼き付け中だ。


「……娘さんに嫌われてもいいんですか?」

「何だ。話を聞こうじゃないか」

 オクトに関わる話なら早く言え。

 俺はオクトからリストへ視線を向け直した。

「もう少し僕に対してもそういう優しさが欲しいです。まあ、いいんですけどね。実は娘さんがお世話になっていた旅芸人達が、病気で倒れているらしいんです」

「は?」

 病気で倒れている?

「病気に関しては、僕は専門外で、エンド魔術師が対処して下さっていますが、とにかく来て下さい」

「俺だって病気は専門外だぞ」

 俺の専門は魔法学であり、薬学ではない。

「伯爵様へのツテがあるでしょうが。もしも彼らの危機を救ったら、娘さんへの株が上がりますから」

 ……株が上がるのか。

「パパありがとうと満面の笑みで言ってくれるかもしてません――たぶんですけど」

 あのオクトが、パパありがとうかぁ。しかも満面の笑み。

 それは……いい。かなりいい。

 

 株が上がるかもしれない未来と、オクトのレア姿を心の目に焼き付け中の現在を比べた結果、俺は後ろ髪を引かれる思いをしながら、その場を後にした。





◇◆◇◆◇◆◇◆







「久しぶりだな」

 旅芸人のテントに入れば、ウーウーとうめき声が聞こえた。その中で、若干やつれた顔をした、大男――団長が出迎えた。

「……はい。久しぶりです」

 この男……こんなに弱弱しい声だっただろうか。

 リストが言う通り、病気には間違いないらしい。


「出演者のほとんどが食べ物に当たったそうなんですよ」

「それは御気の毒に。それで?」

「申し訳ありませんが、伯爵様に薬をわけていただけるよう、口添えをしていただけないでしょうか」

 そう言って団長は頭を下げた。

「口添えも何も、言えば薬ぐらい出すだろ」

 一応俺の父である伯爵は、この祭りの主催者である。旅芸人の公演を楽しみにしているモノもいるのだし、あの昼行燈でもそれぐらいはするはずだ。

 しかし団長は、眉を八の字にし情けない顔をした。

「それが先ほど、一座のモノを行かせたのですが、どうも留守だったようで。屋敷にみえる方にも取りあって頂けなかったのです」

 ……あの、糞親父。

 心の中で力いっぱい俺は父上を罵った。どうせ年甲斐もなく母上とイチャイチャとデートに出かけたのだろう。あのめんどくさがりな父上がする事と言えば、母上の望みを叶える事ぐらいだ。祭りを開くのだって、母上とデートをしたいが為という、何とも即物的で分かりやすい理由からだ。しかも祭りの準備も最低限の事をしたら、すべて使用人へ丸投げしてしまう。

 やる事をやらないなら、さっさとヘキサに家督を譲って隠居しまえと言いたい。もっとも、今ヘキサが教師を止めてしまうと困るので、もう数年はこのままやってもらうしかないのだけど。


「今、エンド魔術師が薬を調合していますが、材料が足りないみたいなんですよ」

「分かった。エンドに必要な薬草を紙にでも書けと言ってくれ。俺から伯爵家の使用人に連絡をとるから」

 いつもいつも尻拭いばかりさせられて、腹が立ったから家を出たというのに。何十年たった今もまた迷惑をかけられるとは。

 俺は諦め半分でため息をついた。

「じゃあ、エンド魔術師に聞いてきますね」

 そう言ってリストは別のテントに向かって走っていった。

 リストを見送ってから、俺は厄介な事になったなともう一度ため息をつく。なんで俺は、オクトのレアな姿を眺める楽しみを後回しにしてまで、父上の尻拭いをしているのだろう。


「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

「本当にな」

 相手は病人だからもっとやさしい言葉をかけるべきなのかもしれないが、オクトの事もあり、中々そんな気分になれない。……というかそうだ。オクトの事があった。

 俺はオクトの事で話をつけなければならない事を思い出す。さて、何と言ってきりだそうか。オクトに関わるなと言うべきか。でも、今回はきっとオクトからここにやってきたのだろうし――。

「オクトお嬢様にも、お力添えしていただきありがとうございます」

「そうそう。オクトの事で――ん?オクトが何かしたわけ?」

「ええ。オクトお嬢様が的確に病気の治療方法を伝えて下さっておかげで、少し調子が良くなってきたものもみえます。アスタリスク様の下で勉強しただけあり、とても聡明に育ったようで」

「いや。元々オクトは聡明だよ」

 オクトの事を褒められると悪い気はしない。

 それに、オクトの事をお嬢様と呼ぶという事は、ちゃんとオクトが貴族の娘だと認識しているようだ。分をわきまえているならば、今更オクトを連れ戻したいとは言わないだろう。


「そして大切に育てて下さってありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはないんだけど」

 オクトはもう俺の子だ。だとしたら、団長やこの一座が何を言おうが、大切に育てるに決まっている。

「すみません。それでもお礼が言いたくて。もしもオクトお嬢様が泣いて暮らしているなら、頑張る様に諭さねばならないと思いました。しかしそのような事は全くなく、お嬢様は一度も一座に戻りたいとは言われず、むしろ早く帰らねばと仰られました。それなのに私どもの状況を見て手伝うと申し出て下さり――」

「えっ、早く帰りたいと言ったのか?オクトが?」

「はい。本当なら、私達とはもう何の関係もないというのに、とても慈悲深く……。立派に育てていただき、あの子の母親に変わって御礼を申し上げます」

 そう言って、団長はさっきよりもさらに深々と頭を下げた。

 

 オクトが慈悲深いというかお人よしなのは、たぶん俺と会う前からだ。当初は誰に対しても警戒心向き出しだった為分かりにくかっただろうが、オクトはずっと変わっていない。誰よりも優しい子だ。

 そしてそんな当たり前の事より、俺はオクトがちゃんと俺の所へ帰ろうという意思がある事に驚いた。中々オクトはそういう事を言ってくれないので嬉しくなる。

 そうか。オクトは一座じゃなくて、俺の方がいいのか。


「アスタリスク魔術師。エンド魔術師から聞いてきたんですけど……うわ。どうしたんですか、そんなニヤニヤして」

 リストが引いたような顔をしたが、今の俺には全く痛くもかゆくもない。

 オクトが俺を選んでくれた。それだけで、世界が輝いてみえる。今なら誰にでも優しくしてやりたい気分だ。ただしオクトと俺の中を裂こうとするモノを除いてだけど。

 

 でもオクトも、それならそうと言ってくれればいいのに。内緒で行こうとするから心配するのだ。

 最終的に俺の所へ帰ってくるならば、オクトがどこへ遊びに行ったって構わない。

 しかしオクトがそれを理解してくれなければ、今後も内緒で行動する可能性がある。もしかしたら俺に気を使ってかもしれないが、そんな気は使う必要がない。

 うん。親として、ここは嘘はついてはいけないとちゃんと躾けをしないとだよな。

 俺は今日帰ってからの事を考えて、さらに笑みを深くした。

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