序章
魔族とは面倒な種族だ。
何かに執着し続けなければ安定しない。
「しょうがないなぁ。本当に君は凄く面倒な性格をしているよね」
そう言った、間抜けは戦死した。
「大丈夫。あのヒトに頼まれたんだもの。貴方を1人にしないから」
そう言った、俺の妻は魔力が低く、最期は病死した。
魔族の人生はとても長く、ずっと誰かと一緒にいる事なんてできない。それなのに独りでいると、どんどん心が荒んで弱っていく。脆弱な精神と、頑丈な身体。なんてアンバランス。
ならば魔王に傾倒すればいいのだけれど、それはどうにも俺の性分に合わなくて。ならばせめて傷をなめ合えるような同族がいればいいのだが、残念な事に俺はそれもできなかった。どうも魔族との相性は最悪のようだ。
一番身近な両親の世界は2人で見事に完結していた。だから俺は、魔法の研究に熱中するようになった。
対ヒトでなければ、いなくなる心配はないから。
それなのに、惰性で生きていくうちに、いつしか俺は独りではなくなっていて――でも彼らはもう居ない。いつしか独りでなくなっていたのと同様に、いつの間にか俺は再び独りになった。元々独りでもいられたのに、独りではない時間を知ってしまった俺にはそれは堪えようもない苦痛で。
独りが辛い。
でも独りにされるのはもっと辛い。
息子のヘキサは好きだけど、彼は人族だからきっと先に逝ってしまう。それに彼は俺がいなくても生きていける。
誰かを好きになる事は、その後の別れが億劫で。俺は再びヒトでないものに執着しようとした。でもどうしても隙間が埋まらない。
埋められない。
苦しくて、苦しくて、イライラする。
ああ、誰か――。
「――タ。アスタ、起きろ。朝だ」
体を揺らす小さな振動。何処か遠慮がちなそれで、俺の意識は闇の中から引っ張り上げられた。
目を開けるが日の光が眩しすぎて俺の視界を奪う。
「これ以上は、遅刻する」
「……オクト?」
「朝ご飯できた」
少しづつ光に慣れてきた目に映ったのは、金色の髪だった。日の光よりも暖かく穏やかな色。手を伸ばし触れると想像した通り温かい。
青い空のような瞳がパチパチと瞬きをして俺を映す。
「アスタ?」
あまり表情は変わらないが、その瞳はとても不思議そうに俺を見ている。たぶん俺の行動が今一理解できなかったのだろう。俺はさらさらとした髪質を楽しむように、その手を動かした。
「アスタ。寝ぼけていないで――」
「ありがとう」
オクトがいてくれて良かった。
俺は独りではない。どうしようもなかった渇望が消える。ただ、指の先から伝わる温かさが、幸せだなと感じる。
「べ、別に。いつもの事だし……」
もにょもにょと、オクトの言葉はだんだん小さくなり、その顔は真っ赤になった。
その様子は、とてつもなく可愛い。俺の大切な、大切な子供。混ぜモノで、俺より魔力も高くて……だからきっと、ずっと俺と居てくれる存在。
ちょっとシャイで、褒められる事に未だに慣れていない、そんな子供。
「それより。ご飯、できたから」
「うん」
オクトは俺の行動を誤魔化すように、話を元に戻した。俺の為だけにオクトが作った食事。それが嬉しくて、俺の顔は自然に笑の形をとる。
そうだ。もう俺は独りではない。
2年前に引き取ったオクトとの関係はとても良好だ。それにオクトは少々出無精な性格で家にいる時間が長く、俺が家に帰ると、必ず出迎えてくれた。
本当はオクトの成長を考えると、そろそろ見聞を広げてやらないといけないとは思っている。しかし今が幸せすぎて、ついつい忘れてしまう。
それに買いものなどでオクトは全く外へ出ないわけではないし、時折カミュやライが遊びに来ているのでずっと1人でいるわけでもない。その事を踏まえると、別にこのままでもいいような気がしている今日この頃だ。
「ありがとう、オクト」
「それはもういい。だから起きて」
オクトが俺の手を引っ張るが、あまりに些細な力過ぎて意味をなしていない。ちょっと面白くなって、俺はぐいっと逆にオクトの手を引っ張ってみた。するとぽすっと言う音と共に、オクトが俺の方へ飛び込んでくる。
んー。これはこれでいいかもしれない。
「遊ぶな。遅刻すると言っているだろ」
しばらく放心状態で動かなかったオクトだが、はっと気がついたように、じたばたと暴れた。しかしその力は些細なもので、全く痛くはないし、放してしまうのも勿体ない気がする。
「最近、俺も頑張っているし、たまにはごろごろしたいなぁ」
「だったら、1人でごろごろしろ」
そんなのつまらないじゃないか。
独りでごろごろするなら、仕事で魔法の研究をしてた方がまだ楽しい。その辺りの事が、オクトは全然分かっていない。
ただこれ以上やると、オクトの機嫌を本気で損ねてしまいそうだ。オクトと喧嘩するというのも楽しいが、喧嘩中に悲しそうな顔で俺の方を何か言いたげに見てくる様子は、ちょっと可哀そうになってくる。なのでこの辺りで止めておいた方がいいだろう。俺だって、悲しいより楽しい方がいいし、オクトには笑っていてもらいたい。
「ごめん。じゃあ、食べようか」
「アスタ。自分で歩く」
「いいからいいから。ご飯を用意してくれた御礼だよ」
「だから、それは私の仕事だ」
俺はオクトを抱きかかえたまま、起きあがるとリビングへ向かった。
可愛い、可愛いオクト。ずっとこのままだったらいいのに。
しかしその日の夜、俺はオクトから突然魔法学校に通いたいと言われる事になる。この時の俺はそんな現実が待っているなど、全く考えてもいなかった。




