限りある
限りある資源を大切にしましょう――
そんな標語を横目に見ながら、俺はゴミ箱に食べ残しを捨てた。
俺はろくに食事の時間がとれない。
今日もファストフード店で幾つかのポテトを残し、中身をこぼしながらバーガーをコーヒーで流し込んだ。
味わうことなんてとうの昔に忘れた。夜まで腹が保てばいいのだ。それでいながら時間そのものがないのでいつも少し残してしまう。
限りある――
はいはい。すいませんね。
ろくに口もつけずに捨てたフィッシュチップ。それがゴミ箱の底に落ちる音を聞きながら、俺はその標語に謝って店を出る。
「資源は無限ではありません」
啓発団体らしき人達が、店を出たところすぐの街角に立っていた。
「鉱山資源や地下資源だけの話ではありません。水も資源なら、食べ物も資源です」
ご高説ごもっとも。
店を出て直ぐに赤信号に変わった交差点。それに内心で毒づきながら、俺はその言葉を聞き流す。
「例えばそれは水産資源です」
見てましたか?
俺は水産資源を全くもって無駄にした自分を振り返る。
「数に限りがある上に、資源そのものが危険でもあるからです。全てに赤信号が灯っています」
こっちの赤も長いな。
この信号につかまるのなら、最後まで食べればよかった。隣でピンポイントの説教を聞かされれば、そう思わなくもない。
「資源であるはずの重金属が海に流れ、その重金属を摂取しているが故に、一部の魚は私達の食卓にまで届きません。これでは増々資源が厳しくなって――」
信号が青に変わり、俺は慌てて歩道を渡り出した。もちろんありがたい資源問題のご高説は、ゼブラの歩道を渡り終える頃にはすっかりと忘れていた。
限りある資源を大切にしましょう――
そんなかけ声とともに、政府は資源回収に関して少々強引な法案を通したらしい。
らしいというのは、俺はろくに新聞も見ないのでよく理解していないからだ。
さて今日も俺は資源の無駄遣いのような食事を済ませた。
突然値下げしていた魚類のメニュー。これ幸いにと沢山注文したが、結局余分に頼んだ分だけ残してしまった。
食事の前に慌てて記入した意思表示カード。それを引っ掴んで俺はファストフード店の席を立つ。
相変わらずだ。
今日は特にこのカードのせいで更に時間を取られた。政府が法案を通し、健康保険の関係で会社が業務命令でこのカードを従業員に書かせたのだ。しかも休み時間に。
「資源は無限ではありません」
やはり赤信号につかまってしまい、俺は以前見かけた団体の説教を聞くことになった。
「都市鉱山資源の提供意思カードにご協力を」
何でも都市には資源が眠っているらしい。都市鉱山というやつだ。それに協力する意思を事前に表明しておくカードがこれだ。
「『捨てれば汚染。生かせば資源』です。ご協力を」
協力しましたよ。
身の回りにある電子機器などに使われている重金属他。それ自身が限りある資源であるにもかかわらず、杜撰な処理をすれば海を汚染するそれ。
その回収に協力する意思の有無をこのカードで確認するらしい。
俺にはよく分からない。でも日頃の贖罪がてら、全てに意思があると答えておいた。
「特に海の食物連鎖の頂点に立っている大型魚介類の汚染は深刻です。汚染物質を口にした小魚。それを食すことで汚染物質を一身に集めてしまうからです」
今日は魚が安かったな。
魚はと言えばと、俺は危機感もなく今日の昼飯を思い出す。
「貴重な資源が、汚染物質として他の水産資源をダメにするこの皮肉に――」
信号が青に代わり、俺は慌てて歩道を渡り出した。
今回もありがたいご高説はすぐに忘れたし、その後の記憶も実はなかった。
「意思カードがあります」
俺は動けない体で耳に神経を集中する。
車にでもひかれたのだろうか。病院にいるようだ。チューブを体中につけられ、まるで身動きがとれない。
「法案が通って最初のケースだ。取材陣がくるぞ」
俺の周りで医師らしき人物が声だかに話をしている。
「ご家族の方にきてもらって。処置をすると生前の面影はなくなるからな」
何を言ってるんだ?
「いくら限りある資源を大切にしないといけないからって」
不意に意識が遠退いてきた。
「食物連鎖の頂点にいる人間から資源を回収するなんて――よく意思カード一つでやろうなんて政府も思うよな。高濃度汚染の水産資源すら食用に解禁してまで」
ああそれで魚が安かったんだ。
限りある資源を大切に――
俺は自身の食べ残しを思い浮かべ、最後に心底そう思った。