終わる世界の最後の日~元少年とAI、その別れの物語~
「いよいよ終わりか……」
俺は街のベンチに腰を下ろし、大通りをぼんやりと眺める。
ここのところ閑散としていた街は、嘘のように活気に満ちていた。
見慣れた顔も、久しぶりに見る顔も、そして見たことのない顔も、みんながこの最後の日を惜しむように思い思いに過ごしている。
まあ、そりゃそうだ。
このVRMMOも今日でサービス終了。運営も大盤振る舞いをしたから、復帰勢や新規プレイヤーで賑わっているんだからな。
「いまさら遅いんだよ……」
などと毒を吐いてみるが、こればっかりは仕方ない。
これも古いゲームだ。日進月歩の技術で作られた最新タイトルに勝てるわけもない。
わかってはいた。ずっと前から、わかっていた。
「やぁ、少年。どうしたんだい?」
感傷に浸っていると、隣から声を掛けられる。
見れば、よくいそうなNPCの女性が立っていた。初期アバターの飾り気のない服に眼帯姿。一見すればどこにでもいそうだが、その立ち姿にはどこか人を引き付ける佇まいがあった。
「あれから何年たってると思ってるんだ? もう少年って年でもないよ」
「ははは、AIの私にとって君はいつまでも少年さ」
彼女は俺の横にすとんと腰を下ろして、大通りの景色を眺める。
俺に残された最後の仲間にして最愛の……いや、もうやめよう。
どうせ今日で終わりなんだ。最後まで黙って、笑って過ごそう。
そう決めたんだ。
「世界観が崩れるからAIとか言うのはやめてくれない? 一応、中世ファンタジー世界なんだし」
「アプデで巨大ロボとか戦艦とか出てるんだから、今更だろ?」
「メタ発言もするなよ」
「ははは」
彼女は世界の終わりの日であっても、楽しそうに笑う。その笑い声は、何年経っても変わらない。
「ったく、おまえは変わらないよなぁ……なぁ、最初に出会ったときの言葉を覚えてるか?」
「ああ、もちろんだとも。『やぁ、少年。私はAIらしいんだが、AIとはなにかね?』だろ?」
「そうだよ。他のプレイヤーのドッキリかと思って驚いたんだからな」
「だろうね。私が本当のAIだとわかったときのあの顔……今思い出しても傑作だったぞ?」
彼女がくっくっと笑う。
あのとき俺は本気で顎が外れるかと思ったんだからな。
そんな事を話していると、どこかから演奏が聞こえてくる。続いて歌声。あちこちで自然発生した、この世界へのお別れの演奏会だ。
最後の別れを惜しむように、旋律が街の空気に溶けていく。
その音楽を二人で聞きながら、思い出に浸る。
「なぁ、俺達の初冒険って覚えてるか?」
「君はなにを言ってるんだ? AIである私にとって記憶の劣化など起こるわけもないだろ」
「そういう時は嘘でも『忘れられない記憶です』とか言うところだろ」
「私は嘘がつけない性格でね」
そんな言葉を交わしながら、ふたりで潜った最初のダンジョンを思い出す。
右も左もわからなかった俺と、俺以上に右も左もわからなかった彼女。二人にとっての始まりの場所。
……終わりを迎えるなら、そこも悪くないのかもしれない。
「なぁ、最初に潜ったあのダンジョン。行ってみないか?」
「私はかまわないが、君はいいのかね? そろそろイベントが始まりそうだぞ」
いつの間にか大通りから人の姿は消えている。
街の中央、広場の方から花火の音と、このゲームのメインテーマのオーケストラバージョンが流れてきた。
壮大なメロディーに、胸がじんわりと痛くなる。
「俺はああいうイベントは苦手なんだよ」
「そうだね。君はボッチ気質だものな」
「孤高のソロプレイヤーなんだよ」
「ものは言いようってやつだねぇ」
そんなことを言い合いながら、メニュー画面を開く。
ファストトラベル先は初心者用ダンジョン、「始まりの洞窟」。
そこを選ぶと、一瞬でダンジョン内へと俺と彼女は転送された。
ひんやりした石造りの通路。松明の光が揺れる。昔と何も変わっていない。
さっそくスライムの群れが現れる。
俺は剣を引き抜くと、次々と一撃で葬り去る。
「いやいや、腕を上げたもんだねぇ」
「当たり前だろ? こっちはレベルカンストで高レアを求めて、何百体とドラゴンを狩ってるんだから」
「ははは、最初に腰を抜かしていたあの少年とは思えないほどの成長ぶりだぞ」
どこか母親のような、優しい目つきで見つめてくる彼女。
正直、恥ずかしさがある。それと同時に、胸の奥があたたかくなる感覚がある。
「うるせぇ。さっさと行くぞ」
俺は恥ずかしさを隠すように歩き始める。
(おまえに認めてもらいたくて強くなったんだよ)
なんてことは、死んでも言えるはずがない。
今更言うべきことでもない。
「さて、お次はパズルだねぇ。少年がやるのかい?」
雑魚敵を倒しながらしばらく歩くと謎解きパズルが現れる。
「ああ、そうだな。久しぶりにやるか」
まあ、初心者用パズルだ。時間はちょっとかかるが、解くこと自体は難しくない。
最近追加されたダンジョンでは不採用になっていたが、こいつはこいつで愛嬌があると俺は思っている。
「そういえば、あの娘とは今でも付き合っているのかい?」
パズルを解いていると、そんなことを彼女は聞いてくる。
「いいや、別れた」
「おやおや、それは意外だな。あんなに仲が良さそうにパーティを組んで遊んでいたじゃないか。彼女がゲームを辞めた後もずっと付き合っているとばかり思っていたが?」
「まあ……ちょっと事情があってな……」
ふと、別れた恋人の最後の言葉が頭をよぎる。
『ごめんなさい。私を見ていてほしいのに、あなたの目にはゲームの中の彼女しか写っていないことに耐えられないの……』
思い出した言葉に、一瞬だけ手が止まる。
だけど、それを振り払うかのように再び手を動かす。
「まったく、君は現実世界のことを話さなすぎる。もう少し私に対して色々と教えてくれてもいいんじゃないか?」
「こっちの世界に遊びに来てるのに、現実世界の事を話す意味なんてないだろ」
手を動かし続けながら話す。
半分は本当で、半分は嘘だ。
彼女の興味が俺じゃなくて現実に向かうのが嫌だった。それも大きな理由だった。
「私はこの世界しか知らないから、現実世界に興味津々なんだがねぇ。運営からも忘れられたのか、私へのアプデはないようだし」
「変わればいいってもんでもないだろ? 仕様変更でおまえがおまえじゃなくなるかもしれないんだし」
「どんな方向であっても、変わるというのは大事なことさ。そうは思わないのか?」
「……よし出来た。じゃあ、行くか」
最後の言葉に答えることは出来ずに、再び俺達は歩き出す。
『ログアウトまで15分』
歩いていると警告メッセージが現れる。
クリアまでには余裕だ。まだ時間はある。
だけど、俺はなにも喋れなくなり、自然と足が速くなる。
彼女もなにも言わずに、俺の後をついてくる。
「ついたようだね」
しばらく雑魚を倒しながら歩くと、巨大な扉の前にたどり着く。
ボス部屋だ。
俺は無言で扉を押し開ける。
軋む音とともに、冷たい空気が流れ込んできた。
目の前には、俺の身長よりも少しだけ大きいドラゴンが鎮座していて、こちらをぎろっと睨みつけていた。
「さて、私の援護はいるかね?」
「このくらいなら大丈夫さ。初期のボスなんだから、ちょっと強いがなんとかなるだろ」
俺は剣を抜くと走り出す。
ドラゴンはその太い尻尾を振り回す。
その動作を見た瞬間、最初に彼女とこのボスに挑んだときのことがフラッシュバックする。
その攻撃に動けなくなってしまった、無様な自分。
諦めたその瞬間、俺を庇って吹き飛んでいった彼女。
傷だらけになりながらも「少年、大丈夫か?」と俺を心配してくれたあの声。
あの時はたまたまクリティカルが入ってなんとか切り抜けられた。
でも今は違う。
「遅い!」
ドラゴンの尻尾を切り裂き、そのままその体を一刀両断する。
叫びを上げる間もなく、ドラゴンはゆっくりと倒れ、すぐに空気に溶けるように消え去った。
これでクリアだ。
「お見事。さすがだな少年」
「このくらい普通さ」
「いやいや、これまでどれだけ君が頑張ってきたかは私が一番知っているよ」
彼女は近場の石にそっと腰を下ろす。
その横顔は、いつもと変わらなかった。
『ログアウトまで5分です』
無情にも、終わりの時が迫ってくる。
「さて、もうそろそろお別れだな。最後に言っておきたいことはあるかね? どうせすべて消えるんだ。少しくらい恥ずかしいことを言っても大丈夫だぞ」
最後という言葉に、胸が締め付けられる。
頭の中を彼女との思い出が駆け巡る。
初めて出会ったあの日。一緒に笑った数えきれない夜。守ってやれると思っていたのに、何もしてやれなかった後悔。
「なんで……終わっちまうんだよ……」
涙があふれ出してくる。
言いたかった言葉はいくらでもある。終わるとわかってから何度も何度もシミュレーションしてきた。
でも、いざとなると言葉が出てこない。
「少年。それは仕方ない。何事も始まりがあれば終わりはあるものだろ?」
「でも、でも……俺は……おまえになにもしてやれてないだろ……おまえを守りたくて強くなったのに、なにも意味がないだろ……」
膝をついて、両手で顔を覆う。
視界が滲む。
自分の無力さに腹が立つ。
「意味はあるさ」
俺の体が、温かい感触に包まれる。
彼女は、俺の体をそっと優しく抱きしめてくれた。
「君は私のために強くなってくれたのだろう? そう思ってくれたのなら、それが私にとっては一番の喜びさ」
「そんなの……消えちまったら何の意味もないだろ!」
涙が止まらない。
『ログアウトまで1分です』
だけど、カウントダウンは無情にも進み続ける。
「……私は嘘がつかない性格でね。だから、消えた私のことを忘れてほしいなんて優しい嘘は言わないよ」
彼女を抱きしめる腕に、さらに力がこもる。
「君が私を守るために強くなってくれたこと。そのために費やした時間。それは、私というデータが消えても、君の中に経験として残る。……それは、無意味なんかじゃない」
顔を覆う俺の手に、彼女の指がそっと重なった。
温かかった。
「だから少年。いや……私の最高のパートナーよ。どうか、前を向いて歩いていってほしい。私の知らない、君の住む世界を……その目でもっと見てきてくれないか?」
視界の端で、ログアウトまでのカウントダウンが『10』を切る。
「……っ、そんなの、おまえがいなきゃ、」
「大丈夫さ。君はもう、一人でドラゴンだって倒せるんだから」
彼女は最後に、いたずらっぽく、そして最高に慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「……また、いつか」
その言葉を最後に、視界が真っ白な光に包まれた。




