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 ――



 夏休みが終わり、二学期が始まって数日。

 私しか居ない静かな部屋で制服に着替えながら、何故か心が沈んでた。

 ふ~……。

 玄関を出て学校に向かう。

 いつも通りに来たバスに乗り、駅でいつもの満員電車三両目に乗り込み……偶々会ったクラスメイトと挨拶を交わし、教室に入る。

 いつも通りなんだけど……。

 なんか……。

 ふ~……。

 教師が来るまでのわずかな時間。友人が話し掛けてくる。

「何か調子悪そうじゃん? 熱中症??」

「夏に調子悪い人間は全部、熱中症だと思ってない?」

「じゃあ、気晴らしに放課後買い物行かない? 雑誌に載ってたミューズが欲しくてさぁ」

「……石鹸??」

「そういうボケいらんから。サンダルよ、サンダル」

「この前、SNSに新作買った、って上げてなかった? 淡いブルーのやつ??」

「新しいの欲しいの!!」

 はいはい、と適当に流し、担任教師が入って来たので「シッシッ」と追い払うように席に戻らせる。

 ワイシャツ姿のおっさん教師が疲れたような表情で教室を見回し、出欠を確認する。

「……さて、今日は転校生を紹介する。入って来てくれ」

 声も疲れてるな~。

 しかし、転校生??

 ドアがスラリと開き、赤みがかった長い金髪を揺らめかした制服姿の少女が入って来た。淡雪のような白い肌、そして好奇心をたっぷり詰め込んだ大きく開いた蒼い瞳。

 背は私と同じくらいだろうか、胸は……チッ。私より綺麗な曲線を描いてる。

「……初めまして。マリエル・サンジェルマンと言います。フランスから来ました。アニメ観たさに日本留学を決め、日本在住の遠縁の叔父のところに厄介になってます。卒業まで宜しくお願いしますね」

 マリエ……ル??

 って、どう見たって、

「ああーッッッ!! アンタ!?」

 ガタッと立ち上がり、教壇に立つ自称『マリエル』のところに駆け寄る。

 教師は怪訝な目を、クラスの皆はきょとんとしてるが取り敢えず無視。

「何で黙って消えるのよ! バカァ!!」

 ギュッと抱き締める。

 マリエラは苦笑いし、しょうがないな~って感じで私の背中をポンポンと叩いた。

「何、アンタ、意外と寂しがりだったの?」

「うっさい、ばか~……」

 周りから「おお!」とか「てぇてぇだ!!」とか男子の囃し立てる声が響く。

「ほら、泣き止んで離れなさいよ」

「泣いてない!!」

「はいはい。判った判った」

 ちきしょー。……ぐすっ。

 担任の咳払いで、私はやっと彼女から離れた。

 マリエルがスカートのポケットから絹のハンカチを出して私の目元に当てる。

「ほら、先生が怒る前に席に戻りなさいな」

「うう……判った……」

 マリエルからハンカチを奪い、目元に当てながら席に戻る。

 教師が再び咳払いし、

「ああ……、お前等、知り合いなのか? だったら丁度いい。校内の案内はお前に任せる。マリエルさんが困らないように当分世話してやれ」

「……ぐすっ。判りました……」

 マリエルの席は私の隣に用意された。

 席に座る時、さり気なく私の頭を「よしよし」と撫でた。う~、なんかムカつく。

 それから今日一日、マリエルは常にクラスの中心だった。

 休み時間のたびにクラスメイト達が集まって来て質問攻めするのだが、まるで年上のお姉さんのような余裕でそれに丁寧に返していき、みんなと友好を築くのに成功していた。

 確かにうちのクラスはカーストと言えるほど極端なグループ分けはないが、普通、こんだけ可愛いと嫉妬する女子の一人や二人、出てもおかしくない。なのに全員と仲良くなるとは……コミュ力高いな、こいつ。

 授業にも積極的に挙手して発言し、その流れに他の生徒達も巻き込んで…小学校の授業参観か、と言いたくなる熱気溢れる場にしてみせた。心なしか教師達も嬉しそうな顔してた。……いつも適当に聞き流してて、ごめんなさい。

 で、放課後。

 帰り道を二人で歩きながら、じろっとマリエルを睨む。

「あの後、何があったのか、そろそろ教えてくれないかしら、マリエ『ル』さん?」

「悪かったわよ。だから、そのジト目やめなさいって」

「大体、何でマリエ『ル』なのよ? マリエ『ラ』じゃなかったの??」

「マリエラだとイタリア系だから、おじ様の遠縁の娘って事にするのにフランスっぽくしたのよ」

 ふむふむ。で?

「あの後、おじ様のラボに行ったんだけど……個人の研究室ってレベルじゃなかったの。明らかに何社もの国際的な大企業……下手したら、『国家』の組織が関わってるレベル。『あ、これ、アンタを関われさせちゃまずい話だ』って」

 国家レベルって……おいおい。

「知ってる? 海水1トン辺り、0.01~0.06ミリグラムの金が溶け込んでると言われてるの。世界の海に置き直したら……推定、50億トン。人類が陸上で掘り出した金は30万トンにも満たないから、取り出せたら……」

「人生勝ち確じゃん!!」

「でも、どう考えてもコスパが合わないのよ。1トンの海水を処理して取り出せるのが0.01ミリグラムよ、どうしたらいいのよ」

 私に言われても……。

「でも、アプローチを変えたら?」

「アプローチ??」

「バイオテクノロジー? ナノテクノロジー?? 確か、金イオンと相性のいい藻を使うとか、色々考えられているって言ってたかな?? ……よく判んないけど、要するにハイテク化した新時代の『錬金術』よね」

「あっ!?」

 マリエルのおじ様ことサンジェルマン伯爵は……『錬金術師』だ。

 まさか、都市伝説よろしくマジに政府と繋がってるの、あの設定山盛りおじさん??

 マリエルが肩を竦めて首を左右に振る。

「判んない。何度かおじ様に突っ込んだんだけど、器用にはぐらかすから……。それで、例の詐欺師カリオストロ。それも、どうも国レベルの方面で暗躍してるっぽくて……」

「あ、そう言えばそれ、どうなったの?? 捕まえられたの??」

「駄目。影も形も見えない。ただ……」

「ただ?」

「……先日、イタリアの首相が来日して総理と会談してたでしょ? 気が合ったのか、やけに意気投合してたけど」

「ああ、ネットのニュースで観たな、それ」

「その時の会談のテーマの一つとして次世代戦闘機の開発があったでしょ??」

 どうだったかな? あのイタリア首相が日本の漫画家から版画貰って喜んでたのは覚えてるけど……。

 マリエルが、「はあ~」と溜息を吐く。

「アンタね……。少しは国際情勢も興味を持ちなさいよ」

「う~ん……頑張る」

「はい、頑張りなさい。……でね、一口に『次世代戦闘機』って言うけど、開発しなきゃならない技術が山ほどあって、とても一カ国では無理。だから日本・イタリア・イギリスの三カ国で手を結ぶ訳だけど……これって、何か思い出さない??」

 あ、さっきの……海の金の話??

 って、まさか??

「軍需産業に絡んでるのッ、カリオストロ!?」

 マリエルが首を左右に振る。

「判んない。ただ、国相手に大きな詐欺を仕掛けるような奴ならこんな美味しいシチュ、見逃すとは思えないのよ。……私の予想が当たってたらマジ国際謀略……『ゴルゴ13』の世界よ。アンタを関わらせたくないって言った理由、判るでしょう?」

 うわ~……。

「マリエルはどうするの? カリオストロ逮捕がその肉体を得る条件なんでしょ??」

 私の問いにマリエルは肩を竦め、薄く笑ってみせた。

「この時代から見たら遥か昔だけど、私はイタリアの『魔女』よ。三カ国巻き込んでの巨額詐欺事件なんて、祖国の名を汚す訳には行かないわ」

「おお、かっけえです、マリエルさん!」

「茶化すな、こら。……ただ、お金が目的だと思えないのよね~。不老不死なんだから。何が目的なんだか……」

 う~ん……。

「あの設定山盛りおじさん……サンジェルマン伯爵って、マリエルの話だとヨーロッパの王族にちょいちょい日本のお土産配ってたんだよね? 好奇心くすぐるように……」

 マリエルが小首を傾げ、「まあ、そうね」と呟く。

「幕末に来たシーボルトなんて、日本に来て色々な植物サンプルの収集や研究やって、本国に追い返された後は聖地巡礼本みたいなのを自費出版してるし……まあ、日本オタクよね。ペリー提督なんて、その本読んで日本に来た訳だし」

「オタクって……シーボルトに謝れ、こら」

「あら? アンタもちょっとは思ってたんじゃないの? 最近のギャルはオタクに優しいと言うし??」

 ニヤッと笑うマリエル。私はギャルじゃないぞ、おい。

「あ、そうそう。シーボルト、ペリーが日本に向かうって噂聞いて、『俺も連れて行って!』と手紙でお願いしたそうよ。でもペリー、『日本から追放されたお前を連れて行ったら、印象が悪くなるだろうが!』ってスルーを決め込んだらしいわ」

 私は溜息を吐いた。切ないな、シーボルト。

「いや、シーボルトは置いといて……サンジェルマン伯爵のやってる事って、科学でいうところの物質aとbを反応させて化学変化を起こす事じゃないかな?」

「はい?」

「だから、『ヨーロッパ文化』と『日本文化』で。それで、日本は近代化を始めて50年もしないうちにロシア帝国と互角に戦えるまでに変化している。まあ、太平洋戦争の結末を見ると、その変化が良かったのか悪かったのかは意見が分かれるところだろうけど」

「あ、あんたからそんな真面目な意見が出るとは……」

「おい、こら。本気で驚いてないか? ……ヨーロッパの方も、この前言ってた『ダレ』? あれ、『ガリ』? のガラス工芸品とか、芸術方面で新たな表現を模索する動きが生まれてる。何だっけ?『ジャパニーズ』??」

「エミール・ガレね。『ガリ』ってあれでしょ? お寿司についてる……。それから、あんたが言いたいのは『ジャポニスム』でしょ? 新たな表現って言うと、『アール・ヌーボー』とかぶっちゃうから、テストの時は気を付けた方がいいわよ」

「あう……」

 マリエルが居ない間、手掛かりないかってネット検索しまくったのに……。

 私がしょぼんとしてると、マリエルが私の背中をポンポンと叩いた。

「一生懸命調べてくれたんでしょ? ありがとね。……そうね、確かにおじ様がやってる事は『文化と文化を反応させる錬金術』と見れる。だとすると、カリオストロのやってる事は……」

「フランス革命の遠因とも言われる『首飾り事件』、どこまで関わってたか不明なんでしょ?」

「うん、そもそも関わってたかさえ疑問視する学者も居るかな」

「でもサンジェルマン伯爵、カリオストロの事を『義賊めいた奴』とか言ってたよね? つまり、悪いことしてる上流階級からお金を奪って庶民に流す……。それまでって、貴族がパトロンとなって芸術家を育ててた感じなんでしょ? それが一種の投資でもあった訳だけど」

「うん、革命前はやっぱりパトロンの求める絵……肖像画とか聖書のワンシーンとかお決まりのものばかりに需要があって、革命前後の混乱期は逆に『宣伝プロパガンダの道具』になるようなものばかり描かざるえなくなって、芸術家達もそれが嫌になって『自分の描きたいものを描く』風潮が出てくるけど」

「それ」

「どれ?」

「だから……aとbを反応させてじゃなく、例えば水(H2O)を水素(H)と酸素(O)にするような、え~と……分解??」

「つまり、カリオストロのやってる事は……」

「うん……」

 私はコクリと頷き、

「……利権とか複雑に絡み合ったものを一回爆発?させて……芸術家や職人達が純粋に『作りたいもの』を作らせようとしているんじゃない?? 貴族達からお金を奪って庶民に配るだけじゃ、ただの自己満に終わっちゃうし……」

「でも、おじ様は止めようとしてる訳よね?」

「爆発が行き過ぎると、革命騒動……暴力の連鎖を誘発するからじゃないかな? ほら、フランス革命は敵にも味方にもギロチン大活躍で容赦なかったし。科学で言うなら分解通り越して核分裂? 原子崩壊? まで行っちゃってるような……ニュアンス的な意味で、だけど」

 まあ、あくまで私の推測だけどね

 本当に詐欺師カリオストロがそんな『深~く』考えてるかなんて、当人に会ってみないと判らないし……。いや、会いたくなんかないけどね。

 何だか話してるうちに私の住んでるマンションの前にまで来てた。

 当然のようにマリエルが私の後についてエントランスに入ってくる。

 郵便受けが空っぽなのを確認してからエレベーターを使い、私の住んでる階へ。エレベーター特有の一瞬だけの浮遊感が体を包み、すぐにドアが開いた。

「そう言えばアンタ、私が居なくなった後、ちゃんと自炊してた? 日本風なんでしょうけど、イタリアの血を引く者としてはピザとは認めたくないピザとか、変なものばかり出前で取ってたけど」

 通路を歩きながらマリエルが軽口を叩く。

「うっさいな~。ちゃんと作ってたわよ。冷凍のチャーハンとか……」

「それを『作る』に含めていいの? 世の料理好きが泣くわよ」

 そ、そこまで言う? 私が泣きたいわ。

 ……って、うん??

 通路の一番奥、私の住んでる部屋の前に誰か立っていた。

 高級そうなスーツをまとった赤みを帯びた金髪の男だ。表札を眺めてるのか、背中をこちらに向けてるのだが……よく言えば恰幅のいい、平たく言うとメタボ体形なのは見て取れた。誰だ?

「あの~……そこの部屋の住人ですが、何か御用ですか?」

 恐る恐る声をかける。

 男がこちらを向いた。

 予想通り、お腹の出た金髪のおっさんだ。生え際も後退しており、ニヤニヤした青い目が何か……いやらしい。うん、愛人囲ってる社長さんって感じ。

「……何だ、『師』が私へ差し向けたと耳にしたからどれほどの者かと見に来てみれば、ただの小娘二人じゃないか。魔術の深淵なる知識も、錬金術に於ける『マクロミクロ照応コレスポンデンス』を察する知性の欠片も感じられん」

 は、はあ~??

 何言ってるか全然理解出来んが、すっごい馬鹿にされたのは判ったぞ!?

 思わず一歩踏み出し、文句言おうとしたら、横に居たマリエルが右手を伸ばして私を制した。

「マリエル??」

「……詐欺師カリオストロ。ほんとに日本にいらっしゃったのですね。ああ、一応、伯爵でしたっけ?? どうせ自称でしょうが」

 初めて聞くマリエルの凛とした声。青い瞳でまっすぐ相手を睨んでる。

 しかし、この援交やってそうなオッサンが詐欺師カリオストロ??

 オッサンが目を細めて、胡散臭げにマリエルに向けて視線を下から上へ動かす。

「師の製作したホムンクルス・ボディだな? それに……ほお、数百年前の魂を定着させたか。さすがは師。器用なことをなさる」

 見ただけで判るの!?

 オッサンがニヤリと悪党っぽい笑みを浮かべる。

「せっかくの肉体だ。儂を追うなど馬鹿な真似はせず、存分に肉の快楽を愉しめ。小娘。なんなら儂の愛人にしてやろうか?」

「誰が貴方のような脂ぎった顔の中年男なんかに……。ああ、伝承でもカリオストロは常に愛人を侍らせていた、と言われていますね。数百年生きてても女の肢体への欲望は消えませんか?」

「ふん、小娘が言いよる。……よいか、小娘? 今、行われてるのは儂と師の崇高なる遊戯ゲームよ。魔術の才も錬金術の知見も無い小娘がしゃしゃり出るでない。ゲームが詰まらなくなる」

 イラッ。

 思わず一歩力強く踏み出す。

「……オッサン! 人ン家の前で『小娘、小娘』って、一体何様だよ!? 通報すっぞ、こらッ!!」

 スマホを出してレンズを向けながら睨み付けると、さすがにオッサンもぎょっとした顔になった。

「……目上に対する礼儀も知らんか、日本人も堕ちたもんだな」

「女性に対するエチケットも忘れた白人が吠えるな! ネットに晒すぞ!」

「……ッ」

 オッサンが苦虫潰したような顔で舌打ちする。

 マリエルが苦笑を浮かべて私の背中をポンポンと叩く。

「落ち着きなさいって。……詐欺師カリオストロ、貴方とおじ様がやってる『遊戯』とやらって、『どちらが先に既存の文明を発展させて、アトランティス文明を再現出来るか?』ですね??」

「……ほお」

オッサンがニヤリと笑った。舌なめずりしそうな笑みだった。

でも……アトランティス??

 そう言えばサンジェルマン伯爵もさり気なく口にしてたな。オリハルコンの合成比率がどうのこうの、って……。

 オッサンは手をあごにやり、

「多少は知識を持っているか。……よくそこに辿り着いたな、小娘。前にハウスホッファーに手伝わせた時は、育てようとした国家がコントロール不能な化け物になってしまったのだが……。小娘、儂の手伝いしないか?」

 ……ハウスホッファー?? 住宅会社??

「……はぁ~。残念ですが私達はトランプでいうところのジョーカーです。ゲームの流れを引っ繰り返す……邪魔する役割ですよ。今回はご縁がなかった、という事で」

 溜息を吐いたマリエルが、会社の採用担当みたいな事を言う。

「ふん。ならば返り討ちにするだけよ。次に会った時、肉体を得た事を後悔させてやろう」

 オッサンが肩を竦めて皮肉めいた笑みを浮かべた。そのまま帰ろうとするが、

「いや、檻の中で後悔するのはアンタだよ、オッサン」

 私の言葉にオッサンは足を止め、訝しげな顔をした。同時に近付いて来た警察のサイレンの音がマンション下で停まった。

「アンタ、まさか……」

「もちぃ、通報した」

 マリエルが苦笑いして訊いてきたので、当然、と返す。現実リアルでも仮想バーチャルでも、怪しい奴は即「通報しました」が現代の鉄則だ。

 すぐにエレベーターの扉が開いて、制服姿の警官が二名、私達の方に駆け寄って来る。

「通報で駆け付けました! どうしました??」

「そこの外人男性、さっきから私の友人に卑猥な言葉を言ってくるんです。『肉の快楽を儂が教えてやる』だの、『愛人にしてやる』だの……。何とかして下さい!」

「判りました!!」

 警官たちがオッサンに近寄る。

 オッサンは舌打ちし、通路の柵に一歩下がった。

「動かないで! 事情を聞きますので署まで同行して下さい」

「触るな、下郎ッ!!」

 警官の手を振り払い、オッサンが後ろ向きで柵の向こうへ倒れる。スキューバダイビングする人がボートから海に入るような動作だが……って、はぁ?? 何それ!?

 警官と私達が慌てて柵に駆け寄り下を見ると、オッサンは頭から地面へ落下し……空中で半回転して、そのまま三階くらいの高さの空中に立った。

空中浮揚レヴィテーション……」

 マリエルが何か呟く。

 警官たちも唖然として言葉を失ってる。

 オッサンは、スーッと私達の居る階より高いところまで浮かび上がって来て、口角を歪めた嘲うような笑みで私達を見下ろした。

「……」

「……クァヘルス……クセウェファラム……」

 人差し指と中指を伸ばして揃えた右手で目の前に何か字を書くように小さく動かし、それから両手をパンと叩いた。

「ッ??」

 私や警官達の意識が一瞬そちらに取られたが、視線を戻すとオッサンが力が抜けた人形のように地上に真っ逆さまに落ち……いや、カラスが一羽、アスファルトの地面に舞い降りて……。

「はあッ!?」

「一種の催眠術よ。おそらく術をかけて私達の目を誤魔化し、下の階に滑り込んだのよ。それで……」

 マリエルがそう呟き、入口のエントランスを指差す。そこからメタボ体形のオッサンがのそのそと出て行くのが見えた。こちらの視線に気付いたか、右手を何か虫でも払いのけるように振ってみせた。

「追いますッ!!」

 警官達がそう言って走り出した。

 静かになった通路でマリエルが溜息を吐く。

「はぁ~……、やれやれね……」

「あんなのを相手にしないとならないの? 大変ね、マリエル」

「他人事のように言ってるけど、アンタもロックオンされたからね? あの詐欺師カリオストロに」

「えぇ~! 勘弁してよ~!!」

 私は肩を竦めてドアに近付き、ポケットからキーを取り出して鍵穴に突っ込む。

 マリエルは私の後ろに来てクスクス笑う。

「薬草についての知見は勿論、魔術・錬金術の知識を貴女も持っていた方がいいかもね。目標は……そうね、ヴォイニッチ手稿を普通に読めるようになって貰おうかしら?」

「あれ、マリエルのグループのお喋り記録じゃないの??」

「それ、一部。後半部分には研究発表とかもあるから」

「はあ~!?」

 冗談じゃない。中間・期末テストだけでもヒイヒイ言ってるのに、そんな訳判らん勉強なんぞやってられるか!!

 私が「帰りやがれ」と言う前に、開いたドアの隙間からマリエルが滑り込むように中に入った。

「ただいま~、って感じね。なんかこう……実家のような安心感?」

「だから、どこでそんな言い回しを……」

 苦笑いしつつ後ろ手でドアを閉めて鍵を掛ける。

 そして……、


 先にリビングに入り、懐かしそうに周りを見回す彼女を私はそっと後ろから抱き締めた。


「……おかえり、マリエル」




                                  了


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