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夏休みも後半。
私は下着姿になり、鏡の前で服を選んでいた。本当はエアコンの効いた部屋から一歩も出たくないのだが、居候状態のマリエラが「どっか連れてけ」とうるさかったのだ。子供かよ? 疲れた顔で休日に家族サービスする世の父親達の気持ちが少しだけ判った。
暑さを避ける方法を必死に考え、駅地下をウロウロして誤魔化そう、と思い付く。
まあ、行くまでが灼熱地獄なんだが。
ノースリーブのこれでいいかな……、
「ねえ、マリエラ?」
「何? ……アンタ、下着は意外と清楚系なのね~」
「『意外と』って何よ? 清楚ランキングで言ったら三位以内に入る逸材でしょう、私??」
「ちなみにそのランキング、二位と一位は誰よ? まあ、私の時代だと胸は『清楚で美しい』って評価はされるかな?? 谷間は『悪魔の隠れ家』って忌避されてたし」
え? 何それ?? ……私、その時代に生まれてたらアイドル??
「……って! わ、私にも谷間ぐらいあるわいッ!? 確認するか、こら!?」
宣戦布告か? 宣戦布告だな、おい??
マリエラはニヤッと笑い、
「まあ、そんな時代だけど私監修の巨乳ランキング第一位は……ジャジャ~ン♪ 王妃マリー・アントワネットさま~。彼女の胸をイメージしたカフェオレボールやクープグラスが作られたほどの美乳の持ち主です」
「作ったフランスの職人、変態だよっ!!」
スマホで検索してみた。……マジだったよ。
暑さ対策に髪をアップにして、鏡で確認する。よし、出陣っ!!
「……戦場にでも行くの、アンタ?」
「女にとってメイクやファッションって、戦いの前の儀式なのよ。マリエラの時代は違ったの?」
「う~ん……、貴族の令嬢のお茶会や舞踏会はそんな雰囲気だったかも? 髪型とか、もう盛り過ぎて意味不明になってたし。船の形にするとか」
「ああ、雑学系番組でそれ観たな~。すっごい重そうだった。大体あれって……馬車に乗れるの?」
「窓から盛った部分だけ突き出したらしいわよ」
想像するとすっごいシュールな光景だな、それ。
スマホをトートバッグに突っ込み、肩に掛けて玄関に向かう。その後をマリエラがするりとついて来る。
サンダルを履いて玄関を出て、鍵を掛ける。
「そういえばさっき、アンタ、何か言いかけなかった?」
「うん? え~と……」
テクテク歩いてバス停に向かい、丁度やって来たバスに乗り込む。乗客はまばらで後部座席にあっさり座れた。やっぱり暑いから人が出て来ないんだな。お盆も近いし。
……そうそう、そろそろお盆なのに地元に帰らないの? って言いかけたんだった。
『……おぼん? 裸の男性芸人が隠すのに使う……』
ヤメローッ! その知識は忘れろッ!!
……たくっ、どこで覚えたんだよ。
え~と盂蘭盆会? あの世から先祖の魂が現世に帰って来て、子孫と交流してまたあの世に戻って行く……。日本仏教の風習だが、そもそもの釈迦の教えでは『魂』の定義が私達がイメージする「生前の記憶を持つ人格のある」ものではないらしい。
じゃあ、どういうものかと説明すると……
『長くなりそうね。アンタもよく判ってなそうだし、それはいいわ』
さいですか……。
平たく言うと、魂とは動植物すべてに宿ってる「生命力」とか「生きようとする意志」になるようだ。
『あの漫画の剣の師匠の教え??』
だから、何で知ってんだよ!?
そんな訳で、釈迦の教えで行くと帰って来る先祖の魂って何なのか、私には上手く説明出来ない。そもそもこの魔女、ずっとこっちに居るが……普通に考えて、これって地縛ってると言うんじゃなかろうか??
マリエラが頬を膨らませて「失敬な!」とプンプンしてる。
『……子孫ね~。居るのかな、うちの家系?』
知らんよ。大体、マリエラってどこの国の生まれよ?
バスが駅前に着いて、降りると……暑かった。ってか、物凄~く熱い。足早に駅ビルの中に入る。死ぬかと思った。
『……日光が弱点の吸血鬼か、アンタ?』
うん、言い返す気力も出ない。
半透明のマリエラを引き連れながら、のんびり色々なお店を眺めつつ歩いていく。
「ねえねえ、あの服よくない? アンタに似合いそう」
「うん、どれ?」
指差されたのは黒のゴスロリだった。
……私に?
……マジに??
友達連中から「喪服?」とか、「コスプレ?」と言われる未来しか思い浮かばない。
軽く息を吐き、次の店に向かう。
「何でよ? 試着しようよ??」
「このクソ暑いのに黒なんか着れるか」
常識で考えろ、この魔女め。
歩いてると、男性服の店で長い銀髪を後ろで束ねた白人男性が甚平を手に取って、店員に色々質問してた。
「……え!?」
マリエラが目を真ん丸にして立ち止まる。
「どうしたの?」
「逃げましょ」
そう言うなり、顔を伏せて足早に立ち去ろうとする。いやいやアンタ、半透明だし誰にも見えんだろうが?
「いいから、アンタも」
マリエラの右手が私の手首に伸び……、
一瞬、ヒヤッとし……、
「お~、マリエラじゃないか?? こっちに来てたんだな~。久し振り~」
陽気なイケボと言うか、しっとりとした落ち着きを感じさせる声で、その白人男性がこっちに手を振る。……え?? 見えるの??
白人男性は甚平とクレカを店員に渡して清算してもらい……試着室に入った。着替えるんかい!?
すぐにカーテンが開いて、夏の海を思わす明るい藍色の甚兵衛を着た男性が出て来る。長い銀髪を背中に垂らし、片手に持った紙袋には先程まで着てた麻のジャケットとスラックスが適当に折り畳まれて入ってる。
「いや~、年々暑くなるね、日本も」
どこで買ったのか、扇子を慣れた仕草でパサッと開き、パタパタとあおぐ。「――え~と、君は?」
私に顔を向けて小首を傾げる。
「ああ、初めまして、私は……」
軽く自己紹介し、例の謎の手稿を読めたのがきっかけでマリエラに取り憑かれたと話すと、白人男性が肩を震わせて「クックッ」と笑う。
「それは災難だったね。私はサンジェルマン。マリエラからは『おじ様』と呼ばれている」
えっ??
隣でマリエラが溜息を吐いてる。
「こういう人なのよ。自分がトンデモ人物だって自覚が薄過ぎるの」
「フフッ、半透明のマリエラに言われるのは何か納得出来ないな~」
苦笑いをするサンジェルマン伯爵が歩き出す
「あの、どこへ?」
「いや、さすがにこの恰好でこの靴は変だろう? 店員さんが靴コーナーに草履があるって言ってたんで、そっちに寄ろうと」
足元を見ると、黒のビジネス・シューズだった。甚兵衛だから膝ぐらいで生地がカットされており、その下から薄く生えたすね毛の生えた足が露出していて……で、ビジネス・シューズ……。うん、変。
私が、「じゃあ、私はここで」と踵を返すと、マリエラがいい笑顔で私の正面に瞬間移動した。
「待って、私を一人にしないで!」
「いいじゃない! 数百年振りの邂逅なんでしょ? 積もる話でもして旧交を温めなさいよ。私は逃げるからさぁ」
「『逃げる』とか本音をダダ洩れさせてんじゃないわよ、この!」
だって~~。
やいのやいの言ってる私の手首をガシッと握られる。へっ??
「まあまあ、上のレストランで何か奢ってあげるからさ、一緒に行こう?」
サンジェルマン伯爵のいい笑顔……うん、逆らえない笑顔だった。
――
雪駄と草履で悩んだ末、結局、伯爵は草履を買って履き替えたのだが……うん、字面だけだと自分でも何を言ってるか訳判らん。
エスカレーターでレストラン階に登り、何だかお高そうなレストランに連れて行かれる。
「い、いや、ちょっと!? ここ、メニューボードにある値段、ゼロ多い! 私のバイト料じゃ無理ですって!!」
「大丈夫大丈夫、奢るから」
慣れた調子で店内に一歩入り、私に手招きする。
どうやら常連らしく、店員が苦笑いしながら個室に案内してくれた。
冷房の効いた一室で、中央には白い布が広げられたテーブルと椅子が三脚、壁には大きく窓ガラスが設置されていて、眺望がめっちゃ良かった。
ってか、お高そうなんですが、この部屋!?
伯爵が草履をペタペタさせながら椅子に座る。絶対、草履で入っていい部屋じゃない。
震えてる私にマリエラが「諦めなさい」と椅子へ導く。私はドナドナの牛か?
まだ苦笑いしてる店員さんに、伯爵がイチゴとメロンのかき氷を注文する。
「注文承りました。只今お持ちしますね」
店員が出て行った後、マリエラが空いてる席にちょこんと座った。店員にマリエラが見えてたと思えないから、椅子が三脚あるのは偶然だろう。さも当然のように座ってるのがムカつくが。
……はぁ。
私は溜息を吐き、諦めにも近い悟りの境地で椅子に座った。ああ、窓の外の空が綺麗だ。
ノックが響き、「お待たせしました」とドアが開いてトレイにかき氷を二つ載せた店員が入ってくる。テーブルに置いて一礼すると、静かに部屋から去って行った。よく教育された店員だ。
「おお……」
伯爵が、まるで美術館の絵画を眺めるような瞳してイチゴのかき氷を手に取る。
「おじ様、何でかき氷にうっとりしてるのよ?」
マリエラがクスクスと笑う。
「見たまえ、このイチゴの赤が氷の白に染み込んでいくグラデーションを。日本のかき氷は芸術品に匹敵するよ。ガレに見せたら、きっと新たなインスピレーションを得るに違いない」
ガレ?
……誰??
首を傾げる私にマリエラが苦笑して教えてくれる。
「アンタもとっとと開き直って、かき氷を味わいなさい。……エミール・ガレ。19世紀から20世紀にかけて活動したフランスの芸術家。『ガラス工芸の魔術師』とか『錬金術師』とまで言われた天才。アールヌーヴォーの旗手ね」
「へ、へ~……」
知らん。
やむなく私もメロンのかき氷を取り寄せ、スプーンで掬って口に運ぶ。
冷たッ!?
「しかし、相変わらずおじ様の人脈は訳判んないわ。ガレとも知り合いだったなんて……」
「北斎の絵を見せたら、あいつ、食い入るように見入っちゃってね。え~とね、『北斎漫画』?? で、パリ万博にその中の鯉のデザインをそのまま取り込んだ見事な花瓶を出したんだよ。確か、賞を貰ってたぞ、アイツ」
おいおい、マリア・テレジアに続いてまた日本土産見せびらかして歴史動かしたのか、この伯爵サマ??
「え~と……ほんとにあのサンジェルマン伯爵さん? なんですよね?? あの、伝説の??」
「伝説の、と言われると何だか照れくさいね。まあ、長く生きてる親戚のおじさん程度に思ってくれると嬉しいかな?」
「いやいやいやいやっ!? 不老不死で、錬金術師で、どっかの王族の末裔で……設定の盛り過ぎってくらい、オカルト界隈では滅茶苦茶言われてますよ?? 親戚のおじさんレベルなんぞ、秒でぶっちぎってますって!!」
「は~ははは」
私の言葉に伯爵が大笑いしてる。いや、笑われても……。
「だから諦めなさいって。こういうお人なんだから~。……私もかき氷食べてみたいな。今ほど『死んでる』ことを恨めしいと思ったことないわね」
マリエラの苦笑いに伯爵がきょとんとする。
「肉体が欲しいのかい、マリエラ? じゃあ、『受肉』する?? 私のラボにホムンクルス・ボディが余ってるからあげるよ。マリエラが肉体を持ってくれると私も色々お願いを頼めるし」
隣のクラスの友達に体操着を貸すようなノリで、とんでもないことを……。
かき氷を食べながら二人の会話に注目する。
「おじ様のお願いって、ぜ~ったい! ろくでもない事ですよね? 『綺麗な石拾って来て』とか言って、戦争やってる国の最前線に行かせるとか……。『白い花摘んで来て』って、噴火寸前で鳴動の始まってる火山の火口まで行かせるとか……」
「ハハハ、そんな非人道的な事、私がする訳ないじゃないか。精々、フルカネッリに手紙を届けるよう頼んだりとか……平和的なものばかりだよ」
「それ、頼まれた子泣いてましたよ?『フルカネッリってどこの誰よ!?』って」
……ふるか……誰??
小首を傾げる私にマリエラが肩を竦めて説明する。
「1920年代にパリで出版された二冊の錬金術本の著者。一応、本に『フルカネッリ』ってサインはあるんだけどペンネームの可能性も否定出来ないし、出版社に原稿持ち込んだのも弟子だったらしいし、正体がまったく掴めないのよ」
「あまり聞きたくないけど……それで、その手紙は結局どうなったの?」
「パリの銀杏並木で途方に暮れてたら、いつの間にか無くなってた、って」
「それ、スリ……」
唖然とする私。ところが伯爵は、あっけらかんと「ああ、ちゃんと届いたらしいよ」と言って、イチゴのかき氷を掬って口に運んだ。
「何でッ!?」
「さあ??」
貴族らしく、ゆったりした仕草でかき氷を口に運ぶ伯爵。それに対して私とマリエラは思わず顔を見合わせた。もう訳判らん。
「ってか私、フルカネッリって絶対おじ様だと思ってたんですが? 出版された本も、おじ様が仕掛けた悪戯だと」
「ハハッ、私がやるならヨーロッパ中を巻き込むさ。薔薇十字団運動みたいにさ」
「ああ、あれも迷惑極まりない悪戯だったけど……って、えっ!? あれもおじ様が仕掛けた悪戯なんですか!?」
「さあ、どうかな?」
かき氷を食べ終えた伯爵がにっこり笑う。すっごく胡散臭い。
マリエラが溜息を吐き、テーブルに両肘を突いて手を組み、その上にあごを乗せて何だか大人なポーズをする。
「で、私に何をやらせたいんですか、おじ様?」
「いや~、私の不肖の弟子がまたぞろ悪巧みしてるようでね。それを潰して欲しいんだ」
「弟子? それってまさかあの詐欺師の……」
「うん、カリオストロ」
……カリオストロ??
ルパンの敵??
小首を傾げる私をマリエラがちょっと睨む。
「私の名前、クラリスじゃないからね?」
「何で私の考えてることが判った!?」
「表情を見れば判るわよ、ばか」
……呆れるように言われてしまった。何か悔しい。悔しいからかき氷を一気に……、
「っ!? 頭にキーン来た……」
「馬鹿なの?? アンタ、ほんとに馬鹿なの??」
辛辣です、マリエラさん。
コントやってる私達に伯爵が肩を震わせて笑う。
「ハハッ……カリオストロはね、本名はジュゼッペ・バルサモと言うんだが……まあ、詐欺師だよ。シチリアの商人の子だったかな? 子供の頃から悪い奴でね~。アレッサンドロ・カリオストロって名前で上流階級に入り込んだんだ。マリー・アントワネットの首飾り事件の仕掛け人とも言われてるね」
「カリオストロ……何か意味あるんですか、その名前??」
「イタリア半島って長靴の形してるでしょ? で、古代ローマ帝国の兵士が履いてたサンダル、『カリガ』が連想されて…それプラス、南って意味の『アウストロ』…まあ、それなりにある姓よ」
マリエラの説明に、伯爵が「まあ、そうなんだが」と肩を竦める。
「単に遠縁の姓を借用しただけだよ。響き的に貴族受けしたんじゃないかな? それに日本人の君でも『バルサミコ』は知ってるだろう?」
「ああ、料理に使うバルサミコ酢の??」
「そうそう。バルサモって『香油』って意味なんだ。それだと、いかにも商人っぽい名前だから偽名を使ったんだろうね」
稀代の詐欺師の伝説が、どんどん俗なものに解体されていく……。
「で、その後、おじ様と出会い、錬金術の秘法を伝授されて……医師だか錬金術師の肩書で病人や怪我人の治療やった、と。それも無償で」
「アイツはそういう義賊めいたところがあってね。そこが面白かったんだよ。日本にも居ただろう? え~と…ねずみ……男? あ、ハ〇太郎ッ!!」
「……それアウトよ、おじ様」
正解はねずみ小僧です。ってか、何でハ〇太郎さんを知ってるの、この伯爵さま??
マリエラは、ふ~、と溜息を吐き、
「でもおじ様? カリオストロって捕まって終身刑になり、どっかの城塞に監禁されて死んだって聞いたけど??」
「ああ、毒を飲まされたらしいが、痩せても枯れても私の弟子だからね~。自分でも研究を続けてたようだし、毒系には多少の耐性が付いてたんじゃないかな? けど、丁度いい機会だしと、監視してる連中に『死んだ』ように見せかけて姿を消したらしいよ」
楽しそうに言う伯爵に、マリエラが溜息を吐く。
「看守、ちゃんと仕事しなさいよ、まったく……」
「うん、それには激しく同意なんだが、問題は奴が何を企んでるかなんだよねぇ。それも日本で……胡散臭いよねぇ」
設定山盛りの伯爵に「胡散臭い」と言われる詐欺師か……。
マリエラが小首を傾げて唸る。
「う~ん……確かに怪しい臭いがプンプンしますが、おじ様が直接捕まえに行けばいいじゃない? 何でそうしないの??」
「今は隠居みたいなもんでね。……ほら、世界宗教の教祖さま二人が立川のアパートで人間生活を楽しむ漫画があったじゃない? あんな感じ。私が動くと、サポートしてくれてる組織に迷惑かかっちゃう可能性あってね……」
組織? 今、さりげにトンデモワードを口にしなかったか??
あの~……と、おずおず右手を挙げる。
「うん? 何だい??」
「な、何ですか、その『組織』って? 都市伝説にある謎の秘密結社みたいなやつですか?? フリーメーソンとか……」
「そんな大層なもんじゃないよ。文明が誕生してから現代までの長い歴史、たま~に『異才』って言うのかな、規格外の奴が生まれてくるじゃない? ダ・ヴィンチとかニュートンとか」
「ふむふむ?」
「そういう奴がこの世界で生きるには、昔、ある出版社の社長が言い放ったように『世間の常識を自分に合わせる』か、『自分の才を世間に合わせる』か、二つに一つなんだよ。日本人の君にイメージしやすいのは……そうだな~、ほら、戦国時代に織田信長って天才が居たじゃない? 彼なんか天下統一を目指して『現況の戦国ってルールを変えた』好例だね」
……ほへ~。
「後者の『自分の才を世間に合わせる』は、まあ、才能をデチューンするって事で世間に埋没しちゃうから名前は残らないけどね。ほら、よく言うじゃない? 『十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人』って」
だから何で知ってる!? それ、元ネタは……あれ、誰だっけ??
「芥川だね」
……外国人に芥川龍之介を教えられてしまったよ。
伯爵さまが落ち込む私に、まあまあ。と慰める。
「話がずれちゃったけど、そういう異才の持つ発想とか発見した知識を歴史の闇に埋没させないよう、蓄積してる組織があってね。欧州なんてそうでもしないと年中どこかで戦争やってたからさ、簡単に失われちゃうんだよ。オリハルコンの合成比率とか」
マジか……。
何か、最後にまたトンデモワードが出たような気もするが、もう疲れたのでスルーしよう。
「その点、日本はやっぱりいいね。伝承とかの隙間にさりげなくそういうのを残してる。お正月に飲む『お屠蘇』なんて、何故『屠る』なんて物騒な漢字が含まれてるのか、大半の日本人は知らない。でも、縁起物として残ってる」
「はあ……」
私は一体、何を聞かされてるのだろう?
「それを真似て儀式やマークの中に暗号を忍ばせるよう、昔、フリーメーソンに指導した事があってね……」
「はいッ!?」
今、何て言った??
マリエラが首を左右に振る。「……スルーしなさい、スルー」
……はい。
あ~、とマリエラは天井を向いて息を吐き、
「もうっ! おじ様ッ!! この子を『こっちの世界』に引っ張り込もうとしてるでしょう!? さっきから好奇心をくすぐるような話ばかりッ!!」
「そうかな? 世間話だよ、ほら……『信じるか、信じないかは貴方次第』ってよく言うじゃないか??」
へらへらと笑う伯爵さまにマリエラが呆れ顔を浮かべる。
「それ言っとけば何でも許されるって訳じゃないのよ、まったく……。判りました。後でおじ様のラボに顔を出します。でも、依頼を受けるかは詳細を聞いてからね」
「ずいぶんとこの子を気に入ったみたいだね~、マリエラ」
「せっかく出来た『生きている友達』ですもの。大事にしたいわ」
マリエラ~……。
嬉しい言葉に思わず椅子を移動させて抱き締めようとしたが、手が空を切ったようにマリエラの半透明な肢体をすり抜けてしまう。
「……何やってるのよ、何を」
「ああ、そうだった。マリエラは霊体だった……」
しゅん、として椅子を元の位置に戻して座り直す私。
「おお! それがかの有名な『てぇてぇ』だね!」
伯爵さまが身を乗り出して喜色を浮かべてるが、ほんと、何でネットスラングまで知ってるんだ、この人?
「おじ様、日本のオタク文化に染まり過ぎ!『伝説の錬金術師』ってフレーズにロマンを抱いてる世の人達に謝って!!」
「え? ……あ、ああ、何だかよく判らないが……ごめんなさい」
伯爵さまもしゅんと肩を竦めて椅子に座り直す。
少女の霊に説教される生きてる人間二人……。しかも、そのうちの一人は不老不死。
今、店員さんが入って来たら、どんな光景に見えるんだろう、これ。
は~、とマリエラが何だか悩まし気な溜息を吐く。
「二人とも食べ終わったようだし、帰りましょう」
そうだね~。何か、ツッコミばかりで学校の授業より疲れた気がするし。
伯爵さまがブラックカードで会計を済まし、店の外に出る。カードを見た店員が一瞬、ビクッとなったのが印象的だった。
時計はもう夕方の筈だが、夏だから日は高いままでやっぱ暑い。暑過ぎる。…もう、店内に戻りたくなった。
「あ、私はこのままおじ様のラボに行ってみるから、あんたは先に帰ってて」
「ふ~ん、りょ~」
……その日、マリエラは帰って来なかった。




