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僕の悲劇

作者: マリン富田
掲載日:2026/03/01

1

その街はターミナル駅を挟んで西側は高層ビルの立ち並ぶ彼女が働くオフィス街、東側はデパート・飲み屋・映画館などの施設が広がる歓楽街と、2つの全く異なる顔を持つ街だった。

彼女が僕を連れていったのは、その東側の線路ガード下に連なるショップの1つでアメリカンテイストの水着屋さんだった。彼女に続いて僕も店の中に入ろうとすると、アロハにバミューダスタイルのお兄ちゃん店員がとうせんぼをして、

「すみません、女性専用のお店で、試着もするので男性にはご遠慮いただいてます」

とほくそ笑みながら言う。

僕は彼女の試着を見てみたかったし、

(今どきこんな店あるのかよ)

と思ったけれど、ここで文句を言っても彼女にも迷惑だろうと思って仕方なくまだ陽射しの残る店の外の細い通りで1人彼女の買い物を待つことにした。

20分ほどして彼女が商品袋とレシートを両手に持って出てきた。

「白だから透けそうでインナーも買っちゃった。このブランドタグが邪魔なんだけど取っちゃえばいいね」

と言って袋から取り出した白い水着の裾についた小さな長方形のバッジを指でいじった。

インナーは別会計で自分で払ったと言うので、

「一緒に買ってよかったのに」

と僕が言っても水着代以外は受け取らなかった。そう、今日は8月になったら海に行く約束をして、ギャル風の水着しか持ってなくて恥ずかしいという彼女に、

「新しい水着を買ってあげるよ」

と言って待ち合わせ場所の南口からこっちの東側まで回ってきたのだった。

(随分律儀だな)

と思ったが悪い気はしなかった。

今から思えば、この時に海に行く日にちも決めて旅行代理店にでも寄って宿泊予約を取ってしまえば良かったんだ。

その後、僕たちは角の天ぷら屋で食事をした後、裏通りにあったお洒落なコンクリート壁のショットバーで1杯飲みながら2時間ほどおしゃべりをして過ごし、いつものように彼女の乗る電車の駅ホームまで見送っておやすみのキスをして別れた。


2

それから1週間ちょい、仕事が結構忙しかったこともあって海の旅行計画も立てないまま彼女に連絡を取っていなかったのだけれど、金曜の夜に彼女から電話がかかってきた。てっきり、旅行の件の催促かと思って、

(まずいな)

と身構えて電話に出たら、

「明日テニスやろう」

とのお誘いだった。彼女からのお誘いというのは営業用チケットの野球観戦に続いて2度目だったから、

(積極的になってきたな)

と内心嬉しく思いながら、

「いいよ。明日は僕の誕生日なんだ」

と答えた。彼女に僕の誕生日を教えたことはなかったけれど、彼女は生命保険会社の若い女性だけのチームの営業レディーで、何ヵ月か前に頼まれて生命保険に入ってあげたから、その時の契約情報で僕の誕生日を知っていて誘ったのかもしれないな、と考えた。いずれにせよ彼女は僕の誕生日を初めて知った体で、

「そうなんだ。じゃあ誕生日プレゼントあげなきゃね」

と言うので、本当に知らなかったのなら急に明日までにプレゼントを用意するのも大変だろうと思って、

「いいよ、モノは要らないよ」

と意味深な返事をして様子を伺った。返事の間が何となく彼女が僕の要望を察したようだったので、

「じゃあ、明日10時頃車で迎えに行って、家の近くに着いたら連絡するよ」

「わかった」

と話がまとまった。彼女は郊外の実家に住んでいて、車で1時間ほどもかかるのだけれど、その方が彼女が会員になっているテニスクラブに行くにも便利だし、何より近くの環状国道沿いならホテルがいくらでもあるだろうと考えたからだった。

もうシーズンを迎えている海への旅行計画が未定なことも気になったけれど、そっちも最大の目的は同じで、明日それが達成できるのならそっちの方が早いし、旅行はその後またすぐ計画すればいいだけだと思ってそれほど気にかけることもなかった。


3

翌日僕は2シーターの白い自分のスポーツカーに乗って放射状の国道から環状国道に入り、そこをひたすら走って彼女の家へ向かった。道路沿いには思った通りホテルがいくつも並んでいた。

彼女を車で迎えに行くのは数度目だったけれど、親に見られたくないというのと家の前の道がすごく狭いからというので、彼女が歩いて出られる環状線から折れたところあたりで電話するのが恒例だった。

「着いたよ。遅れちゃってごめん。道が結構混んでてさ」

「わかった。今行くね!」

車通りは少ないけれど幅はそれなりに広い道路端に車を停めて、向かいはガソリンスタンド、後ろは畑の陽光溢れる路端に出てアリが巣の周りを忙しく歩き回っているのを眺めながら彼女を待った。

しばらくすると畑の向こうの細道を折れて彼女がやってきた。

2人で車に乗り込むと、彼女の案内で途中母校の小学校を通り過ぎたりハーフの同級生の男の子との思い出話を聞いたりしながら目的のテニスクラブへ向かった。

到着すると、先ずは1時間ほどテニスで汗を流し、その後はクラブに併設されていたボウリングやビリヤードに興じた。ビリヤードは少し前にロンドン帰りの僕の友達と3人で会った時に彼女が初めて経験したゲームだった。

テニスもボウリングもビリヤードもそれなりに楽しかったけれど、どれも2度目以上で、僕はデートはできるだけ新しいことにチャレンジしたいタイプの人間だったから、意識は今日の一番の目的の方に飛んでいた。彼女とは湖畔のテニス旅行で既に一夜過ごしていたけれど、ちょっと中途半端だったので今度はゆっくり楽しみたいと思っていたのだ。

そんな感じで遊んでいるうちに日も暮れてきてお腹も空いてきたので、彼女の馴染みのファミリーレストランに向かった。店に入って席に着くと、僕はミックスフライ、彼女はハンバーグを頼んだ。僕は食べながら彼女の瞳をうっとりと眺めていた。彼女は照れくさそうに視線を外しながらも笑顔で、僕の望みは了解済みのようだった。

食事が終わると、僕が伝票を取って先に席を立ち、レジに向かった。


4

レジで支払いをしていると、彼女が横のカウンターで店員と話をしているのが横目に入った。ショートケーキを買っているところだった。支払いを終えて商品袋を受け取る彼女の横に行って、

「ケーキ買ったんだ」

と言うと、

「うん、親にね!」

と彼女。僕は誕生日だったから、「どこかで一緒に食べようと思って」とかの返事を妄想したのだが、見事に打ち砕かれてしまった。

(ケーキをお土産に買う→早めに家に帰りたい)

というありきたりな方程式が当然のごとく頭に浮かんだ。この些細な出来事が悲劇のそもそもの始まりだった。

店を出ると、僕は気を利かせて、

「それじゃ、帰ろうか」

と自分の今日の目的を諦めて言葉をかけると、彼女は晴れ晴れとした笑顔で元気よく、

「うん!」

と答えた。僕は予定を変更して、

(じゃあ、どこか適当なところで車を停めて、キスとお触りくらいで我慢しよう。雰囲気盛り上がればそこからホテルという展開もあるかもしれないし)

と無理やり自分を納得させながら2人で車に乗り込んだ。夜道をヘッドライトで照らして発車すると、彼女がさらにテンションを高めて、

「そこ左!」「次また左!」

とテキパキ指示してきて途中で車を止める暇を与えない。

「タクシーみたいね」

と僕がつぶやいて最後の左折で細道に入ると後ろから車が続いてきた。彼女が、

「ココ!」

というので車を止めると、追い越しなどとてもできない細道だったから、僕は後で発車を待つ車が気が気でならなかった。横を見ると彼女は何かを待つように座席にうずくまっていた。

「何してるの、早く降りてよ」

彼女がハッとしたように起き上がったので、僕は後に置いてあったお土産袋を取って、

「はい、ケーキ」

と渡して彼女を降ろし、後ろの車に追い立てられるようにすぐに発車して落胆の家路についた。


5

次の日の日曜は、欲求不満の疲れがたまってしまって1日ベッドでごろごろしたり、近所で食事したりして過ごしていたのだけれど、夜になって彼女が電話をかけてきた。

「昨日は楽しかったね。随分いろいろなことやったんだね、って言われた」

どうやら友達と昨日のことを電話で話したらしい。

「そうだね」

と愛想返事をすると、しばらく間をおいて、まるで逆の言葉だったのだけれど、

「何もしなかったね」

どうやら、僕の誕生日に無形のお祝いをしなかったことが後ろめたかったに違いない。

意味は明白だったので、僕は恥じらいなく、

「もっといっぱいHしようよ!」

と、ストレートに(原因はキミにある!)という主張を込めて答えると、彼女も照れなく間髪を置かずに、

「いいよ」

と素直に同調してくれた。まあ、彼女も(何もしなかったあんたが悪いんじゃん!)と思ってたかもしれないけれど、どう考えても、

(親へのお土産ケーキを買い、「帰ろうか」に元気に「うん!」と返事し、途中で車を停める余裕も与えずタクシーの乗客のように矢継ぎ早にドライバーの僕に指示を出し、ゆっくり停車もできない細道に追い込んだキミの行動コミュニケーション能力に問題あり、というものだろう)

元気な返事も矢継ぎ早の指示も照れ、着いた後の席へのうずくまりも僕のアクションを待ってるサインだった、としてもだ。

まあ、後ろから車がピッタリついてきたのをはじめ、とにかく運とタイミングが悪かった。何か1つでも違っていれば2人の関係も予定通り順当に深まっていたに違いない。

でもこの電話で彼女の気持ちも確認できたし、次の海の旅行が楽しみになったことに満足して話を終えてしまった。

今になって思えば、そこで次のデートの約束をしなかったのが大きな手落ちだった。喜んだり、安心したり、人間万事塞翁が馬、これも悲劇の原因になってしまった。


6

翌日の朝、また彼女から電話があった。朝の電話というのは初めで、何か急用かなと思って電話に出て、

「なに?」

と聞くと、少し口ごもってから、

「昨日言ったことなんだけど」

と、ちょっと言い難そうに話し始めて言葉を切った。

(う〜ん?)

僕は考え込み、海の旅行の件じゃないようだな、と昨日の会話を思い起こすと、

(ああ、あのことか)

と思い当たり、

「あー、そうだよね。〝いっぱい〟なんてね」

と、彼女が言い難そうにしていることを思い計って慌ててちょっとヘンテコな返事をしてしまう。彼女が黙っているので、それを伝えるだけが電話の用件とも思えなかったので、

「で、何よ?」

と続けると、

「テニスやろ」

と言葉を絞り出す。

(おいおい、Hは敬遠でテニスかよ)

僕の方はテニスはそんなに好きでなかったし、デートでは何か新しい刺激を求めていたから、

「それじゃあ、お互い友だち誘って4人でやらない?」

と提案してみた。彼女は特に乗り気という感じでもなかったけれど、

「いいよ」

と答える。

その後、少しおしゃべりして電話を切ったのだけれど、その瞬間、

(あれ?こんなこと言うためにわざわざ朝に電話するかな?なんとなく反応も変だったし。もしかして友だちの情報かなにかで〝どこそこの話題のホテルで〟とか逆にHのデートに誘うつもりだったんじゃないのかな?だったら僕の勘違いをすぐに否定してくれればよかったのに)

と自分勝手な解釈が頭に浮かんだが、時すでに遅しで、そんな確認電話をし直すのも変だし、

(まあ、グループテニスはさっさと済ませて、早く海の旅行計画を進めなくちゃ)

と自分に言い聞かせて出社の準備を始めた。


7

僕は彼女の連れてくる友だちが相応の美女と勝手に想像して、会社のテニス好きのちょっとイケメン後輩に声をかけて参加してもらうことにした。

数日後、会社で仕事をしている時に彼女から、

「今度のテニスだけど、友だちいなくてまだ一緒にやる子、決まってないんだ」

というメッセージが届いた。

「えー、僕の方はもう頼んじゃったよ」

と返信すると、

「じゃあ、もう一度探してみる」

と彼女。今考えると、話がおかしな方向に進んでしまったと思って、僕が「それじゃあ、止めとこうか?」と言ってくれるのを期待していたのかもしれない。

そんなことでグループテニスの予定は1週間も先延ばしになってしまい、僕は海のシーズンが終わってしまうことを心配し始めた。そしてようやく決まった日曜日の前日には、友だちに誘われるまま日帰りの海水浴に出掛けていい色に日焼けしてしまった。これも今考えれば実にタイミングが悪かった。

そして当日、僕の後輩と彼女の友だちには各々自分の車で現地集合してもらい、僕と彼女は僕の車でテニスクラブに向かった。車の中では、最初に挨拶して僕を一瞥した後はなぜか彼女は僕と視線を合わせない。そのままテニスクラブ付近まで来たのだが、どうしてか最後の交差点をど忘れしてしまったらしく、

「あれ、ここだっけ?」

と言うので、僕は曖昧な記憶で、

「いや、もうちょっと先だったんじゃないの?」

と次の交差点で曲がってみる。すると僕の勘は間違っていて、一つ前の交差点が正解だった。すると彼女が突然大きな声で、

「なんでいつもあたしが思ったようにしてくれないの?!」

と怒ったので、僕はびっくりして握ったハンドルが左右に振れてしまった。今度はこれに彼女はハッとしてちょっと気まずそうな表情を見せた。

実は彼女の怒って発した言葉は、あまりにもびっくりしてしまったので正確には聞き取れていない。ただ「いつも」というところだけははっきり聞こえていて、それが僕への前からの彼女の評価なのかと思って衝撃を受けてしまったのだ。


8

車を駐車場に停めると、彼女はさっさと降りてクラブハウスに続く道を歩いて行く。門のところで先に着いていた後輩と落ち合い、その先で彼女の友だちと出会う。ルックスがちょっと残念だったので彼女たちの後を歩く僕は隣の後輩に、

「ごめんね」

と耳打ちしたが、もしかしたら聞こえてしまったのかもしれない。彼女がちらっとこちらを振り返ったような気がした。

ウェアに着替えると、男同士、女同士でチームを組んで打ち合いを開始。彼女も友だちも大して上手くなかったから、ひょろーんひょろーんと弱々しい球を打ち返してくる。だんだんそれに合わせる後輩のことも気の毒になってきて、僕は冗談半分で彼女の友だちの方へ、

「ピシッ」

と声を上げながら少し強めの打球を打ち込んだ。

彼女の友だちが、これまたふざけ半分で、

「きゃー」

と言って飛び退くやいなや、

「女の子にそんな強い球打たないで!」

と彼女が真っ赤になって叫び、僕も他のみんなも驚いて静まり返ってしまった。後輩は困った風に僕の方を見るし、一瞬その場の雰囲気は気まずくなったけれど、その後も打ち合いを小1時間ほど続けてプレイは終了、一旦テラスの丸テーブルを4人で囲った。

彼女の友だちは元は彼女と同じ会社の同期で、今は証券会社に勤めているというので、トレードもしている僕はその友だちに月1回出しているとうレポートの最新版を送ってくれるように頼んだ。

それからコート使用料の支払いの段になって、いつもの彼女とのデートなら全部僕が払っていたのだけれど、後輩を気遣って全員割り勘で払うことにした。彼女は当然男側で全部払ってくれるものと思っていたのか、不機嫌な表情に見えた。

支払いと着替えを済ませ、さあどこかみんなで食事でもとテラスに戻ってみると、彼女と友達はすでにテラスの丸テーブルに戻っていて、2人で熱心に話し込んでいる。そして僕たちの戻ってきた気配を察すると、こっちも見ずに肘をついた手でバイバイと手を振り、

「彼女の車で送ってもらうからいい。電話する」

と、ここでサヨナラ。僕と後輩は向き合ってヤレヤレのポーズと苦笑いでその日はあっけなく散開となった。


9

家に帰り、食事や他の用も済ませて夜になると、今日の彼女の態度や行動の理由、僕への怒りの理由を訴えてくるものと電話を待った。当然、

(そんなの不当だよ)

と反論する準備も自信もあった。でも、結局その日は彼女から電話はかかって来なかった。

次の日の夜、依然として彼女から連絡が無かったので、しびれを切らせて僕から電話をかけた。

「電話するって言ったじゃない」

僕は彼女に文句を言うことは滅多に無かった。ちょっと語気を強めにそう言うと、

「ごめん」

ぽつりと小さな声で返事。その後、彼女は「電話する」と言った時に話そうとしていたであろうことを話すこともなく黙っていたので、僕は、

「今度いつ会える?」

と聞く。本当はシーズンも終わりかけてしまっていたし、海への旅行の件を話したかったけれど、そんな雰囲気でもなっかったので、とにかく早く2人で会いたいと思ったのだ。本当はゆっくり話せたり、場合によってはそのまま海に出かけることもできそうな「次の土日」とかの返答を期待してのだが、予定があったのかどうかは知らないが、

「今度の水曜」

という返事。

(確か水曜日が彼女の会社の定時退社日だったな)

と少し納得して、僕は電話でこれ以上話すより、実際に顔を合わせてグループテニスの時の彼女の態度や海への旅行についても話したいと思ったので、

「とりあえず、それでいいや」

と言って、その後待ち合わせ場所と時間を確認して電話を切った。

それから数日、仕事も相変わらず忙しく、なんとなく浮かない気分で過ごしたが、また海友だちからお誘いがあって、日曜日に数人で近くのビーチに出かけた。終日サーフィンやビーチバレーで遊んで過ごし、気分も晴れて楽しい1日になったが、おかげで肌は真っ黒に焼けてしまった。

これも今思えば、先日の彼女の怒りの原因が僕の日焼けだったとすれば、まさに怒りをさらに助長する軽率な行為だった。

そんな休日が過ぎて、彼女との約束の水曜日がやってきた。


10

僕は彼女を待たせたりすることはなく、いつも待ち合わせ時間の5分前くらいには着くようにしていたのだが、その日に限って会社を出るのが少し遅れたり電車の乗り継ぎがギリギリ運が悪かったりして、5分ほど遅刻してしまった。

逆に彼女は珍しく早く着いていて、僕を見つけて手を振った。でも僕が真っ黒に日焼けしているのに気づいて少し驚いているようでもあった。

僕は今日はとにかく彼女と会って話してお互いに誤解があればそれを解いて、早く仲直りをして元の2人に戻って海の計画を一緒に立てたい、という思いだけだったので、その前に何をしようとも考えていなかったのだけれど、彼女が、

「ボウリングやろ」

と言うので、特にボウリングが好きでもないし、一緒に何回かやっていて新鮮さもなかったけれど、彼女の後について待ち合わせの南口から歓楽街の東口に回った。

ボウリングを始めると、僕はとりあえず余計な考えは頭から消え去って、大人気なくカッコいい投球をして勝負に勝ちたい、という気になった。でも、点数を上げようとすると、かえって投球フォームは不恰好になってしまう。

結局勝負はほぼイーブンで終わり、僕が支払いをする間、彼女はトイレに入っていった。

僕がレーンの後ろのソファーに座ってスマホをいじっていると、彼女がちょっと浮かない表情で戻ってきた。

ゲームセンターを出て、僕は、

(さあ、どこで彼女と話そうか)

と食事場所について考えていると、彼女はスタスタと僕の前を早足で歩いていってしまう。僕はそんな彼女に追いついて、

「この前、一緒に撮った写真、間違って消しちゃったんだ」

彼女の写真は結構たくさん撮って彼女にも送っていたけれど、2人が一緒に写った初めての写真だった。彼女は突然、

「あたし、帰る」

と言って彼女の乗る電車の駅方向に一層スピードを上げて歩いていく。僕は予定が狂って、

(やっぱりダメなんだ)

と愕然として、

「じゃあ、僕もこっちから帰る」

と言って、彼女の後ろ姿から視線を外して自分の電車の駅の方へ歩き出した。いつもは彼女の駅まで送って行くのだけれど。


11

僕はこれで彼女とは完全に終わったと思って、連絡を取る気もなく日々を送っていたのだけれど、〝女心と秋の空〟ということわざもあるし、後悔の無いよう最後のトライをしようと思って、ボウリングからちょうど2週間後になってダメもとの電話をしてみることにした。話す内容は一考して、彼女は海への旅行を楽しみにしていたのに僕が1人で日焼けしていたのが気に食わなかっただけかもしれない、と都合の良い解釈をして、少しシーズンには早かったけれど以前に話したこともあったスキー旅行に誘ってみることにした。電話をかけて彼女が出ると、あいさつもそこそこに、

「今度スキー行かない?」

とストレートに用件を伝えた。僕は彼女のように曖昧な言葉で相手の様子を伺ったりはしない。

彼女は、

「考えちゃうな」

との返事。

(何も変わっちゃいない。やっぱりダメだ)

もともと期待もしていなかったから大きなショックもなかったけれど、目的は最終確認だったから、さらにストレートに、

(僕たちもう終わり?)

と聞こうと思ったが、そもそも彼女に僕と付き合っている意識が無かったら随分的外れな聞き方になってしまうと思って、

「彼できちゃったの?」

と間接的な表現で質問してみた。

「うん、色々あって。会社も辞めて新しいところに行くことになったし」

と彼女ははぐらかすような返事をしてきた。

「どこ行くの?」

と、ごく普通の反応をすると、

「また遠いところよ」

と、期待した会社名ではなくまたもやズレた回答が明るい声で返ってきた。僕はこの言葉で完全に萎えてしまった。

(彼女は次の勤め先も僕に教えたくないんだ)

僕は、

「う〜ん」

と低く唸った後、これでとうとう諦めがついて、

「それじゃあ」

と言って電話を切ろうとすると、彼女から、

「じゃあまたね」

と想定外のフレーズ。僕は、

「え?!」

と苦笑い交じりの反応を返してから、もう一度、

「それじゃあ」

と繰り返して電話を切った。


12

電話を切って、彼女とはもう2度と会うことはないと思うと、猛烈な息苦しさが僕を襲った。それが少し収まると、事務作業的に彼女との関係で整理必要なことがないか思い巡らせ、保険契約があったことを思い出し、もう一度電話をかけた。

彼女は、彼女の方からも僕に電話しようとでもしていたかのようにすぐに電話に出て、

「もしもし!」

と明るく元気に応答したが、僕が、

「保険やめたいんだけど、どうすればいい?」

と聞くなり、突然咳き込んで言葉を発することができなくなってしまった。僕が気を利かせて、

「風邪ひいちゃったの?」

と言うと、いつものように、

「ちょっとね」

と話を合わせてくる。

「頼まれたから入っただけで、全然やる気ないからさ。辞めちゃったんだからもういいでしょ?」

と言うと、しばらくの沈黙の後に、小さな声で、

「払わなければいいだけ」

ずいぶん不親切でぶっきらぼうな答えに、

「わかった」

とだけ言って電話を切った。

翌日、会社で総務の女の子に解約をお願いすると、2つ返事で手続きをしてくれた。

それから1ヵ月以上経って、彼女のことも忘れかけていた頃、突然電話がかかってきた。

「もしもし」

の後、口ごもっていたので、

「お久しぶり。なに?」

ほんの少だけ復縁希望の言葉を期待して聞くと、

「保険、どうした?」

と聞くので、

「言われたようにしたよ。給料から引き落とされなくなったから大丈夫だと思うよ」

と答えたが、彼女の、

「ハンコ押した?」

の言葉と重なってしまう。しばらくの沈黙の後、

「忘れた」

と答えると、それで踏ん切りがついたのか、

「それじゃあ、お仕事頑張ってください」

「そっちこそ、新しいところで頑張ってください」

と僕。その言葉でテンションが上がったのか、

「じゃあね!バイバイ!」

という思わず電話を耳から遠ざけてしまうような彼女の大きな声。あんなに仲良かったのに、お別れ会も挨拶もない僕たちの永遠の別れ、僕の悲劇が完結した。

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