第八話 再会
帰りの途中で仮眠をとってから、『アルフ』へ戻って来た。
この街に着いてから碌でもない事に立て続けに会ったから、少し神経質なほど、警戒してしまったのかもしれない。
朝一でギルドに入り、受付に真っ直ぐ向かった。
「どのようなご用件でしょうか」
「野盗の討伐の件だけど」
「申し訳ございません。
まだ討伐隊の結成は…」
「いや、昨夜討伐したのでその報告に」
僕の言葉に丁寧な対応をしていた受付嬢が言葉に詰まる。
「あ、あの、冗談ですよね。
私供も、冗談に付き合ってる暇は無いんですが…」
人間、余りにも信じられない事は嘘や冗談で済まそうとする。
「いや、本当よ」
そう言って僕は詳細な説明に入る。
野盗のアジトになっている洞窟の詳細な場所や野盗の数などを地図も用いて説明する。
出鱈目にしては具体的過ぎる説明に受付嬢の表情も変わって来た。
「少しお待ちください。
ギルドマスターに話をしますので」
そう言って受付嬢が奥に行くと、直ぐに男を連れて戻って来た。
この男がギルドマスターなのだろう。
「おい、え~と、フィーナだったか。
話は分かった。
だが金は少し待ってくれ」
ギルドマスターの言葉に僕が顔をあからさまに顰める。
「綺麗な顔を歪めて、そんな表情をしないでくれ。
疑ってるわけじゃ…、否、疑ってるのもあるか。
フィーナの言葉が本当か、確かめないで払える訳がないだろう」
確かに考えれば直ぐに解る事で、ギルドマスターの言葉は尤もだ。
「フィーナの報告のあった洞窟にギルドの職員を今日にでも派遣する。
その報告を聞いて、判断して、決済をするから、
まあ、3日って所だな」
ただ僕はこの街にいい想いを持ってないんだよな~。
体調崩すし、宿屋で寝込みを襲われるし、宿屋もグルだし、野盗に尾行されるし。
直ぐにでもお金を貰ってこの街を発ちたい気分なんだけど。
「いくら睨んでも結果は変わらんぜ。
まあ、詫び代わりって訳じゃないが、興味深い情報を渡そう」
今の僕は色々な情報を求めている。
聞いてみる価値はあるかも知れない。
「その情報って?」
「落ち着け。
話す前に、ちょっと両手を上に挙げて貰えるか?」
「え、こう?」
僕は素直に両手を万歳の状態に挙げた。
すると
”ムニュ”
「へ?」
ギルドマスターの両手が僕の両胸を鷲掴みにした。
”ムニュ、ムニュ”
更に柔らかさを確認するかのように揉みだした。
「きゃー!」
僕は予想だにしなかったギルドマスターの行動に呆気に取られてしまったが、直ぐに我を取り戻して右のストレートを顔面に叩き込んだ。
その際に女性の様な悲鳴を上げたのはご愛敬。
もうやだ、この街。
顔面の中心、鼻の頭に僕の懇親のパンチを叩き込まれたギルドマスターは後ろに吹っ飛んだ。
「な、な、なにを...」
胸を隠す様に抱き締めながら睨みつける僕の姿は恥じらう女性そのものだったかも知れない。
しかし胸を男に揉まれるやるせなさや、気持ち悪さ、なにより恥ずかしさは、前世が男の僕であっても変わらない。
僕は腰から双剣を抜いて構える。
「遺言を伝える時間だけはあげる」
然るべき報いを受けろ!
「ま、待て、興味深い情報を出すと云っただろ!
その前にフィーナの性別を確かめたかったんだ」
最低の確かめ方だとは思うが、内容が気になる。
「で、内容は何なの?
つまらない内容なら...!」
「フィーナに直接関係はないかも知れんが、
昨日の午後、ギルドに妙な奴がやって来たんだ。
そいつらは
”詳細は言えないが、十五歳位の少年の新人冒険者を探している”
と、心当たりを尋ねてきやがった」
十五歳位なら僕に当てはまるが、”少年”?
ただ僕の姿は傍目には少年に見える服装をしている。まあ、顔や体つきを見れば女性にしか見えないが。
ギルドマスターに目で続きを促すと
「こっちは心当たりはねえって答えたよ。
ただそんな年の新人冒険者なんて限られるからな。
フィーナが実は男で女装している可能性もあるかと思って…」
「胸を揉んだと」
最後は自分で言ったのだが、怒りがぶり返してきて、やっぱりギルドマスターを斬りたくなる。
しかし少年を探している、か。
無理やり僕と関連付けるなら、追手が僕が男に扮装して逃げている可能性を考慮したとか...。
一番良いのはそいつに聞く事、ではなく、そいつと遭遇しない事。
遭遇しなければ、僕に関係あろうとなかろうとなんの問題もない。
それならギルドマスターにそいつの容姿等の情報を聞き出す必要がある。
「それでそいつは今どこに?」
と尋ねた。
「どこに、って言うならフィーナの後ろに...」
そのギルドマスターの言葉の途中で
”ムニュ、ムニュ~~”
と、私の胸が背後から揉まれた。
おまけに首筋にぬるっとした生暖かい感触がして、それが上下に動いている。
「くっ!」
その感覚と後ろの存在を振り払うように体ごと腕を振り回した。
そして僕の後ろにいたのは
「師匠!?」
「久しぶりね」
振り返った僕の目に入ったのは美しい銀髪の美女『アリシア=ベルツ』。僕の双剣術、体術の師匠だ。
「お久ぶりです、師匠。
それはそれとして、いきなり胸を揉まないで下さい!
それと首筋や項を舐めないで下さい!」
師匠は元々平民の冒険者だったが功績が認められ、準男爵の爵位を得た人物だ。
だから僕の師匠としてはうってつけの人物だったのだが、とんでもない性癖を持っていた。
それは女性のくせに、やたらと僕の体を弄ぼうとする事だ。
「え~、少しくらい良いじゃない」
「師匠の少しは少しで終わらないじゃないですか!」
「仕方ないな~。
それじゃ、断ってから揉んだり舐めたりするわよ」
「断ってからでも、ダメです!
まったく、『セクハラ』しないって発想が無いんだから…」
こんな人を喰ったような性格の人物だが、指導力は優れており、また場を弁える事だけはしていた。
だから鍛錬中にこういった行動をする事は無いのだが、鍛錬後にね…。
僕と師匠は話をする為に個室へと移っていた。
ギルドの応接室だが、ギルドマスターが先程僕の胸を揉んだ詫びとして貸してくれた上にお茶まで出して二人きりにしてくれた。
「それで師匠、どうして『アレフ』へ?」
「それは勿論、貴方の父親アルヴィース伯爵の依頼よ。
”フィリシアを連れ戻せ”って」
それを聞いて僕は即座に立ち上がって間合いを取る。
師匠は僕よりも確実に腕が立つ。しかも冒険者の経験が長いので機転も利く。
唯一僕が勝っているのは身軽さだけだ。
戦うのも逃げるのも困難な相手だが、このまま連れ戻される訳にはいかない。
そんな僕の考えを他所に師匠は動こうとしない。
「おちつきなさい。
確かに依頼はされたわよ。
でも正式に受けてはいない」
「え…」
これには僕が驚いた。
師匠は僕にとっては良い師匠だったが、やはりお金で雇われていた。だから今回もお金を積まれれば依頼を受けるだろうと思っていた。
「父が報酬を渋ったのですか?」
「まさか。
私が過去に受けたどの依頼よりも高額な依頼料を提示して来たわ」
「それなら何故?」
「それは簡単。
私はお金よりも貴方の方が気に入っているのよ」
「へ?」
「そもそも私が貴方の武術の師匠になったのも報酬が目的じゃなかったわよ。
あの頃はまだ蕾だったけど、直ぐに美しく、魅力的になる、
フィリシアは私にそう思わせたからよ。
そして貴方は私の期待通りに美しく、想像以上に魅力的に成長してくれた。
ああ、フィリシアの成長を五感で確かめられたあの至福の日々...」
恍惚の表情で語る師匠に呆れた、実に呆れた、心底呆れた。
そして僕も考えるべきだった。師匠はこういう人だったって。
「あ、あの~、そろそろ正気に戻ってくれませんか?」
「あ、ごめんなさい。
本題に戻るわ」
ここで師匠の表情が真面目な物に変わる。
「立ちなさい、フィリシア。
貴方の腕がどの程度か、確認して上げる。
それによって、私がアルヴィース伯爵の依頼を受けるか否か、
決める事にするわ」
僕と師匠は今度はギルドの裏庭にある鍛錬所へと移動した。
「師匠、私の腕によって父の依頼を受けるかどうか決めるって…」
僕にはいまいち師匠の言葉に納得出来ない。
僕の腕前と連れ戻す依頼にどんな関係があるのだろう。
「私がフィリシアを最後に見たのは半年前。
その時から貴方が私の想像通りに強くなっていれば良し。
そうでなければ遠からず貴方は魔獣に食い殺されるか、
男共の慰み者になって悲惨な最後を遂げるかの二択になる。
それならば今、連れ戻す方が貴方の為になるわ」
師匠の言葉で僕も覚悟を決めざるを得なかった。
大きく息を吸って…、
”カキーン”
「油断大敵。
のんびり深呼吸なんてしてる暇があるのかしら」
師匠は僕が深呼吸をしようとすると、それを待たずに斬りかかって来た。
しかし
「お言葉、お返しします」
僕はそれも想定していた。
師匠に”何時いかなる時も油断をするな”と教え込まれているからね。
師匠の斬撃を受け止めると、双剣のもう片方で動きの止まった師匠に斬撃を繰り出した。
躱されるがそれも想定済みだ。この程度で倒される師匠じゃない。
僕は素早く、大きく動き回って攪乱しながら攻撃を繰り返す。
身軽さ以外で師匠に勝っている部分が無い僕が守勢に回れば、瞬時に追い込まれてしまう。
しかし師匠は余裕を持って僕の攻撃を全て捌いている。
(本当に化け物なんだから!)
師匠の表情は余裕綽々と云った様子で、それが僕を焦らせる。
(それなら...)
深く斬りかかり、動きを止めた所に『ローリングソバット』を繰り出した。
(ほんの数回しか見せていないこの技なら!)
師匠の意表をつけると思った。
”ビシッ”
しかしその足を完全に見切られて、逆に足に峰打ちで一撃を貰ってしまう。
「その技、知らない相手には有効かもしれないけど、
あくまで初見の相手以外には使うなって言わなかったっけ?」
確かにそう言われた。
しかし片手で数えられる程度の回数しか見せていないのに、完全に見切られるなんて…。
(骨は折れていない様だけど…)
折れていないと表現するよりも、師匠が折らなかったと表現する方が正しいのだろう。
そんな足では当然の様に、僕の機動力は半減してしまった。
たった一度、足への一撃だけでこの有様だ。
「フィリシア、もう終わりかしら?」
その師匠の挑発を含んだ言葉で奮い立った僕は立ち上がって師匠へと向かって行く。
しかしその全てが通用せずに
「ここからは私も攻撃するからしっかりと捌きなさい」
僕の攻撃の合間合間に、師匠の攻撃が差し込まれる。
その全てを捌く事など到底できずに喰らってしまうのだが、明らかに手加減されており、中々戦闘不能には追い込まれない。そう仕向けられている。
だから僕もなんとか歯を食いしばって攻撃をするのだが
(通じない、僕の攻撃が何一つ...)
遂に限界が来た。僕は膝を突き、師匠に向かって頭を垂れている。
精も根も尽きて、頭を上げるのも億劫なのだ。
「ここまでね。
フィリシア、服を脱ぎなさい」
そう言い放つ師匠の言葉に逆らう気力は僕に残されていなかった。




