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第五話 人殺し

 僕は『マーダーモンキー』を討伐して得た魔石をギルドに引き渡して、それなりのお金を手にする事が出来た。


 贅沢をしなければ1ヶ月は生きていける額になった。


 そのお金を使って、僕は短剣を2本とも新調する事にした。


 なにしろ碌にお金を持つ必要がない伯爵令嬢だった僕が溜めていたお金がそんなに多い筈が無い。


 それを使って短剣とは言え、3振りも揃えようとすれば質の良い物は手が出ない。


 そして狼と『マーダーモンキー』を合わせて15頭も斬れば、やはり限界が…。


 狩りの為には攻撃できる武器が必須なので、これはやむを得ない選択だった。


 その代わりに防具はまだ我慢しなくてはならなくなった。


 買えなくはないのだが、衣食住の為にはある程度、手持ちのお金には余裕を持たせたかった。


 まあ、当たらなければどうという事はない、を実践して乗り切るしかないか。


 そして宿屋に戻った僕は明日からの事を考えた。


「やっぱり、『ローデン』を出るか...」


 僕の目的地は『ルシフェルス』であり、この『ローデン』はあくまで通り道でしかない。


 次の街まで行くお金は充分に稼いだのだから出立するのが当然だ。


 短剣を新調しても、まだ充分なお金は残してある。


 何よりアルヴィース家からの捜索があるかも知れない事を考えると長く1か所に留まるのはよくない。


 何しろ今日の『マーダーモンキー』の討伐がそれなりに話題になってしまった。


 成果もそうだが、ソロで、しかもまだ年若く見目麗しい女性とくれば、話題性に事欠かない。


 となればアルヴィース家の情報網に掛かり易くなってしまう。


 何より”エル様”の件がある。


 あの人には恩もあるのだが、僕にとって危険を孕んでいる事は否定出来ない。


 アホなボンボンな仮面の裏に彼自身が隠している何かがある。それが何かは見当がつかないが。


 それに彼は女性である僕の体の本能を刺激してくる。


 惚れるかと言えば惚れない自信はあるが、落ち着かない、気になる存在になりつつあるのでそうなる前に早めに離れるのが吉だ。


 なんにせよ、明日には『ローデン』を出る事を決めた僕は、その後直ぐに眠りに就いた。




 隣の街『アレフ』へと出発する。


 『ローデン』に滞在したのは、ほんの二日ほどだったが名残惜しさを感じる。


 冒険者登録をして初めて活動した街である事もそうだが、やはり彼と出会った事大きい。


 いろんな意味で一緒にいられないが、叶うならばまた会ってみたい。


 その時は見知らぬ他人のふりをして再開を楽しみたい、って同じことを誰かに言った気が…。


 そんな一歩間違うと、まるで恋する乙女の感傷のような事を思ってしまうが『ローデン』から順調に離れていく。


 さて、僕が今使っている『足』は商人の馬車に乗せて貰っている。


 これは街から街へ行商を行う商人の馬車にお金を払って乗せて貰う。ただいざと云う時には護衛を行うという事で格安になっているので、節約を肝に銘じている僕の旅にはうってつけだ。


 ギブ&テイクの面があるので、ある程度信頼のある冒険者でないと受けて貰えないが、駆け出しにも拘らず僕は大丈夫だった。


 どうやら『マーダーモンキー』の討伐が予想以上に評価されてるようだ。


 次の街『アレフ』まで一日では到着出来ない。


 食料は希望すれば出して貰える。馬車なので積載量は充分にあるからね。


 料金は乗車料金に上乗せされる事になるが、携帯食料のまずさと味気なさを考えれば料金以上の価値がある。


 野営での食事を終え、交代で火の番と仮眠をしている。


「おい、交代だ」


 仮眠をとっていた僕が交代の時間が来たので起こされる。


 もう一人の冒険者と焚火の番をして暫くすると、

「気付いたか」

「ええ、数は10ってところかな」

「静かに他の奴を起こしとけ」

小声で会話をして行動を起こした。


 気付かないふりをして、警戒していると周りを取り囲んだ野盗が姿を現した。


「来たぞ、野盗だ!」


 僕と一緒に火の番をしていた男の声を掛けると、既に目を覚ましていた他の冒険者も起き上がって武器を構える。


「ちっ、感づかれていたのか!?」


 数の上では野党の方が倍で有利だった。


 しかしそれなりに実績のある冒険者達が相手となれば、その程度ではとても足りない。


「ぐえっ!」

「ぎゃあっ!」


 野盗達は一方的に数を減らしていく。


 今回は以前のギルドでの乱闘の様に相手を叩きのめして終わりという訳ではない。


 殺さなければ殺される。頭では分かっているが僕はどうしても人を殺すのを躊躇ってしまう。


 それでも動きで攪乱して、1対1でも野盗を追い詰めることが出来た。


「ま、待ってくれ、俺の負けだ、降参するから命だけは…」


 剣を地面に落として、両手を挙げて降参のポーズを取る。


 そう言われると止めを刺す、即ち人を殺す事に躊躇いを覚えてしまう。


 他の野盗達は他の冒険者達が全て倒している。


 それならこの一人は捕らえるだけでもいいのではないか、皆殺しにしなくてもと、そう思ってしまう。


「おい、とっとと終わらせろ」

「油断するとこっちが危ない」

「そいつ自身、どれだけ人を殺してるか、分かったもんじゃない」


 回りの冒険者が言う事は正論だ、反論の余地が無い。


 僕の考えは平和な日本で培われたもので、こちらの世界で必ずしも通用するものではない。


 伯爵令嬢として育ってきても、時として非常な決断を強いられる事もあるのはこちらの世界では学んでいる。


 ならば野盗はここで切り捨てる、殺しておくべきだ。


 だがどうしても踏ん切りがつかない。


 そんな僕の戸惑いを見て取ったのか

「死ねー!」

追い詰めていた野盗が隠し持っていた武器で、死なばもろともとばかりに斬りかかって来た。


 それともやっぱり降参は油断を誘う口先三寸だったのか。


 そんな事を考えるより早く、体が動き、その野盗の気道と頸動脈を掻っ切った。


 大量の血を噴き出しながら野盗は息絶える。そう、この時、僕は初めて人をこの手で殺した。




 この後、僕達の一行は寝ずに、半ば宴会の様相を呈していた。


 犠牲者も負傷者も出さずに野盗を撃退したが、やはり全員興奮状態で寝られないのだろう。


「俺は3人斬ったぞ」

「俺が奴らの頭目を斬ってるぞ」

「いや、あっちで一番の手練れは俺が…」


 口々に自分の武勇伝を語る冒険者達だが、僕はその輪に入る気がしない。


 彼らが野盗を斬り殺した事は間違っていない。躊躇っていた僕の方が間違っている。


 それは頭では理解している。


 ただ感情が追い付いてこない。


 それにあの人を斬った時の感触がまだこの手に残っている。


 それに手に浴びた返り血は、洗い落とした筈なのにまだこびりついている様な気がしてならない。まるで一生消えない染みにすら思えてくる。


 一人暗い顔をして場をしらけさせるのも悪いと思い、僕は宴会からそっと離れた。


 宴会から少し離れた、焚火は遠目に見える程度の場所へと移動した。


 そこには湖があり、こんな気分でなければその綺麗な景色を楽しむ事が出来ただろう。


「ふう…」


 しかし今の口から出るのは溜息しかない。


 男性だった前世の記憶を持ちながら、体が女性の僕が男性と結婚したくないので出奔したのは間違ってるとは思いたくない。


 しかしそれによって時には自分の手を血で汚す覚悟が備わった上で行ったのかと言われると、答えられない。


 これからも同じような場面があるかも知れない。その時にまた躊躇って周りに迷惑を掛けるのか。


 回りに誰もいなくなって、この身を蹂躙され命を奪われる事があるかも知れない。


 それでも間違った選択ではないと言い切れるのか。


 そんな事にならない道は二つしかない。


 一つはこのままアルヴィース家に戻り、誰かと結婚する事。


 第三王子との婚約は破談になっているかもしれないが、伯爵令嬢の立場と優れた容姿をもってすれば嫁ぎ先を見つける事は難しくないだろう。


 尤も、精神の均衡を一生保っていられるかの自信はないが。


 もう一つは直ぐにでも覚悟を決める事だ。その覚悟とは…。


 そこまで考えた時点で僕は自分が心底油断していた事を思い知る事になる。


 何時の間にか湖から伸びていた触手が僕の足元まで来ていた。


 そして足首に巻き付いた触手は僕を湖へと引きずり込んだ。


「(ガボガボッ)!」


 息が出来ない上に身動きすら阻害される水中は危険極まりない。


 双剣は腰に装備していたので直ぐに抜いて、足に巻き付いていた触手を切断した。


 息が続かないので水面へ泳ぎ、顔を出すが向こうも諦めてはくれない様だ。


 それどころか威嚇するかの如く、その姿を湖面上に現した。


 5mはあろうかという蛸のような存在だった。


 そして怒り狂っているのか、何本もの触手を僕へと伸ばしてきた。


 何とか双剣で切り捨て抵抗するが、数が多い。1本2本どころではない。10本近くの触手で同時に攻撃されてはとても対処しきれない。


 両手、足、胴体、さまざまに触手が巻き付き、身動きを封じられてしまった。


 しかも戦利品を見せつけるが如く高く持ち上げ、そのまま巻き付けた触手で締め上げてくる。


「ああーー!!」


 叫んだ次の瞬間、首にも触手が巻き付き、声を上げる事すら出来なくなった。


「(く、苦し、このまま、絞め殺され...)」


 せめて片手でも自由になれば助かる可能性もあるのだが、両手首に巻き付いた触手は僕の力ではどうにもならない。


 僕は死を覚悟した。


 ”ヒュン”


 何かがその触手に一本を切断した。


「おいおい、本当かよ」

「すげえな、お前」


 朧気ながらそんな声が聞こえた。


 後に知った事だが、僕が宴会から離れた事は全員が気付いていた。


「まあ、初めて人をっちまった後はな...」


 と、誰もが通る道だと気に掛けていてくれたのだった。


 そして僕が触手に絡めとられたので、冒険者の一人が弓で触手の一本を射て、触手を切断してくれた。


 そのおかげで片手が自由になった僕は、短剣を蛸の本体に目掛けて投擲する。


 本体に命中し、そのダメージで全身に巻き付いていた触手が解かれる。


 そうなれば当然、持ち上げられていた僕の体は落下する。


 その落下運動の力を利用して

「どりゃー!」

本体を短剣で切り裂いた。


 巨大蛸を仕留めるには至らなかったが、沖の水中深くへ逃げて行ったので撃退した事にはなる。


 それを見届けてから、僕が岸まで泳いでいくと手を伸ばしてくれている冒険者がいた。


 その手を掴んで岸に上がった僕は、皆に感謝すると同時に精神的に吹っ切る事を決意した。


 余談ながら、湖の落ちた僕は当然の如く全身ずぶ濡れになっている。服の予備もあるので着替えたいのだが…。


 隠れても絶対に覗かれるので、断念せざるを得なかった。



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