第二十一話 踏破
前日の買い出しであらかたの準備を終えた僕達は第七階層へと向かった。
「うわ…」
「暑い…」
「ここは相変わらずね…」
三者三様の言葉だったが、共通していたのは階層全体が砂漠の為、昼間はとにかく暑いという感想だった。
「これじゃあ水を大量に持ってきて正解でしたね」
「水系の魔法師と『異空間収納袋』袋2つの中に6樽の水。
水だけでもこれだけ揃えないと,、とても安心なんて出来ないのよね」
魔法で水を作り出せるクラーラさんがいるので水は心配いらないかというとそうでもない。
頼りきりだと彼女と引き離されたり、最悪死んでしまった場合、全滅の憂き目に遭ってしまう確率が高くなる。だから三人各自で水を確保している。
食料も『異空間収納袋』に大量に入れてある。
こちらはクラーラさんは若干の携帯食料を持っているが、別にばらばらで食べる事を前提としていない。
やはり引き離されてしまった時の対策だ。
そして『異空間収納袋』の中の食料は携帯食料と違って、未調理の生鮮食材も多い。
つまり現地で調理する事を前提に持ってきている。当然調理器具や固形燃料なども準備してある。
冒険中になにを贅沢にと思われるかもしれないが、この第七階層や地下ダンジョンの過酷さで身体を酷使するのだから食事に気を遣って当然だという師匠の方針だった。
そして問題なのは水や食料だけではない。
「うわ~、これは迂回するしかないですよね」
砂漠なので平坦かというとそんな事はない。
起伏に富んでいるし、この第七階層では砂丘もあれば窪みもある。
その窪みはさながら巨大な蟻地獄で擂鉢状になっており直径は数十m、深さも10m近くあったりする。
蟻地獄の様に中央にその主がいるのかは分からないが、降りたら足場の悪さから上るのは困難だろう。
だから迂回するしかなく、それでこの階層一帯が天然の迷宮と化している。
更に僕達冒険者の行く手を阻むのはこれだけではない。
この灼熱の気温の中、休みなく歩き続ける事は自殺行為でこまめに休憩を取らなければならない。
太陽のような熱源が無いので直射日光を気にしなくていいのだが、逆に日陰の様な少しでも涼を取れる場所もない。
この階層に限った話では無いが、昼の『セレステ』は光源が全体を照らしているのではなく、全体が何故か明るい。
かと言って、砂漠のど真ん中では休憩しているだけでも体力を消耗してしまう。
解決差として簡易的なテントを張って、その中をクラーラさんが魔法で作り上げた氷で冷やす力技で涼を取っていた。
それなら夜に移動するという昼夜逆転の生活をすればいいかと言うとそれはとんでもない愚策である。
昼は灼熱の暑さだが、夜はかなり冷えこむ上、塔の中は星や月の光もない完全な暗闇となる。
『セレステ』は外の光を失われた技術で取り込んでいるから昼は明るいが、夜は取り込む光が少なすぎる。その上で月明りすらないので完全な暗闇になってしまう。
結局、僕達が砂漠の往路を踏破するのに2泊を経過し、足掛け3日を要した。
これでまだ帰りの復路があるんだよね。
何とか地下迷宮に到着した僕達が向かうのは『千変万果』の元だ。
その迷宮も既にマッピングした物が売られているかと思いきや
「それは無いわ。
そもそもここは到達した冒険者が少ないのよね。
おまけに大抵、第七階層の砂漠を踏破しただけで
引き返しちゃってるみたいなのよ」
確かに僕達もきつかったから気持ちは解る。
そうなると第四から第六階層の情報は砂漠だけで引き返さなかった数少ない冒険者によるものなのか。
「まあ、私は第五階層途中までは来た事があるのよ。
でも完璧に覚えてるかしら?」
これからは師匠の記憶力と僕達の運を含めたこのパーティーの本当の実力次第だという事だ。
そして迷宮の探索を進めるが、師匠の記憶はかなり役に立った。
マッピングしていたが同じところを何度も訪れたりしていない。
最短距離かは分からないが、それ程消耗もせずに済んだ。
途中でそれなりの数の魔獣と遭遇したが、僕と師匠で充分対処できるレベルだった。
クラーラさんはこういった狭い空間で使える呪文が少なそうなので後方で待機して貰っている。
そして到着した『千変万果』の元へ。
木に多くの実が生っているがその時々によって変わる効能は、今は当たりなのだろうか?
「分からないわ。
取り敢えずは一つだけ収穫して帰りましょう」
「え、一つだけですか?」
「それが冒険者のマナーなのよ。
アイテムや素材の独占は恥ずべき行為だってね」
魔法薬の様な効用なので、到着した冒険者は独占したがるのだろう。
でも死ぬ思いであって来たのに、全ての実は収穫されていたら心が折れそうだし、禍根も残ってしまう。
そんなトラブルを防ぐ為に出来たマナーなのかも知れない。
尤も『千変万果』の実は葡萄のように房になっているので、一房であっても実の数は20~30、否、もっとあるかも知れない。
それで満足する事にして、後は実の効能が当たりだと願ってその場を後にした。
第五階層にやって来た僕達だが
「これは…」
見渡す限りの岩場だった。
師匠の頼りがいのある記憶を当てに進んで行くが、魔獣の数が半端ではない。
しかも雑魚ばかりかというとそうでもない。
僕や師匠でも一対一なら後れは取らないが、多対一となれば苦しい。
幸い、僕と師匠は連携が取れているので1+1が2でなく、4にも5にもなっているので切り抜ける事が出来た。
おかげでかなりの数の魔石が手に入った。
ここに多数の冒険者が来たら魔石の値崩れが起きかねない、かというとそんな事はない。
魔石の多くは消耗品なので絶えず需要がある。
そして消耗品以外に使える魔石は貴重なので、今の僕達も少ししか手に入れていない。
第五階層の攻略は順調ともいえるのだが、この階層は師匠も途中までしか来た事が無いらしいので、本当に最適な経路は分からない。それが最大の不安だった。
その後も度重なる魔獣との遭遇をして、それを撃破してきたが、やはり僕と師匠は少しずつ消耗している。
そうこうしながら、やっと第四階層に降りる階段の近くまでやって来た。
しかしそこには壁のように大量の魔獣が待ち構えていた。
これは突破するのに骨が折れるかも。
すると師匠の判断は迅速だった。
「クラーラ、『浄化の炎雨』を!」
ここで切り札の一つを使用する決断を下した。
この場所なら大きく開けているので、味方である僕達が蒸し焼きになる心配はない。
「フィーナ、詠唱中のクラーラを守るわよ!」
「はい!」
「『慈悲深き炎の聖霊よ』」
詠唱を始めたクラーラさんが少しだけ焦っているのが見て取れる。
しかし僕が
「大丈夫、私達を信じて!
かならずクラーラさんを守るから!」
そう声を掛けると、落ち着きを取り戻したようだ。
「『その慈悲を以て大いなる力を顕現させよ』」
信じてと言ったが、この数の魔獣を相手にし続けるのは限界がある。
「『我が前に現れし、穢れた全ての存在を焼きす為に』」
そんな窮地を一気にひっくり返す火力をクラーラさんは持っている。
「『浄化の炎を天空より降り注ぎさせ給え』」
その最大火力の呪文が発動する。
「『浄化の炎雨』」
炎の雨が魔獣の群れに降りかかる。
正しく一網打尽とも言えるが、なんとか堪えた魔獣も多数見受けられる。
「死に損ないは無視して階段に向かいなさい」
確かに今が突破のチャンスだから、死に損ないの魔獣の相手をするのは得策ではない。
僕はその場に崩れそうになっているクラーラさんに手を貸して、階段へと向かった。
生き残って向かってくる魔獣もいたが、最低限のみ斬り捨てて、魔石の回収もしないで一目散に走り抜ける。
そして階段へ飛び込むように走り込むと、勢い余って転げ落ちてしまった。
その後ろから追って来る魔獣はいない。
理由は不明だが魔獣は地下ダンジョンの階段には絶対に入ってこない。
だから地下ダンジョンで休息をとるのは階段で取るのが常識とされている。
「なんとか突破しましたね」
「ええ、クラーラ、大丈夫?」
「はい、直ぐにもう一発、呪文を撃てと言われなければ」
クラーラさんは強がっているが、かなり消耗している様だった。
「私はそんな非情な事は言わないわよ。
ここで少し休息をとりましょう」
僕と師匠もそれなりに体力を消耗していたので、安全地帯である階段で小休止をするのだった。
そしてある程度の体力が回復した時点で第四階層へと足を進めた。
そこで見たのは…
「なにもない…?」
ただ只管広い空間だった。
地面が平らな石畳なのは良いとしても、果ての見えない空間が広がっていた。
「師匠、これは…?」
「私もここまで来た事は無いから、経験則は語れないわ。
ただ...」
師匠が耳を澄ます様な仕草を取った。
すると微かだが地響きのような音が聞こえる。
しかもそれは近づいてきている。
そして目に見える範囲に現れた地響きの正体、それは『ヒュドラ』にも匹敵する大きさの存在『ミスリルタートル』だった。
その大きさもだが異様な姿に目を疑った。
大まかな形は亀なのだが、その背中の甲羅に無数の金属の結晶がこびりついている。おそらくこれが生えているミスリルなのだろう。
甲羅からミスリルが生えてくる生物などあり得ない。
しかもこの第四階層に、この大きさの動物が生息し続ける事が可能な水や食料があるとは思えない。
となると『ミスリルタートル』は永久機関を使用した自動機工なのではないだろうか。
永久機関が夢物語の域を出ていないが、魔法のあるこの世界ならあるいは...。
そんな事を考えていると『ミスリルタートル』が向かってきた。
その動きは亀にしては俊敏だが、僕や師匠にとっては取るに足らない。
しかし”死なない生物”である『ミスリルタートル』には全ての攻撃が通用しないらしい。
ただ甲羅にしがみついてミスリルを少しだけ剥ぎ取る、それが最適解と聞いている。
それなら僕達が取る方法は
「クラーラ、今よ!」
既にクラーラさんは詠唱を終えていた。
「『凍れる時間』」
氷結呪文を『ミスリルタートル』の足元に向けて放った。
四本の足を氷で固められ、『ミスリルタートル』は身動きが取れなくなった。
全身を凍結させるにはこの『ミスリルタートル』は大き過ぎるし、なにより甲羅から生えているミスリルの回収が出来なくなる。
この第四階層もそれなりの気温があるからいずれ溶けるだろうが、それまでは動きを封じる事が出来た。
僕は悠々と『ミスリルタートル』の甲羅の上に上ると、甲羅から生えているミスリルを剥ぎ取っていく。
『ミスリルタートル』は何とか動こうとするが、足の氷は分厚く、まだとても力で破壊して動く事は出来ない。
「フィーナ、氷が破壊される前に逃げるわよ。
そろそろ降りてきなさい」
確かに欲張って『ミスリルタートル』が動き出したら危険だ。クラーラさんも何度もこの魔法を使えるわけではないだろうから。
僕は師匠の指示に従い、『ミスリルタートル』から降りた。
そして三人で地下迷宮からの帰還の途に就くのだった。




