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第十九話 魔法剣

「『ヒュドラ』とは、また厄介な相手ね。

 これなら魔獣や野生動物が逃げるのも無理はないわね」

「じゃあ、猶更ここで止めないと」

「ええ、当然」


 僕と師匠は『ヒュドラ』へ攻撃を仕掛ける。


 そもそも『ヒュドラ』とは八つの首を持つ大蛇で、中央に一番大きく太い首があり、その周りに放射状に七本の首が生えている。


『ヒュドラ』の攻撃で一番注意しなければならないのは噛みつきで、その噛みついた時に出す毒は強力極まりない。


 しかも魔法による攻撃は全身を覆う鱗が威力をかなり減衰させてしまうので効果が弱い。


 それだけでなく、生命力が高いので、普通の冒険者であれば倒すのは困難を極める。


 そう、”普通の冒険者”であれば、だ。


 僕と師匠は左右に分かれ、それぞれが半分の首を相手にする。


「キシャー!」


 奇妙な鳴き声を上げながら噛みつきにくる『ヒュドラ』だが決して躱せない速さではない。


 しかし相手にしなければならない首は一つではない。僕の担当だけでも四つもある。


 躱したその首を斬ろうとすると、別の方向から他の首が襲い掛かって来る。


 最初の首を斬る事だけに意識を向けていたら、間違いなく他の首に死角から噛みつかれてしまう。


 そして噛みつかれたら間違いなく毒で死亡する事になる。


 しかも

「舐めるなっ!」

師匠が見事な動きから、首の一つを切り落とした。


 しかしその切り口から頭が再生して生えてくる。


(何で脳まで再生できるの?)


 前世の世界では脳は再生出来ない筈だし、出来たとしても早すぎだと嘆いても状況は変わらない。


 体力勝負では完全に『ヒュドラ』に分がある以上、打開策が見つからない。


 そんな焦りが僕の動きを鈍らせる。


「くそっ、これでも喰らえっ!」


 僕も師匠の様に『ヒュドラ』の首の一つを切り落とした。


 無論、他の首の動きも把握していた。


 しかし

「えっ、ぐはっ!」

強烈な一撃を胸に喰らってしまった。


 頭の動きばかりに意識が向いて、尾への警戒が薄くなっていた。


 その尾で強烈な一撃を叩き込まれたのだ。


 当然の様に大きく後方へと弾き飛ばされる。


「フィリシア―!」


 師匠が思わず、僕の元の名前を叫んだ。


 しかし師匠も自分が担当する『ヒュドラ』の頭に決定打がなく苦戦している。


 数m吹っ飛ばされて、地面を転げてやっと止まった。


 地面に倒れたまま自分のダメージを確認する。


「(く、間違いなく、折れてる)」


 確実に肋骨の2、3本は折れている。


 しかし幸いにも吐血はしていない。つまり肺に折れた骨が突き刺さるなどの重篤な症状にはなっていないという事だ。当然生きているのだから心臓も無事の筈だ。


 しかし胸でなく腹だったら間違いなく内臓破裂を起こしていた。


 そんな一撃を喰らって生きているのは間違いなく胸当てをしていたからだろう。


 師匠のくれた胸当てで命拾いをしたという訳だ。


 ただ命拾いはしたが、状況が好転はしていない。寧ろ、僕のダメージの分悪化している。


 胸の痛みを堪えつつ、なんとか立ち上がろうとするが足に力が入らない。


 そんな中、何故か胸の痛みが引き始めた。


「まだ動かないで下さい。

 急いで治療していますから」


 何時の間にかクラーラさんが傍までやって来て、僕に治療呪文を施し始めていた。


 そういえば先程の広範囲殲滅呪文で忘れそうになっていたが、クラーラさんは治療呪文も使えるのだった。


 しかしクラーラさんは体に負担が大き過ぎる呪文を使って、動けなくなっていたのでは...。


 そう思いクラーラさんの顔をよく見ると、かなり青ざめて相当無理しているのが見て取れる。


「クラーラさん、もう大丈夫だから」


 胸の痛みもかなり引いたので、クラーラさんにそう告げて戦線に復帰する。


 ただここでクラーラさんが僕を引き留める。


「待って下さい。

 もう一つだけ」


 そう言って僕の短剣の刃を掴んで、

「『永劫の炎』」

呪文の力を行使した。


 すると僕の短剣が魔法剣の如く、炎を纏っている。


「これは…」

「長時間相手を焼き続ける継続性のある炎の魔法をその短剣に込めました。

 通常の剣にならそんな事は出来ないんですが…」


 クラーラさんが魔法を付与した短剣、それはミノタウロスの角で作った短剣だ。


「魔獣の体を長時間焼くために開発された呪文です。

 魔獣の一部から作り出した剣になら付与が可能かと思われます」


 その理屈にも驚きだが、それを実践するクラーラさんの魔法技術も驚きだ。


 そして短剣はクラーラさんの考えた通り、一時的にだが炎を纏う魔法剣と化した。


 しかしクラーラさんもこれが本当の限界らしく、その場に倒れ込んだ。


「ありがとうございます」


 僕はクラーラさんにお礼を言ってから、改めて『ヒュドラ』に挑む。




「フィリシア、じゃなくてフィーナ。

 大丈夫なの?」


 その師匠の言葉には答えずに、『ヒュドラ』の攻撃を躱して斬り付ける。


「ギシャー!」


 その一撃は『ヒュドラ』の首を斬り落とした。


 そして通常なら切り口から新たな首が生えてくるが、此処からは再生してこない。


 何故再生しないのか。


 よくよく見て見ると切り口が焼け焦げている。同時に肉が焼け焦げた臭いが漂っている。


 これがクラーラさんの狙いで、この火炎魔法が付与された短剣で斬ると断面が焼けてしまうのだ。


 『ヒュドラ』が強い魔法耐性をもっていても、それは鱗があってこそ。


 断面の魔法耐性は無いに等しい。


 それなら攻撃方法は決まった。


『師匠、斬った断面を呪文で焼いて下さい!」


 突破口を見つけたので、それを師匠に伝える。師匠は僕と違って呪文が使えるから切って直ぐに呪文で焼けば...。


「良く気付いたと言いたいけど、簡単に言わないでよね。

 再生が早すぎて、焼くのが間に合わないのよ」


 確かに『ヒュドラ』の再生速度は早すぎる。


 斬ってから呪文を行使するまでに必要とする時間のロスで再生されてしまう。


 それなら少し発想を変えるだけだ。


「私の短剣なら斬って、その瞬間に焼くことが出来ます。

 私が斬撃で斬り落としますから、

 師匠は防御を中心とした援護をお願いします」


 そう僕は提案した。


 本来なら実力が上の師匠が主たる攻撃を務め、劣る僕が援護に回るのが普通だ。


 しかし今回は特殊な状況なので、僕の提案が最適の筈だ。


 師匠は嬉しそうな笑みを浮かべ

「分かったわ。

 フィーナは攻撃に主眼を置いて、

 相手の攻撃からは私が守ってあげる」

師匠のその言葉は僕にとっては何よりも信頼出来て、頼もしい。


 その師匠の援護のおかげで僕は攻撃に注力し、防御は最低限で事足りる。


 一つ、また一つと『ヒュドラ』の首を斬り捨て、同時に焼かれてそこから新たな首は再生が出来ない。


 これには『ヒュドラ』の方が戸惑ったらしく、無謀な攻撃を仕掛けてくる。


 しかしそれは隙を大きくし、無謀な攻めは防御に力を全振りしている師匠に全て防がれる。


「そんな無理やりの攻めが私に通用するとでも?

 フィーナも一緒に守る事を差し引いても、

 簡単な作業でしかないわ」


 本当に戦闘に関しては師匠は頼りになる。


 僕が吹き飛ばされた時も、一人で『ヒュドラ』の足止めをしていたり、今も僕が攻撃に全神経を集中できるように立ち回ってくれている。


 だから僕も最低限の防御だけで、攻撃に殆どの力を割り振る事が出来る。


 そして『ヒュドラ』は中央の一番太くて大きい首を残すのみとなった。


 本体ともいえる大きな首のみになると、『ヒュドラ』は目に見えて怯えている。


 自分の周りの首が再生しないという初めての事態にどう対処すればいいのか判断出来ないようだ。


 僕と師匠がゆっくりと、しかし確実に仕留める為に間合いを詰めていく。


 一方で『ヒュドラ』はその巨体を後退りさせ始めている。


 もう完全に相手は僕達に精神的にのまれている。


 すると、突如『ヒュドラ』は方向転換したかと思うと、一目散に逃げだした。


 しかしそれは『ヒュドラ』が後退りを始めた時点で想定していた。


「そんなでかい図体で背中を見せる愚か者がいるかー!」


 僕が叫びながら炎を纏わせた短剣を投擲し、頭に命中すると『ヒュドラ』はのたうち回る。


 そこへ師匠が飛び込むように斬りかかり、

「これで終わりよー!」

叫びながら首を斬り落とした。


「ガ、ガガーー」


『ヒュドラ』は断末魔を思わせる叫び声を上げた。


 どうやら真ん中の首だけは再生が出来ない様で、切り口から新たな首は生えてこない。


 本当に本体と言うべき頭だったんだ。


 そして切り落とされた首は、それでもしぶとく丘に上げられた魚の様に跳ねている。


 なんとなくだが、こんな姿になってもしぶとく逃げようとしているかの様に見える、


 しかしそれを見ていた師匠が

「もういいでしょう。

 これが止めよ」


 そう言って『ヒュドラ』の首を地面に縫い付ける様に串刺しにした。


 それでさしもの『ヒュドラ』も完全に息絶えたのだった。




「クラーラさん、大丈夫でしたか?」


 僕は『ヒュドラ』が息絶えた事を確信すると、直ぐにクラーラさんの元に駆け寄った。


「はい、ちょっと疲れただけですから、

 少し休めばまた戦えます」


 しかし相変わらず顔色は悪く、無理をしているのは一目瞭然だ。


 ただ疑問なのは何故、あんな強力な呪文が使えるクラーラさんがゴブリンに凌辱されかかっていたのかである。


 僕の推論ではおそらく、あのような広域殲滅呪文は開けた場所でしか使えないのであろう。


 あの場所は名前こそ階層でも、迷宮となっていてとても狭苦しく感じた。


 狭く閉ざされた空間で使ったら、敵だけでなく自分諸共仲間も蒸し焼きになってしまう。


 それに纏わりつかれたら、詠唱すら出来ないのは魔法師共通の弱点である。


 クラーラさんを気遣いつつ、これからの戦闘での彼女の力の運用と安全を考えていた。




「ちょっとフィーナ、クラーラが大丈夫ならこっちを手伝ってよ」


 そう言えば忘れていた。


「これだけの大物を扱うのは初めてですよ」

「まあ、フィーナの実家の近くにはこんなのいないからね」

「いたら大事ですよ」

「じゃあ、早速解体しましょう。

 フィーナもさっき大怪我をして回復したから多少なりとも

 『復活強化の実』の効果で力が上がってるでしょうしね」

「はい」


 僕と師匠は『ヒュドラ』の解体を始めた。


 勘違いされがちだが『ヒュドラ』は怪物と呼ばれるが魔獣ではない。れっきとした野生動物に分類される。


 だから息絶えたからと言って、魔石だけを残して肉体が消滅する事は無い。


 そうなれば残された死骸に何かしら有効な部位が無いかと考えるのは人の常だ。


 先ず真っ先に考えられるのはその強力な毒だ。


 ドラゴンの様な特殊な個体は知らないが、人間程度なら間違いなく即死の強力な毒は要回収である。


 師匠は『ヒュドラ』の前歯である牙から絞り出す様にして毒を回収している。


 当然、牙そのものも利用価値が高い。


 ミノタウロスの角とまではいかないが、かなりの硬度を持っており加工して武器などに流用されている。


 これも師匠が解体して、回収するだろう。


「私は本体の方をばらしますね」

「お願い」


 僕は『ヒュドラ』本体の皮を剥ぎ取る役目を請け負った。


『ヒュドラ』の表皮は鱗のおかげでかなり高い魔法耐性を持っている。


 この大きさだと全て剥ぎ取るのは一苦労だが、その労力に見合う値が付く。


「でもこれって何に使うんですかね」

「盾や防具に貼り付けるのよ。

 物理攻撃には役立たずだけど魔法攻撃には

 物凄く有能だからね。

 物理は盾本体で、魔法は『ヒュドラ』の鱗で防ぐ、

 そんなかなり強力な盾が出来上がりって寸法よ」


 ぼんやりとは考えていたが師匠が改めて説明してくれた事で得心がいった。


 余談ながら肉は生臭くて喰えたものではない。後は土にかえるのみ。


「そういえば私の修行の時にもありましたよね。

 『ヒュドラ』じゃなくて、『大蛇(オロチ)」でしたけど」


 師匠との修業時代にも狩りによく連れて行ってもらい、それで野生動物の解体を覚えた。


 その中で一番の大物は全長2m超の『大蛇(オロチ)」だった。


 この『ヒュドラ』は『大蛇(オロチ)」とは比べるべくもないが、『大蛇(オロチ)」の解体がいい経験になっている。


 師匠は本体の首だけでなく、斬り落としていた首からも毒と牙を回収し、表皮も剝いでいる。


 流石師匠は僕より手際が良く、数が多いにも拘わらず本体のみを捌いていた僕とほぼ同時に作業を終えた。


 因みにクラーラさんは僕達の作業を見て、目を丸くしていた。


 確かに耐性が無いと驚くよね。



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