第十六話 誑し
「ふう、クラーラさん、落ち着きましたか?」
「え?
落ち着くもなにも、フィーナさんとこんな密着していたら...♡」
僕に全裸で抱きついてきたクラーラさんを何とか引き離して、今は二人で並んで湯船の湯に浸かっている。
それで詳しく落ち着いて話を聞こうと思ったのだが、まだクラーラさんは頬を赤らめて、まるで恋する乙女の様な表情で僕を見つめている。
正面からクラーラさんに見つめられて、改めて思ったのだがクラーラさんってかなりの美人だという事。
切れ長の目と長い睫毛が可愛いよりも、大人の女性を感じさせる。
そして長い黒髪は艶やかに美しく煌めいている。
体型も僕よりも大きな胸でありながら、均整のとれたスタイルをしている。
見つめれば見つめる程引き込まれそうな美しさと色っぽさだが、ふと気づくとクラーラさんの目つきが、なんだか師匠を思わせる気配が…。
なんだか身の危険、というか貞操の危険を感じて、それを振り払う意味も込めてクラーラさんに尋ねる。
「それで生涯、傍に置いてくれって、どういう脈絡でそうなったんです?」
「なにを仰ってるんです?
私はフィーナさんに命を、貞操を、人としての尊厳を、
この身を救われたんです。
これで足りませんか?」
熱弁するクラーラさんの言葉はしっかりした説得力を持っている。
真っ直ぐ目を見据えてクラーラさんは更に言葉を繋げる。
「しかもあの汚らしいゴブリンを倒すフィーナさんの”雄々しい”戦いぶり...、
女の本能が反応してしまいました♡」
ちょっと危ない部分が最後にあるが、それよりもあのゴブリンを殲滅した戦い方を”雄々しい”って…。
助けれられた事で美化しちゃったのかな?
「その時怪我をされていた事を知って、
治癒魔法をかけましたが、そんな大怪我をしてまで戦う、
まるで魔王から姫君を救う英雄譚に出てくる勇者様の様でした♡」
す、凄く誇張と云うか、大袈裟になっていない?
「そんな私の”女”の部分を揺さぶっておいて、
”穢れていない”、”見惚れてしまう”、”美しくて色っぽい”、
果てはフィーナさんも充分お美しいのに”女性として羨ましい”。
こんな熱烈に口説かれたのは初めてです♡」
口説いたつもりは無いんですけど…。
「極めつけはあの濃厚で情熱的、けれど優しく、
その上で私を蕩けさせる技巧のキス♡
もう、天にも昇る気持ちでした♡」
なんというか、ごめんなさい。
「これだけされて、心がときめかないなんてありえません。
ですから私はフィーナさんにこの身と心、命すら捧げます。
ですから生涯、お傍に置いて下さい♡」
どうやら心が弱っている時に優しくされたから堕ちちゃったみたいだ。
なんだか自分が悪質な女誑しになった気がする。
かと言って、ここでクラーラさんを拒絶したら、彼女は自殺しかねないんじゃないか?
なにせこれだけ僕に依存しちゃったんだから。
どうしよ?
結局解決策は出ず二人でお風呂を終えると、同じ寝台で手を繋いで、寄り添って肌を触れ合いながら眠るのだった。
クラーラさんの希望と云うか、必死の懇願に応えたんだけど絶対やり過ぎだよね?
「うふふ、可愛い寝顔ですね~♡」
そんな浮かれた声が耳に入り、目が覚めた。
開いた目の前にはクラーラさんの微笑んでいる綺麗な顔があった。
「お目覚めですか?
フィーナさん、おはようございます♡」
「お、おはようございます」
クラーラさんは朝から、幸せそうな表情をしている。
安心だけでなく、依存先、それを性愛にして受け入れて貰えると理解した存在、端的に言えば、僕という存在を手に入れたからであろう。
目が覚めた僕が起き上がろうとすると、クラーラさんが肩を押さえて阻止をする。
「クラーラさん?」
仰向け状態の僕の上に覆いかぶさるようになっているクラーラさんは満面の笑みを浮かべて
「好きです♡」
そう言って、唇を合わせて来た。
「!!!」
昨夜の事は夢として忘れたかった僕は現実をしっかりと教え込まされるのだった。
絶対に豹変し過ぎ。
クラーラさんの熱烈なキスの後、起きたのだが
「フィーナさん、はいどうぞ」
彼女は世話女房どころか、メイドさんも顔負けなほど僕の世話を焼こうとしている。
着替えも既に用意してあるし、着用の手伝いまでしている。
「好きでやってますから♪」
そう言っているが、その”好き”は世話好きという事ですよね? まさか僕のことが”好き”だからしていると言ってないですよね?
着替え終わると二人で朝食に向かった。
その席で
「クラーラさん、今日の予定はどうします?」
「フィーナさんはどうしたいんですか?」
クラーラさんはあくまで僕の意思を最優先しようとしている。
「今日は僕の手持ちの宝石を一部換金して、
その後、服を買おうかと思ってるんですけど…」
「是非、私も御供させて下さい♪」
今日の予定がこれで決まった。
僕の手持ちの宝石は複数個あるのだが、それを一部換金しようと思っている。
師匠が戻るまでの宿屋の宿泊費は師匠が前払いしておいてくれたが、食費、それと服が破られたりしたので買うお金が必要だ。
幸い、この『セレステ』の内部にある町はそう云った物の買取をする店も、そして服飾の店もある。
建造されている場所が『セレステ』という塔の内部というだけで、外にある街と変わらない。
なにしろこの街で生まれ育ち、結婚して子供が生まれ、生活している人は沢山いる。
だから買い出し自体は出来るのだが、値段、品揃え、品質などに於いては『ルシフェルス』の方が優れている。
師匠が買い出しに『ルシフェルス』まで行ったのはそんな理由からだ。まあ、師匠の場合は言葉からして特殊な物も買いに行ったようだけど。
「またのお越しを」
そんな店員の声に送られて買取店を後にする。
僕の手持ちの宝石の中で一番値が安そうなものを売ったのだが、思った以上に高値が付いた。
(これで服を含めて当面のお金は大丈夫だな)
そう思って、次はクラーラさんと服飾店へと向かう。
その道中、
「おい、本当かよ」
「ああ、間違いなくユニコーンだ」
そんな話し声が聞こえた。
ユニコーンは額の辺りに一本の角の生えた馬のような存在で、一角獣とも呼ばれている。
”幻獣”い分類され、姿を見る事でさえ稀な存在だ。
その角はあらゆる毒を無効化し、万病の特効薬の原料にもなるとの事。
但し入手が極めて困難で、ユニコーンの角は市場に出る前にとんでもない高値で取引されてしまい、幻のアイテム扱いだ。
そんなレアアイテムの持主である幻獣がこの街の近くで発見されたらしい。
「クラーラさん、ユニコーンって…」
「ええ、でも角を入手するのは無理でしょうね。
何しろ、警戒心が強くて中々人に近寄ってこない上に、
人の気配を察知すると直ぐに逃げてしまいますから」
そんなクラーラさんの話を聞いて、一つだけ疑問が湧いた。
前世の記憶で、勿論創作の範疇だが、ユニコーンをおびき寄せる方法があった筈だ。
それをこの世界の人は知らない? 若しくは効果が無い?
そう思うと好奇心が抑えられない。
僕は急ぎ服飾店へ行くと、店員に用意して欲しい服のイメージを伝えた。
幸い、サイズの合う既製品があったので、それを購入した。
「フィーナさん、それで何を?」
「ユニコーンをおびき寄せれるか試してみるんです」
「えーー!」
クラーラさんは驚いている様だが、前世の記憶がある僕にとっては雑学の範疇だ。
ダメもとで試してみるのも悪くないだろう。
宿屋で先程購入した服に着替える。
その服は純白の生地で作られた古代ギリシャの女性の服の様なデザインの服だ。
僕の考えているユニコーンのおびき寄せ方に服装は関係ないのだが、まあその辺は雰囲気という事で。
そして目撃証言の辺りに丁度良い木陰があった。
僕はそこに正座を崩した感じで座り、これで準備完了。
因みにクラーラさんは他の人の気配がすると近寄ってこないかもしれないので留守番して貰っている。
不満そうではあったけど。
そうして待つ事、一時間、二時間と過ぎ、三時間近くなった頃、
「あれは…」
まだ遠く断言は出来ないがユニコーンと思われる動物の影が見えた。
しかし警戒をされない様にする為、敢えて気付かないふりをする。
ゆっくりと、しかし確実にその動物は近づいて来る。
ある程度近づいた所ではっきりと認識できた。ユニコーンだ。
普通の馬位の大きさなのだが、額には立派な角が生えている。
それでも僕は気付かないふりを続ける。
するとユニコーンは更に近づいて来る。
警戒心の強いユニコーンが何故こんなに近づいて来るのか。
それは前世で知ったユニコーンの伝説と云うか創作だけど、ユニコーンは清らかな処女の膝枕で昼寝をする、というのがあった。
僕が清らかかは議論の余地があるが、処女である事に疑いの余地は無い。
ユニコーンはかなり近づいて来て、僕の顔を覗き込んでくる。
嫌悪感や殺気、敵意、そういった物は抑え込み、柔らかな微笑でユニコーンに応える。
するとユニコーンは僕の膝に頭をのせて、昼寝を始めた。
どうやらユニコーンの判断基準で僕は清らかな処女と認められたようだ。
そのユニコーンの頭や首を軽く撫でてやるのだが、
(これからどうすれば角を取れるの?)
その辺りは全く読んだことが無い。
もしかすると油断したところを仕留めるといった単純な方法なのかもしれないが、武器を持ってないので仕留める事など無理だ。
それにここまで無防備な相手を殺すというのも気が引ける。
そうして一時間ほど悩んでいたのだが、突然ユニコーンが目を覚ました。
立ち上がると、一方向をじっと見つめている。
どうやら人が近づいてきた気配を察知して、目を覚ました様だった。
結局、角は取れずに無駄足だったかと、そう思ったその時、ユニコーンが僕の方に頭を近づけて来た。
まるで
「角に触れ」
とでも言ってるような気がした。
素直にそれに従うと、特に力を込めた訳でもなく、ユニコーンの角が取れた。
まるで膝枕の礼だとでも言いたげなユニコーンだったが、その真意は分からない。
ともあれ、僕に角を渡したユニコーンはその場から疾走して去って行った。
そして僕の手にはユニコーンの角が残された。
結局僕は昨夜はクラーラさんを誑し、今はユニコーンを誑したということかな?
その後は近づいてきた冒険者に見つからない様に街へと戻った。
全てをクラーラさんに話すと
「フィーナさんの膝枕...、
ユニコーンが羨ましいです」
と、何かは明らかな懇願する表情で言ってきたので、留守番のお礼も兼ねて夕食までの間、クラーラさんを膝枕する事になってしまった。




