第十二話 特殊アイテム
師匠が僕から受け取った報酬で、僕の防具を買ってくれた。
但し、手甲と足甲だけで、胸当ては今回は費用の面もあり見送った。
既製品なら問題は無いのだが、師匠のこだわりで胸当てだけはちゃんと採寸した物でないと許せないらしい。
「大きさがあってないと胸が形崩れをするのよ。
フィリシアの完璧な胸の為に、これは譲れないわ」
僕個人としてはそんなこだわりは無いのだが、手持ちのお金が心許ない現状では師匠のお金で買って貰っているので逆らえない。
それにしても僕の胸の為にって理由が師匠らしいというか、なんというか...。
そもそも、そんな簡単に形崩れなんて起こさないと思うけど。
その代わりという訳ではないが、金属の肘当ても追加で購入した。
膝と並んで人体の二大凶器とまで言われる肘を攻撃に有効利用しない手はない。
これで僕の攻撃手段に肘撃ちが加わった。
防具も揃えて僕と師匠のパーティーは塔へと足を踏み入れた。
「これは…」
僕は言葉を失った。
「ふふふ、驚いたようね」
「はい...」
そう言うのがやっとだった。
何しろ塔の中だというのに、一面に草原が広がっている。
「直径10㎞以上はあるのだから、この広さは当然よ。
光は外の光を失われた技術で取り込んでいるから、
外が夜になれば中も夜になる。
まあ、月や星がないから完全な暗闇になるけどね」
その失われた技術が気になるのだが、それは師匠にも分からないらしい。
「塔は太古からあったとしか分かってないのよ。
事実、塔はあるのだから、とんでもない技術があったのは間違いないのだけど、
その具体的な中身も、何故失われたのかも全てが謎。
確かなのはこの塔は、そんな失われた技術の塊だという事だけ」
どうやらこれから驚かされる事が続くらしい。
第三王子との結婚を拒否する為にした出奔だったが、この塔での冒険が楽しみになって来た。
「フィリシア、何時までも感慨に浸ってないで、
行動を始めるわよ」
「はい、師匠。
ただ私は冒険者としてフィーナと名乗っていますから、
そう呼んでください」
実際、フィリシアの名前とは決別する覚悟はもう出来ている。
「ふ~ん、構わないけど一応”フィーナ”に伝えておくわ。
多分、”フィリシア”はあと数日の内に公式では死んだことになるわよ」
「え?」
僕が師匠の言葉の意味が分からないでいると、師匠は呆れているようだった。
「あなた、頭は悪くないのに、王侯貴族の考えには本当に疎いわね。
いい、第三王子との婚約内定が、本人が出奔した程度の理由で、
すんなり終わると思ってるの?
絶対にありえない。
最悪、改易どころか謀反の疑いありとして、一族全員処刑だってありうるわよ」
「そんな!?」
僕の認識が甘かったようだ。
「それを防ぐ為にアルヴィース伯爵が打てる手は、
あなたが死んだ事にする事。
これはまず間違いないでしょうね。
それも正式な使者が王都を出発する前に発表する必要があるわ。
だからあと数日で”フィリシア”は公式では死んだ事になるのよ」
懇切丁寧に説明して貰って、納得と安心をした。
僕としては家族に迷惑がかからずに第三王子との婚約がなくなればそれでいい。
その後はなんとか自分で生きていく。今は師匠の庇護を受けているけど。
「それでこの話は良いとして、これからどっちに向かうんです?」
「先ずは北西へまっすぐ進みましょう。
この『第一階層』での特殊アイテムを取りにね」
特殊アイテムと聞いて、ますますこれからの冒険が楽しみになってしまう。
「じゃあ、行くわよ。
ノロノロしてたら置いてくわよ」
「師匠の方こそ、私に遅れないで下さいよ」
そう言いあって二人で笑顔を見合わせた。
「「ゴー!」」
こうして僕の冒険が本当に始まった。
僕と師匠はほぼ同じペースで走り続けている。
しかし二人とも全力疾走ではなく、六、七分の力でといった処だ。
それなりに距離がありそうなので抑え気味だが、
「フィリ...、フィーナ、前方!」
「はい、見えています」
前方から10を超える狼の群れが向かってきた。
「このまま止まらずに走りながら殲滅するわよ。
あれは野生動物で魔石が無いから、回収するものはないしね」
「了解」
そのまま突っ込んでいき、狼の群れとの戦闘になった。
僕は旅の途中で、狼の群れを一人で倒した。
今回は数の上では倍だが、こちらも戦闘に於いては僕の上位互換といって差し障りない師匠が一緒だ。
これなら…、予想通り一方的な戦闘で狼の群れを粉砕、殲滅した。
そのまま30分も走り続けただろうか、一面の草原の中に立っている一本の木を遠目に見る事が出来た。
「師匠」
「見えたわね。
あそこが目的地よ」
あそこに『第一階層』での特殊アイテムがあるのか。
逸る気を抑えながら近づいて行く。
しかしかなり近づいてもそれらしい雰囲気が無い。
「止まりなさい」
師匠の指示で停止すると、木の元になにか人影の様なものが見える。
「あれが特殊アイテムを手に入れる為に倒さなければならない相手よ。
何故かあれはこの木から離れないのよね」
しかしその”敵”はこちらに気付いていないのか、向かってくる気配がない。
「この辺りまでなら近づいても向かってくることが無い。
しかしこれ以上近づけば向かってくるわよ」
師匠はそれだけ教えてくれると
「(倒してきなさい)」
言葉ではなく、アイコンタクトで告げて来た。
それを受けた僕はその”敵”に向かって行った。
単独で”敵”向かってその正体が直ぐに解った。
離れていた時は影や光の加減で分かりにくかったが、あれは”ミノタウロス”だ。
二足歩行で背の高さはおそらく2m程。
僕よりかなり大きいが対処できない大きさではない。
ミノタウロスは僕に気付くと、ドスドスと足音を響かせんばかりに向かってくる。
(でも、遅い!)
僕から見たミノタウロスの動きは甘く見ても鈍重でしかなかった。
ミノタウロスは棍棒のような武器を振りかぶって、殴り掛かって来る。
確かに当たればただでは済まない。下手をすれば一撃で終わってしまうかもしれない。
しかし油断さえしなければ躱すのは容易だった。
ミノタウロスの攻撃を易々と躱した僕は、そこから一歩踏み込んで短剣で首を掻っ切っ…れなかった。
「なんだ、固い?!」
ミノタウロスの表面を覆う毛皮と筋肉は弾力に富んだ固さで、僕の短剣が通じない。
正確には刃は喰い込んでいる。しかし頸動脈や気道には到達していない。
しかも驚愕で、僕の動きが止まってしまった。
「くっ...」
動きの止まった僕にミノタウロスがパンチで攻撃を仕掛けて来た。
それを何とか手甲で防ぐが、力を殺しきれずに3m以上吹っ飛んでしまった。
(素手でこれか...。
棍棒だったら…)
僕が懐深くに入り込んでいるので、ミノタウロス棍棒ではなく素手のパンチで攻撃してきたのだろうが、それでも充分な脅威だった。
僕の主武器の双剣は短剣であり、ミノタウロス相手には火力不足だと分かった。
ミノタウロスはまたしても鈍重な動きで迫って来る。
全ての攻撃が効かないなら、それはまだ早計だ。
「斬れないなら、これで、どうだ!」
ミノタウロスの攻撃を躱して、今度は回し蹴りをみまった。
「が、がぁ…」
ミノタウロスが呻き声の様なものを上げてよろめいた。
「まったく効かない訳じゃないんだ」
足甲を着けている僕の回し蹴りを直撃させても倒れないのはたいした耐久力だ。
しかし全く効かない訳ではなく、間違いなく効いている。
それなら倒す術はある。
僕は攻撃を躱すと即座にミノタウロスの上へと跳躍する。
そしてミノタウロスの上に着地、と云うか、肩車の体制になる。
今度はいつぞやの冒険者相手の時の様に『フランケンシュタイナー』を決めるつもりはないので、本当に完全な肩車だ。
但し、
「こうすれば、手は使い辛いよね」
自分の両足を曲げて、ミノタウロスの腕を腿と脹脛で挟み込む。
意外とこうすると腕を使い辛くなる。
そうしておいてから
「さあ、これでも喰らいやがれー!」
ミノタウロスの脳天に肘撃ちを落とした。
すると効いたようで、悲鳴にも聞こえる咆哮を発した。
(よし、いける!)
脳天はミノタウロスであっても、体を防御する筋肉が極めて薄い。
そこに肘当てを装備している僕の攻撃は、正しく金属を叩きつけられている事になる。
これで効果が無い訳がない。
但し、当然とも云えるが一発で倒せる程容易でもない。
ミノタウロスはグラつきこそしたが、倒れなかった。
だがそれは折り込み済み。
「もう一発!」
そう言って、もう一発肘撃ちをミノタウロスの脳天へと叩き込んだ。
更にもう一発、二発、三発と叩き込み続ける。
これは前世で読んだ漫画にあった『ピストンエルボー』と呼ばれる技だ。
漫画の登場人物である『戦争男』が主人公に叩き込んでいた。
そんな事を思い出しながら、只管肘撃ちをミノタウロスに叩き込み続ける。
おそらく10発も叩き込んだだろうか。
ミノタウロスがふらりと倒れかける。
僕は角を掴んで、前方に体重をかけてミノタウロスが前に倒れる様に仕向ける。
そして肩車を解くと、ミノタウロスの肩の上で、自分の膝を相手の後頭部に押し当てる。
その体制のままミノタウロスは前に倒れていく。
ミノタウロスは僕の全体重が乗った膝が後頭部に押し当てられた状態で顔を地面に叩きつける事になった。
プロレスの『カーフブランディング』と呼ばれる技だ。
見事に決まり、頭蓋骨を砕かれたのかミノタウロスは息絶えた。
「これがミノタウロスの魔石、いえ、
目指していた特殊アイテムの『宝玉』ね」
全ての魔獣がそうであるように、ミノタウロスも息絶えると消滅した。
そして残された赤い、掌に乗る程度の宝石の様なものを師匠は『宝玉』と呼んだ。
「『宝玉』は魔石と違って、この『セレステ』の内部に限定されるけど、
身に着けていると、その者に何かしらの恩恵を与える物の総称なのよ」
「つまりこのミノタウロスの『宝玉』も…」
「ええ、赤い『宝玉』は全体的な筋力増強をもたらしてくれる。
だからミノタウロスを倒して『宝玉』を手に入れる為に、この場所に来たのよ」
そう言われると、なんだか感慨深いものがある。
「今日はこれで『ルシフェルス』に帰りましょう。
その宝玉をペンダントにでも加工して貰う為にね」
そう師匠に促されて街への帰路に着く。
僕の一日目の塔の旅は大過なく終了した。
『ピストンエルボー』のくだりですが、技名は兎も角、キャラクターの固有名詞を直接出すのはマズいかと思い、『戦争男』と名前を和訳した形で記しました。
知ってる人には直ぐに分かりますよね。




