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弟の帰宅。

 三連休の中日の昼過ぎ、僕は茅ヶ崎にあるカフェで由香とコーヒーを飲んでいた。今年もあと一か月を過ぎ、夏の輝きとは異なる落ち着いた海を一緒に眺めながらコーヒーを飲んでいると、傍らに置いたスマートフォンがLINEの着信を報せた。受信と共に明るくなったスマートフォンの画面を確認すると、通知欄には弟の雄二郎からのLINEだった。

「弟からだ」

 僕はそれまで過ごしていた由香との雰囲気を断ち切って、スマートフォンを手に取って通知の内容を確認した。ロックを解除して内容を確認すると、「今年の暮れは日本で過ごせそう。クリスマスには帰れるよ」という内容が記されていた。

「弟さんから?なんて書かれているの?」

 空気をかき消された由香が僕に訊いた。由香も弟の雄二郎の事は知っていたから、言葉から不満の念は無かった。

「今年は年末を日本で過ごせるって、クリスマスには帰れるらしいよ」

 僕はLINEに書かれていた内容をほぼそのまま伝えた。すると由香は曇り空に光が差し込んだように顔を明るくして、こう続けた。

「海外に行っていた弟さんが?」

「ああ、今年は戻れるみたいだ」

 僕は続けた。弟は大学の経済学部を卒業後、大手の証券会社に就職し、三〇歳で独立して、世話になった人の会社に就職して、忙しく世界を駆け巡っているのだ。赴く先は北米に欧州、アジアに、紛争地の隣国など。仕事の内容は判らなかったが、世界各地を飛行機のビジネスクラスで飛び回って、日本にいるのは年に十四日も無かった。さらに去年はアメリカ大統領選挙の結果を受けて、日本に帰国することなく新年を迎えたのだった。

「そうなの!良かったじゃん」

 由香は小さくおどろいたような声を上げた。

「まあね、インスタグラムとかではやり取りが出来ていたんだけれど」

 僕は一年以上前にインスタグラムで、雄二郎の投稿にいいねをした後短いコメントを残した事を思い出した。それが弟と交わした最後のやり取りだった。

「久々に会って話せるのは、嬉しいでしょう」

「ああ」

 僕は鷹揚に答えた。だが久々に弟に会えるのに、以前のような激しい喜びが沸き上がらないのは、僕が大人になってしまったからなのだろうか。

「今年のクリスマスは、いつもとは違うものにしないとね」

 由香が漏らすと、僕は「そうだね」と相槌を打った。


 茅ヶ崎にあるカフェを後にして実家のある横浜に戻ると、まっすぐ家には帰らずに、元町にある洋菓子店に立ち寄って、クリスマスケーキをする事にした。思えばホールのケーキを洋菓子店で予約するなど、六歳の誕生日以来の事だった。

 予約を終えると、僕は由香と一緒に乗ってきたハーレーのアイアン1200に跨ると、後ろに座った由香が声を掛けてきた。

「これでおしまい?」

「今のところは」

「雄二郎くんが好きなお酒とか、買わなくていいの?」

 由香の言葉を聞いて、僕は雄二郎はロゼワインが好きなのを思い出した。

「せっかくだから、あいつの好きなロゼワインを買って行こうか」


 ケーキの予約とロゼワインを買って数日後、再び弟からLINEがあった。日本に付くのはクリスマスイブの夜、午後五時四十五分だという。地元に一番近い羽田空港へクアラルンプールから着くという内容だった。

 そしてクリスマスイブの夜。僕は横浜の実家から車を走らせて、羽田の国際線ターミナルに向かった。国際線の発着ロビーに居ると、シンガポール航空の発着ロビーから、キャリーケースを引いた雄二郎の姿が見えた。雄二郎は僕の姿を見つけると、手を上げて僕に答えた。一年以上会っていなかったとはいえ、雄二郎に大きな変化はないようだった。

「お帰り」

「ただいま」

 羽田空港のロビーで、僕と雄二郎は玄関先で交わす言葉を交わした。瞳の奥に肉親との再会を喜ぶ感情を感じなかったのは、雄二郎の中で日本や故郷に帰省することが特別な事ではなくなりつつあるのだろうか。

「ゆっくり休めたか?」

「ビジネスクラスのシートをフルフラットにして、死んだように眠っていたよ」

 僕は雄二郎の言葉に相槌を打った。飛行機の移動中でもよく眠れるのは、彼が海外で身に付けた能力の一つなのだろう。

「どうする?このまま家に直行するか?それともとこか立ち寄るか?」

「いや、立ち寄るのは明日で。今日は久しぶりに自分の家で寝たいよ」

 雄二郎が答えると、僕は雄二郎と共に家に戻る事にした。


 クリスマス当日、僕は久々に雄二郎を連れ出して横浜の街に出た。徒歩で元町から山下公園へと出ると、公園の植え込みはクリスマスイルミネーションに彩られており、園内は家族連れや学生のグループで賑わっており、気温は寒くとも温かい空間を演出していた。

「何か飲むか?」

 僕は雄二郎に訊いた。

「せっかくだから、自販機の温かい缶コーヒーが飲みたい」

 雄二郎は意外な物を所望したが、海外生活が長いと日本の缶コーヒーが懐かしくなるのだろうと思い、近くにあった自動販売機で甘ったるい缶コーヒーを二つ買った。円安で雄二郎が以前に日本にいた時よりは値段が上がっていたはずだが、雄二郎は値段について口出しする事は無かった。

 僕たちは自動販売機を離れて、空いているベンチを眺めた左手には大さん橋、右手には氷川丸というロケーション。背後の公園の喧騒を聴いて冬の横浜の海を眺めるというのも、悪くない気分だった。

「由香さんとは、上手く行っているの?」

 雄二郎は僕に訊いた。

「まあね、年が明けたら入籍する。今日のクリスマスの集まりにも来て、その事を報告することになってるんだ」

「そう、よかった」

 雄二郎は感慨深げにつぶやいた。そして海を眺めながらこう続けた。

「僕は年が明けたらまた海外だ。またいつ地元に帰れるか判らないよ」

 雄二郎の言葉には少し後悔と自責の念が混じっているのが判ったが、その事について僕は何かいう事は出来なかった。

「じゃあ、今夜のクリスマスは、思い出になるようにしないとな」

 僕はそう答えて、缶コーヒー一口を飲んだ。





(了)


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