ただの友達にドレスを贈るというのなら
「殿下ぁ、これが最後なんで聞いてください!」
学園の廊下に、大声がこだました。
この声は、婚約者の公爵令嬢だ。
いつも淑やかな彼女が、こんなに大きな声を出すとは驚いた。
しかも「最後」とは、人の気を引く嘘も大概にしてほしい。
「しつこいな。なんだ」
ぶっきらぼうに答えた。
最近は、彼女を見ただけで不愉快になる。
婚約者だからと私を束縛しようとしたり、小言ばかりだ。
「殿下は年末のパーティー用に、特待生のティルレ様にドレスを贈られたのですよね?」
ぎくりとした。婚約者に贈らずに、友達に……というのを知られてしまったのか。
「いや、君は家で用意してもらえるだろう。平民であっても特待生という素晴らしい頭脳を持っている彼女が、ドレスの一枚もないのは気の毒だ。だから、私は紳士として……」
「あー、はい。そういう建前は、もう、結構でございます」
婚約者が私の話を遮った。
淑女の仮面を外すことのない彼女にしては、珍しい粗相だ。
「殿下は次のパーティーで、わたくしに婚約破棄を突きつけるおつもりなのでしょう?
別に、パーティーまで待つ必要はないと思うのです」
ぎょぎょっ。どこから漏れた?
婚約者が、業務報告をしているのと同じ顔で淡々としゃべっている。
なぜだ?
婚約破棄だぞ。
「今日、父が登城して、国王陛下と話し合っておりますの。ご安心くださいね」
婚約者が晴れやかな笑顔で告げた。
「え? は? 今日?」
「ええ。それでですね、ここからが本題です。
殿下は先ほど『平民の特待生にドレスを』とおっしゃったではないですか。
それをサマーパーティーのときにもお聞きしましたので、わたくし気を利かせたつもりで動いていましたの」
婚約者は最近とんと見せなくなった、恥じらうような仕草で、モジモジしてみせた。
僕が好きになった姿……。
「今、特待生の女生徒は五名いらっしゃるのです。ティルレ様だけでは不公平ですよね」
婚約者はちらりと壁にかかった時計を見た。
「ですから、他の四名にもドレスを殿下のお名前で贈りました」
褒めてもらえると思っている犬のような顔をする。
「はぁ? なんで?」
意味がわからなくて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「婚約者として、誤解されるのでやめてくださいと忠告しましたら、『頑張っている特待生を労うだけだ』とおっしゃったでしょう?
他の方々をうっかりお忘れだと思いましたので、手を回したのです」
そういう意味ではない。特別に親しいからこそ……あ、それを咎めるために?
揚げ足取りのようなことをして、陰険な!
文句を言おうとしたら、近づいてくる集団がいた。
「殿下、素敵なドレスをありがとうございます!」
……平民の特待生か。
「私、あんなに素敵なドレスを触ったのすら、初めてです」
「頑張って、入学試験を突破したら、こんなご褒美があるなんて。グスン」
「一生の宝物です。家宝にします」
授業でマナーは習っていても、貴族の令嬢と比べたら素朴な人柄が伝わってくる。
婚約者が後ろから囁いてきた。
「こんな彼女たちに『手違いだ、返せ』と言えますか?」
ぎょっとして振り返ると、目も口も、ニマァと三日月の形にした婚約者がいた。
確信犯か! わかっていて、嫌がらせのためにこんなことを。
執務の手伝いをさせているから、私の側近を丸め込んで嫌がらせをすることができたのか。
それなら、これからは出入り禁止にしなければ。
いや、それだと私の自由になる時間が減る。
……私の弱みを握ったつもりか。卑怯な。
腹立たしいと思いながらも、我が国民の前では笑顔を保たねばならない。
「君たちの、日頃の努力を労いたかっただけさ。
当日は、マナーやダンスの勉強の成果を存分に見せてくれたまえ」
にこりとロイヤルスマイルできめる。
きゃーと歓声が彼女たちだけでなく、周囲からも聞こえた。
お礼を言って帰って行く特待生たちを、片手を緩やかに振りつつ見送った。
背後に貼り付いている婚約者がうっとうしい。
振り返って睨みつけた。
「こういうやり方は感心しないな。私が拒否できない状況に追い込んで、楽しいのか」
「婚約が白紙になれば、もう、こんなことは致しませんので、ご容赦くださいませ」
先ほどの薄気味悪い笑顔で、婚約者が驚きの発言をした。
「婚約を白紙にだと?」
そんなことをされたら、年末パーティーの予定が狂ってしまう。
「どちらが言い出しても、結果が同じならよいではありませんか。
殿下に確認したかったのは、五人のドレス代を捻出する予算をどちらにするか、です。
一年ほど使用人と同じ食事を召し上がるのと、卒業式のパーティーに年末と同じ衣裳で出るのと、どちらがよろしいですか?」
どちらも、とんでもない話だ。よろしいわけがないだろう。冗談じゃないぞ。
「よくお考えになって、お答えは国王陛下にどうぞ。
わたくしは婚約者を辞退して、明日には関係者ではなくなる予定ですので。
貴方様の評判を落とさないように考えるのも、これで最後ですわ」
見とれるような、晴れ晴れとした笑顔だ。
私のことを、好きだったのではないのか? あんなに付きまとってきたではないか。
どうして、「すっきりした」とつぶやいたのだ?
見事なカーテシーをしてから、婚約者は未練など微塵もないように背中を向けた。
私のいないところで、何が、どう動いているのだ……?
……はて、私は何がしたかったのだろう?
2025年11月15日、16日のランキングで総合6位をいただきました。
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