君への手紙
お久しぶりです。リハビリの短編です
もうこれで全部終わる。君が僕の手紙を読めるといいな。
机の上に置かれた便箋は、ほのかにインクの香りを漂わせている。ペン先が乾く前に、君にこの思いを届けたい。机の下で小さく震える手を握りしめ、深呼吸をする。朝の光が窓から差し込むたび、君の笑顔が瞼に浮かぶ。まるでこの手紙を書く僕を、そっと見守ってくれているかのようだ。
外の世界はいつも通りで、通りを行き交う人々の声や車の音が淡々と流れている。僕の隣に座る君の姿はないのに、確かにここにいるような錯覚に陥る。だから僕は書く。書かずにはいられない。君がどこにいるのか、今何をしているのか、僕にはわからないけれど、それでもこの紙に僕の想いを刻むことしかできない。
昼下がり、街のカフェに腰を落ち着ける。窓の外では子どもたちが走り回り、笑い声をあげている。僕は微笑む。君もこんな風に無邪気に笑ったことがあった。あの夏、海辺の小道を手をつないで歩いた日のことを思い出す。砂浜の熱さ、潮の匂い、波の音、君の笑顔。
「ねえ、今日はどこ行く?」
背後で君の声がしたような気がして振り向く。そこには見知らぬ女性がいた。違う、と僕は思う。声の響き、仕草、微笑み方、すべてが君と重なったのだ。胸が高鳴る。
手紙の文面に書き込む。「君の声を、今日も聞きたかった」と。返事がなくても、書くたびに心が少し落ち着く。文字は、誰にも読まれなくても、生きている気がする。
午後、公園のベンチで休んでいると、ふいに背中に視線を感じた。振り返ると、君が立っている。
「久しぶり。今日、来ると思ってたよ」
僕は立ち上がり、手を伸ばす。「会いたかった」
君の手が僕の手に触れた。温かい。息を呑む。
「手紙、届いた?」
「もちろん。毎日読んでるよ」
その言葉に僕は笑うしかなかった。手紙を書き続けた時間が、一気に報われた気がした。
小道を歩きながら、僕たちは日常の些細な会話を交わす。
「最近どうしてた?」
「忙しかった。でも、君のことはいつも考えてた」
「ふふ、嬉しい。あの時の約束、覚えてる?」
「もちろん。君と約束したこと、全部覚えてるよ」
「じゃあ、今日は一緒に夕日を見よう?」
「うん」
夕日が差し込む街路樹の下で、君は僕の肩に頭を預けた。小さな笑い声と風の匂いが混ざり合う。過去の記憶も、夢の中の感覚も、この瞬間に重なった。僕はもう、現実と幻想の境界を疑わなかった。
夜、家に帰ると机の上に書きかけの手紙が置かれている気がした。いや、置いたのは僕だ。朝も夜も、君はここにいない。でも、夢の中で君の笑顔を見た。声も、手の感触も、鮮明だった。
ベッドに腰かけ、夜空を見上げる。「おやすみ、また明日ね」
夢の中の君は微笑む。「うん、また明日」
僕は頷いた。現実でも、夢の中でも、君は確かに存在している気がした。
翌朝、再び机に向かう。ペンを握る手が震える。夢で会った君の感触、声、それらを文字に置き換える作業。紙の上に刻むたびに、現実感が増す。
朝の光に照らされて、手紙の文字が少し滲む。君の顔を思い浮かべながら、僕は文章を繰り返し読み返す。返事が届かない手紙も、今の僕には関係なかった。大事なのは、心の中で君が生きていること。
午後、公園で再び君と会う。小さなカフェの前で立ち止まり、僕を見上げる。
「今日は手紙を書かない日だね」
「うん。君に会えたから、もう紙はいらない」
その言葉に、僕は安心した。紙の上の文字よりも、生身の君が大切だった。
夕方、二人で橋の上に立ち、沈む太陽を見つめる。
「覚えてる?初めて一緒に夕日を見た日」
「もちろん。あの時、君が手を握ってくれた」
「ずっと、こうしていられたらいいね」
僕は君の手を握り返す。手のぬくもりが心に染み渡る。
夜、家に戻ると、机の上に便箋が置かれている気がした。いや、置いたのは僕だ。現実には君はいない。夢の中で見た笑顔も、手の感触も、紙の上の文字と重なる幻影に過ぎないかもしれない。
それでも、手紙は書く。紙の上に僕の声を刻むことで、君は僕の中で永遠に生き続ける。誰にも届かなくても、構わない。僕の中の君がここにいる限り、孤独ではない。
深夜、窓の外に広がる静寂を見つめ、僕は笑う。夢の中で再会する君に今日も手紙を書き続ける。届かなくてもいい。僕の中の君は、こうして永遠に生きるのだから。
もうこれで全部終わる。君が僕の手紙を読めるといいな。
——同じ言葉なのに、今の僕の目には違う意味が宿る。朝は「届くかもしれない」と思えたが、今は「届くはずがない」とわかる。
深呼吸をし、ペンを置く。静かな夜が降り、街の灯が揺れる。僕の手紙は、誰にも届かず、ただ紙の上でだけ生き続ける。だが、書く手は止まらない。君がいない世界で、僕の声は紙の上でだけ息をしているのだから。
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また、今回は短編です。考察やここがわかりづらいから解説が欲しいなどあれば回答します。