第1話
※この作品には、描写の中に痛みを伴う場面が含まれます。苦手な方はご注意ください。
それでは、よろしければ最後までお付き合いください。
万象の根源、悠久の理——
そのすべてを内包するのは、この僕。
存在の胎動、時の螺旋、回帰の果て——
あまねくものは僕へと還る。
そう、僕こそが原初の夢。
これこそが、僕の真名だ。
無限に流れる時空の彼方で、僕はただ夢を見続ける。
永遠なる観測者として、その息吹を見届けよう。
心髄に深く刻まれし夢の断片。
それは息をのむほどに鮮明で、その輪郭は決して霞むことなく、まばゆい光を放つ。
僕が愛し、決して忘れえぬ、かけがえのない命の欠片。
僕の在り方を変えた夢——
予感と引き換えに命を削りながらも、槍にすべてを捧げたキサラ。
迷うことなく運命を貫き、三百年の平和を築いた、魂揺さぶる叙情詩。
さあ、今——
その魂の扉を開こう。
そこには、僕の夢の欠片が、静かに輝いている。
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華美な装飾が施された内装に、簡素で実用的な家具が並ぶ部屋。
早朝の陽光が窓から差し込むなか、侍女が静かに部屋へ入ってくる。ベッドの主に声をかけた。
「陛下、朝になりました」
「……リアナか。珍しいな、お前が来るとは」
男はベッドから立ち上がり、鏡台の前に座る。リアナは彼の髪を梳かしながら静かに口を開く。
「今日で城を去ることになりました。最後のご挨拶を兼ねてです」
「急にどうした?」
リアナは感情を抑えた目で語る。
「身籠りました。争いを避けるため、故郷へ帰ることにしました」
「……なんだって?」
男は驚き、立ち上がってリアナの肩を掴む。
「正式に妃になればよいだろう。なぜ離れる?」
「子どものことを考えました。何も知らず、平民として暮らしたほうが命を狙われる可能性がありません。それに、私が身籠ったことを知る者は、陛下ただお一人です」
リアナの真剣な眼差しに、男はしばらく黙したまま鏡台に向き直る。
「……お前の実家は薬師だったな。半年に一度、使いを出す。良質な回復薬を作っておいてくれ」
「ありがとうございます、陛下」
「偶然、会うこともあるかもしれんな?」
鏡越しにリアナは穏やかに微笑む。
「ええ、偶然、子どもと出会うかもしれません」
「そうか……頼んだぞ!」
男が立ち上がると、リアナは彼に服を着せた。男の一日が始まり、リアナの一日が終わる。
彼女は乗合馬車で二週間かけ、山間部の村へと戻る。
到着した村の入口で馬車を降りると、警備兵に声をかける。
「バドラル兄さん、ただいま」
「……リアナ? 何があったんだ」
言いにくそうな表情を察したバドラルは、同僚に言う。
「すまない、村長のところへ行ってくる。任せてもいいか?」
「ああ、問題ない。行ってこい」
二人は並んで村の道を歩きながら、リアナがぽつりと話し出す。
「身籠って、自分から辞めてきちゃった」
「そうか。仕事はどうする?」
「薬師の仕事をする。半年に一度、お得意様が来る予定なの」
「マーヤに補助を頼めばいい。稼ぎが増えて困ることはない」
「……いいの?」
「ああ、皆で住めばいい。村長へ帰還の挨拶をして、薬師をやると伝えるか」
「……ありがとう、兄さん」
村長に挨拶をすると快く了承され、実家に戻ったリアナは義姉・マーヤの協力を得て、薬師としての生活を始める。
薬草の種類を村の子供たちに教え、採取を依頼して賃金を払う。
先祖伝来の薬師の書を見ながら、回復薬や毒消しなどの調合を進める。
子供のころから薬作りに携わっていた彼女にとって、それは自然な営みだった。
完成品を持って四日かけて町の冒険者ギルドへ向かい、鑑定と認定証を得る。
その品質は一般品よりも高く、村の人々に喜ばれ、薬屋の復活を祝う声が広がった。
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半年が過ぎ、村に私用馬車が到着する。
身なりの良い男が薬屋を訪れ、静かに声をかける。
「良質な回復薬を求めて来ました。薬師を呼んでください」
奥から現れたマーヤが応じる。
「分かりました。お待ちください」
リアナに声をかけると、彼女は白衣を整えて店頭へ出る。
男の姿を見て、思わず言葉を漏らした。
「……宰相様」
「静かに。お忍びです。体調は?」
「順調です」
宰相は頷いた。
「それは良かった。気休め程度に聞いてください。
この付近に祠がありますね。世界に散在するそれらは、ある神と繋がっているそうです。祈るといいでしょう」
「なぜそのようなお話を?」
「民間伝承が好きでしてね。妻の身体が弱かったのですが、出産時に祠へ祈り続けて、母子共に無事だったのです」
「……なるほど。行ってみます」
「そうすると良いでしょう。さて、回復薬を」
リアナは鑑定書付きの木箱を宰相に示す。
中身を確認した宰相は満足げに頷いた。
「素晴らしい。この品質を維持してください。それではまた半年後に」
リアナは深く頭を下げて見送ると、マーヤに店を任せて祠へ向かう。
祠は忘れられたような静寂の中にありながら、不思議と汚れも損傷もなく、荘厳な空気を保っていた。
「神様、もしこの声が届くなら——
無事に産めるようにお願いします。
この子に祝福をお願いします」
リアナの祈りを、長い白髪の少年が静かに見守っていた。
その日から彼女は、毎朝祠に祈りを捧げるようになった。
少年の姿は誰にも見えないはずなのに、彼女は見守られているような温かさを感じていた。
ある日、頭に柔らかな感触が降りた直後、陣痛が始まる。
マーヤが呼んだ医師の助けもあり、驚くほどすんなりと女児が誕生した。
リアナは、泣き声を聞いた瞬間にその子が自分の娘だと認識し、震えるほどの喜びに包まれた。
「キサラ……それが、あなたの名前……」
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数日が過ぎ、マーヤが言った。
「本当に奇跡よ。私の時は、長丁場で苦しんだからね」
「祠に祈ったからかもしれない」
「あの祠?」
「ええ。ある神様と繋がっているって伝承があるそうで、お祈りしていたの」
「なら、私も祈ってみよう。奇跡を見ちゃったから、信じてみたくなるわ」
「……奇跡はちょっと大袈裟。でも祠には通うよ、もう日課だから」
その日も、リアナはキサラを抱えて祠へ向かう。
祠の前で静かに頭を下げ、囁くように語りかける。
「神様のおかげで、無事に生まれました。ありがとうございます。これからも、娘に祝福を与えてください」
そのとき、微かに鈴の音が響いた。
リアナはそれに気づき、キサラをしっかりと抱いて深く頭を垂れる。
その背を、誰にも見えない長い白髪の少年が、静かに見守っていた。
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半年後、また宰相が薬屋を訪れる。リアナはキサラを見せて迎える。
「キサラです。女の子です」
「おめでとう。ご苦労だったでしょう」
「それが……祠に毎日お祈りしていたら、すんなりと産まれました」
「素晴らしい。やはり、あの祠は本物なのでしょう」
「……はい。教えていただき、感謝しています」
宰相は静かに頷き、薬を受け取ると城へ戻った。
そして王に報告をする。
「キサラ……女の子か。無事に生まれて、良かった」
王は言葉を失い、自然と目に涙を浮かべていた。
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二年の月日が流れても、リアナはキサラと共に、祠への祈りを欠かさなかった。
キサラは祠の前で時折、宙に向かって笑ったり、何かを指差すように手を伸ばしていた。
その度に、鈴の音が微かに響き、リアナは静かに深く頭を下げる。
見えないはずの存在——長い白髪の少年は、穏やかな微笑をたたえながら、
ずっとキサラを見守っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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尚、AIを使って、文章の校正だけをしています。
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