決意
夜。辺りを漆黒で染める。しかし月光と夜空に散りばめられた星の光が柔らかく降り注ぐ。今夜は満月だ。
バイクが1台、唸り声を上げる赤い獣のように田舎道を走っていた。どうやら家に向かっているらしい。男が乗っている。
帰るべき場所に向かって疾走するバイクの前に突然、天使のような生物が降り立った。
「うわッ!!」
急ブレーキをかけたが、その勢いで転倒してしまった。天使のような生物はゆらゆらと男に近づいてくる。最近噂になっている生物。人を襲って惨たらしく殺すこともあれば、不思議な力で拘束し攫っていくらしい。そのことを知っていた男は、恐怖に腰を抜かしてしまいその場から逃げることができなかった。自分の家族、友人、恋人……彼らのことを想いながら怯えていた。
これでもう俺の人生は終わるのか、そう思ったと同時に
「舞え、闇の炎よ!塵すら残さず灼き尽くせッ!!」
詠唱のような言葉が聞こえた。爆発音と共に羽根を散らしながら天使のような生物が遠くに吹っ飛んでいった。青白い炎を上げながら燃えている。突然の出来事に男は呆然としてしまった。それと同時に少し恐怖心が落ち着いた。
そんな時間も束の間、後ろから足音が近づいてくる。声の主だろうか。
「ッ!?」
後ろに振り返って警戒する男。身長が2m以上ありそうな、頭に角を生やした大男が近づいてきた。
「まずい、逃げないと…痛っ…!」
逃げようとするも、転倒した際の怪我で素早く立ち上がることができない。必死に地面を這って逃げようとしたが、すぐに追いつかれてしまった。
運良く助かったと思って、逃げようとするほどのほんの少しの余裕があったが、また恐怖心を覚えてしまった。体も固まって動かない。もはや死への恐怖よりも諦めの気持ちが大きかった。
虚ろな目でその場に倒れ込んでいると、優しい光に包まれ、怪我をした脚の痛みが少し引いていた。
「大丈夫ですか!?怯えないでください、私はあなた達の味方です!今、手当てをしているので動かないでくださいね!」
痛みの軽減は大男の仕業だったらしい。どんどん痛みがなくなっていき、最終的には全身の傷も塞がっていた。
「……治ってる。全然痛くない。どうして…」
「治ったようですね、良かった。」
「その…ありがとうございました。怪我、治してくれて。あと、たぶんさっき助けてくれたんですよね。えっと……じゃあ、俺はこれで失礼しますよ。」
半ば警戒しつつ、感謝の言葉を述べて倒れたバイクを起こし、そのまま帰ろうとしたその時、
「ちょっと待ってください!」
大男に引き留められた。男は無視して帰ろうとしたが、助けてもらったうえに怪我を治してもらった手前、帰ってしまうのも失礼な気がしたのでその場に留まることにした。
大男はホッとした顔を見せた。
「良かった…あなたは止まってくれましたね。」
「どういうことですか?」
「その…あなたのご兄弟にも声をかけたのですが、皆さん逃げてしまいましてね…大事なお話があったんですが。」
やっぱりヤバい奴だ。そう思い直してすぐバイクに跨りエンジンをふかす。
「違っ、待って!待ってください!せめて!せめて話だけでも聞いてください!!莫大なお布施とかないですから!変なセミナーとかの話じゃないですから!!お願いします!!」
深々と頭を下げる大男。恩もあるので、男は話だけでも聞くことにした。勧誘とかそういう素振りがあったら、申し訳ないけどすぐに逃げよう、そう考えていた。男はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、振り返った。
大男に向き直ると、彼は安心したような顔をした。
「わかりました…それで、話というのは?」
「良かった!あなたはすごく優しい人です…それではお話をさせていただきますね。とっても大事な話です……」
大男は話し始めた。最近のマヤカシ町の出来事、天使のような生物の事、そいつらをフォールと呼ぶ事、上空に浮かぶ宮殿の事。そして…男とその兄弟達に世界を救ってもらいたい、ということであった。
「……というわけなのです。簡単に言うと、あなた達にはヒーローをやってもらいたいということです。被害が広がる前に潰してしまった方が良いのでね。」
「この町の状況はわかりましたが、俺達がヒーロー?をやるというのはちょっと…仕事も学校もありますし。」
「そうですよね…でも、あなた達じゃないとダメなんです。言ってしまえば、あなた達は選ばれた人間なのです。あなた達にしかできないことなんです!本当なんです!!私がしっかりとサポートしますから…どうか、お願いします……」
再び深々と頭を下げ、真剣な眼差しで男を見る大男。「お前にしかできないこと」という言葉、必死な大男……男は考えた。マヤカシ町の現状。家族、友人、恋人……彼らには被害に遭ってほしくなかった。心の底からそう思っている。自分が本当に選ばれた人間かはわからない。しかし、大事な人間は守りたい。もし自分が戦うことで大切な人達が無事で済むのなら……?でも死ぬかもしれない、怖い。そんな気持ちが溢れてくる。
男が悩んでいるとフォールの群れが男達を囲んでいた。
「!?いつの間に!!」
「まずいことになりました…これは逃げられるかちょっと怪しいですね…」
「さっきの魔法?みたいなやつで吹き飛ばせないんですか!」
「申し訳ありませんが、先ほどの治療でほとんどの魔力を使い果たしてしまいました……攻撃できるほど残ってません…」
「くっ…終わりか……」
2人の命を狙ってジリジリと近づいてくる。もう諦めるしかないのか。
ここで死ぬ訳にはいかない。死にたくない。帰る場所も愛する人もいる。こんなところで死にたくない。男は決意した。
「さっき、俺にヒーローやってもらいたいって話がありましたよね。」
「えっ、あっ、はいっ!まさか……!!」
「その力を貸してほしいんです。どうしたらいいんですか俺は。」
「よしきた!左腕、お借りしますね!」
そう言って半ば強引に大男は両手で男の左腕を掴み、何か呟いた後に離した。男の手首にはいつの間にか装飾が施された美しい、しかしどこか妖しい光を放つ金色のブレスレットが嵌められていた。中央には燃え盛る業火のような紅蓮の宝石がついていた。




