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滋味佳絶  作者: 大甘財閥
レモンジャム
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コテージ

 F&Aホテル・リゾート・ティユーの別館は五つのコテージのみで、それぞれの棟は生垣などで区切られて尚且つ点在して建っている。


 フロントのある事務棟に番号のふられている五つの出入口があり、フロントから渡された鍵で解錠して入るようになる。


 その上、ドアマンや部屋付きメイドがいるので、間違えて他の棟に行ってしまうということはない。


 コテージは平屋建てで、寝室が三室、リビングと風呂、そしてトイレが各々二つ、ダイニングとティールームが一つ、バルコニーからは眼下にティユーとかすかにルヴロワの象徴的建物ランドマークのスパのドーム尖塔が望める。


 長期滞在用の施設で、湯治目的や大人数でのバカンスで宿泊する人もいる。


 数ヶ月前、温泉の配管敷設工事が完成し、近郊の温泉町ルヴロワまで行かなくても温泉に入ることができるようになったのでこれからもっと需要が出てくると目されている。


 この五番コテージも家族が滞在する仕様になっているが、今はアデルが一人で泊まっている。


 すでに三日寝起きしているので、勝手知ったる足取りでキッチンへと向かう。


 テーブルに買ったものを置いてから、手紙を手に主寝室へ行く。


 上着を脱いでクローゼットにしまい、毛糸のガーディアンを羽織る。


 三日前までは専属メイドがいたのでこんな手間を掛けたことはなかったが、彼女は実家へ帰した。


 何かあればこのホテルにもメイドがいるし、ここにいる間はできることは自分でしようと固く決意をしていたので、父に手紙を書いて屋敷に戻したのだ。


 先程受け取った手紙の中に見慣れた実家の専用封筒があったので、早速父もしたためて寄越したようだ。


 しばらく読む気にはなれないので、手紙は寝室の書き机の上に放り投げてきた。


 キッチンに戻り、壁のフックに掛けてある調理コートを着ける。


 手術着のように背面が真ん中で切れていて、首元と腰高に紐があるので調節して結ぶようになっており、袖があるので下に着ている服に匂い移りもしにくい。


 見た目は若干ダサいが、ポケットもあり、機能的なのでアデルはこれを気に入っている。


 入念に手を洗ってから、レモンを水を張ったボウルに入れておく。


 農薬は使っていないと商店の娘が言っていたが、念の為に塩で表面を擦って洗い流す。


 表面を粗塩で傷つけたので、レモンの爽やかな香りが広がった。


 レシピのメモを確認して、次の工程であるレモンの皮を包丁で剥く。


 しかし、刃先は入るのだが、表皮の下の白い部分が柔らかいのでなかなか先に進まない。


「ううむ、見せてもらった時には楽そうにやっていたけど……」


 レシピをくれた実家の料理長が実演してくれた時には、するするとものの数分でいくつも剥き終わっていた。


 料理人には当たり前すぎて、でも素人には難しいコツがあるようだ。


 果肉を削ぎながらも何とか一枚剥くと溜息が出た。


 その時、勝手口のドアにノックがあった。


 ドア横のガラス窓を覗くと、メイドのソフィーと背の高い男性が見える。


 男性は窓にいるアデルを見とめ、歩み寄ってきたので、アデルも窓を開けた。


「こんにちは、ギレム様。お料理の邪魔をして申し訳ありません」


 どこかで見たことがあると思ったら、宿泊初日に挨拶に来た別館総支配人のスターレンスだ。


「当然の訪問で恐れ入りますが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 防犯に関する説明があると付け加えた。


 聞いておかなければならないことなので、ジャム作りは中断になるが致し方なかった。



 ソフィーには出しっぱなしにしてあるものはそのままにしておくように言い置いて、スターレンスと共にティールームに向かった。


「ご滞在で何か不自由はありませんか」

 席に着くと、徐に尋ねてきた。


 貴族なのに使用人もおらず、依頼すればホテルで料理を用意することができるのだが、未だに一度も利用したことはない。


 身の回りのことも自分でしており、辛うじて掃除と洗濯はお願いしているだけだ。


「ええ。お陰で快適な滞在をしています」


 適度に放っておいてくれるので、変な気を使うこともないから、それは概ね本心だった。


「何かありましたら、いつでもお申し付けください。ギレム様が快適にご滞在いただけるように我々は最善を尽くします」


 ホテルの定型文句をさらりと口にして、爽やかな微笑をスターレンスは浮かべる。


 まだ二十代と思しき若き総支配人は、なかなかやり手のようだ。


「失礼致します」

 ドアのないティールームの出入口の前で、お茶を持ってきたソフィーは声を掛けた。


 ほとんど音を立てずに香りの良い紅茶をサーブすると、お盆をもったまま出入口の付近に控える。


「では早速なのですが……」

 そう言ってスターレンスはポケットから小さな紙袋を出して寄越した。


 どうぞと言うので開けてみると、手の平くらいの大きさの熊のストラップだった。


 全身は茶色、肉球はピンクの布製で、目と立体的に縫い合わされた鼻先が刺繍が施されている。

 そして、ぷっくりとした腹部には布と同じ色の糸で模様が刺繍されている。


「何ですか、これ」


 防犯に関することだというので時間を割いたが、これがどう関わってくるのか、アデルには検討がつかなかった。

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