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滋味佳絶  作者: 大甘財閥
レモンジャム
2/61

別館

 店の娘は陳列棚の奥から出てくると青年二人の頭をはたき、自らはぺこりと頭を下げた。


「も、申し訳ありません。この二人はあたしの幼馴染でして、いつもからかってくるんです。その流れとはいえ、お嬢様に大変な無礼をしました。ほら、あんた達も謝りなよ」


 娘は青年の後頭部を掴んで無理やり下げた。

 彼らも抗うことはなく、されるがままになって娘と一緒に直角近くまで体を折り曲げた。


 いつものおふざけの延長なのだろう。今日はそこにもう一人局外者がいただけで。


「頭を上げなさい」

 アデルも眉から剣呑さを取り去った。


「この周辺の治安に影を落とすような不遜な輩ならば、大事おおごとにして官憲を呼び出すところでしたが、悪ふざけであるなら殊更言うこともありません」


 幼馴染が観光客に親切にしているのを揶揄い半分、違う方に取り違えたのが半分ということだろうと、顔を上げた青年を見て当て推量した。


 恋の鞘当てのつもりが、相手が悪かったのだ。


「まあ、誤解するのも無理はないことです」

 ややこしい格好をしているのだから、アデルに完全に非はないとは言い難いのだ。


「互いに誤解が解けたようなので私はこれで失礼します。仲良く過ごすように」


 広場の衆目を集めてしまったので店先を騒がせたことを詫びてから、アデルはホテルへの帰路を辿った。



   ◇

 紙袋を片手に背筋を伸ばし大きな足取りでその場を後にする後ろ姿を、うっとりとして見送っているのはアンナだけではなかった。


「はああ、素敵ねえ。あんなに格好いいのに侯爵令嬢だなんて。女性にしておくのがもったいなーい」


 銀髪碧眼の男装の美貌の侯爵令嬢はもう通りを抜けて見えなくなったが、広場はまだ余韻から抜け出せないでいる。


 そっと溜息をついたアンナに、青年はきっと睨みつける。

「おい、あいつ女だぞ」


「……でも、オレもわからなくもない」

「何言ってんだ、お前まで!」


 友人まで潤んだ瞳を横から見たが、他のものは目に入っていない様子だった。


 よく見回すと、広場にいるほとんどの女性が同じ目をしてアデルが通り過ぎた道を見つめていた。


 青年はどうなってんだとくしゃくしゃになった髪を乱暴に整えた。



   ◇

 ティユーの街の大通りを通り抜け、小高い丘の上に向かう坂道へと入っていった。


 F&Aホテル・リゾート・ティユーの本館は大通り沿いにあるが、別館は丘の上にある。


 整備されている坂道は緩やかで、馬車がすれ違うことができるくらいに幅が広い。


 歩きでも十分とかからない道程だが、馬車を希望するなら坂道の入口に小屋があり、そこから呼べるようになっている。


 小屋とホテルの厩舎近くにロープが渡されており、ロープにぶら下がっている小さな網籠に人数など記入してから合図の鐘を鳴らすと、馬番がロープを手繰り寄せて要請を受け取り、馬車を用意して迎えに来てくれるのだ。


 アデルはまだ使用したことはないが、年配の方や買い物をしすぎて大変な観光客には重宝されているとフロントの係員から以前に聞いていた。


 木立の中の道を歩いて行くと、先の開けた所に鉄製の門と赤い屋根の簡素な二階建ての建物が見えてくる。


 門の脇には門番がおり、アデルが近づくと席を立って開門した。


「こんにちは、今日もいいお日和ですね」

「はい、ギレム様。今日も歩きでも登っていらしたのですか?」


 すっかり顔見知りになった門番の老人は、お若くて羨ましいと目尻や口元に皺を寄せて微笑む。


 よい一日を、と言って玄関へと繋がる道を進んだ。


 五月になり、日毎に増す日差しの下で徐々に木や花も咲き始め、建物前の庭もバラの蕾が大きくなりつつある。


 玄関前でドアマンが扉を開けてくれたので軽く礼を言い、フロントになっている建物に入って行った。


「おかえりなさいませ、ギレム様」

 フロント係が預けてある鍵を渡して寄越したので、ありがとうと付け加えて受け取る。


「それと、手紙が届いております」

「……捨ててください」

 フロント係が困ったように眉を下げたので、すぐに冗談だと言って手紙を受け取った。


 フロントの通り過ぎ、アラベスクの中に『5』と浮き彫りになっているプレートのドアがあり、ホテル付きのメイドが現れた。


「おかえりなさいませ、ギレム様。荷物、お持ち致します」

「ただいま、ソフィー。重いものではないので大丈夫です」

 そう言うと、それ以上は深追いはせず、ソフィーは鍵を受け取ってドアを開けた。


 途端に清涼感のある香りが風に乗ってアデルの鼻先を擽る。


 少し先にコテージがあり、その道すがらには沈丁花ダフネという東の国が原産の花木が咲いているのだ。


 ソフィーはコテージのドアを開け、アデルを中へと通してくれた。


「ありがとう。また何かあったら呼びます」

「かしこまりました。よい一日を、ギレム様」

「あなたもね」


 ソフィーはお辞儀をしてフロントへと戻って行った。


 玄関は上り框があり、アデルは腰を掛けてブーツを脱いだ。


 別館はそれぞれ独立したコテージで、全部で五棟。その全てが隣の温泉町ルヴロワから延伸してきた温泉の配管が巡らせてあり、床暖房になっているのだ。


 室内履きに足を入れ、キッチンへと向かった。

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